4月12日(木) 稲船さなぎ・meets・her brother.
4月12日、木曜日。
ここはどこだ、川か。あ、川の向こうでばあちゃんが手招きしてる。ばあちゃん待ってて今そっちに行くからね…いや待て、どっちのばあちゃんだっけあの人は。いやそもそも俺父のばあちゃんにも母のばあちゃんにも逢ったことねえぞ?
「誰だオメーは!」
と、気が付いた時にはベッドに横たわっていた。
「頭は大丈夫か?お前の兄だぞ」
お兄ちゃんが俺を心配そうに見つめる。一体何があったんだっけ、朝から思い出してみよう。
「学校だるいなー、今日はサボってどっかいこうぜ、ゲーセンとかどうよ」
朝、俺は学校に行くために電車に乗り、隣に座っている彼氏にサボりを持ちかける。
「まだ1週間も経ってないだろ」
しかし提案は却下されてしまった。
「だって黒須がいねーしつまんねーもん」
俺の名前は稲船さなぎ。私立焔崎高校1年4組に通うクッソ可愛くて頭もよくて強い女子高生だ。
「それはその…すまん」
隣で申し訳なさそうにしているのは中学からの彼氏の片木黒須。バカなので俺と一緒の高校に入る事ができず、県内一のバカ学校に通う羽目になっている。
「まあすんじまったもんはしゃあねえ、それよりもう番長になったらしいじゃねえか」
俺達は一般的に言うところの不良だ。社会のはみ出しもんだ。前の学校ではカップルそろって番長として恐れられていたが、1人になっても流石は俺の黒須。入学早々体育館裏に呼び出され、一人で学校を仕切っていた不良グループをボコボコにして番長として君臨したという。
「前の中学のおかげで番長ってあだ名になっただけだ。問題は起こしてないよ」
んだつまんねえ。
「お前も高校生になったんだし少しは真面目になったどうだ?金髪にピアスって先生に注意されないのか?」
「黒須はまだまだ不良道極めてねーな。金髪ピアスはヤンキーの証よ」
黒須は俺がセンコーに目をつけられないように心配してくれている。それは嬉しいが女には譲れないものがある。
「だから俺は別に不良じゃあないんだが…」
黒須はまだまだ不良度が低いようで、髪も染めていないし制服もぴちっと着こなしている。俺が高校デビューとしてビシビシ鍛えてやると思った矢先の離ればなれであるから困ったもんだ。
「おっと、そろそろ降りなきゃな。仕方がないからお手本として俺がちょちょいと番長になってくるわ」
俺は次の駅で降りる必要があるが黒須の高校はまだまだ数駅ある。一旦ここでお別れだ。
「怪我しないようにな…はぁ…」
彼女の怪我の心配をするあたり、まあ馬鹿でも俺の彼氏になるための資格はあるってこったな。というわけで可愛い黒須のために焔崎のてっぺん取ったる。
駅を出て高校へ向かう。…それにしても心配なのは黒須のことだ。黒須は私が好きになるくらいの男だ、バカ高校のバカ女どもにはモテモテだろう。黒須がバカ女の誘惑に乗るとは思えないが、彼女としては不安で不安で仕方がない。
「おはよーごぜーめす」
高校へ到着し、挨拶運動をしている生徒をねぎらう。この高校は割と自由な校風で、金髪ピアスでも特に注意されない。いや別に注意されたいと思ってるわけではねえけどさあ。
「あ、さなぎちゃんおはよー」
靴を履きかえるために下駄箱へ行くと、ラブレターを大量に抱えた可愛らしい女の子が声をかけてくる。
「桃子か。俺の事は番長と呼べと言っただろう」
こいつは要桃子と言って俺の舎弟1号だ。前の中学ではファンクラブができるほどの美少女で、最初の席替えで隣同士になり俺のオーラに感動して舎弟となったわけだ。
「何か思いきり嘘の紹介されてるような…」
メロン(Fか?いや、Gか?)を揺らしながらため息をつく彼女。俺がクール系美少女ならば彼女はアイドル系美少女だ。
「それにしてもモテモテだなあ桃子は。もう20通くらいラブレターもらってねえか?」
「嫌になるよもう。私よりもさなぎちゃんの方が可愛いと思うんだけどなあ」
「まあ俺はあまりにもモテ力が高すぎて逆に男子が委縮しちまうんだな」
下駄箱にはラブレターなんて入ってない。まあ彼氏もいるし悔しくないけどね、悔しくねえよ!
4時間目の授業が終わり、昼飯を食うために食堂へ。ちなみに授業中はずっとゲームしてました。まあ俺は頭がいいから授業聞かなくても何とかなるからな。今日はスペシャルランチ+コーラ+デザートにしよう。しかし今日は混んでやがるな、座れる場所がねえ。食堂で弁当広げてる女共ぶん殴ってやろうか。
「前ええか兄ちゃん」
「どうぞ」
何とか空いてる席を見つけて座る事に成功。友達の分も席を取っている可能性も考慮してちゃんと向かいの人に了承を取る俺様マジ謙虚。しかし前の男はチビだな、食ってるもんもキツネうどん大盛りとは地味なことで。どうせ友達もいねー寂しい人間なんだろうなとそいつの顔をまじまじと見ていると、どこかで見たような顔である。はて、この男を俺は知っているはずだ。一体誰だろうなとうんうん唸っている(便秘じゃねえぞ)と、小さい頃の思い出が蘇る。
「お兄ちゃん、パパとママどうなったの?」
俺はあんとき泣きながらお互い罵り合う両親を見ていたな。
「離婚だな。俺は父さんの方へ、お前は母さんの方へ引き取られるらしい」
んで、お兄ちゃんは至って冷静に、こうなる事はわかってたと言わんばかりにそれを見ていた。
「つまりわたしたちどうなっちゃうの?」
例え理解していてもこれからどうなるかを聞いてしまうのはあん時の俺が弱かったからか。
「お前は俺と父さんにはもう会えないだろうなってことだ。強く生きろよ」
次の日には、俺は母に連れられて家を出た。あれから3年くらいになるのか…
「ってうおおい!」
「うおっ?」
いきなり席を立ち叫んでしまう。前の男どころか周囲の人もびっくりしている。気の弱そうな女の子はうどんをこぼしてしまったようだ。だがこっちは感動の再会なんだ、許せ。
「3年ぶりか?いやー久しぶりだな!」
目を輝かせて前の男に感動の再会を伝えるが、
「…いや、誰だ?」
おいおい、俺の事を覚えていないって言うのかよ!?白状だなおい!
「お兄ちゃん俺の事を忘れたのか?まあ俺はちょっと成長しすぎたから無理もねえか」
思い出せない程成長したというのはまあ悪い気分ではない。
「お兄ちゃん…って、お前さなぎか!?」
「そうだぜなぎさお兄ちゃん!さなぎだよ!ユアシスター!」
この男こそ、俺の双子のお兄ちゃんである十里なぎさであった。
飯を食い終わって俺達は屋上へ。タバコ?吸わないよ、美味しくないし。
「しかし同じ高校とはびっくりしたぜ。お兄ちゃんならお坊ちゃま高校とか行ってるのかと」
「ていうか…お前本当にさなぎなのか?」
お兄ちゃんは俺が妹だとまだ信じてくれないらしい。冷たいぜ。
「離婚したのが小6の頃だからあれから3年経ったからな。見違えただろ?」
「身長が30cmくらい伸びてねえか…?」
「昨日の身体測定だと177あったぜ。それにしてもお兄ちゃんは全然変わってねえな…」
「ほっとけ」
お兄ちゃんの外見は3年前と全然変わっていない。身長は150くらいだろうか、お兄ちゃんを見下ろすというのはなかなか楽しいもんだ。
「つうか金髪にピアスに俺口調って…アホな子だと思ってたけど…はぁ…」
お兄ちゃんは私の変貌ぶりにまるでグレた娘を持つ父親のような反応を見せる。
「まあまあいいじゃねえか。それより父さんとか元気にしてんの?」
「いつも仕事でいないよ。家族より仕事を取る男だからな、母さんは?」
「何かアル中になってさあ、仕事も水商売してるっぽいし、こっちも家に全然いねー」
「そうか…くそっ、あの時離婚を止められなかった自分に腹が立つぜ」
お兄ちゃんは屋上のドアをガンガンと蹴り、こちらを睨む。思わずビビってしまい危うく漏らすとこだった。流石は俺のお兄ちゃん。体が小さくても私に似て不良の素質がある。
「おめーも何グレてんだ、何で母さん支えてやらなかったんだよ…すまん、言い過ぎた。実を言うと母さんの顔も俺は思い出せないんだ。お前らのこと綺麗さっぱり忘れてた俺にお前を責める資格なんてないわな」
「まあ堅苦しい話は無しにしようぜ、俺はお兄ちゃんと逢えてうれしいぜ」
「俺は複雑な気分だ…」
お兄ちゃんはポケットから胃薬を取り出して飲む。ちなみに俺は薬は苦いしそんなものに頼るのは漢らしくないので使わない主義だ。
とにかく学校にお兄ちゃんという強力な味方が増えた。早速俺の番長計画に協力してもらおう。
「そうだお兄ちゃん、俺ここの番長になるつもりなんだけど、この学校で一番強い人って誰?」
「番長ってお前いつの人間なんだよ…」
お兄ちゃんはもう1つ胃薬を飲む。大丈夫、そのうち俺の変貌にも慣れるって。
「こうなりゃ乗ってやるよ…俺も入学したばかりでしらねーが、多分1年で一番強いのは…」
「彼岸秀!彼岸秀はどいつだ?」
お兄ちゃんに1年で最強の人を聞いた俺は彼女がいるという2組のドアを開け、高らかに言い放つ。
「稲船の番長じゃねーか。彼岸さんに何のようだ?」
同じ中学にいた石田がヘラヘラしながら話しかけてくる。これまたついでに同じ中学の底野も。
「ああ、ちょっと2人きりで逢いたいんだが」
「ま、まさか告白?」
「どうしてそうなるんだよ底野…別に俺はズーレーじゃねえぞ?んで、肝心の彼岸秀はどこだ?」
何故か慌てる底野はさておき、クラスを見渡すが名乗り出る奴はいない。俺にビビっているのだろうか?
「私ですが、何か用でしょうか?」
と、後ろから声をかけられる。そこにはお兄ちゃんの言った通り目つきがやべえ女が立っていた。身長は165くらいだろうか、運動神経も良さそうな体つきをしている。確かにお兄ちゃんの言うとおりなかなか強そうだ。しかし、私だって弱くないんだ。
「俺は大野道中の番長カップルの片割れ、稲船さなぎだ!お兄ちゃんに聞いたところ1年で一番つえーのはお前らしいからな、この学校でも番長となるためにお前を倒す!体育館裏まで来い!タイマンで決着だ!」
宣戦布告をすると彼岸秀は頭を抱えだす。
「なんで私ばかりこんな目に…おい、お兄ちゃんって誰だ」
「おいおいお兄ちゃんしらねーとかモグリか?1年5組の帝王、十里なぎさだ!」
「あの野郎…まあ、とりあえず…死ねや」
彼岸秀はニッコリ笑うと、目にも止まらぬ速さで私の腹にボディブローをかます。あまりの威力に世界が逆に回転する。さっき食べたものが逆流しそうになる。なんだ今のは。薄れゆく意識の中で底野が彼岸さんって大人しいと思ってたけど…と驚くのと、石田が笑ったとこはじめてみた、と感心しているのが聞こえた。俺の心配をし…ろ…
「で、保健室に運ばれて俺が看病する羽目になったってことだ」
なるほど、思い出した。しかしさっきの川は三途の川だったのか。危うく死ぬところだった。
「そうか…俺は敗けたんだな」
悔しさに涙が出そうになるが、これくらいでは泣くつもりはない。
「正直お前を炊きつけたのは俺の責任だ、わりいな。胃薬飲むか?」
時計を見ると既に5時間目の授業が終わろうとしていた。わざわざ俺のために授業休んでまで、お兄ちゃんの鑑である。全国の兄はお兄ちゃんを見習ってほしい。
「いや、胃薬なんてなくてもいいクスリになったよ」
何とかベッドから起き上がる。俺は深呼吸をし、
「お兄ちゃん…実は俺、喧嘩強くないんだ。中学から付き合ってる彼氏がいるんだけどな、そいつが喧嘩強くて番長扱いだったんだけど、俺は虎の威を借る狐だったってわけだな。結局あいついねーと駄目だわ。高校別々になったらこの様だ」
心の中を打ち明けることにした。
「お兄ちゃんに強く生きろよって言われたから頑張ってみたけど、結局アホだし弱いまま」
ああ、涙が出ちゃう。
「お兄ちゃんも幻滅したろ、信じて送り出した妹がこんなんなって。今日も迷惑かけちまったし、彼岸秀って子にも迷惑かけたな。ボディブローされるとは思わなかったけど」
涙が止まらない。
「わだし…おにいじゃんっていうじかくだいよべ…」
会話すらできないのか俺は。一人称も私になってるし。
そんな俺の頭を、お兄ちゃんは昔のようによしよしと撫でる。身長差があるのでお兄ちゃんは手を高くあげてなでなでしている。いやここは笑うとこじゃないんだ、耐えろ俺。
「俺もお前にお兄ちゃんって言われる資格なんてねーよ。だからおあいこな」
「馬鹿かよお兄ちゃん、そこは抱きしめるとこだろ。そんなんじゃ彼女できねーぞ」
「落ち着いたか」
「ああ、もう大丈夫だ。授業に戻るぜ」
俺は体が大きくなっただけで助長していたが、本質は弱い女の子のままだ。お兄ちゃんはあれから全然大きくなっていないのにしっかり成長している。お兄ちゃんと一緒なら、俺もお兄ちゃんのようになれるだろうか。保健室のドアを開け、クラスへ戻る。
「つーことがあってよ、お前がいねーと駄目だ俺」
そして放課後、黒須と電車で待ち合わせし、端っこの優先席で二人の時間を満喫する。
「お前なぁ…クソ、なんで受験勉強もっとまじめにやらなかったんだ」
「お互い人生なめてたってことだな」
窓の外を眺め、架空の忍者を走らせる。高校生になっても楽しいよなこれ。
「しかしお兄ちゃんってやつに嫉妬するぜ」
黒須がむすっとする。なかなか可愛いところあるじゃねえか。
「おいおい嫉妬かよお前。安心しなって、お兄ちゃんは漢として見ているが、男としては見てねえよ」
「言いたいことはわかるが、発音同じじゃ伝わりにくいっつうの」
お互いケラケラと笑う。車両には俺達以外誰もおらず、まるで世界から見放されているようだ。
決して強くもない俺達は、2人で傷を舐め合ってるってわけだ。人間は1人じゃ生きられない。
「あーそうだ、今週デート行こうぜ。映画とか見てさ」
「ああ、そうだな」
デートの予定を取り付けることに成功する。
しかし外面変えたって何の意味もない、内面変えないとな、と俺は電車の外を走る忍者のようになりたいと思った。
「拙者だって強くないでござるよ。忍者なのにお嬢さんに見られるくらいだし」
電車の外の忍者はそういうと跳躍し、消えていった。あの忍者はひょっとしたら本物だったのだろうか?