5月11日(金) 要桃子、デュエット。
5月11日、金曜日。
「いってきまーす」
優しい両親に見送られて私、要桃子は家を出る。今日も今日とて学校だ。
気付けば入学してから1カ月が経っていたようだ。
流石にもう告白はされていない。告白する人はもう最初の1週間くらいで全員告白してきたみたい。入学当初は大変だったけど、今が楽になるんだし、まあ結果オーライ?
いつものように女性専用車両に乗り込み、いつものように恋愛小説を読む。
主人公は男から告白されるけどフってしまう。しかしある時その男が異国の王子様だと知って…という内容だが、どうも好きになれない。なんというか主人公の女が相手が王子様だと知るや否や手のひらを返して好きになる、というところが。まだ女性を見た目だけで判断している男の方がマシではないか。最後はこの主人公、めでたく王子様と結ばれるのだけど、異国の革命軍に殺されてしまった。金と地位に目のくらんだ女の末路か。
雑誌で女性が結婚相手に求める条件、とかいうのを読んでいると何だか嫌になってしまう。
年収は~以上、身長は~以上、学歴は~…そんなんだからこいつらは結婚できないのだろう。
こいつらは結婚相手をステータスか何かだと勘違いしてるのではないだろうか?
…まあ、高校に入学したばかりの、恋愛経験もない私にそんなことを言う資格などないのだけれど。私も数年後、こいつらのようになるのだろうか。ああ、大人になりたくないな。
「うっす、おはよう桃子」
「おはよーさなぎちゃん」
学校付近の駅で降りて、友達のさなぎちゃんと合流。私なんかのために、いつも駅で待っててくれるんだから本当にありがたい話だ。
「ねえねえさなぎちゃん、さなぎちゃんが結婚相手に求める条件って何?」
「結婚?おいおい随分と先の話をするんだな桃子。別に俺の愛した男で、向こうも俺を愛してくれるんだったらそれだけで上等よ。年収が低い?だったら俺が稼ぐ。背が低い?お兄ちゃんは背が低いけどそこらへんの男よりはカッコいいと思うぜ?学がない?俺だって馬鹿だよ」
なんて男らしい回答なのだろうか。なぎさちゃんはカッコよくないと思うけれど。
その後学校について授業を受けて放課後になって、私は図書室へ。
「やあ要さん」
毎週金曜日の放課後に私は図書委員として仕事をしないといけないのだけど、その相方がこの男、さなぎちゃんの双子の兄のなぎさちゃんだ。
「そういえば雑誌に載っていた女性が結婚相手に求める条件の中に身長がありましたよ。身長170未満は絶対嫌なんだって。でも安心してくださいなぎさちゃん。なぎさちゃんくらい小さいと世の女性はきっと一周回って逆にアリだと思ってくれると思います」
「開口一番変なフォローしないてくれるかな」
さなぎちゃんが高校1年にして170を越えるのに対し、この男は150あるかないか。
私よりちょっとだけ高いくらいだろう。いや、私の方が身長が低いというのは何だか嫌だな、うん、きっと私の方が身長が高いに決まってる。
「本当にさなぎちゃんとなぎさちゃんって双子の兄妹なんですか?実はなぎさちゃんは橋の下で拾った子供なんじゃないですか?全然似てないですよ」
「昔は似ていたはずなんだけどなあ…正直俺も確信が持てなくなってきた」
私は恋愛小説コーナーから適当に1冊の本を取り出して、司書用のカウンターにある席に座る。
隣の席のなぎさちゃんはこちらを見てため息をつく。
「俺一度も要さんが図書委員の仕事をしているところ見てないんだけど」
「いいじゃないですか、今は仕事ないんだし」
読み始めたその本は、何のとりえもない(と言ったら失礼かもしれないけど)主人公の女の子が、イケメンでお金持ちで身長も高くて優しい男に好かれるという内容だ。
大抵恋愛小説なら最後まで読み進めるのだけど、今回は数十ページでギブアップ。
気持ち悪い。まさに女の願望が詰まった一冊。作家を確認するとやはり女性作家だ。
私はその本を床にたたきつける。
「要さん、図書委員が本を大事にしなくてどうするんだよ」
「…なぎさちゃん、いいからこれ読んでください」
なぎさちゃんにもこの本を数十ページ読ませる。
「うん、いわゆる逆ハーレム、もしくはドリーム小説ってやつかな。俺は男だからよくわからないけど、女性が喜びそうな内容だと思うよ?」
「私はこういうのが嫌いなんですよ。男性作家の書くハーレム物のほうが数百倍マシです」
男性作家の書くハーレム物は、ギャグ成分が多い。だからこそ作者や読者の願望を如実に表したような作品でも、ギャグ成分が中和してくれる。
だけど女性作家の書くハーレム物はギャグ成分が少なくて恋愛成分がそのまま出てくる。
だから作者や読者の願望がそのままでてきて気持ち悪いのだ。
「ふうん…まあ、俺は本とかあんまり読まないからなあ、そこらへんはわからん」
「図書委員なのに?」
「言ってなかったっけ。じゃんけんで負けて無理矢理なった図書委員だから」
「なっ…そんな嫌々図書委員になるなんて文学への冒涜です!いい機会ですからなぎさちゃん、文学少年になりましょう。最近文学少年が減ってきているらしいからそういう隙間産業を狙えば、背の低いなぎさちゃんでも需要はあると思うんですよ、とりあえずこれ」
私は今日電車の中で読んだ一冊をなぎさちゃんに押し付ける。
「わかったわかった、今度読むから」
「そういう人って絶対読まないんですよ!今日!今すぐ!読んでください!図書委員の仕事なら私がしますから」
そう言って無理矢理なぎさちゃんに本を読ませ、私は本の貸し出しなどの応対をしながら彼を監視する。下校のチャイムが鳴る頃にようやく読破できたようだ。
「で、どうでしたか?感想は」
「最後に主人公を殺しておけば泣くだろうってのがなあ」
「わかってないですね。この話は金に目がくらんだ女はこうなりますよっていう教訓なんですよ。なぎさちゃんも人を見た目で判断したりすると痛い目見ますよ?」
「もうすでに痛い目見てます」
図書室の片づけをしながらそんな話をする。何というかすごく自分が楽しんでいるのがわかる。
今まで小説の話とかで他人と盛り上がったことがなかったからだろうか。
やはり自分の好きな話題で他人と話ができるのは楽しい。一方的でも。
「おいーっす、桃子にお兄ちゃん、帰ろうぜ。お兄ちゃんなんだかお疲れモードだな?反対に桃子は何かキラキラしてるな?」
部室でネットゲームをやっていたらしいさなぎちゃんと、部活仲間の底野君に彼岸さんもやってくる。
「なんだお前ら全員残ってたのか。なんだかんだいって彼岸妹は部活楽しんでるんだな」
「わ、私はネットゲームしてただけだから。あの部室のパソコンスペックがいいから」
「ずっと画面見てたら目が疲れちまったよ。目が疲れた時は口も疲れさせよう。そんなわけでカラオケに行こうぜ」
その後底野君と彼岸さんも無理矢理連れてカラオケではしゃぐことに。
今までカラオケは一人でしか行ったことがないという彼岸さんに、じゃあデュエットを歌おうと無理矢理歌わせる底野君。つくづくお似合いのカップルだなと思う。
次はなぎさちゃんの歌う番か、この間は似合わないビジュアル系の歌を歌っていたけど今回はどんな選曲なのだろうと思っていると、流れてきたのは私が歌いたかった曲。
「ちょ、ちょっとなぎさちゃん!それ次に私が歌おうと思ってたんですよ!?それなのに何で先に歌っちゃうんですか!酷いと思わないんですか?」
でも俺だって歌いたいしとマイクを譲らないなぎさちゃん。気が付けば私はもう1つのマイクを手に取り一緒に歌っていた。