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5月19日(土) 厳島-河豚岡 1回戦 (下)

 ほーら、僕の思った通り秀さんは底野君の隣の席になったじゃないか。

 やっぱり二人は運命の赤い糸で結ばれているんだよと僕鷹有大砲は双眼鏡で秀さんと底野君がいちゃつくのを見ながらロマンティックな事を考える。

「お前双眼鏡でどこ見てんだ?つうかサングラスかけてて見えるのか?」

 右隣に座っている神音からツッコミをくらう。人が多いので能力を極力抑えるために今日はサングラスをかけている。

「いやーん、彼かっこいいわ~」

 左隣のキツネさんは自分をナンパしたピッチャーに興味津々だ。

 僕達が座っているのは外野の自由席。内野一塁側の席に座っている秀さん達とは随分と離れている。これは何を意味しているのだろうか。僕が秀さんの物語に入り込む余地はないということなのだろうか。なんだか悔しい。

「そうそう、この間お店にきた神音と同じ高校の生徒、向こうにいるよ」

「え、黒須が?どこどこ…うおっ、さなぎもいるじゃねえか!あいつらデートかよ…かーっ、あそこらへんの席楽しそうだな、アタシもあそこがよかった」

 神音にも双眼鏡を手渡してやる。神音も僕と同じく蚊帳の外になったのが残念そうだ。やはり僕と神音は相性がいいのかもしれない。

 現在4回の表。キツネさんをナンパした見る目のあるピッチャーは何とか無失点で抑えてはいるがこちらの応援しているチームもどうやら貧打のようだ。野手が打てなかったり、守備でミスをする度に、

『ふざけんなよお前らやる気あんのかよルーキーが頑張ってんだぞ!』

 と、秀さんの怒りのテレパシーが送られてくる。興奮してるなぁ…



 こちらのピッチャーは健闘するも、7回の表に味方のエラーから2点を取られて降板。秀さんのテレパシー曰く初登板で6と3分の2回で2失点自責点なしは素晴らしい出来だとのこと。

「えー、彼もう投げないの?つまんないわねぇ…」

 キツネさんがそう漏らす。彼女は彼目当てで来たも同然で、野球自体にはそれほど興味がないようだ。下手すれば帰ろうとするかもしれない。

「まあまあ、頑張ってチーム応援しましょうよ」

 折角見に来たのだ、最後まで見るのが礼儀だろうとキツネさんをなだめるが、

「大体私このチーム好きじゃないのよね…確かに赤いきつねってあるけど…。どちらかというと黄色いチームの方が好きね、キツネ色だし」

 キツネさんはあろうことかチームをディスりはじめる。黄色いチームというのが関西にある、ウチのチームのファンと仲の悪いチームのことなのか今日交流戦で戦っている相手の九州のチームなのかはわからないが、どちらにせよ周りに赤い帽子の人がたくさんいる中で言っていい発言ではない。

「おいこら姉ちゃんええ度胸じゃのう?」

 周囲にいた赤い帽子のいかついおじさん達がキツネさんに怒鳴る。

 口は災いの元、一気に周囲のファンの痛い視線を引き受ける羽目に。

 僕では事態を収拾できないと思い神音にフォローを頼もうとしたが、

「つーか調べたけどこのチーム弱すぎっしょ、よくこんなチーム応援できるよなー」

 神音はとどめの一撃を放つ。あ、もうダメだこれ。

「おどれ女だからってあんまり舐めた事言ってると沈めるぞワレェ!」

 堪忍袋の緒が切れたのかファンの一人が神音に詰め寄り、首根っこを持ち上げる。

「すいません!僕の連れが粗相を働いて!」

 必死でその人に謝るが、

「なんや兄ちゃんサングラスかけて謝っとるつもりか!」

 と言われてしまう。仕方がなく僕はサングラスを外してその人を真正面から見つめて気絶させた。本当にごめんなさい。



「はぁ…疲れた…二人ともTPOとかはちゃんと守ろうよ…」

 なんとか事態を収拾することはできたが、どっと疲れた。

 キツネさんはいつのまにか注文していたのかきつねうどんをすすっている。この人マイペースすぎやしませんかね?

「ホームランボール欲しいなホームランボール、やっぱ野球はホームランっしょ」

 神音はコーラを飲みながらそんな事を言っている。確かに飛んでくるホームランボールをキャッチするのはすごく気持ちが良さそうだ。

 8回の裏、神音の想いが通じたのか4番打者の一振りで快音を立てながらボールが飛んでいく。

 これはホームランだろう、しかし残念ながらこちらにはボールは来そうにない。

 しかし不思議な事に風も吹いていないのにホームランボールは謎の軌道で神音の元へと飛んでくる。

「お、ラッキー」

 神音はそれを見事にキャッチ。幸運の女神に好かれているようだ。



◆ ◆ ◆



 野球つまんねえ。TPOは弁えているので口には出さないが俺、稲船さなぎはそう思っていた。

 だってなかなかピッチャーボール投げないじゃん。もっとぽんぽん投げろよ。

 しかもお互い点が入らないじゃん。もっと19対24とかそんな感じの点数がいいな。

 後うるさすぎる。野球の応援したいのかその鳴り物鳴らしたいのかどっちなんだよ。

「……」

「……」

 何より俺も黒須も野球全然詳しくないから話がはずまねーんだよ!

 他のカップルはどうなっているのか辺りを見る。



「なんとか同点に持ち込んだけど、ウチの中継ぎはどうにも信用ならないのよね…」

「こっちにもホームランボール来ないかな」

「内野の席にホームランボールが来るわけないでしょう馬鹿じゃないの」

 彼岸秀と底野のカップルはなかなか楽しんでいるようだ。

 更にその向こうにいる同じ学校の2組のカップルもなかなか楽しんでいる模様。

 さて、お兄ちゃんと桃子はどうなっているのかと反対を向くと、



「……」

「…すぅ…すぅ…」

 お兄ちゃんと桃子は俺達と同じくうまくいってないようだ、それどころか桃子寝てるじゃねえかいくらなんでもそれは失礼だろ…

 ああ、それにしても楽しくないなあ。黒須もきっとそう思っているに違いない。

 俺が黒須を誘ったんだからせめて俺がもう少し野球の知識を身に着けるべきだった。

 …ん?何か飛んできた?

「危ない!」

 気が付くと、黒須が俺を庇うように抱きよせていた。

 そしてその手にはボールが握られている。

 どうやら飛んできたファールボールから俺を守ってくれたようだ。

 えへへ…野球大好き。



◆ ◆ ◆



 現在9回の裏でこちらの攻撃。同点で1死2、3塁で犠牲フライでもサヨナラとなる非常においしい状況だ。

 俺、十里なぎさは部活の皆と野球観戦に来ている。何故か行かないと言っていたはずの彼岸妹も来ているがまあそれはいい。

「すぅ…すぅ…」

 問題は要さんが途中から寝ていることだ。というかよくこの音の中寝れるな…

 他のカップルの様子を見ると、彼岸姉と金切良平はすごく盛り上がっている。その向こうの2人も雰囲気は良さそうだ。彼岸妹と底野正念は言わずもがな。妹と彼氏さんはさっきまでお互い無言だったが、ファールボールが飛んできた際にかばわれて妹はそれから恍惚の表情だ。

 つまりは俺達以外全員楽しそう。

 勿論他の皆と違って俺と要さんは付き合っているわけでもない。

 単に余っているだけだ。しかしそれでも相方に寝られるというのは辛い。

 要さんからすれば所詮俺は図書委員で一緒だから話し相手になっているだけであって眼中になんてないのだと再確認する。



 犠牲フライを狙った結果ホームランになったようで、無事に我がチームのサヨナラ勝利が決まった。さあ、そろそろ俺達も球場からさよならするか。

「要さん、試合終わったよ」

 幸せそうに眠っているのを起こすのは忍びないが、揺さぶって起こしてやる。

「…んにゃ?…え?」

 要さんは自分が寝ていたのを確認すると立ち上がって、

「ね、寝てた?わ、私寝てた?いつから?」

 と慌てだす。寝ぼけているのか軽いパニック状態だ。

「1時間半くらい前から寝てたよ」

「試合は?」

「終わったよ」

「な、何で起こしてくれなかったんですかぁ!」

 要さんに詰め寄られてしまう。女の子に詰め寄られるのっていいよね。

「幸せそうに寝てたし、退屈だから寝てたんだろうし」

「違いますよ!昨日楽しみで眠れなくて一睡もできなかったんです!うう…」

 それは悪い事をしたなあ、でも幸せそうに寝ている要さんを起こすなんて大半の男にはできないのだ、聞けば要さんは授業中に堂々と寝ていても起こされないらしい。男性教諭も同じ事を思っているのだろう。本当に想っているのなら起こしてあげるべきだろうけど。

「おーい、お兄ちゃんに桃子、置いてくぜー」

 出口でさなぎが手を振っている。要さんはさなぎの元へ駆け寄り、

「さなぎちゃん聞いてくださいなぎさちゃんってば酷いんですよ?寝てた私を起こしてくれなかったんです!酷いと思いませんか?」

 俺が悪いと言い張るが、

「いやどう考えても寝る桃子が悪いだろ。お兄ちゃんずっと俺と野球見るより寝てた方がマシなのか…って辛そうな表情してたぞ」

 流石のさなぎも俺の味方だ。親友にお前が悪いと言われたのが余程堪えたのか目に涙を浮かべている。涙は駄目だ、涙が出たら無条件で俺が悪い。

「本当にごめんよ要さん。俺が悪かった」

「…ふんっ」

 謝ってみたもののお姫様のご機嫌は直らないようで、球場から駅までの間ずっとぷんすかぷんすか歩いていた。そこがまた可愛いのだけど。



 電車に乗っても俺と要さんは無言。他のグループは今日楽しかったねーとか会話もはずむが俺達ははずむわけがない。要さん途中からずっと寝てたし。

 もうすぐ要さんの降りる駅だ。要さんは席から立ち上がり、

「私今日は楽しみにしてたんです。私のペアがなぎさちゃんとはいえど、友達と一緒に遊びにいくっての全然経験ありませんでしたし、なぎさちゃんとはいえどデート気分を味わえるって。確かに寝た私も悪いです。でもなぎさちゃんも7割くらい悪いと思いませんか?」

 頬を膨らませてこちらを見る。おいおい可愛いなほっぺたつついて破裂させたい。

「そうだね、俺が悪かったよ。ほんとにごめん」

 こういう時は最大限の誠意を見せなければならない。俺は電車の床にひざまづき、土下座をする。周りの視線が痛いが気にしない。要さんの降りる駅に電車がつく。ドアが開く。

「悪いと思ってるなら埋め合わせしてください、というわけで」



「明日デートしましょう。12時に縦川駅ですよ」

 要さんはそう言うと電車を降りていった。

 …は?


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