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5月15日(火) 彼岸秀、リモコンを叩きつける。

 5月15日、火曜日。


「私今週の土曜日に、金切君と野球見に行くことになったんだ」

 昨日、糞姉がそんな事を言ってきた。話を聞くに友人をくっつけるため、そして自分もくっつくためのダブルデートらしい。野球を糞姉の恋に利用されるのは何だか腹が立ってくるが、問題はそこではない。

 実はその試合、私も見に行くつもりだったのだ。

 何せその日はホームで交流戦が始まるし、期待のルーキーが初先発予定だ。

 弱小チームを応援する身としては、交流戦で別のリーグのチームと戦うのを見ることで脳内日本シリーズを実感するのだ。

 しかしこいつらがダブルデートをしに行く中一人で野球を見にいく、というのは流石の私も何だか辛い。見つかってしまえば絶対に寂しい女だとリア充共に笑われる。

「何なら秀も、底野君誘えば?トリプルデートってことで」

 自分のデートで頭がいっぱいなのか、気持ち悪い程ウキウキしながらそんな事を言ってくる。

 黙れ。あんな奴がいなくたって、私は一人で野球を見に行ける。



「弾が切れた!桃子、弾持ってこい、桃子!」

「さなぎ、さっきからスルーしてたけどお前だけ別のゲームやってるぞ」

「ええ?じゃあこのスイーツ大天使って桃子じゃないのか?」

「何でその名前で私だと思うんですか…?」

 その日の放課後、私は部室(まだ部の名前も活動内容も決まっていない)で他の部員と共にネットゲームに興じていた。一人だけ全然違うFPSをプレイしているようだが。

 お古とはいえ、ここのパソコンは実にスペックが高い。何でもクラッキングが趣味の人間が集まって破壊活動に励むクラッカー部なるものから譲り受けたらしいが、大丈夫なのだろうか。

「それにしても、全員女性キャラってのもなんだかな。さなぎ、バランス悪いからキャラ作る時は男キャラにしろ」

『底野君となぎさちゃんがネカマプレイするからでしょ…』

 要桃子がチャットで指摘する通り、パーティーは全員女性キャラだ。底野正念はただ女性になりきっているだけだが、十里なぎさは更に姫プレイをしようとしているからタチが悪い。

 しかし数人パソコンの前で集まって無言でネットゲーム、会話はチャットで行うというのは何と言うか異様な光景だと思う。

『よーし言われた通り男キャラで作ったぜ!ポイント?ってのはとりあえずパワーに全部振ったから前衛でばんばんやってやるぜ』

 やがて部長である稲船さなぎもキャラを作成してパーティーに参加してくる。

 パワー全振りとか絶対使い物にならない。これだからネトゲ初心者は。

 今までは底野正念と2人でプレイしていたが、やはり5人だと狩りの効率が全然違う。

 やはり人と言うのは集団で行動するべきなのだ、と実感する。

 そして私には集団で行動する才能が全くない。悲しいことだが。



『ピンポンパンポン。下校時間です。皆さんとっとと帰りましょう。以上、放送部の稲妻日名子がお伝えしました。それともし図書委員の人がいましたら図書室に来てください。本棚が崩れてしまったそうです』

 気付けば下校の時間になっていたようだ。短い時間だったが効率的な狩りができた。まあ、部活というのも悪くないかもしれないわね。現状ネトゲ部だけど。

 稲船さなぎはやべえ電車に遅れる!と部室を飛び出していく。

 十里なぎさと要桃子は図書委員なので、しょうがない仕事するかと図書室に向かって行き、私と底野正念が残された。

「それじゃ、俺達も帰ろうか」

 何当たり前のように一緒に帰ろうとしてるんだボケ。



「いやー、しかし高校でもネトゲ部みたいなことをするなんて思ってなかったよ」

「…あのパソコン持ち帰れないかしら」

 違うのよ。私はこいつを置いて帰ったんだけどこいつがついてくるから諦めてるの。

 話をしてやってるのも仕方なくよ。

「…そういえば今週の土曜日なんだけど、野球の試合を見にいくんだ」

「は?」

 待て、どういうことだ。こいつは別に野球ファンでもないのに、何故。

 しかもよりにもよって私と同じ日に。

「何か俺のいとこが、土曜日に投げるらしくてさ。折角だし見にいこうかと」

「そ、そう…へえ、あのピッチャー親戚だったのね。言われてみれば確かに顔とか似ている気がするわ」

「でも俺あんまり野球詳しくないからさ、よかったら一緒に見に行かない?もちろんチケット代は俺が払うし、いとこのサインも貰ってくるからさ」

 よくもまあ恥ずかしげもなく彼女でもない女を誘えるものだ。そういう積極性は私も見習うべきなのかもしれないが、

「私が?あなたと一緒に?冗談きついわね」

「あ、あはは…」

 私の答えはNOだ。この間は賭けに負けたから仕方がなくデートをしてやっただけ、こいつとデートをする理由なんてない。いや、強いて言えばサインは欲しい。

 でもサイン欲しさに好きでもない男とデートするというのは嫌だ。

 別にこいつなんてどうでもいいけど、男を利用するというのはあまり好きではない。

 自分の恋愛のためなら他人の恋愛も利用する、そんな糞姉が身近にいるからだろうか。

 大体もう私はチケット買っているし。内野の指定席を。

「糞姉がその日ダブルデートをするらしいから、そっちに混ざれば?」

「え、ダブルデートに男一人混ざるのは変でしょ。なおさら一緒に来てよ」

 ぐっ…墓穴を掘ってしまった。

「とにかく行きませんから私は。もう駅につきましたよ、さっさと帰ってください。あ、でもサインはください」

「結構欲望に忠実なんだね秀さん…それじゃ、また明日」

 駅で彼と別れ、自分の家に帰る。



 それにしてもまずいことになった。行きませんから私はと言ってしまったけど実際には行くつもりなのだ。

 もし球場で鉢合わせしてしまったらどうなることか。

 あの馬鹿のことだ、本当は一緒に行きたかったんだね!とか勘違いしてしまうかもしれない。そういうのは非常に困る。

 糞姉一行にバレると寂しい女だと笑われ、底野にバレると勘違いされる。

 どちらに転んでもロクなことにならない。

 いや、大丈夫。バレなきゃいいんだ。冷静になって考えるんだ彼岸秀。球場は広い、底野や糞姉一行が私の席の近くに座る可能性は低いんだ。

 この間偶然にも金切良平と隣同士になったが、あれで偶然も使い果たしただろう。

 二度もそんな偶然が起こるはずがない。

 そう考えると気が楽になった。そういえば今日は試合があったな、どんな展開になっているのだろうとテレビをつける。

『4番手の岸野も大炎上!厳島、これで大河に25点を許しました!』

「ふざけんじゃねー!」

 その場でリモコンを叩きつけ、壊してしまった。


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