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5月1日(火) オリエンテーション1日目(上)

月火水木金の順番に語り部が変わってます。

◆ ◆ ◆が語り部が変わるタイミングです。

 4月30日、月曜日。夜。彼岸家にて

「明日は待ちに待った新入生オリエンテーリング。遠く離れたキャンプ場で2泊3日、クラスメイトとの交流を深めるチャンス。勿論私は金切君ともっと仲良くなりたいな…なんて、キャッ、恥ずかしい」

「誰に向かって言ってんだよ死ねよ…あとオリエンテーションだろ。オリエンテーリングはスタンプラリーのようなスポーツだ」

 翌日に控えたオリエンテーションが待てない私、彼岸優を双子の妹、彼岸秀はバッサリと斬り捨てる。

 リビングで私はバランスボールに乗って跳ねており、秀はニュースを見ている。

「秀だって底野君との距離を縮めたい癖にぃ」

「ほざいてろ。大体私は参加しない」

 今回のオリエンテーションは名目上は自由参加となっており、他人との交流を避けがちな秀はそんなものに参加するつもりはなかった。しかし私はニヤリと笑い、

「ふふふ、残念でした。勝手に私がアンタの分も参加手続きしておきました」

 と言ってのける。

「はぁ?」

 当然秀は激昂し私の髪を掴むが、ここで負けてはいけない。

「恋人だけじゃなくて友達も作らなきゃ。とにかくもう手続きしたからには参加してもらわないと学校に迷惑がかかるなあ」

「この糞姉がっ…」

「何よー、アンタだって本当は参加したかったくせに」

「お前は私の何なんだ」

「双子の姉ですが。それじゃあお風呂も沸いたみたいだし入ってくるわね」

 私は逃げるようにお風呂へ。

「…ああ糞、面倒くさい」

 そう言いながらも、秀は明日持っていくジャージをうきうきしながら選ぶのでありました。




 5月1日、火曜日。

「おはよう、金切君。オリエンテーション日和だね!」

「おはよう優。オリエンテーション日和ってなんだそりゃ」

 朝7時半。今日も私、彼岸優は金切君と一緒に登校。天気は快晴、オリエンテーションにふさわしい日と言えよう。キャンプ場はここから遠いから天気が違うかもしれないけれど。

 オリエンテーションも大事だが、毎日の積み重ねである一緒に登校というイベントも蔑ろにしてはいけない。地道な努力だが、きっと実を結ぶ日が来ると信じよう。

 他愛ない話をしながら道中の駅まで来ると、電車通学組がぞろぞろとやってくる。その中の一人に私は声をかけた。



「おはよう底野君。秀なら私より後に家を出るからここで待ってるといいんじゃないかな」

「おはようございます。わざわざどうも」

 彼は私の可愛い?妹である彼岸秀の友達以上恋人未満な感じの少年だ。

 どこにでもいそうな感じの少年だが、これであの秀の心の扉を開いたのだから案外もの凄い人間なのかもしれない。

「今のが秀さんの彼氏か?意外と普通の男だな」

「そうみたい。それにしても秀には勉強でも運動でも恋愛でも常に先を行かれるわ…」

 改めて周りを見るとカップルっぽい人達がたくさんいる。



「おお、お兄ちゃんじゃねえか、偶然だな」

「偶然を装って待ち伏せしてたんじゃないですか?大体なぎさちゃん図書委員の仕事の初日、駅とは逆の方向に帰っていませんでしたか?そもそもなぎさちゃん友達はいないし作れそうもない根暗で変態などうしようもない男なのによくもまあオリエンテーションなんて参加する気になりま…あれ?…ま、まってよ二人とも!」

 横を歩く集団など男が学校でも有名な美少女を二人も侍らせている。とんでもない男だ…

 高校始まって1か月、まだ焦る事はないと思っていたが、周りのカップルぶりを見せつけられるとどうしても焦ってしまう。もたもたしているうちに金切君が他の誰かにとられないとも限らない。

「あれ、彼岸秀じゃねえか。誰だその男は、お前底野と付き合ってるんじゃなかったのかよ」

 横を歩く三人組の一人、名前は確か稲船さなぎさんだったか…が私を秀と勘違いしたのか話しかけてくる。勘違いされる事は多々あるが、基本的に秀は他人と交流してこなかったので、秀だと思って話しかけてくる人は珍しい。

「彼岸さん!もしかして二股ですか?駄目ですよそんなの!全員を幸せにすることができれば何股してもいいだなんてそんなのが許されるのは漫画の世界だけですよ!」

 今度はファンクラブの会員数がついに200を超えたと言われる要桃子さんに話しかけられる。

 怒っているようだがその顔もなんともまあ可愛らしい。それにしても妹は友達がいないと勝手に思っていたが、こんな可愛い子達に話しかけられるなんて実は私よりも交友関係が広いのではないだろうか。なんだか泣けてきた。

「こらこら二人とも、彼女は双子の姉だよ。いい機会だから判別方法を教えてあげよう。まず本物の彼岸妹は高確率でジャージの上にスカートを履いている。最近は男ができたからおしゃれに気を遣うようになったのかしなくなったけどね。次に目つき、彼岸妹はこんな青春を満喫してますって感じの目つきはできないよ。あと双子だけど微妙にスタイルは妹の方が良いんだ、多分妹の方がバストが3センチ大きくてウエストが5センチ小さいんじゃないかな…ってなんでドン引きしてるの君達。まあそれはともかくすまんね、恋人とのラブラブ登校デートを邪魔しちゃって、ほら行くぞ」

「こ、恋人って…!」

 最後の一人、十里君は私達を恋人と勘違いしているようだ。恋人という単語に私は赤面する。

「それにしてもあの二人、何だかお似合いのカップルって感じでしたね、羨ましいです」

「そうだな、長年付き合ってるって感じだ。俺と黒須のラブラブっぷりには劣るけどな。俺は桃子にはお兄ちゃんがお似合いだと思うんだけどなあ」

「身長145もない男はちょっと…」

「あるよ!150はギリギリあるよ!」

 嵐のような三人組はさっさと先を歩いて行く。恋人に間違われ、お似合いのカップルだと言われて私は茹蛸になりそうだ。隣の金切君を見ると、金切君の顔も真っ赤になっていた。

「わ、私達、周りから見たら恋人に見えるのかな…?」

「そ、そうみたいだな…ごめんな、俺のせいで変な誤解うけて」

「ううん、別に…金切君こそ、ごめんね?私なんかが恋人扱いで」

「いや俺はむしろ…な、なんでもねえ」

 お互い顔を真っ赤にして、無言で学校まで歩く。なんだかいい感じじゃない?



 ◆ ◆ ◆


「おはよう、秀さん。偶然だね」

「何が偶然ですか、この駅に最後に電車が到着したのは10分前でしょう?待ち伏せしてたんですか?変態ですね」

「いやあ、お姉さんにここで待ってろって言われてね」

「あの糞姉が…」

 朝8時、彼岸優さんに言われた通り駅で待っていると、やがて秀さんがやってきた。一応偶然を装うが簡単に看破されてしまう。だが拒絶しているようには見えないので、彼女の隣に立って歩き出す。今日から2泊3日のオリエンテーションなので、荷物も普段より重い。俺は車輪のついているバッグなので持ち運びは楽だが、秀さんはボストンバッグで実に重たそうだ。

「重そうだねその荷物、持とうか?」

「私貴方よりも力持ちですから結構です」

「あはは…」

 気遣いのできる男を演出してみたがあっさりと断られてしまった。

「ところで、新作のネトゲーやってるんだよね。聖トロール学園って言うんだけど」

「…それ、私もやってます」

 話題の種として最近自分の始めたネトゲーを選ぶが、なんともまあ見事にビンゴ。まさか彼女もプレイしているとは。

「そうなんだ、ユーザー名は?」

「なんで教える必要があるんですか」

「いいじゃない、減るもんじゃないし。ちなみに俺のユーザー名は二葉のクローバーって言うんだけどね…ってどうしたの、秀さん」

 俺が自分のユーザー名を口にした途端、彼女の顔が冷や汗まみれになる。

「…私のユーザー名、鯉こく大魔王なんですけど」

「…え?」

 彼女の発言に頭の中が真っ白になる。鯉こく大魔王と言えば自分がネトゲを始めてすぐに出会い、流れでフレンド登録してパーティープレイもしたキャラだからだ。つまり俺と彼女はずっとネトゲで仲良くやっていたということになる。ものすごい偶然だ。

「あ、あはは…ものすごい偶然だね」

「ていうかあなたネカマだったんですか…」

 彼女の指摘通り、僕のキャラは女の子だ。いやあ、ネットの中くらい全然別の自分を演じてみてもいいんじゃないかって気になってさあ。

「今思えば秀さんのキャラは現実と同じような口調だね」

 それに引き替え彼女のキャラはネトゲでも同じような口調だ。意外だったのは職業が僧侶だったことだが。

「それにしてもあのネトゲはすごく気に入ったよ、ネトゲー部出身としては腕が鳴るね。部活といえば、俺達勝手に番長の部活のメンバーに入れられたんだったね」

「全く勝手なことを…」

 先週金曜日の放課後、一緒にゲームセンターへ行こうとした俺達の目の前に中学の同級生、稲船さなぎが現れて、部活の時間だぞといきなり言ってきた。どうやら彼女の作った部活の初期メンバーに入れられてしまったらしい。

「まあ、番長といると退屈はしないからね。俺は部活につきあってみようかと思ってるんだ」

 何だかんだ言って俺は受動的な人間だ。強制的に参加させられたのを機に、部活に励むのも悪くないだろう。そもそも名前も目的も決まっていないらしいけど。

「あの女に関わるとロクなことにならないと私の本能が告げている、私は参加しないから」

 秀さんはそう言うが、なんとなく無理矢理部活に参加させられる彼女の姿が見える。



 やがて学校にたどり着く。既にキャンプ場へ向かうためのバスが止まっており、担任が出席を取った後俺達はそのバスへ乗り込んだ。

「で、なんであなたが隣に座っているんですか」

 気がついたら俺は秀さんと同じ座席に座っていた。

「なんでだろうね?ポッキー食べる?」

「餌付けでもするつもりですか」



 ◆ ◆ ◆


 自室のベッドで目が覚める。ああ、よく寝た。今日もいい天気、ギャルゲー日和だ。僕、鷹有大砲は大きく背伸びをする。

 早速テレパシーを受信。大好きな彼にポッキーもらってよかったね。そのままポッキーゲームでもしてくたばれ。

『今日は学校ではないのですか』

 ペットのガラハちゃん(カラスの♀)がそんな事を言うのも無理はない。

 今日は平日の朝10時。普通ならとっくに学校にいるべき時間帯に僕は起きたのだから。

「今日から楽しい連休だ。何本ギャルゲーを完全攻略できるかな」

 ここでいう完全攻略とは全√クリアするという意味だ。中には既読率もコンプしてこそ完全攻略だと言う人もいるが、僕は女の子と幸せな結末が迎えられればそれでよい。

 バイトの時間までまだまだ数時間あるし、カップラーメンにお湯を注いで早速やりかけのゲームを起動。ギャルゲーをする時は料理をしない、自分ルールだ。ガラハちゃんがこちらを睨んでいる気がするが君は外で胡桃でも割って食べてなさい。

『キャノン君、明日はいよいよ修学旅行だね、楽しみだね』

「も、もももちろん楽しみだよ」

 ゲームの中のヒロインと会話する僕をガラハちゃんは白い目で見ている気がするが君は外でゴミでも漁ってなさい。

『でも、本当は私修学旅行なんて行きたくないんだ…キャノン君と違って私友達いないし、同じ部屋の女の子にすごく苦手な子がいるし…やっぱりサボっちゃ駄目かな?』

 ここで選択肢が現れる。ひとつは修学旅行に行かせる選択肢、もうひとつは一緒に修学旅行をサボる選択肢だ。長年の経験が前者の選択肢が正解だと告げている。告げているが…

 僕は後者を選ぶ。そして一緒に修学旅行をサボるが特にイベントも起こらず、修学旅行明けに友達ができずに苦悩したヒロインはとうとう自殺しバッドエンドになってしまった。

「うう…畜生…」

『大丈夫ですがご主人』

 ポロポロと涙を流す僕をガラハちゃんは見捨てずに気にかけてくれる。なんて優しい子なんだろうか。ガラハちゃんがもし人間の姿になったら、自分の能力とかそんなの関係なく告白するだろう。そういえば積みゲーの中に擬人化した鳥類の女の子と恋愛するゲームがあったはずだ、それをやろう。

「どの子を攻略しようかな…あ、この子僕の好みだな、何だかダークな雰囲気がして。へえ、この子はカラスの擬人化なのか、ガラハちゃんが人間だったらこんな感じなのかなって痛い痛い痛い!なんで僕を突っつくのさガラハちゃん!」


 ◆ ◆ ◆


「ところでオリエンテーションって何やるんだ?」

「うーんとね、パンフレットによると到着が大体昼の2時くらいで、そこから教師の話を聞いて、テントを設営して、ご飯を作って食べて肝試し一日目は終わりみたい。二日目はレクリエーション大会とかキャンプファイアーとかあるみたいだよ」

「まだ3時間くらいバス移動かよ…ふぁあああ」

 退屈で俺、稲船さなぎは大あくびをしてしまう。今は午前の11時。新入生歓迎オリエンテーション合宿のためにキャンプ場へとバスで移動中だ。隣には舎弟である要桃子が座っている。

「あはは…あ、そうだ。お菓子食べる?」

「おう、頂くぜ」

 桃子からポッキーを貰い、窓の外の風景を見ながら食べる。なんというか田舎道だ。ここから更に3時間もかかるとは、一体キャンプ場はどれだけの魔境なのだろうか。

「しかしまあ田舎だな。都会っ子の俺としては肌に合わないぜ。そういや桃子ってどこから通ってるんだ?」

 本当は住んでる所はあまり都会ではないが、心が都会っ子なら問題ないのだ。

「私?縦川駅から自転車で15分くらいの所に住んでるよ」

 た、縦川だと?桃子の奴、完全な都会っ子じゃねえか。

「いいなあ縦川…大野道も悪いとこじゃないんだが縦川に比べるとな…そういやお兄ちゃんの家ってどこにあるんだっけな、思い出せない」

 確か無駄に広い豪邸だった事は覚えている。家族4人で暮らすにはでかすぎた家なのに、俺と母さんがいなくなって、しかも親父は仕事人間だったはずだからほとんど家にいないだろう。つまりお兄ちゃんはほとんど一人であの豪邸に住んでいることになる。

「なぎさちゃんの家なんてどうせダンボール箱だよ、どうでもいいって」

「俺も昔一緒に住んでたんだが…今度一緒に遊びに行こうぜ…うっ」

「えー…なぎさちゃんの家に…ってどうしたの?」

 突然俺の身体がおかしくなる。何か熱いものがこみあげてくる。そう、これは…

「は…吐きそう…」

「ええっ!えーと…えーと…これ、エチケット袋!」

 電車の揺れは大丈夫だが、田舎道をガタガタ走るバスの揺れにはどうやら繊細な乙女の身体は持たなかったようだ。さっき甘いポッキーを食べたのもいけなかった。

 桃子からエチケット袋を受け取るとその中にポッキーでやや茶色のゲロを出す。

 これが原因で数名貰いゲロをした人がいるのだが、それは別のお話。



 ◆ ◆ ◆


「なあ、なぎさよ」

「どうした、不動」

 午後1時、俺、十里なぎさがバスの中で昼食のお弁当を食べていると、横に座っていた友人の不動が話しかけてくる。食事の時間は放っておいて欲しいものだ。え、俺が他人が食事をしている最中に割り込んできたシーンがあるって?覚えていないなあそんなのは。

「ここにカメラがあるだろう」

「随分とボロそうなカメラだな」

 不動が取り出したカメラはいかにも大昔のカメラって感じの古臭い代物だ。いや、カメラって時点で結構最近なのだろうけど。

「今日日そんなのよりも携帯のカメラの方がいいのが取れるだろうに」

「ところがどっこいこのカメラ、実は例の写真販売会用のカメラなのです」

「何だと?」

「声がでけえって…」

 写真販売会用のカメラの噂は俺も聞いている、その場にいなくても周りの女の子のエロスな写真を撮ることができるという夢のようなアイテムだ。しかし何故そんな物をこいつが?

「先週の金曜に、販売会の人に渡されてな。代わりに写真を撮ってきてくれって」

「へえ、責任重大だな」

「というわけで、頼んだ」

 そういうと不動は俺にカメラを手渡そうとしてくる。

「なんで俺が。お前がやればいいだろうに」

「それが休日に色々試してみたんだけどさ、どうにも俺には適正がないみたいなんだ。このカメラを使うには高い煩悩力が必要みたいなんだけど、俺がやると…ふん!」

 何やら不動が気合を溜めながらカメラのシャッターを押す。しばらくすると一枚の写真が出てきた。即現像とはなかなか侮れない性能だ。俺はその写真を確認する。それは妹である稲船さなぎがエチケット袋にゲロを吐いている写真だった。

「…死にたいのか?」

 とりあえず不動の首を絞める。

「いやいやわざとじゃねえって!何故かしらんけど俺がやってみるとこんな感じのグロい写真ばっかり出るんだよ…」

「お前ひょっとしてグロいのに興奮するタイプなんじゃないのか?」

「うう…ひょっとしたらそうなのかもな…そんなわけで俺には無理だ、お前が使ってくれ」

 友人の隠れた性癖に若干引きながらもカメラを受け取り、早速使用してみることに、

 まあ俺は煩悩なんてこれっぽっちも持っていない聖人君子だからエロスな写真なんて撮れないだろうなとシャッターを押し、出てきた写真を確認する。彼岸妹がポッキーをぺろぺろ舐めてプリッツにしようとしている写真だった。意外と子供みたいな事をする。

「素晴らしい写真だね、流石は校内一のセクハラ野郎と名高い十里なぎさだ」

「え、そんなイメージなの俺?」

 録音した自分の声を聞くと意外とキモくてびっくりすることがある。同じように、自分自信では清廉潔白だと思っていても他人はそうは思ってくれない、悲しい話だが。

「ともかくこれではっきりしただろう、このカメラはお前が使うべきだ。存在が猥褻物と言われるまでの煩悩、そしてハーレム体質」

「ねえ誰が言ってんの?存在が猥褻物って誰が言ってんの?後ハーレム体質って何だよ」

 そりゃあ人一倍煩悩はあるかもしれない、それは認めよう。だからって存在が猥褻物はいくらなんでも酷過ぎる…

「何っておめえ、彼岸秀の元彼で、稲船さなぎの兄で、要桃子とは図書委員として一緒に過ごして…学年三大美少女とも言われている子全員に好かれてるなんて、ぶっちゃけ刺されても文句言えねえぞ」

「いやいや、彼岸秀の元彼でもなんでもないし要さんには嫌われてる気がするぞ俺は…」

 というか学年三大美少女って、彼岸姉は入っていないのか、双子なのに何か酷くないか?

 まあ日本人は何かと三大が好きだし、彼岸姉はどこにでもいる美少女だ、インパクトが足りないのも否めない。

「そんなわけでお前なら、こんなカメラ使わなくたって最高の写真が撮れるんじゃないか?」

「俺を買いかぶりすぎだよ…っと、電話か」

 どうやらさっきゲロを吐いたさなぎからのようだ。バスの中で携帯電話を使うのはマナー違反だが、まあ大目に見てくれ。

「大変だお兄ちゃん!桃子が、桃子が!」

「どうしたさなぎ、お前がゲロ吐いたせいでもらいゲロしそうなのか」

「何で俺が吐いた事知ってんだよ…とにかくそうなんだ、どうしようこのままじゃ桃子のイメージが無茶苦茶になってしまう!」

 要さんならゲロ吐いてもメインヒロインになれるとは思うが、何だか隣にいる女のゲロで悦ぶ変態を喜ばしてしまいそうなのが癪だ。

「こんな事もあろうかとお前のカバンの中に酔い止めの薬を入れておいた、それを使え」

 きっと妹は酔いやすいのだろうと駅で待ち伏せしてまで妹のカバンに酔い止めを仕込んでおいた甲斐があった(妹のゲロは防げなかったが)。

「…カバンはバスの側面にあるあの荷物入れに…」

「…」

 ピッ、ツーツーツー。

 頑張れ、要さん!



 ◆ ◆ ◆


「うーん、ここがキャンプ場かぁ」

「自然がいっぱいでいいとこだな」

 午後2時、バスでの長旅を終え、私達はようやくキャンプ場へとたどり着いた。隣にいる金切君と一緒に私、彼岸優も大きく背伸びをする。また背が伸びたなあ、金切君…

 バスの中では何とか金切君の隣に座るも吐きそうになるというピンチを迎える。しかしここでカバンに入っている酔い止めを使うんだ!という天の声が聞こえ、カバンの中に酔い止めを入れていたのを思い出した私は見事にそれを飲み最悪の事態を避けたのだった。

 別のバスから妹の秀と彼氏の底野君ペアも降りてくる。

「いやー、吐きそうになったけど酔い止めがあってよかったよかった」

「酔い止めって普通バスに乗る前に飲む物で、吐き気がしてから飲んでも意味がないはずなんだけど…思い込みでなんとかなるなんて単純ですね」

「……」

 底野君と同時に私もうつむく。まあ結果オーライだよね!



「それじゃあ講堂に整列、先生のお話を聞きましょう」

 先生の言葉に講堂へ向かう。自然豊かなこのキャンプ場にそぐわない講堂にて約2時間にも及ぶ教師の話を聞く羽目になった。いつも女子高生ばかり眺めていた体育教師が開口一番、

「何も言うことはねえ!おしまい!」

 と言って話を終え、生徒から割れんばかりの拍手を受けて株があがったのは別のお話。



 ようやく教師の話も終わり、私達は班ごとにテント設営に取り掛かる。

「さー設営ガンバロー…バンガローが良かったなあ」

「バンガローって何ですの?」

「木でできた山小屋みたいなものでありますね。彼岸殿…は金切殿ばかり見ていて役に立ちそうにありませんね、花菱殿、こっちを持っていただきたい」

「そ、そんなことないよぉ。ちゃんと手伝うってば」

 私の班は私、ヒナ、前回野球でピッチャーをやっていた花菱さん、何だか軍人っぽい口調の帝さんの4人で構成されている。

 今回私たちが組み立てるテントは、骨組みを組み立てて布を被せるタイプのテントのようだ。

 帝さんの指示に従いテントは特に苦労することなく完成する。

「帝っち慣れてるね、普段からテントの設営してるのけ?」

「ははは、趣味でサバイバルと野宿をしておりますゆえ」

 ヒナの質問に帝さんは豪快に笑う。なんてアウトドアな趣味なのだろう、クラスメイトの一面がわかるというのも、オリエンテーションの醍醐味である。



 ◆ ◆ ◆


 午後4時半、テントの設営も終わり、俺、底野正念や石田を擁す男子4班と、秀さんを擁す女子3班は共同で食事の準備に取り掛かる。

「えーと…じゃあ俺が仕切るか、うん。そうだなあ、俺と星山は火をおこす準備、底野と彼岸さん、三田と桃井さんは野菜を切って、後はお米をといでもらえるかな」

 現場監督となった石田は役割分担をしていく。それにしても秀さんのいる女子のグループは何と言うか…

「暗い、とか思っているんでしょう」

「うぐっ…」

 秀さんが包丁をこちらに向けて俺の心を読んでくる。ジャージにエプロン姿は何と言うか新しいジャンルを産みだしそうだ。

「な、なんのことかな?あはは」

「ボッチの余り者グループですからね、私達は。仲良くも何ともないです」

 確かに女子3班の面子はクラスでも目立たないか浮いていると言った感じの子で構成されている。いじめとかではなく、こればかりは本人の性格の問題だと俺は思う。

「まあまあ、オリエンテーションだし、これから仲良くなっていけば」

「よそ見していると手を切りますよ」

「大丈夫大丈夫、これでも自炊系男子ですから包丁の扱いは慣れたもんだよ、秀さんも手つきが慣れてるね、料理とかするの?」

「…たまに夜食を作る」

 流石は天才と謳われるだけのことはある、料理の腕も確かなようでリズムよく人参をみじん切りにして行く。…ん?

「…カレーを作るんだけど」

「それが何か?」

 秀さんは何故俺が訝しがってるかも理解できないようだ。

「いや、人参をみじん切りにしてどうするのさって」

「え、カレーの人参って普通みじん切りじゃないの?」

 彼岸家ではカレーを作る際人参をみじん切りにして入れている事が判明した。あまり家族と仲良くできていないらしい秀さんもこういうところは親を見て育っているのかと思うとなんだかしんみりするね。



「ところであのキモい男に包丁をぶん投げてもいいのか?」

 秀さんが嫌悪感をマックスにして睨んでいる隣の流しには、

「いやぁん、桃井ちゃんすごいわぁ、アタシ料理とか全然できないからソンケーしちゃう!」

「…わ、わたしなんて、ぜ、ぜんぜんです」

 見た目は美少年、中身は乙女?、でも女の子が好きな三田と、小動物という感想がピッタリな桃井さんのペアだ。桃井さんが喋ったのを始めて見た気がする、流石は三田、恐ろしい男?だ。

「いや、三田は良い奴だから、きっと緊張してる桃井さんをほぐしてあげてるんだよ」

 何だかあの二人はいい感じなので邪魔をするのも悪い、話題を変えよう。

「それにしてもこういうのっていいよね、原始的な方法で火を起こすとか」

「うおお星山ァ、煙出てきたぞォ!」

「ばっちこい石田、炭の用意はできてるぜ!」

 俺の班の残り二人の男子はああして火を起こしている。昔の人はよくもまあ摩擦で火を起こすなんて発想に至ったもんだ。

「なんでわざわざ昔に戻る必要があるんですか、チャッカマンとか使えばいいじゃないですか」

 身もふたもない事を言ってくれる。

「あはは…それにあれでお米を炊くとおこげが美味しいよね、飯盒炊飯」

「飯盒炊爨」

「へ?」

「…いえ、何でもないです。玉ねぎ切りますね」

 何だか不満そうに彼女は玉ねぎを手にとる。

「いや玉ねぎは俺がやるよ、涙が出て大変だろうし」

 玉ねぎを切ると涙が出るのは鼻に刺激物がつくかららしい。だからゴーグルをかけるよりも鼻をつまんだ方がいいのだという。

「ご心配なく、左手で鼻をつまんで右手で切れば何の問題もありません」

 彼女はそういって実際に左手で鼻をつまみ、右手で玉ねぎを切っていく。器用な物だ、だが…

「女の子が鼻つまむってどうなの」

「ふんぬっ」

 彼女は切った玉ねぎを握りつぶしてこちらに汁を飛ばしてくる。その汁が俺の目に入る。

「うぎゃあああああ!目が、目がああああっ」

「あらごめんなさい、手が滑ったわ」

 指摘してあげたというのに何たる仕打ち…



 やがて野菜を切り終わり、同じくして飯盒炊飯の用意もできたようでお米を火にかける。

「よーし、カレーを作るぞ。…なんで人参がみじん切りになってるんだ?」

「えっ」

 石田にも指摘されてうろたえる秀さん。

「に、人参みじん切りにして何が悪いのさ!」

 隣のクラスのスペースでは同じくして彼岸優さんがそう叫んでいた。


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