5月4日(金) 稲船さなぎ、溺れる。
5月4日、金曜日。
「今日は何だかヒーローショーがあるみたいだな、遊園地みたいなことするんだな」
「ヒーローショーか、いいねえ黒須、それ見ようぜ」
現在午前10時。俺、稲船さなぎは宣言した通り彼氏で俺のヒーローである片木黒須をプールに誘い、今はこうしてバスで父高プールへと向かっているわけだ。
窓の外に忍者を走らせる。頭巾だけ被って海パン姿に浮き輪を持った忍者が出てきた。
「ひゃっほう!可愛い巨乳のねーちゃんナンパするぜ!」
お前はついてこなくていいから。つうか忍者なら浮き輪使うなよ!水遁の術とかあるだろ!
何故か昨日も来た覚えがあるが、父高プールについてとりあえずは別れて更衣室へ。
ふふふ、オリエンテーションの時とは違って今日はビキニだぜ!
金髪に似合う青色のビキニは俺の健康な肢体を強調して黒須を鼻血まみれにするのだ!
「ふはははは、おまた…」
着替えて更衣室から飛び出して黒須に声をかけるが、黒須があまりにもかっこいいので絶句してしまう。これじゃ俺が下品な女じゃないか!
「おう、さなぎ。似合ってるな」
「く、黒須もななななかなか似合ってるじゃねえか」
黒須が俺を褒めてくれてすごく嬉しいけどそれ以上に黒須かっこよすぎだろ。
まあ海パン一丁なんだけど体がすごく引き締まっている。黒須の肉体をこうして見たことなんて今まであったか?腹筋もすんげー割れてるな、俺オリエンテーションの時に肉を食べすぎてちょっと腹が出てしまった気がする、恥ずかしい。ビキニなんて着るんじゃなかった。
「と、とりあえずヒーローショーは午後1時みたいだな!それまで泳ごうぜ!」
何だか恥ずかしくて黒須を直視できない。プールでデート、恐るべし。
俺達は流れるプールで泳いだり、波のプールで泳いだり、焼きそばを食べたりとプールを満喫。
といっても俺はほとんど黒須に見とれていてあまり泳いでいなかったけど。
そしてやっぱり昨日ここにきて泳いだ気がするぞ?一体どういうことだ?
「みんなー、今日は父高プールに来てくれてありがとー!」
ヒーローショーの時間になったので会場へ向かう。よくいる怪人に捕まってしまう役のお姉さんがテンプレ的な台詞を喋っていた。
「怪忍クナイってヒーローらしいぞ」
黒須がパンフレットを見ながらつぶやく。今日曜日の朝7時半にやっている特撮らしい。俺は日曜日あんまり早く起きれないから見れないんだよな、8時半から始まるプリティーなアニメは見てるんだけど。あれ面白いよな、バトルシーンもかっこいいし。
「はーい、それじゃあ今日ここに来てくれたお客さんにインタビューしちゃいましょう。…そこの金髪で青いビキニのおねえさーん」
お、俺!?普通こういうのって小さな子供を指名するもんじゃねえのかよ?
しかし呼ばれたからには行かないといけない。俺はステージ上にあがって自己紹介。
「い、稲船さなぎです!今日は彼氏と一緒に来ました!父高プール最高です!」
巻き起こる拍手。照れるじゃねえか。
直後ドカーンと爆発音がして、ステージにあった張りぼてが壊れる。
「おっと、一体何があったんでしょうか…キャー!」
お姉さんと俺は出てきた戦闘員のアルバイトに手を縛られてしまう。なるほど、ここで怪人登場というわけか。そして満を持してやってきた怪人は、
「ニンニンニンニンニン!今日は父高プールに来てくれてありがとうだニン!拙者が怪忍クナイだニン!」
頭巾だけ被った海パン姿に浮き輪を持った忍者だった。
…いやお前が怪人なのかよ!え、この特撮って怪人が主人公なの?ていうか俺この特撮一度も見た事ないのに何で妄想で作った忍者とこんなに一致してるんだよこえーよ。
「大変!怪忍クナイが出てきたわ!皆助けて!」
お姉さんがそう言うとアルバイトの人が数人子供を選んでステージに連れてくる。
俺の彼氏ということで黒須もステージにやってきた。
「キー!」
「やっつけろー!」
戦闘員と子供達が戦い始める。子供のパンチで豪快に戦闘員はふっとんでいく。しかし子供は残酷だ、倒れた戦闘員に容赦なく追撃を加える。中の人も大変だな…
そして戦闘員と子供達の戦いが終わると、どうやら次は黒須と怪人の戦いになるらしい。
打ち合わせもしていないのに黒須と怪人の息はぴったりだ。上手にキックを受けたフリをしてのけぞったり、怪人はプロだからうまいのは当然だが黒須もちゃんとできている。
将来特撮に出れるんじゃないだろうか。クロスとかヒーローっぽい名前だし。
やがて黒須が繰り出したパンチを受けたフリをしてふっとび、怪人は覚えてろニン~と言い残して退場。これにてヒーローショーはおしまいだ。
しかし本当に黒須がヒーローになるなんて、俺は夢でも見てるんじゃないだろうか。
「いやー、かっこよかったぜ黒須」
「さなぎもヒロインっぽかったぞ」
ヒーローショーを終えて少しベンチで休憩。
プールに来たのが今日で良かった。昨日行っていたらヒーローショーがなくてこんな楽しい思い出もなかったしな。
「あ、飲み物買ってくるよ。さなぎ、何がいい?」
「コーラ頼む」
黒須が飲み物を買いにちょっとその場を離れ、俺は一人に。
「ねえねえそこのお嬢ちゃん、暇かい?」
声をかけられた。ナンパというやつだ。まあナンパされるってのは女としてはまあ嬉しいけど、残念ながら俺には黒須がいるからなあ。
「ナンパか?わりーけど俺今デート中だから、つうか兄ちゃんビンタの跡残ってるじゃねえか、女を怒らせる男は最低だぜ?」
俺をナンパしてきた男は結構イケメンで背も高いが、顔にビンタの跡が残っている。
「まあまあそんな事言わずに遊ぼうよ、華麗なシンクロ見せてあげるからさ」
しつこい男だな、しつこい男は嫌われるぜ?だからビンタされたのかと納得していると、飲み物を持った黒須が帰ってきた。
「あれ、松下先輩じゃないですか」
「か、かかかか片木君!?」
男は黒須を見てすごく怯えている。
「なんだ、黒須の知り合いだったのか?」
「高校の先輩なんだよ」
「は、ははは、そうかそうか片木君の彼女だったのか、ははは、失礼しました!」
松下先輩とやらはそう言って逃げ出す。
「黒須、あの男と何かあったのか?」
「特に何もしていないはずなんだけどなぁ…何だか俺の噂が尾びれついてあちこちにばら撒かれている気がするんだよな、別に番長にもなっていないってのに」
まあそのおかげでうるさいナンパ男も諦めてくれたのだから結果オーライだ。
コーラを飲んで元気復活、といっても大体プールは泳いだしなあ…
ここのプールそんなに広くはないんだよな、そこが欠点だ。
「…おっと忘れてた!そうだったウォータースライダーやってねえ!」
そうだった、最後にとっておこうと思っていたウォータースライダーがあった。
やっぱりプールと言えばウォータースライダーだよな。
「俺はあんまりウォータースライダー好きじゃないから下で待ってるよ」
おいおい黒須、お前ひょっとして高所恐怖症か?情けねえなあ、ちょっとがっかりだぜ。
階段を昇ってウォータースライダー入口へ。ここのウォータースライダーはかなり力を入れて作られており、かなりのボリュームだ。
…ちょっと怖くなってきたけど、大丈夫だよな?
「っしゃあ!いくぜ!」
自分に言い聞かせるように声を出してウォータースライダーへ突入。
「ひゃっほおおおおおおおおい!」
思わず口に出してしまう、それくらい気持ちが良い。
全く高い所が苦手くらいでこんな楽しいものに乗れないなんて黒須は損してるぜ。
やがて出口が見えてくる。出口の大きなプールに俺は突っ込む。
「いえー…っ?がぼぼぼぼ…」
声を出そうとして思いきり水を飲んでしまい、意識が無くなりかける。
まずい、足もつったかもしれない。溺れる!溺れる!誰か助けて!
「水遁の術を使うんだ!」
うるせえよ妄想の分際で、お前でもいいからタスケテクレヨ…
「大丈夫か!?」
「うにゃっ!?」
目が覚めると、黒須の顔面がドアップで映し出されたからびっくりした。
「良かった、お前がウォータースライダーの出口で溺れて気を失ってたからさ」
「そうだったのか、悪い悪い…何か顔赤くねえか?」
「な、なんでもねえよ」
「ふうん…」
なーんか怪しいなあ。
もう夕方だ。たっぷり泳いで疲れたし、そろそろ帰る頃だな。俺と黒須は着替えて父高プールから出て、バスに乗って最寄のバス停に到着した後、解散した。
自分の家に帰って少女漫画でも読む。
海で溺れたヒロインをカッコいい男が人工呼吸か、ベタだねえ。
…あれ、ひょっとして?