5月9日(水) 鷹有大砲、能力者バトル展開は望まない
5月9日、水曜日。
そうだ、秀さんは決して欠陥品じゃない、要らない子じゃないんだ。
朝の登校中に前方を歩く少女、秀さんを見守りながら僕は心の中で彼女を応援する。
今日は彼氏と一緒じゃないみたいだ。
昨日起こった事件…たまに僕、鷹有大砲にテレパシーを送ってくる少女、秀さんが自分は欠陥品だと思って幼児化してしまった事件の一部始終を僕はテレパシーを通じて見ていた。
幼児化したことで力のリミッターが外れたのか、普段は心の声が聞こえる程度だったのが昨日は脳の中に直接映像が浮かんできた。
できることなら、僕もあの輪の中に入って秀さんを慰めてやりたかった。
ひょっとしたら今まで心の声が聞こえてきたのは、助けを求めていたのかもしれない。
自分が親からも、そして世界からも愛されていない、そう思った彼女が無意識に似たような人に助けを求めていたのかもしれない。
そう、僕のような。
彼女は間違いなく欠陥品じゃない。素敵な姉に、素敵な彼氏に、素敵な友人もいる。
だけど僕はどうなのだろうか。
人間の世界には間違いなく必要とされてはいない。
キツネさんやガラハちゃんのような人間以外の世界は僕ではなく僕の能力を必要としている。
ひょっとしたら僕も誰かに心の声を届けているのかもしれないね。
人のふり見て我がふり直せとは言うけれど、僕はそれでも自分に自信は持てない。
「あの」
「うおっ」
気が付けば、僕の目の前にはその秀さんが。
「さっきから、私をじろじろと見てましたよね。何か用ですか?」
こっそりと見守っていたはずなのにバレてしまった。まさかずっと君の心の声を聞いていたよ、昨日は大変だったね、とかそういう事を言うわけにはいかない。そもそも昨日の事は綺麗さっぱり忘れているみたいだし。
「えーと…そう、こないだの始球式で投げてた子だよね?すごかったよ、感動したよ」
その場しのぎの話題に噂の始球式の話をしてみる。あまり野球には詳しくなかったが、動画越しに見てもあれには感動したね。
「そ、そう。お世辞でも嬉しいわ、ありがと」
秀さんはそう言うと照れたのか早歩きでさっさと歩き去ってしまった。
心の中で秀さんの彼氏にごめんよ人の女を口説くような真似をしてと謝る一方で、違和感に気づく。そういえば秀さんは僕に特に不快感を感じていなかったな。
人間離れした運動神経にテレパシー。きっと彼女もまた能力者なのだろう。
今日も今日とて学校を終えてアルバイトへ。ねえ秀さん、テレパシーを送るのは辛い時だけにしてくれないかなあ?学校に行くのがちょっと楽しくなったとかそういう事を授業中に聞かされるこっちの身にもなって欲しいよ、まったく。
オキツネ魔法具店は閉まっている、キツネさんは外出中か。先日のデートの際に頼まれた油揚げ味のアイスを買い忘れてしまった事をキツネさんに謝ると、
「え?そんなものあるわけないじゃない。適当にデートに行かせる口実作っただけよ」
とのこと。どうやら遊ばれてしまったようだ、
しばらくすると神音がお店に入ってくる。いつもの勝気な姿はどこへやら、今日は何だかテンションが低そうだ。
「…ちゃーす」
「どうしたんだい神音、神音らしくもない」
はぁ…とため息をつく彼女。普段見せることのない姿にほんの少しだけドキッとする。
「自分の存在価値が果たしてあるのかって考えてさ」
「そうか、くたばれ」
「酷くない!?」
僕が自分は世界に必要とされているのかと朝から悩んでたというのにこの女は。
「神音は多少周りに人が集まってきやすいだけで普通の女の子じゃないか。立派にこの世界の構成要素だよ、僕みたいなイレギュラーじゃなくてね」
「そう、それなんだよ。アタシの能力って曖昧すぎる」
神音は商品棚によじ登り、ポーズを決める。馬鹿は高い所が好きなんだな。
「もし能力者バトル展開が始まったらアタシの存在価値がなくなる!」
「…は?」
この女は一体何を言っているのだ。
「こないだ漫画読んでたらアタシ達みたいな能力者が戦ってたんだけどさ、実際にああいう展開になったらアタシ完全に役立たずじゃん、周りに人が寄るだけって。むしろカモじゃん」
「まずそういう展開にならないと思うんだけど」
「その点お前はいいよな、動物を味方にできるっていう第一の力だけでなく、眼帯を外すことで周りの生き物を倒すという裏の力が使えるなんて、主人公ポジションじゃん」
そんな事で褒められても全く嬉しくないのだが。
「だったら君もその周りに人を集める能力で仲間を集めて指揮するポジションを狙えばいいじゃないか、人の上に立つ仕事がしたいんだろう?」
「うーん、たしかにそれも美味しいポジションかもしれないけど、やっぱりバトル展開だったら前線で戦いたいじゃん?」
僕は戦いに参加したくないね。
「そんなわけでアタシ、小田垣神音は新しい能力を得られるように特訓します!」
「少なくともここではアルバイトをしてくれよ」
「いやいや、魔法の道具があるここで特訓することが大事だと思わないか?」
もう何を言っても無駄なようだ、諦めよう。
その後神音は店の備品で新しい能力を得ようと奮闘するも、結局能力に目覚めることはなく、それどころか備品をいくつか壊してしまい僕共々キツネさんに大目玉を喰らった。
「神音のせいで僕まで怒られちゃったじゃないか」
バイトも終わり、二人で途中まで帰る。
「うーん、なかなか新しい能力には目覚めないもんだな?」
「反省してないな…おや、猫だ。久しぶり」
気が付くと足元にはたまについてくるどこかの飼い猫がすり寄っていた。
「…なあ眼帯、ちょっとその猫に三回回ってニャーと鳴けって言ってみてよ」
「はぁ?なんだそりゃ…猫ちゃん、三回回ってニャーと鳴いてくれないかな?」
僕がそう言うと猫はその場で三回回り、にゃーんと鳴く。素直で可愛らしい。
「やっぱり」
神音は俺を睨みつける。
「なにがやっぱりなのさ」
「眼帯、お前の能力は単に人に嫌われて人以外に好かれるだけじゃない、動物に自分の意思を伝えることができるという能力も持っている!」
言われてみれば確かに、猫に日本語で三回回ってニャーと鳴けなんて言っても普通理解してくれるはずがない。ガラハちゃんみたいな賢いカラスは例外にせよ。
「おい猫!三回回ってニャーと鳴け!餌やるから!」
神音は悔しそうに猫に命令するが、日本語がわからない猫は首をかしげるだけだ。
「畜生…なんでお前ばかり、そんな役立ちそうな能力持ってんだよ、裏切り者!」
裏切った覚えはないのだが、神音はそういうと毎日特訓だ、と叫びながらその場から走り去ってしまった。
頑張れ神音、そのうち新しい能力が身につくさ。