5月17日(木) 稲船さなぎ、渾身のチェンジアップ
5月17日、木曜日。
「あー、なんかねーかな」
放課後に俺、稲船さなぎ率いる部活は今日も活動中。
桃子は本を読んでいる。俺活字読むと眠たくなるんだよね。
お兄ちゃんはメダルゲームで遊んでいる。流石はお兄ちゃん、順調にメダルを増やしていくぜ。
底野と彼岸秀はネットゲームを楽しんでいる。彼岸秀はネットゲームをしにきているだけで部活に参加するつもりなんてないと言うが、本当はこいつ部活楽しんでるよな?
…未だにこの部活何をする部活なのかよくわかんねーな。
実質文学部とネットゲーム部とメダルゲーム部じゃないか。
まあ、部活の活動内容は後回しだ。
「俺さー、今週あたりデートしようかと思ってるんだけど、どこがいいかな?底野に彼岸秀はこの間デートしたんだろ?プラン教えてくれよ」
彼氏の黒須とデートする案を部員に聞いてみることに。
「映画見てごはん食べてスポーツして終わったよ」
「こいつのプランなんて参考にしない方がいいわよ。すごくつまらなかったわ」
口ではそう言っているが内心彼岸秀はすごく楽しんでいたのだろう、ちょっと口元がにやけている。映画は俺達も1ヶ月前に見たけど、スポーツか。
「彼氏は剣道やってるんだけど、流石にデートで剣道はないよな。臭いし」
剣道をしている黒須はかっこいいが、あの剣道具の臭さは耐えられない。
黒須を真似して剣道着をつけてみただけで臭さと密封状態に耐えられず倒れてしまった。
「だったら野球なんてどうかな。丁度俺も週末に野球見に行くんだ」
「野球か。でも地元の野球チームって弱いんだろう?弱いチームの試合見てもなあ。確かサッカーは地元チーム強いらしいし、そっちにするかな」
ガン、と机が叩かれる音がする。見ると彼岸秀が邪悪なオーラをまとっていた。
「…聞き捨てならないわね、今年のガープは強いわ。それにサッカーは常に試合が動くからデートには向かないと思うわね。野球なら間があるからその間に喋ったりできるわよ」
「へえ、だったら野球にしようかな。ていうか底野も行くんだったら皆で行こうぜ、トリプルデートだよトリプルデート」
底野と彼岸秀、俺と黒須、お兄ちゃんと桃子。誰もあぶれない素敵なトリプルデート。
「わ、私は行かないわ」
なんでえ彼岸秀は付き合いが悪いな、野球ファンだろ?
「野球ですか、なぎさちゃんとペアにされてるのは何だか嫌だけど、面白そうですね。私も行きたいです」
「よし、桃子は参加だな。お兄ちゃんも行くだろ?」
「ああ、今週は暇だし構わんぜ」
そうと決まれば4人分席を確保しないとな。俺はパソコンを立ち上げる。
「底野、お前の席ってどこだ?」
「ちょっとまってね、んーと、ここだね。内野の指定席の一塁側の、3列目のここ」
「ここか。残念なことに両隣が埋まってるな、じゃあひとつ飛ばしてここから4席っと。…ん、どうした彼岸秀、何だか顔色が悪いぞ?」
「なななななんでもないわ」
どう見たって動揺しているじゃないか、一体どうしたというのだ。
ああ、きっとあれだな。本当は野球に行きたいし底野の隣に座りたいと言おうとしたけど底野の両隣が埋まっていたことで悲しんでるんだな、乙女だなあ彼岸秀は。
チケットの予約も完了。丁度下校の時間だな、そういえば黒須の了承得てなかったけど大丈夫だろうか。
そしていつものように黒須と一緒に電車でいちゃつく。
「つうわけでもう予約しちゃったんだけど大丈夫か?お前のとこ土曜日は学校ないしひょっとして予定とか入れちゃった?」
「ああ、土曜日は大丈夫だ。野球か、そういえば小田垣も野球も見に行くらしいぞ」
「まじか、神音がか。いやー神音とは中学卒業してから会ってないからな、楽しみだ」
小田垣神音。中学の頃は結構一緒につるんでたなあ。
何故かしらねーけど気づいたらあいつの側にいることが多いんだよな、多分俺ほどじゃないけどカリスマ性を持ってるってことなんだろう。
「ただいまー」
「おかえり、さなぎ。夕飯できてるから温めて食べなさい。私はそろそろ仕事に行くから」
自分の家に帰る。最近母さんが優しい。家ではお酒を飲まなくなったし一体どういう風の吹き回しなんだろうか。
そういえば彼岸秀の投球動画ってのが話題になってるらしいな、部屋で見てみよう。
「おお…」
かっこいいじゃねえか、彼岸秀。
俺もちょっと真似してスーパーボールを投げて見る。跳ね返ったそれは俺の顔に思い切りぶつかった。