5月10日(木) 稲船さなぎ、模様替え。
5月10日、木曜日。
「そういえばさ、さなぎ」
「どうしたよ黒須」
朝、俺達以外誰もいない車両で俺、稲船さなぎが彼氏である片木黒須といちゃついていると、黒須が何かを思い出したようだ。俺が好きだって事かな?まあそもそも忘れちゃ駄目だけど。
「結局部活はどうなったんだ?」
え?
その日の放課後、俺は部員を全員部室へと呼び集めた。
「というわけで第1回部活動を始めたいと思います、質問のある方はいますか」
「はい」
「何でしょうかお兄ちゃん」
「月曜からずっとスルーしていたのですがその似合わない狐耳のカチューシャはいつまでつけているつもりなんでしょうか」
「部活と関係ねー事質問すんじゃねー!これはな、黒須が俺にプレゼントしてくれたんだよ!死ぬまでつけるに決まってるだろうが!」
まあ正直あんまり似合ってないのでもう外そう。俺はカチューシャを外してカバンにしまう。部屋にでも飾っておこう。
「他に質問はありませんか」
「はい」
「何でしょうか彼岸秀」
「何で私はここに連れてこられたのでしょうか」
うん、いい質問だ。俺が今日部員を全員集めた理由。
「部活を作ったはいいが正直存在を忘れかけていました。このままでは思いつきで部活を作って何もしない馬鹿だと彼氏に思われてしまうのでこれを機にまともに部活動をしようと思い今回皆さんを集めたわけです」
「アホか、帰らせてもらいます」
そう言うと彼岸秀は部室を去ろうとするが、
「まあまあ秀さん。暇つぶしにはなると思うから付き合ってあげようよ」
と底野に引き留められる。しょうがないわね、と彼岸秀は折れたようだ。
「それで今日は何をするんですか?」
桃子が目を輝かせながら聞いてくる。部活が楽しみで仕方がないようだ、可愛い奴め。
「そうだな、とりあえず今日は模様替えをしようと思う」
現状この部室にあるのは机と椅子とホワイトボード、後は昔ここで活動していたアマチュア無線部の遺品らしき謎の機械だけだ。なんというか地味だ。
「そんなわけで適当に他の部室とかから廃品回収とかしよう。社会貢献にもなるし、一石二鳥だな。じゃあ1時間後にここに集合!」
了解であります、と桃子と底野は乗り気だが、へいへい、と彼岸秀とお兄ちゃんはやる気がなさそうだ。まったく何のためにお前らは部活に入ったんだ?…無理矢理入れたんだった。
1時間後、部室に色んな物が集まる。見た目だけは随分豪華になったな。
「よし、それじゃあ戦果を報告してもらおうか。まずは桃子少佐」
「私少佐なんですか?」
「因みに部長である俺は一番偉いから勿論大佐だ」
「私は放送部からダーツセット、黒魔術研究会から可愛い人形…トロール人形って言うらしいです、これを5体程貰ってきました」
そう言うと桃子はダーツを壁に貼り付けて、トロール人形を机に飾る。この人形可愛いか?
すごく怖いんだけど。絶対今目が動いたってあの赤い髪の人形、ヤバイって。
「…次、底野曹長!」
「はっ、自分はクラッカー部からデスクトップ2台、ノート3台を貰ってきたであります!」
「よくやった!貴様は軍曹に格上げだ!…ところでクラッカーって食べるアレ?」
「格下げされたであります…クラッカーは壊す方であります」
壊す方?ああ、パーティーで使うアレね。しかしどんな部活なんだろうか、気になる。
「次、お兄ちゃん中将!」
「大佐より偉いじゃないか…俺は本棚と抱き枕をもらってきた」
「抱き枕って…それを抱いて寝るんですか?女の子がプリントされたそれを?うわあ、なぎさちゃん気持ち悪いですね」
桃子がお兄ちゃんをゴミを見るような目で見る。多分お兄ちゃんにはご褒美なんだろうけど。
「何で俺が使ってること前提なのさ、アニメ研究会からもらってきたんだよ。中の人が結婚したからもういらないそうだ、あいつらには何人俺の嫁がいるんだか」
黒須は俺の嫁!
「次、彼岸秀大吟醸!」
「せめて階級にしろや!…はぁ、私はゲームセンターからメダルゲームの筺体いくつかもらってきました」
おいおい、外のゲームセンターから運んできたのかよ。一番頑張ったじゃないか。
「やるじゃないか彼岸秀!2階級特進だな!…大吟醸の2つ上って何だ?」
「大吟醸は階級じゃなくて酒だ!つうか階級なんてどうでもいいわ!」
知らなかった。ちなみに俺は電子レンジとポットを持ってきた。実用品から遊びに使えるものまで、色々集まったじゃないか。学校一立派な部室だな!
「…あれ?さっきまでこんなものありましたっけ?」
不思議がる桃子につられて机の上を見ると、さっきまでなかったはずの装束が。
「なんだこれ…?忍者装束か?手紙がついてるな」
手紙には、
「部活結成おめでとうございます。つまらないものですがプレゼントです。忍者部より」
と書かれていた。忍者部って実在したのか…
その後パソコンをつないだり、部室の掃除をしたりしてる間に気づけば下校の時間を過ぎてしまった、このままじゃ黒須と一緒の電車に乗れない。
「今日は実に有意義な部活動だったな!今日はこれにて解散だ!部活やらない時でも部室は自由に使っていいからな!また部活やる時に召集かけるからちゃんと集まれよな!」
部員に別れの挨拶をすませて急いで学校を出て駅に向かう。部活も大事だが黒須も大事。
ギリギリで黒須の乗っている車両に駆け込む。久々に全力で走った気がする。
「はぁ…はぁ…よう黒須、今日は部室の模様替えをやったぜ」
「さなぎ、大丈夫か?水飲むか?」
「サンキュー」
息を切らす俺をまず心配してペットボトルをくれる。黒須は彼氏の鑑である。受け取ったペットボトルを飲み干した後に俺は関節キスだなと気づいてちょっと恥ずかしくなってしまう。
「しかし模様替えか、俺の剣道部の部室はすごく殺風景なんだよなあ…」
「俺の部活はダーツにパソコンにメダルゲームもあるぜ」
「結局何をやる部活なんだよ…」
地元の駅について、部員の話とかをしながら二人で歩いて、途中で別れて、俺の家について。
「おかえり、さなぎ」。
「お、おう。ただいま、母さん」
珍しく酒の匂いのしない母親が俺に挨拶をしてきたもんだからびっくりしたよ。




