5月24日(木) 稲船さなぎVS鷹有大砲
5月24日、木曜日。
「黒須、そういえば他校に乗り込んでそこの番長倒したらしいじゃないか」
「他校との剣道の練習試合しただけなんだが…一体誰からそんな噂を聞いているんだ?」
お馴染み朝の登校中の黒須と俺のランデブー。なんでえ練習試合かよ。
「…そういえば俺、焔崎のテッペン取るの忘れてた」
そうだった、黒須のために俺が焔崎のナンバーワンになろうと思って彼岸秀に喧嘩を売ったんだ。いやあ忘れていた。
「ずっと忘れておいてくれよ…」
黒須が心配してくれるのはありがたいが、やらにゃあならんときがある。
「というわけで、リベンジだ彼岸秀。この間の俺とは一味違うぜ!」
学食で彼岸秀に果たし状をつきつける。いつもは俺とお兄ちゃんと桃子で食堂で食べているが、今日は底野と彼岸秀もお弁当を忘れたらしく食堂で食べている。部員大集合だ。
「……」
いつもは目つきは悪いがなんだかんだ言って元気そうな彼岸秀だが、今日はどうも様子がおかしい。ずっと無言だし、ガタガタと震えており、弱気な少女みたいだ。底野もずっと心配そうだが、底野の表情を見るに彼にも原因がわからないみたいだ。
「彼岸秀?どうしたんだ?体調悪いのか?だったら仕方がねえな、体調悪い時のお前を倒したって意味がねえよ、また元気になったら戦おうぜ」
「…昨日」
彼岸秀はようやく口を開く。
「昨日、名前はわかんないけど、眼帯つけてる奴いるだろ。そいつにやられて、未だに傷が癒えないんだ」
眼帯?そういえば先月、金髪の人と一緒に歩いてたな、眼帯つけたやつ。
彼岸秀がそいつにやられたってのか?俺のライバルが。
「よし、だったらその眼帯を俺がぶっ倒してやるよ。彼岸秀の敵討ちにもなるし、彼岸秀を倒したそいつを俺が倒せば俺が強いってことにもなるからな」
「やめとけよ、あんま他人に迷惑かけんな」
俺が打倒眼帯を誓うも、お兄ちゃんに反対されてしまう。
「酷いぜお兄ちゃん、仲間がやられて黙ってろってのかよ」
「事情は知らないけど、彼岸妹に落ち度があるんじゃないのか?」
挙句の果てには彼岸秀が悪いとか言いだす。お兄ちゃん見損なったぜ。
「底野、彼女がやられてるんだ、お前も協力してくれよ」
「うーん…あんまり喧嘩は好きじゃないんだけどなぁ…まあ秀さんを怖がらせたってのは、確かにちょっと腹が立つな」
よし、底野が仲間になった。まあ盾くらいにはなるんじゃないか?
「桃子は…流石に喧嘩に巻き込むわけにはいかねーよなぁ」
桃子を見ると、何やら彼岸秀と同じく震えている。
「…その眼帯の人って、鷹有大砲君ですよね。さなぎちゃん、悪い事は言わないからやめておいた方がいいと思いますよ。私、彼に片目開かれただけですごく怖い思いしたんです」
「何ぃ!?桃子まで被害にあったのかよ!」
彼岸秀だけじゃなく桃子まで手にかけるとは絶対許さねえ。
「おいお兄ちゃん、桃子まで被害にあったんだぞ。これでも知らんぷりなのかよ!」
「…わかったわかった、敵討ちと行きましょうや」
というわけで、俺、底野、お兄ちゃんの3人で眼帯野郎を倒すことにした。
情報によれば、眼帯野郎は昼休憩、いつもこの4階の空き教室にいるらしい。
教室の扉を開けると、まるで俺達が来るのを知っていたかのようにそいつが教室の中央で待ち構えていた。眼帯…じゃなくて両目を包帯で塞いでいる。
「やあ、待ってたよ」
包帯野郎は俺達の姿が見えていないのか、逆方向の扉から入ってきたと思って別方向に喋りかけている。危ない奴だ。
「いや、そっちじゃなくてこっちこっち」
「え、ああ。ごめんごめん」
お兄ちゃんに忠刻されて、包帯野郎はこちらに向きなおる。
「その包帯外したら?」
「事情があるので」
お兄ちゃんと包帯野郎は普通に会話をしだす。何のんきなことやってんだ。
「おい眼帯、いや包帯。待っていたってどういうことだ」
俺は包帯を睨みつけるが、見えていないだろう。
「昨日ちょっと酷い目に合わせてしまった彼岸秀さんの敵討ちにやってきたんだろう?仲間想いで素晴らしいね。秀さんは良い仲間を持ったよ、本当に」
「ついでに桃子の敵討ちもあるがな」
「…要桃子さんのことかい?特に覚えがないのだけど。…まあいいよ、僕をぶん殴りに来たんだろう?かかってきなよ」
そう言って包帯野郎はニヤリと笑う。不愉快だ。
「お望み通りぶん殴ってやるぜ!」
俺は包帯野郎に向かって走り、思い切り右ストレートをかまそうとする。
避けられることなく、それは直撃。景気よくそいつはその場に倒れこんだ。
「ああ痛い痛い。だけど体の痛みなんてどうでもいい。僕は今感動しているんだ、君達の存在にね。気が済むまで殴るといいよ」
すぐに立ち上がり、またもやニヤリと笑う包帯野郎。
「…けっ、白けた。気持ち悪い奴だなお前。お兄ちゃん、底野、付き合わせて悪かったな。もう帰ろうぜ。一発殴ったことだし敵討ちになっただろ、多分」
「ああ、だったら秀さんに伝えておいてくれないかな。昨日はごめんなさいやりすぎましたってね。僕が直接謝りに言っても怖がらせるだけだろうから。あとよくわかんないけどついでに要桃子さんにも」
どうやらこいつも反省はしているらしい。仕方がない、今日の所は許してやろう。
俺達一行は教室を出る。
「…気持ち悪い、か。能力を極限まで薄めても結局僕はそういう存在。あの輪の中には決して入る事ができない。僕は所詮お話の中では悪役を演じるしかないのか。ああ悔しい、悔しい」
教室の中で包帯野郎がわけわかんねーことを呟いている。不気味だ。
「というわけで彼岸秀に桃子、無事に仇は討ったぜ!」
放課後、部室で二人に勝利の報告。
「…そう」
昼に比べると大分傷も癒えたのか、彼岸秀は元気そうだ。ありがとうくらい言えよな。
「別に私は酷い事されていないんですけど…」
「気にすんなよ桃子。しかしあれだな、彼岸秀を倒した眼帯、いや包帯か?そいつを倒したことで俺が学年では最強ってことか?」
「いや、俺は知ってる奴の中で一番強い奴として彼岸秀を挙げただけで、実際は知らんぞ」
お兄ちゃんは呆れて胃薬を飲みだす。最近飲みすぎじゃない?
「まあ、誰も最強を名乗ってないんだし、番長が名乗ってもいいんじゃない?」
底野はそう言って笑う。なるほど、確かにその通りだ。
こうして俺は焔崎の1年の中では最強となった。
その日、いつものように俺と黒須は同じ電車に乗って帰る。
俺は今日あった事を武勇伝として語ることにした。
「つーわけで名実共に1年で最強になったぜ」
「何やってんだお前…つうか小田垣がよく知り合いで眼帯つけてる奴の事を嬉しそうに話すんだけど、そいつじゃねえのか…?」
「うげ、まさか神音の男なのか…?」
くう、知らなかったとは言えど流石に友達の彼氏をぶん殴ってしまったというのはちょっとヤバイ気がする。しかし昔の友達より今の友達なんだ、許せ神音。
今後の目標としては上級生を倒して学園の番長になって、その噂を聞きつけた他の高校の連中と戦うってとこだな。そして悲しい事に俺は将来的にはよその高校の番長である黒須とも戦わないといけなくなるんだ。愛し合う二人が戦わないといけないなんてと運命を呪いながらも、俺は黒須と戦う。
そして俺は黒須にとどめを刺そうとするも、刺せない。だって愛してるから。
俺は黒須を抱きしめる。戦いなんかよりもずっと大切なものを俺達は見つけたんだ。
っていうシナリオを思い付いたんだけどどう?
そういえば最近やってなかったな、と窓の外に忍者を走らせる。
「ふふふ…一年最強となったらしいな、だがしかし焔崎最強はこの俺、忍者部主将の」
よし、今日は調子が悪いらしく窓の外の忍者がノリノリで何か言ってる。やめよう。
俺は幻聴と幻覚から抜け出すために目を瞑る。
「おーい、聞こえているんでござろう?もしもーし、忍者部主将ですよー、学園最強を名乗るなら拙者を倒してからにして欲しいでござるなー、それとそろそろ電車がお主の最寄に着くでござるよー、おーい、寝てるんでござるかー?」
「ああああああうるせえええええ!」
「お、おいさなぎ。どうした。大丈夫か?」
あまりにも幻聴がうるさいので立ち上がって叫んでしまい、黒須に心配されてしまった。
恥ずかしすぎる…




