4月11日(水) 鷹有大砲・meets・小田垣神音。
4月11日、水曜日。
何故か昨日自分が笑いものになると心配していた子のテレパシーを受け取ったが、笑いものならどれほど楽か。
「見てみてあの子、眼帯とかしてる」
「まじきも…厨二ってやつ?」
朝、学校へと行くために僕がアパートを出て三十秒。
どこかの女子学生に罵倒を食らってしまった。目を怪我して眼帯をつけている人に謝れと思う。まあ僕は目を怪我しているわけではないのだけどね。
「あっ見て、猫ちゃんだ」
「本当だ、おいでおいで~」
女子学生は僕への罵倒よりもその辺を歩く野良猫に興味を持ったようで、スカートのポケットに入れていたお菓子で餌付けをしようと試みるが、
「なーお」
そう鳴いた猫は女子学生から逃げ去り、
「よしよし」
僕の元へやってくる。猫を撫でてやると嬉しそうに僕の手を舐めてくる。くすぐったい。
「な、なんであんなのに…」
悔しがる女子学生。猫を撫でながら、本当は女子学生に好かれたいとキモいことを思ってしまうのは男のサガか。
僕が学校について教室に入るなり、同じクラスの生徒ににらまれる。さっきまで明るいムードだったようだが、僕が教室に入ったことでムードは最悪だ。申し訳ないと思いつつ自分の席へつき、寝たふり開始。
「あいつマジきめえよな」
「ホント学校くんなって感じ」
耳を塞いでも、こういったクラスメイトの悪口は聞こえてくる。
昔はこういう事を言われるたびに泣いていた気がするが今はそんなこともなくなった。いや、正確には心で泣いている。
ほとんど寝たふりで午前の授業を終え、逃げるように空き教室へ。孤独な昼食の始まりだ。
便所飯という手もあるが、人としてそれだけは嫌だったのだ。
「クエ」
気が付けば僕の隣にはどこからやってきたのかインコがいた。その口にはミミズが加えられている。
「気持ちだけ受け取っておくよ。家にお帰り」
僕はそう言ってインコを帰す。多分どこかの家から逃げ出して来たのだろう、飼い主の元に帰るといい。
インコの気持ちはありがたいが、サバイバルをしている訳でもなしにミミズなんて食べられない。人としてそれだけは嫌だったのだ。
午後の授業もほとんど机に突っ伏し寝たふり(授業はちゃんと聞いてはいる)。周りからすればなんでこいつは学校に来ているのだろう、学校来るなという状態だろう。というか実際そんな悪口を何度も聞いている。それでも人として学校には行かなくちゃという思いが強いのだ。
人として、人として、人として。
今日の授業も終わり、逃げるように学校を去る。
学校を出るや否や今朝あった猫がすり寄ってくる。よく見るとこの猫野良猫ではなく首輪をつけているではないか。
「自分の家におかえり」
そういうと猫は渋々去って行った。
「何アイツ…猫と喋ってるよ」
「ヤクでもやってんじゃないの…きもっ」
女子高生にはヤク中だと思われてしまったようだが、もう慣れた。
何故僕が周りからこれほど嫌われるか?特に入学して何か問題を起こした訳ではない。強いて言うなら存在が罪なのである。
僕…1年3組鷹有大砲は本当は人ではないのかもしれない。人間というにはあまりにも僕の目は特殊だった。
人類の劇薬、人外の媚薬…と中学2年の時にちょっとかっこいいなと思って自分で名づけた僕の目は、人間には嫌われるオーラを放ち、人間以外には好かれるオーラを放つようだ。何もしなくても悪口を言われたり、猫やインコがすり寄ってくるのはこのためだ。決して僕自身に何か問題があるわけでは…ないはずだ。
この能力に気づいた僕は左目を眼帯で隠し、右目も細目にすることで能力を最小限に抑えてはいるのだが、それでも今日みたいに嫌われまくる。能力に自覚しなかった頃は本当にひどかった。悪口やいじめで済まず、直接暴力を振るわれることも珍しくなかった。両親には殺されかけた。というわけで両親は今刑務所で冷や飯を食べている。出所しても僕と同じところに住むはずはないのだが、能力のせいでこんなことになって両親には本当に申し訳ないと思う。
建前上は親戚の家にお世話になっているが、その親戚にも嫌われているので、自分でアパートを借りて過ごしている。生活費はもらっていないが、ペットのカラスが金品を持って来てくれたりとこの能力のおかげでなんとか生活はできているのだから皮肉なものだ。
「…どこだ?ここ」
真っ直ぐアパートへ戻るつもりだったのだが、気づけば見知らぬ地へ迷い込んでしまったようだ。というより、何かに導かれている気がする。何かに案内されるようにすいすいと見知らぬ道を歩き、僕はとある店の前に到着した。
「オキツネ魔法具店…」
店の名前を読み上げる。胡散臭い。オキツネという時点で既に胡散臭いのに、魔法具とはダブル役満だ。馬鹿馬鹿しい、魔法なんて…と思ったが、こんな能力を持っている僕が魔法を否定するのもおかしな話だと反省。
ひょっとしたら魔法でこの能力を消すことができるのかもしれない、ここへたどり着いたのは必然なんだと僕は扉を開き、店内へ入ることにする。
「いらっしゃいませー…なんだてめー、強盗か?警察呼ぶぞ」
お店に入ると、活発そうな店員の少女(髪が赤いが染めているのだろうか、地毛なのだろうか)が僕を見るなり暴言を吐く。なんと接客のなっていない店員なのだろう、とはいえこんな対応には慣れっこだ。
「お店の名前に魅かれたので入ったのですが、本当に魔法の道具が売っているのですか?」
「あ、万引きか!万引きする気だな?そこを動くな、店長呼んでボコボコにしてもらったる」
話が通じない。少女は店の奥に入っていった。本当に店長を呼ぶつもりらしい。いやだなあ、ヤクザみたいな人が出てきてボコボコにされたらと身構えていると、
「あら、いらっしゃい。素敵な殿方ね」
予想に反して金髪の綺麗な女性が出てきた。年は20代後半くらいだろうか、アニメに出てきそうな美しく長い金髪と、豊満なぼでーに思わず生唾ごくり。
「何トチ狂ったこと言ってんすか店長?こいつ明らかに悪人ですよ!オーラでわかる!」
「あなたこそ何言ってるの神音ちゃん。とてもかっこいい人のオーラが出てるわよ」
「店長…理想が高すぎてアラサーになってもうこの際誰でもいいってのはよくないですよ」
「あなた私をなんだと思ってるの」
2人の漫才を聞いていてふと違和感を感じた。少女は僕に不快感こそ持ってはいるものの、反応はそこら辺の人間と比べるとややマイルドだし、金髪の女性に至っては僕をかっこいいと褒めている。その理由を考え、ある結論に至った。
「あなたたち、人間ではないのですか?」
思った疑問をぶつけると、少女は怒り狂って、
「んだともっぺん言ってみろ右目も眼帯にしてやんぞ、小田垣神音、バリバリの高校1年生!」
ジェスチャーで目つぶしをしながら自己紹介。一方金髪の女性は、
「あら、よくわかったわね」
と言うと突然女性の体が煙に包まれる。そして数秒が経つと、
「ようこそオキツネ魔法具店へ、店長のキツネよ」
動物の耳を頭上に生やし、後ろには多量の尻尾を生やした女性となっていた。
「どうぞ、粗茶ですが」
「神音ちゃん私の買ってきたお茶を粗茶扱いしないで頂戴」
キツネさんにお話でもしましょうと店の奥(キツネさんの部屋だろうか)に案内される。店番はしなくていいのか神音さんもこちらで茶を啜っては熱い!と涙目になっている。
「改めまして私はキツネ。まあ、ただの化け狐ね」
ただの化け狐って化け狐はそんなに日常に潜んでいるものなのだろうか?
僕も自己紹介をする事にする。
「鷹有大砲です」
「は?キャノン?あんたハーフなの?」
神音さんに追及されたくないことを追及されてしまう。観念して、
「大砲…って書いて…キャノン…」
自分の名前の正式な読み方を白状するのだった。そうです僕の名前は鷹有大砲です。こればかりは名づけ親を怨みます。
「キャノン…大砲でキャノン…やばい、ツボに入った」
神音さんは余程僕の名前がおかしかったのかケラケラと笑い転げる。
「神音ちゃんも同じようなものだと思うけれど。神に音で神音って」
「店長酷いっすよ!アタシはちゃんとパソコンとかで一発変換できるし!」
重要な事なのだろうかそれは。
「それにしてもあなたの目から出ている魅力すごいわね、発情してしまいそうだわ。ウチにおいてあるお香使ってもその半分にも満たないというのに。どんな魔法がかかっているのかしら」
「アタシはその目見るだけでぶん殴りたくなるんですけど」
僕に魅了されるキツネさんと僕に嫌悪を抱く神音さん。
僕は自分の能力について説明することにした。人間には嫌われるがそれ以外には好かれること、目からその力が出ているので眼帯をしていること。
「それだけ目を隠してもこれほど影響与えるなんて、とんでもないわねえ」
「人類の劇薬、人外の媚薬って…やばい、面白すぎる、人類の劇薬、人外の媚薬って…ダサい、ネーミングセンスなさすぎる。人類の劇薬、人外の媚薬…」
キツネさんは能力に関心を持つ一方、神音さんは僕のネーミングセンスがウケたのか腹を抱えて転げまわり、机に脚をぶつけた挙句お茶をこぼしてうぎゃあ!と涙目になっている。
「それでキツネさんが妖怪なのはわかりましたが、その子は」
そんな神音さんの方を見ると、
「よくぞ聞いてくれました!貴様に教えるのは勿体ないが笑わせてくれたお礼に特別に教えてやろう!お前のようなデメリットのある能力とは違い私の能力は完全無欠!絶対的なカリスマ!客寄せの天才!」
「要約すると、あの子には周囲に人を集めるオーラがあるのよね。君がここに来たのも神音ちゃんの能力によるものだと思うわ。それを活かしてここでアルバイトしてもらってるの」
周囲に人が集まる…か。ふむ…
「磁石みたいなものですか」
「おいこら磁石とはなんだ磁石とは!アタシの能力をそんなダサい表現すんじゃねえ!」
率直に感想を言うが神音さんのお気に召さなかったようだ。的確だと思うのだが、ネーミングセンスがないのは親譲りなのだろうか。
「神音ちゃん話が進まなくなるからちょっと黙ってなさい、ロールケーキあげるから」
神音さんがロールケーキを口に咥えてもがもがしてる間に本題に入ることにする。
「それで、お話なんだけど…と思ったけど一応大砲ちゃんはお客だったわね。何か今困ってることはないかしら?まあ、予想はつくけど」
「この能力のおかげでかなり困ってるんですよね。魔法具店というからには、この能力をどうにかするモノとかがあるんですか?」
この能力さえどうにかできれば、普通の生活ができる。憧れの普通の学園生活を妄想しながら尋ねるが、
「残念ながらそういうのはないわねえ、魔法具店とか言いながらあまり魔法の道具がなくてね、実質骨董屋と化しているのよ。まあそのうち見つかるかもしれないから気を落とさないでね」
「さいですか…」
まあ、そんな都合のいいように人生はできていないのだ。一話でハッピーエンドなんて読み切りじゃあるまいし。
「それでこちらのお話なんだけどね…ここでアルバイトする気ないかしら?」
キツネさんが突如こちらにすり寄り、上目遣いでお願いしてくる。それは反則技だろう…
「うおおい店長そりゃないよ!こんな奴と一緒に働くなんて拷問ですかい?」
猛反対する神音さん。キツネさんはそんな彼女見てため息を漏らす。
「この子の客寄せの能力を買って店番任せているんだけどね、性格がこんなだし、雑務もあまりこなせないからあまり役に立っていないのよね…」
「酷い…!アタシが今こんな性格なのはその男のせいですよ!」
「普通の人間にはない能力を持っている分、神音ちゃんは人外に近いから大砲ちゃんの能力をそこまで受けていないんだと思うの。神音ちゃんは普段からこんな感じよ」
なるほど、彼女の反応がマイルドだと感じたのはそのせいだったのか。
「それにこのお店に来るのは人外も多いから大砲ちゃんでも接客ができるわ。人間が来た時は諦めて神音ちゃんに任せればいいし。私も魔法具探しに専念できて、君のお望みのモノとかも見つかるかもしれないわね。大砲ちゃんも私と神音ちゃんならまともに会話とかできてるし、悪い話じゃないと思うんだけど?…あら、いけない」
気が付けばキツネさんは僕に抱きついていた。さっきの上目遣いで僕はクラっときたが、目を間近で見てしまったことで向こうの方がダメージが多かったようだ。お互い顔が真っ赤になる。
「…わかりました。暇ですし、少しは他人とコミュニケーション取りたいですからね」
「どーせそんな事言って店長目当てだろ?これだから男はよー、エロいことしか考えないのか」
神音さんは僕を詰るが、正直それもある。嫌われるのが当たり前の俺にとってみれば自分に好意を向けてしかも美人なキツネさんはまさに天使だ。
「あら、案外神音ちゃん目当てかもしれないわよ?とにかく契約成立ね」
「どーせお前あれだろ?ハーレムエンドとかあるで!とか思ってんだろ?残念ながらお前の現実はバッドエンドだ!」
どんなエンディングを迎えるかは知らないが、僕はこうしてこの店で働くという選択肢を選んだ。
「というわけでアルバイト始めたんだ。だからもう金品持ってこなくていいよ」
その日は簡単に業務の練習をしておしまい。僕は自分のアパートに帰り住み着いているカラスと晩飯をとる。
『そうカー』
カラスは賢いと言われているがこのカラスは何と紙とペンを使うことで筆談ができる。
「というかこないだ君が持ってきた宝石売りに出したら盗品だったんだけど。警察呼ばれたんだけど」
『生きるためには仕方ない』
から揚げを啄みながらカラスは答える。共食いだ。
「持ってくるなら現ナマにしてよ」
『金品持ってこなくていいよって言ってた気がするのですが』
カラスと会話する高校生。傍から見れば本当にヤク中である。
「というか君がここに住み着いてから随分経つけど名前を決めてなかったね。どんな名前がいい?」
「私にはヤタガラハッドという立派な名前がありますので」
衝撃の事実。確かに人間は勝手にペットに名前をつけたがるが、その人間と出会う前に名前がついていることだってあるだろう。傲慢なものである。とはいえ普通の人間と動物は会話などできないのだから仕方のないことなのだが。
「女の子の知り合いもできたし、高校生活楽しくなるといいなぁ」
『私も女の子なのですがね』
衝撃の事実。そう言われるとヤタガラハッド(長いからこれからガラハって呼ぼう)が可愛い女の子に見えてきてドキドキ…しない。流石にカラスの♀を脳内擬人化してときめけるほど人間辞めてはないはずだ。
「それじゃあお風呂にするかな。ガラハちゃん一緒に入る?洗ってあげるよ」
『女の子だとわかるや否やお風呂に誘うとは畜生にも劣りますねご主人の肉欲は。獣姦は衛生上よくないですよ』
年頃の女の子の扱いは難しい。
僕はお風呂に入って寝る。少しだけ明日が来るのが待ちわびしくなった。