5月1日(火) オリエンテーション1日目(中)
午後5時。僕、鷹有大砲がバイト先のオキツネ魔法具店で店長であるキツネさんに誘われてティータイムを楽しんでいると、お店の扉が開かれて少女が入ってくる。
「ちぃーっす、遅れましたせんせん、今日は眼帯いないけど頑張りまっす」
バイト仲間である小田垣神音だ。
「僕がどうかしたって?」
神音は僕を見るなり絶句する。なんでそんなリアクションされないとならないのか。
「いや、何でお前がここにいるんだよ、お前今日はオリエンテーションでいないはずだろ?」
「オリエンテーション?」
はん、と僕は彼女を鼻で笑う。
「いるだけで空気を悪くする、友達もいないしできない、そんな僕が何でオリエンテーションなんてふざけたもんに参加せにゃあならんのじゃあ糞が!」
ついつい口調を荒げてしまった。そうだよ、僕はオリエンテーションの申し込みなんてしてないよ、無理矢理どこかの班に入れさせられる辛さ、そこで味わう疎外感、誰とも仲良くできないどころか一夜を共にして益々嫌われる現実、そんなものもうこりごりだ。
「あらあら、大砲ちゃん今日合宿だったの?駄目よ、学校サボっちゃ」
キツネさんが僕をたしなめるが、僕の苦しみを彼女は一割でも理解できるのだろうか、否!
全力でキツネさんを睨み付けるが、キツネさんには逆効果だ。目をハートの形にして僕に抱きつき、いいのよ学校なんて行かなくて、ずっとここで暮らしましょうと言ってくる。
「くぅ…すまなかった、お前の境遇もロクに考えずに…そりゃそうだよな、オリエンテーション行ったって楽しめないよな、そんな能力持ってれば」
挙句の果てに神音は泣き出す。たまに思うがこの女、自分に酔っているのではないだろうか。
「よし、そんなわけでアタシ達もお泊り会をしましょう!」
「は?」
「それはいい考えね、早速夕飯の買い出しに行ってくるわ」
「合宿といえばカレーですよ店長、油揚げばかり買っちゃ駄目ですよ」
トチ狂った事を言い出す神音と、いつのまにか素面に戻ったキツネさんの間であっという間に話が進んでいく。それじゃあ店番お願いね、と言い残してキツネさんは本当に買い出しに出かけてしまった。
「おい、一体何を考えてるんだ」
「クラスメイトがオリエンテーションで仲良くお喋りする中家で泣きながら不貞寝するなんてあまりにも惨めだからな、せめてバイト先くらい仲良くやろうじゃないかという気配りだよ」
人を勝手に家で泣きながら不貞寝するキャラにするな、そんな事した覚えなんて…あるが。
「大体お前、その、色々とまずいだろ」
「何が」
「何がって、そりゃ…」
バイト先とは言え僕からすれば女子高生と美女と一緒にお泊りだなんて健全な親がいれば許可してくれないだろう、その辺こいつはわかっているのだろうか?
「ああ、大丈夫大丈夫。寝るときはお前を縄で縛ってアタシと店長は仲良くお喋りするからその辺は気にすることはないよ」
「何が大丈夫なんだよ!?ていうか仲良くやる気ねーじゃん!」
こいつ僕をダシにして女子会楽しみたいだけなんじゃないだろうか。
「まあそんな訳で店番をしようじゃないか、お、どうやらお客さんのようだな」
お店に来る人が映し出されるという水晶には一人の男子学生の姿が。
「ああ、こいつは学校の知り合いだ。そんな訳で奥にこもってろ眼帯、お前の出番はない」
言われるがままに店の奥に引っ込む。しばらくして店にその男が入って来た。
結構いい体格で、いかにも喧嘩慣れしてますといった見た目だ。
「おう黒須!何か買っていけ!」
「うおっ、お、小田垣か…。店に入った途端名前言われたからびっくりした…」
「さなぎの学校って今オリエンテーションだよな、彼女がいなくて寂しいだろう?そんな寂しい夜のお供にはこのアロマ、匂いを嗅ぐだけで好きな子の幻覚と幻聴が出てくるという素晴らしい代物だ!」
「(それ危険だから処分しといてってキツネさんが言ってただろ!アホか!)」
捨てたと思ったらこっそり隠していやがった。
一人で大丈夫と言うので今回はヘッドセットを使って彼女と連絡をとることができず、奥から見守るのみだ。このままでは危険な商品を売りつけてしまう。
「いや、明らかに危険そうだから遠慮しておくよ。というかここは何の店なんだい?」
お客さんが良識のある人で助かった。
「ここは何か魔法の道具を売ってるお店だよ、店長の趣味で恋愛に効果のあるものが多いかな、まあアタシ商品知識あんまりないんだけどね。そう、今頃はアホのさなぎがアバンチュールだなんだと勘違いしてオリエンテーション中に仲良くなった他の男が気になってる頃だろうなあ、オリエンテーションが終わっても彼女の勘違いはさめず、学校が違うという点で黒須とはどんどん疎遠になっていく…そうならないためにもこの飲んだら性欲が10倍になると言われている媚薬を飲ませて男を刻みましょう。今なら同じのがもう1本ついて何と3980円!」
「いや、いらない」
「冷やかしなら帰れや!」
品物が売れないのは商品にも問題があるのではないだろうか、性欲が10倍になるとかさっきのアロマよりも余程危険な気がする。
「そんなものよりもアクセサリーとかないのか?さなぎに似合いそうな」
「そうだな、このキツネ耳のカチューシャなんて似合うんじゃないかな、さなぎは金髪だし…ツインテールには似合わない気もするけれど」
キツネさんの耳を模って作ったと言われるこのカチューシャ、何の効果もないが一番売れてるらしい。魔法具店なのになあ…
「それじゃあそれを貰おうか」
「毎度あり!さなぎを大切にしろよ!本当に浮気されても知らんぞ!」
無事に商談成立、お店を出て行く男を見送った後、神音は僕に向かってドヤ顔を決める。
「どうよ、アタシ一人でも接客はできるんだぜ?お前とは違う」
知り合い相手じゃねえか、しかも男子高校生になんつーもん売りつけようとしてやがる。
「そうかすごいな僕の負けだよ」
「心がこもってないなあ、そうだ」
突然神音は商品のカチューシャを自分に装着。トイレに行って来よう。
「んもう大砲ちゃんたら、接客もきちんとこなせる神音ちゃんに嫉妬してるの?駄目よ」
「悪い悪い、竹刀を忘れたままだった…何やってんだ、小田垣」
「……」
推測するに神音はカチューシャをつけてキツネさんの物まねをし、それを忘れ物を取りにきたさっきの男に見られてしまったようだ。神音の悲鳴が店内に響き渡る。まったくトイレくらい静かにさせて欲しいものだなぁ。
トイレから出るとお店の隅っこに神音が座り込んでめそめそしていた。忘れ物を取りにきた男はもう出て行ったようだ。まだカチューシャをつけたままである。
「まあ、その、なんだ…似てたぞ、物まね」
「…アタシ、可愛い?カチューシャ似合ってる?」
「……………似合ってるよ」
「ふざけんな4秒も間があったじゃねーかお前もつけろや!」
そういうと彼女は俺にも無理矢理カチューシャをつけさせようとする。勿論絵面的に嫌なので抵抗するが、意外と彼女は力が強い。彼女が暴れたせいで僕の眼帯が外れてしまう。びっくりして目を開いてしまい、神音と見つめ合う構図となる。
「………うぎゃあああああああ!」
そして神音は泡を吹きその場に倒れる。急いで眼帯をつけるが、ここでキツネさんが帰宅。
「あらあら、アタシのカチューシャ使ってコスプレプレイ?マニアックねえ」
もの凄い誤解を受けてしまった。
◆ ◆ ◆
「あー、食った食った。食べ過ぎて吐きそう…」
「流石に一日に2回も女子高生が吐くのは…」
午後8時、カレーを食べ終えた俺、稲船さなぎと桃子は施設の温泉に入るために着替えていた。お風呂が終わったら肝試し、黒須がいないのが残念だが肝試しは脅かす方も面白い。
あ、桃子は何とか嘔吐を回避しました。いやあ危うく俺のせいで桃子のイメージが崩壊するところだった。
「…?どうしたの?」
「いや、現実は非情だなあって」
服を脱いでバスタオル1枚になった桃子。なんだこいつは、本当に高校1年生なのか。
服を着ててもすごいのに脱いだらもっとすごいじゃないか、エロゲーのヒロインか?
敗北感を味わいながら温泉に入る。熱い!
「いいなあさなぎちゃん、肌がすべすべで」
「うおっ、やったな桃子、お返しだ!」
「あひゃひゃ、くすぐったいよ…」
温泉の中でお互いの身体をまさぐりあいスキンシップ。…危ない危ない、黒須という彼氏がいながら百合に目覚めるところだった。しかしそれも仕方のない話なのだ、嫉妬に狂いながら桃子の西瓜を揉むと、この世の物とは思えぬ触り心地。将来桃子の旦那になる人は毎晩これを味わうというのか、世界一の幸せ者だな。頭の中ではお兄ちゃんと桃子がそういう行為に及んでいた、俺はオッサンか…
自分の肢体を見つめる。全くないわけではないが、桃子に比べると差は歴然だ。
他に温泉につかっている女子を見渡すが、ほとんどの人が俺よりでかい。
こんな大きさじゃ将来黒須に揉まれても黒須はがっかりするのだろうか。
「ねーねーここの温泉って豊乳効果あるらしいよー」
「うっそーじゃあもうちょっと入ってようかなー」
辺りの女子の会話を俺は聞き逃さない。
「あっつーい…私もう出るね」
のぼせたのか桃子はもう温泉から出るようだ。お前はこれ以上大きくなったら逆に気持ち悪がられる可能性もあるからな、賢明な判断だろう。しかし俺は限界まで耐える!
そして数週間温泉に浸かった俺は見事にDカップの巨乳を手にし、ついに黒須の愛を得る事ができたのだ!
んもう黒須、俺が美女になったからってそんなに息を荒げるなよ…あはは…ぶくぶく…
◆ ◆ ◆
「えへへ…黒須、そんなに触るなって、恥ずかしいだろ…?」
「お前今年ぶっ倒れたの何回目だよ…」
「大丈夫でしょうか…?」
午後10時。俺、十里なぎさは愚妹さなぎが温泉に浸かり過ぎてのぼせて倒れたとの連絡を受けてさなぎのテントに向かうと、人の気も知らずさなぎは夢で彼氏といちゃついてるようだ。
同じテントで寝る要さんはかなり心配そうにさなぎを見るが、明日にはケロっとしてるだろう。
「要さんも迷惑かけるねえ、重たかっただろうに」
何でもさなぎは他の人が全員温泉からあがった後も浸かり続けており、あまりにも遅いので要さんが様子を見に来た頃には意識は朦朧、溺れかけていたそうだ。要さんは半泣き状態でさなぎを温泉から引き上げ、体を拭き、服を着せ、ここまで連れてきたそうだ。
「女の子を重いなんて言っちゃだめですよ」
「さいですか、とりあえずそろそろ集合時間だから行こう」
この後のスケジュールには肝試しが控えている。テントに一人さなぎを残すのは少し心配だがまあ大丈夫だろう。俺と要さんは集合場所へ向かった。
ちなみに今俺が所持している女の子の恥ずかしい写真が撮れるカメラで入浴中の写真とか着替え中の写真とかが撮れないかと試してはみたが、どうやらカメラ自身の意思がそういう犯罪的なのは嫌っているらしい。盗撮も犯罪だとは思うのだが。
肝試しは定番中の定番、1、2組と3組の半数、もう半数と4、5組が脅かし役、脅かされ役を交互に行う。ペアは勿論くじ引きだ。そして公正なるくじびきの結果俺のペアは、
「なぎさちゃんくじに細工してませんか?」
「ははは、要さん。俺がそんな事する男に見えるかい?」
「うん」
「……」
まあ、こうなるのである。全男子生徒の視線が痛い。勿論くじに細工なんてしてませんよ?
「さあ、そろそろ俺達の番だ。行きましょうかお姫様」
「何自然と手をつなごうとしてるんですかセクハラで訴えますよ存在が猥褻物」
「その呼び名定着してんの?」
いつしかあだ名がなぎさちゃんから存在が猥褻物に変わったらどうしようと落ち込みながらも俺と要さんはコースを歩きだす。歩いたら大体30分くらいかかるそうだ、意外と長い。
「要さんは怖いの苦手?」
「…へ、へへへ、平気に決まってるじゃないですか」
出発から3分。それなりに暗い森の道、既に要さんは冷や汗をかいているのがわかる。
「怖いの苦手なんだ、女の子だねひぎゃあああああああ!」
「ひぃっ!な、何…?」
「蛇、蛇が…お、おもちゃ?」
突然蛇が現れたのでびっくりして悲鳴を上げて要さんに抱きついてしまう。突然抱きつかれて要さんもびっくりしてしまったようだ。数秒お互いに心臓をばくばくさせながらその蛇を確認すると、それはおもちゃだった。
「あはは、男の方がびびってやんの、なっさけねー」
「しかも要さんに抱きついてるよ、ある意味怖い物知らずだねえ」
森の中から二人の女子生徒がくすくす笑うのがわかる。恐らくはこの蛇のおもちゃを投げ込んだ脅かし役だろう。
「全く、悪趣味なトラップだよね」
「そうですね、ところで人を怖いの苦手なんだとか言っておきながら真っ先に自分がビビって女の子に抱きつくような男は土下座するべきだと思いませんか?」
「本当に申し訳ありませんでした」
すぐに要さんから離れてその場に土下座をかます。頭に強い衝撃、どうやら要さんに踏まれているようだ、やっぱり要さんはサドの素質があるのだろうか?
「見てみて、突然SMプレイしだしたよ!」
「このまま本番行っちゃうの?意外と要さんって大胆なのね」
「……っ!ほ、ほら、さっさと行きますよ」
しかしアホなのが要さん、脅かし役がいることを完全に忘れていたようだ。他人にこんな所を見られて余程恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして先を行く。
その後もこんにゃくが飛んで来たり、布を被った脅かし役が出てきたりでその度に俺と要さんの悲鳴が鳴り響く。これくらい驚いてもらえば脅かし役も大満足だろう。
要さんも俺と同じくらい怖がりだったようで俺に抱きつくこともあった。その後気が動転して思いきり殴るのはどうかと思うが。
「はぁ…はぁ…今どのくらい進んだんですか…?」
「今15分くらいだから半分くらいかな…」
「ま、まだ半分…わ、私の体持つんでしょうか…な、何か聞こえませんか?」
言われて耳をすますと確かに話し声が聞こえる。
「脅かし役じゃないの?」
「ゆ、ゆゆゆゆ、幽霊です!きっと幽霊ですよ!呪われる!呪われちゃいます!」
どうやら要さんは既に限界だったようだ、完全に参っている。ここは男を見せなければ。
「だから脅かし役が話してるんだって、ほらよく聞きなよ」
「う、うん…」
要さんを落ち着かせて声の真相を二人で聞くことに。どうやら男女のようだ。
「か、金切君。これって結構脅かす方も怖いよね、ここ暗いしさ」
「あれ、優って怖いの苦手だっけ?昔俺の部屋に遊びにきてホラー映画見た時は全然怖がってなかった気がするけど」
「え!?あ、あれは強がってたんだよ、子供だから。私だって女の子です、怖いの苦手です」
「ふーん、そうなのか。ま、男としては女は怖がりの方が可愛いと思うぜ」
ふむ、声を聞くにこれはどうやら彼岸姉と金切良平の会話のようだ。恐らく彼岸姉は怖いのが苦手だという女の子アピールをしているのだろう、涙ぐましい話じゃないか。
「そ、そう?えへへ…金切君、お化けとか出たら守ってね?」
「ははは、そういう台詞は好きな人に言えって」
「う、うん…」
こいつらの会話を聞いているともどかしい。というか腹が立つ。俺の予想では金切良平はとっくに彼岸姉の気持ちに気づいている。なのに鈍感男のフリをして一体何がしたいのだろうか?
「…ブリっ子ですね、腹が立ちます」
落ち着いた要さんはどうやら女の方にご立腹らしい。ブリっ子を嫌う女もまたブリっ子だと言うが果たしてどうなのだろうか。要さんは単に喜怒哀楽が激しいだけな気がするが。
「あ、明日のレクリエーション大会楽しみだね」
「そうだな。スポーツとか、オリエンテーリングをするらしいな」
「オ、オリエンテーリング…あ、明日も金切君と一緒になれたらいいな」
「おいおい、俺じゃなくてもっと他の人とも仲良くならないと」
「…うん、そうだね」
ああ腹が立つ。俺があの立場ならこっちから告白してるってのに、金切良平は彼岸姉を弄んでるんだろうか?少女が勇気を出して一緒になれたらいいなとかなり積極的な発言をしたというのにまるでそれを突き放すような発言。
「信じられませんね、あの男は一体何を考えているんでしょうか?」
要さんも流石に彼岸姉に同情したのか、怒りの矛先は金切良平に向いていた。
「…そもそも脅かし役がサボってるのも腹が立つよな」
「そうですね、何か手立てはありませんか?」
俺はポケットから爆竹を取り出す。
「さなぎに花火がしたいから用意してくれって言われて持ってきたけど、使っちゃいますか」
「それは面白そうですね、私も投げたいです」
二人で爆竹に火をつけてその辺に投げて逃げ出す。
数秒後に爆音と悲鳴があがったのは言うまでもない。リア充爆発しろ。