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5月2日(水) オリエンテーション2日目(上)

 5月2日、水曜日。

「優、そろそろ起きなよ。他の皆は起きてるよ」

「うーん…後5分」

「あ、金切君」

「おはよう!うーん今日もいい天気だね金切君…ってあれ?」

 跳ね起きて金切君に挨拶をするが、当人はどこにも見当たらない。

「金切殿の名前を出しただけで起きるとは、恋する乙女は無敵でありますな」

「ご馳走様ですわ」

 帝さんと花菱さんがそう言って笑う。どうやら私は騙されたようだ。

「ごめんごめん、あまりにも起きなかったからさ。ほら、顔洗ってきなよ」

 ヒナに急かされ、まだ若干寝ぼけているが顔を洗いにテントから出て洗面所へ。

 今日はオリエンテーションの二日目、山の中にあるキャンプ場なので朝は寒い。

 お泊りで女子が集まって話すことと言ったらコイバナくらいなものだが、私が金切君を好きな事は女子の間ではほとんど知られてしまっているし、ヒナと帝さんは好きな人がいないし、花菱さんは女子中出身でまだ男に抵抗があるそうだ。そんなわけで私がいかに金切君が好きか夜中ずっと熱弁する羽目になった。思い返すといくらなんでも恥ずかしすぎる。

「おう、おはよう優。はは、寝癖が酷いな」

「おおおおおおおはよう!はははははずかしいからあまり見ないで…」

 幸か不幸か洗面所では金切君が歯磨きをしていた。歯磨きをする姿も爽やかで格好いい。

 それに比べて私は寝癖も酷いし、何よりパジャマだ。恥ずかしいことこの上ない。

 話をする事もできず、ささっと顔を洗って自分のテントに逃げ出すが、慌てていたので思いきりこけてしまった。

「おいおい、大丈夫か?寝ぼけてるのか?」

 金切君に起こされて涙目。これは恥ずかしいから泣いているのか嬉しくて泣いているのか。

 できることならもう少し甘えていたかったが、それじゃあ俺はラジオ体操してくると金切君は行ってしまった。ラジオ体操絶対に許さない。



 朝食を食べ終えて今日のメインとなるレクリエーションが始まる。どうやら複数のコースを自由に選んで行動するようだ。私は勿論金切君と同じコースを選びたい。

「金切君はどのコースにしたの?なかなか決められなくってさ」

 金切君の所へ歩み寄ってさり気なく聞くことに。

「俺?俺は登山コースにしようと思ってるんだ」

「へーそうなんだ、登山かぁ…」

 パンフレットで登山コースを確認する。そこには、

「体育会系男子大歓迎!かなり厳しい鬼の登山コース…」

 と書かれていた。これはまずいかもしれない、金切君は運動神経の塊だし体力だって高校生離れしているから大丈夫かもしれないが、私はこれまでまともに運動なんてしていないのだ、果たして登山をする体力なんてあるのだろうか。

「秀、秀、ちょっと」

 近くで底野君と話し込んでいる双子の妹、秀に尋ねる。

「…何?」

「…この登山コース、私にいけると思う?」

「知るかよそんなこと…確か糞姉一年前の家族旅行で標高500mくらいの山登って限界だっただろ、このコースは1000mはあるぜ、途中でリタイアするのが目に見える」

 その話を聞いて底野君は意外そうに笑う。

「へえ、秀さん家族旅行とか参加するんだ。私は参加しないとか行って家にこもるイメージだったけど、意外と家族仲良好だったりするの?」

「…っ!だ、黙ってください!あんな奴等と仲が良好?そんなわけないじゃないですか」

 私には不機嫌な口調、底野君には上機嫌な口調で喋るのが我が妹ながら面白い。

「忠告ありがと、それじゃ二人の時間を邪魔してごめんね」

 その後も言い争う二人を後目に、私は悩む。

 確かに去年の家族旅行で登山した際、私は行きでバテてしまい帰りは惨めにもロープウェイを使う羽目になった。単純な距離で2倍だ、とてもじゃないが無理だろう。

 しかし、しかしだ。不可能を可能に変えるもの、それは愛!

 説明しよう!私彼岸優は恋愛パワーにより身体能力が数倍になるのだ!…ってこないだ読んだ少女漫画のヒロインの設定が混ざってしまったが、今の私ならできる気がする。



「覚悟を決めたようだね、優」

「ヒナ…」

 気が付くと傍らにはヒナの姿が。

「私も参加するよ、恋愛パワーと友情パワー、この2つが合わされば例えエベレストだって踏破できる、そうでしょう?」

「…ええ、そうね」

 私達は覚悟を決めて、登山担当の体育教師に参加の旨を伝えるのだった。

 大丈夫か?お前らでと言う体育教師に、放送部は体育会系だとヒナは言い張り、双子の妹と同じポテンシャルを私も秘めていると私は言い張る。その熱意に感動したのか単に参加する女子が少なくて華がないと思っていたのか、無事に私達は参加を認められた。



 ◆ ◆ ◆


 さて、俺、底野正念もレクリエーションでどのコースにするか決めないといけない。

「俺達はどのコースにしようか」

「何平然と同じコース選ぼうとしてるんですかストーカーですか訴えますよ」

 怒涛の勢いで俺を罵倒する秀さん。まあ、付き合ってる訳でもないのに確かに馴れ馴れしすぎるかもしれない。優さんのように好きな人を追っかけるのもいいが、自分の好きなコースを選ぶのもいいだろう。

「ははは…そんなわけで俺はこの、山の自然は魅力も危険もいっぱい!生物教師と行く動物と植物との触れあいコースにするよ、それじゃあね」

 自分の住んでいるところはどちらかというと海に近いので海の自然は堪能できているが、山の自然はあまり堪能していない。というわけで折角山に来たのだから山の自然を満喫しよう。

「なっ…?」

 早速担当の教師に参加の旨を伝える。秀さんはなんだかうろたえているがどうしたのだろう。



「わ、私もそれにしようと思っていたのに先を越された…こ、これで私が同じコース選んだらまるで私があいつを追っかけてるみたいじゃない…ああ、他のコースはつまんなそうだし、くそ、しょうがない…すいません、このコースに参加します」



 集合場所に集まると、そこには秀さんの姿が。

「秀さんもこれにしたんだ」

「…勘違いしないでください、私ももともとこれにしようと思ってただけですから」

 今流行りのツンデレってやつだろうか。

「ようし全員揃ったな、それじゃあこれから先生と一緒に山の自然を堪能しよう。道端にある草とか茸とか勝手に食べるんじゃないぞ、それから熊が出たら大声で叫ぶんだ。意外とあいつらは臆病な生き物だからな。間違っても死んだフリなんてするんじゃないぞ」

 引率の生物教師についていき、ツアースタート。山道を歩くこと10分、面白そうな植物を見つけた。

「なんだろこの真っ赤でウインナーみたいな植物。キノコかな?」

 緑が多い山の中に不釣り合いな真っ赤な植物。手に取ろうとするが、

「それはカエンタケって言って触っただけで危険な毒キノコよ」

 秀さんに指摘されてすんでのところで触るのをやめる。そんな危険な茸だったのか…

「おうおういきなりカエンタケが出てきたか。一応ツアー用の道だからあまりにも危険なモノは除去されているはずなんだがな、管理がなっていないよまったく」

 そう言いながら生物教師は軍手をはめてカエンタケを除去しだす。

「いやあ秀さんがいなかったら触っちゃうとこだったよ、ありがとう」

「…触ってから注意すればよかったわ」

「あはは…」

 何だかんだ言って秀さんは優しい。

 再び歩くこと10分、可愛らしい動物を発見。くりくりした目が可愛らしい。

「…あれはスローロリスじゃないか、何で日本の山にいるんだ。恐らくは誰かが飼えずにここに逃がしたんだろうな、ただでさえ絶滅危惧種だと言うのに…まったくお前らもペットを飼う時は責任を取れよ」

「へえ、リスなのか。秀さん、スローロって何て意味なの?」

「…リスじゃなくてロリスっていう別の生き物よ」

「…そうなんだ」

 すごく恥ずかしい。しかし聞かぬは一生の恥というではないか、胸を張れ。

「それにしても秀さんは知識豊富だね、わざわざ参加する必要あったの?」

「…図鑑とかで見るのと、実際に触れるのとでは違うのよ。子供の頃は図鑑ばっかり読んでたような子だったから」

「へえ、可愛らしいね」

 秀さんの顔が赤くなる、ひょっとして褒められて照れているのだろうか、可愛らしい。スローロリスみたい、ペットにして飼いたい。…いや、別に危ない意味じゃないですよ?

 その後もコースを回り、色んな自然と触れ合う。ベニテングダケ、ドクツルタケ、タマゴタケモドキ…色んな毒キノコがいっぱいだ。

「ところで毒キノコって美味しいのかな」

「さあ、私は食べたことないけど、ベニテングダケは美味しいそうよ。毒の成分が旨味らしいわ。なんならそこに生えているの食べてみたら?」

 流石にそれは勇気がいる。なるほど、毒の成分は美味しいのか…。

 ふと考える、ひょっとしたら秀さんは毒キノコのようなものなのかもしれない。

 見た目は可愛らしいが中身は毒々しい。しかしその中にも優しさがにじみ出ている。

「へえ、私が毒キノコね…」

 しまった、考えているだけだと思っていたがついつい口に漏れてしまったようだ。

「何なら私を食べてみる?毒が回って死ぬ事になるけど」

「は?」

「…なんでもない、忘れて頂戴」

 ひょっとして秀さんなりのギャグだったのだろうか、そっぽを向く彼女も可愛らしい。



 ◆ ◆ ◆


 お泊り会も終わり、神音は学校があるので学校へ。午前中は店を開く気がないそうなので僕、鷹有大砲も自分のアパートへ帰る。キツネさんは寂しいからここにいてもいいのよと言ってくれたが、正直な所キツネさんと言えども昨日僕を縛って放置した事は許せない。

 いや、キツネさんはまだいい。神音は絶対に許せない。

 目隠しされていたのでわからなかったが、どうも神音は寝相が非常に悪く、朝起きた時には僕にほぼ抱きつくような形になっていたらしい。明らかに僕は悪くないのに神音は僕を変態だと罵倒して思いきりビンタしやがった、いくらなんでも酷過ぎやしませんかね。

 ああ、これが彼女が自分自身で言っていた傲慢な性格になっているということなのか。

 だけど絶対に許さないよ。

 自分の部屋に戻ってペットに挨拶。

「おはようガラハちゃん」

『…一晩家を空けていたから心配しましたよ』

 そういえばガラハちゃんにお泊りする事を伝えていなかったな、ごめんごめん。

 機嫌を直すためにガラハちゃんの好物である唐揚げをふるまう。

「そうだガラハちゃん」

 朝食を食べながら僕は自分の目を包帯で隠す。

「僕の事どう思う?」

「……」

「何か喋ってよ」

 …と聞いては見たけどそういえばガラハちゃんは筆談でしか喋れない。目隠ししたらわかんないのは当たり前じゃないか。僕は目隠しを外してガラハちゃんが書いたメモを読み上げる。

「ただの目隠しをした変人ですね、何の魅力も感じません…か。うんうん、正直だねガラハちゃんは。でももうちょっとオブラートにしてもいいんじゃないかな?」

『申し訳ありません、こういう性格ですので』

 ま、こんなもんだよな。この能力が無くなって欲しいと願うが、実際に無くなったら僕は何なんだろうか。何の魅力もない人間、結局誰からも好かれることはないのではないだろうか。

「僕からこの能力を取ったら一体何が残るんでしょうか」

『カラスに欲情にするどうしようもない変態という属性が残りますね』

 どうやらガラハちゃんは僕が昨日ギャルゲーでカラスの擬人化キャラを攻略した事をまだ根に持っているようだ、何故そこまで根に持つのか、ひょっとして…

「ひょっとしてあのゲームのカラスに嫉妬したの?ははは、現実とゲームの区別がつかないようじゃって痛い痛い痛い!ごめんなさいつつかないで!」



 ◆ ◆ ◆


 山っていいよな、空気がうまい。俺の住んでいる所は海が近いから潮風が心地いいけど、山の風ってのもなかなか心地いいよな。

 水もそうだ、海水は塩分が多いからうかつに飛び込んで遊べないけど、こういう山の小川とか、湖とかなら存分に遊べる。おまけにすごく綺麗な水だ。

 そんなわけで俺、稲船さなぎはオリエンテーション2日目のレクリエーションで、山の湖でわいわい遊ぼうコースを選択。水着に着替えて湖にダイブ。くぅ、水が冷たいぜ!



「うう…水着がきつい…」

 遅れて桃子もやって…く…あぁ?

「桃子…お前はビッチか。何なんだよピチピチの水着、しかも学生のお泊りでビキニなんて」

「知らないよ!しょうがないじゃないレンタルの水着で一番大きいサイズこれしかなかったんだから!…うう、恥ずかしい」

 おどおどした表情で、ピチピチのビキニで登場した桃子。フリルのついたビキニは桃子の愛らしさを引き立て、湖に入る彼女はまさしく湖の女神と言えるだろう。

 周囲の男の視線は勿論、女子の視線も釘づけだ。

「…桃子、もうお前は一人で遊べ、俺に近寄るな」

「ええっ!?一体私が何をしたの?」

 対する俺は普通のワンピース型水着。これならあまり胸の大きさを気にしなくて良いと思ったが、こいつが近くにいる限り結局俺は自分のそれを比較して絶望に打ちひしがれる事になる。

 既に今日の朝、自分の胸が大きくなって黒須といちゃついていたのはただの夢で、現実は温泉でおぼれかけていたという事実で精神的に参っているというのに。

「…まあいいや、思い切り遊べば気も晴れるだろう。水鉄砲をくらえ!」

 桃子のメロンめがけて手で水鉄砲。これでポロリとかしたら男の鼻血で湖が真っ赤に染まり、赤潮のトラウマが呼び起されるかもしれない。

「きゃっ冷たい…んもーやったな、えいっ…ってあれ?」

 お返しに桃子も水鉄砲をしようとするが、全然水が飛ばない。

「なんだよ桃子、水鉄砲もできないのか?しょうがねえなぁ」

 桃子に水鉄砲のやり方を教える。水を手のひらで潰すようにするのがコツなんだ。

 そう、何も恥じることはない。確かに桃子に比べると見劣りはするかもしれない、だけど俺だって滅茶苦茶可愛いだろ!桃子が湖の女神なら俺は天使だ!周りの男子の視線が俺に全然向いていなくて桃子にばかり注がれているのがわかるが、そんな事は重要じゃない!

 大切なのは、黒須!そうだ、俺の愛する黒須が俺の姿に釘づけになっていればそれだけで十分なんだ。

 よし、今度黒須をプールに誘おう。



 ◆ ◆ ◆


 湖では二人の天使が踊っていた。

 一人は金髪をたなびかせ、スレンダーな体で華麗に舞う稲船さなぎ。俺、十里なぎさの可愛い妹だ。シンクロをしようと湖に飛び込むが、深さが足りない上に思い切り腹打ちをして痛そうだ、華麗に舞うというのは撤回しよう。

 もう一人はピンクの髪をたなびかせ、そのメロンを惜しげなく震わせる要桃子。さなぎの友人にして図書委員の相方だ。湖で遊ぼうとするも動物の本能によるものなのか魚が寄ってきて足をつつかれたり、服に入ってきたりで大変そうだ。魚になりてえな…

 まあ、二人の天使が踊っているのはすごく目の保養になる。だが…



「何で俺の釣りの邪魔をするんだよ!」

 そうなのだ、何故かこいつらは俺が釣りをしているところに移動してくるのでその度に魚が逃げるか要さんの方へ行ってしまう。おかげで1匹も釣れやしない。

「自意識過剰じゃないんですか?昨日もそうやって勘違いしちゃって…くすくす」

 天使から小悪魔となった要さんはそう言ってほほ笑む。可愛らしいが小悪魔だ。

「お兄ちゃんもお兄ちゃんだぜ、こんなに可愛い女の子がいるってのに一緒に遊ばずに釣りをするなんて。お兄ちゃんも一緒に遊ぼうぜ」

 さなぎは座って釣りをしている俺を強引に立ち上がらせようとするが全力で抵抗する。

「…もしかしてお兄ちゃん、股間を隠しているけど、とある事情で立てないのか?」

「……」

「沈黙は肯定と受け取らせてもらうぜ…うん、お兄ちゃんは悪くないよ、男のサガだもんな」

 お前に何がわかるっていうんだ。

「だけどそれとこれとは話が別だ、遊ぶぜ!」

 無理矢理さなぎは俺を湖に引きずり込む。一瞬でずぶ濡れになってしまった。

「おいこらさなぎ…俺は水着じゃなくて私服なんだぞ…どうしてくれるんだ」

「まあまあいいじゃねえか、水も滴るいい男…むにゅ?」

「あはは、なぎさちゃんだっさーい…むにゅ?」

 さなぎと、俺を笑いに近づいてきた要さんは何かを踏んづけてしまったようだ。

「…お前が俺を引きずりこんだとき、エサの入ったタッパーも一緒にばら撒かれてしまったようだな。そう、ゴカイがな」

 一瞬にして二人の顔が蒼白になる。しかもこいつらはサンダルも履かずに裸足で遊んでいたため直にゴカイを踏んでしまったようだ。

 湖に、二人の天使の嘆きが響き渡る。


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