4月10日(火) 底野正念・meets・彼岸秀。
4月10日、火曜日。
その日の夕方私、彼岸秀は家のリビングで体をくねらせて悶えていた。
「ああ糞…どうして私はこうも単純なんだ。少し優しくされたくらいでコロッと落ちてたまるか、冷静になれ、大丈夫、今日も厳島は勝てる」
そんな私を姉である彼岸優が心配そうに見てくる。
「今日も、って金切君が言ってたけど厳島って一昨日負けてたんじゃ…」
「黙れ」
糞姉に現実を伝えられても知らん。どうでもいい。
ああ落ち着かない。よし、そろそろ野球の時間だ。野球を見ている間なら私は冷静になれる。
話は朝にさかのぼる。
「はぁ…はぁ…」
汗まみれで自室で目が覚める。最悪の目覚めだ。嫌な夢を見た。
私の名前は彼岸秀。モデルのような体形からこの世のすべてを呪う目つきが特徴的な、昨日から高校生となった女の子だ。夢の中では私…いや、私によく似ているが双子の姉である彼岸優と、幼馴染の少年…金切良平が抱き合っていた。
「今のままじゃあんな未来は有りえんわな」
何故糞姉がアレにゾッコンなのかはわからないが、私はあの金切という男が嫌いだった。
あの男は鈍感だから私の気持ちに気づいてくれないと糞姉はほざくが、私にはわかる。あの男は鈍感で糞姉の気持ちに気づいていないフリをしているだけだ。これからどんな事が起きるかはわからないが、糞姉が今勇気を出して告白したところで、勘違いした、という事にしたり、有耶無耶にしたりするだろう。
今はいいの、いつか私の気持ちに気づいてくれるだろうし、とかほざく糞姉が痛々しい。
とはいえ私に他人の心配をする趣味などない。あの夢が最悪だったのは2人が幸せそうだったことだ。私と瓜二つな糞姉が幸せそうにしているのを見るだけで私は憤死しそうになる。
名は体を表すとはよく言ったもので、糞姉の優が性格が良くて友達が多いという評判ならば、私こと秀は天才だが捻くれものだ。
産まれた頃から私は天才で手がかからなかったらしく、両親は糞姉ばかりに構ってしまった。そんな感じで親の愛情を満足に受けられないまま私は育ち、今では単なる性根の腐ったコミュ障である。それだけに糞姉が憎い。勉強も運動も私に遠く及ばないのに私よりずっと幸せそうだからだ。
姉は私に恋をしろだの偉そうな事を言っていた。喋る相手すらいない私に恋愛か。
脳裏には小さな男が浮かぶ。あいつは駄目だな、男としては見れないし、あいつの世話になるのはなんだか嫌だ。あいつも彼女を作ったら私にお前も恋愛とかしろよとか言うのだろうか。
そしたら彼女共々血祭にあげてやる。
邪悪な笑みを浮かべながら私は仕度を済ませると部屋を出て、親に挨拶することなくお弁当をひったくり家を出る。
◆ ◆ ◆
「うっす、おい…寝たふりすんな」
朝のHRの前に教室ですやすやと寝ていると起こされる。顔をあげると中学からの友人である石田がそこにいた。
「いやマジで寝てた。昨日ネトゲしすぎてさ」
おっと、自己紹介がまだだったか?俺の名は底野正念。昨日から高校生となった少年だ。
昨日は半日で授業が終わったので平日の昼間にネトゲもいいもんだなとついついやりすぎて気づけば朝の7時だ。流石にここで寝ると起きた頃には学校が終わってしまいそうなので、ふらふらしながらも早くに学校へ行き教室で爆睡していたというわけだ。
「お前一人暮らしだからって生活乱れすぎだろ」
石田の心配もごもっとも。両親が仕事でほとんど家にいないので一人暮らしライフを満喫しているのだが、確かに生活リズムはボロボロだ。高校生にもなったことだし、そろそろ改めるべきだろう。
「それより何か用か。用がないならもう少し寝させろ」
「いやさー、すげー可愛い子見つけてさ、これもう一目惚れだね」
「お前一目惚れ何回目だよ…で、どんな子だ?」
「星の砂のようなサラサラなロングヘアーで、スタイルも結構よくて爽やかそうで…」
「あんな感じか?」
と、俺が目を向けた先には石田の言うとおり星の砂のようなサラサラなロングヘアーをなびかせ、出るとこ出たモデルのような女の子が、
「…あ?」
こちらの話の種にされたと気づいたのか、ものすごい剣幕で睨んできた。
確か名前は彼岸秀だったか。
「(いやいや、あれのどこが爽やかだよ。滅茶苦茶こえーよ)」
「(ちょっと機嫌が悪いだけなんじゃないのか?あの日とか)」
睨まれてビビリ、彼女に話を聞かれないように小声で話す俺達マジヘタレ。
「(いや今日校門で見かけた時はすげー笑顔だったし、絶対アレじゃないって)」
「(ふーん…)」
何故だか知らないが俺は彼女に睨まれてすごくドキドキしていた。
自分でも知らない新たなる性癖に気づいてしまったのだろうか?
さて、授業も終わり。掃除も終わり、帰宅の時間だ。
中学時代はほぼ毎日家の近くのゲームセンターで遊んでいたのだが、どうやらここの学校の近くにもゲームセンターがあるらしいので、そこへ行くことにした。
学校を出て歩くこと十分、そこへたどり着く。外観は悪くないし、結構充実したゲームセンターのようだ。
とりあえず何で遊ぼうかと店内を物色していると、格闘ゲーム「メテオスマイル」(通称眩暈)があった。それなりにやりこんでいるし、馴染みのゲームセンターの連中とではなく、知らない人と対戦するのも悪くない。台に座り、早速百円を入れプレイ開始。俺の持ちキャラは俗に言う中キャラのデスナイト佐々木だ。弱キャラを使って負けて言い訳するような男にはなりたくないし、強キャラを使って負けたら恥ずかしいからな、何事も普通が一番よ。
しばらくストーリーモードをプレイしていると対戦者乱入の文字が入り、キャラセレクト画面にうつる。家の近くじゃそれなりの上位で通ってる。ここの連中のお手並み拝見といこうじゃないか。俺はキャラはそのままデスナイト佐々木で臨むが、相手のキャラは、
「ロ、ロザリー藤田…」
思わず口に出してしまう。それもそのはずロザリー藤田と言えば最弱キャラの代名詞。稼働当初からほとんどのキャラにダイヤグラムで2対8。しかもアップデートされる度に弱くなっていき、誰も使わないのでキャラ紹介からも省かれるようなキャラだ。そんなキャラを使ってくるとは相手は何を考えているのだろうか。アイドルのような美少女キャラなのでどうしようもない初心者が見た目で選んでしまったのか、余程自信があるのか…。
「く、くくくっ…」
悪役っぽい言葉を口に出してしまう。上等だ、完膚なきまでに叩きのめしてやる。勝った後に相手の面を拝んで嫌味を言ってやる。
そして相手は弱キャラだからとしどろもどろに言い訳する…その表情が見たいんだよ俺は!
数分後、YOU LOSEが表示された画面を前に俺の精神はズタボロ、SAN値は恐らく17くらいだろう。ストレート負けである。あのデスナイト佐々木が、あのロザリー藤田に。相手のライフを半分削る事すら一度もできなかった。有り得ない、何かの間違いだ。きっと相手はチートでも使っているんだろうそうに決まっている…いかんいかん、いくらなんでも負け惜しみが酷過ぎる。とにかく相手は一体何者なのか気になった俺は向かいの台へ達人の顔を拝みに行き、
「…」
そこで酷い目つきで不機嫌そうにプレイを続ける女の子と出くわした。彼岸さんである。改めて見ると彼女は本当に綺麗な容姿をしている。巻かれたいランキング3位くらいに入りそうな髪もそうだし、身長は164くらいだろうか、高校一年生の女子としてはかなり高い方に入るだろう。胸の大きさはどのくらいだろうか…パッと見た感じではDくらいだろうか?しかし個人的には大切なのは大きさよりも形だと思っている。その点でも彼女は二重丸だ。制服の上からでもそれが間違いなく美乳だと主張している。
「…何か?」
不意に彼女がこちらを見た。プレイ画面を見るならまだしも彼女自身をジロジロ眺めていたのに感づかれたようだ。正直こういうのはマナー違反なので良い子の皆はやらないようにな?
間近で彼女の顔を見ると言う程目つきが酷くはないような気もする。この手のタイプは笑ったらギャップもあいまってものすごいんじゃないだろうか。俺が笑った彼女を想像する間彼女はこちらを怪訝そうに見ているが、両手はずっとレバーとボタンを動かしているのだから大したものである。
「彼岸さん、だよね。まさかロザリーにストレートで負けるとは思ってなかったよ」
最弱のキャラに負けて言い訳するわけにもいかず、素直に彼女のプレイを褒めるが、
「…誰ですか?」
悲しいかな彼女はクラスメイトの俺をまだ覚えていないようだ。
「同じクラスの底野だよ。初めてここに来たんだけど、なかなか雰囲気いいとこだね」
「そう」
会話が速攻で終了してしまった。いや無理に会話を続ける必要性があるのか?何を焦っているんだ俺は。俺はなぜかそこから自販機まで走り、
「はい、これ」
ジュースを奢っていた。俺は何をやっているんだ?どこかのコピペじゃあるまいし。当然いきなりジュースを奢られた彼女はすごく警戒している。
「まあ、いいもん見せてもらったお礼ってことで、受け取ってよ」
「はあ」
その場しのぎのでまかせで何とか言い訳し、彼女に無事ジュースを受け取らせる。コーラをこくこくと飲む彼女に不覚にもときめいてしまった。
「それじゃ、またね。彼岸さん」
どうしようもなく恥ずかしくなり、俺は逃げるように眩暈の台から去る。石田にお前は消極的すぎだと言われたことがあるが、なるほど俺は確かにヘタレかもしれない。
そのまま店内を物色するとオンライン対戦クイズゲームがあった。今日はイベント日で100円で2クレだという。
いつもの2倍できるということが学生にとってどれだけ嬉しいか。早速プレイ開始。
まあ、結果は散々なんだけどね。半泣き状態で最後のクレジットを消化しようとすると、後ろに違和感を感じた。振り向けば、
「……」
そこには彼岸さんが立っているではありませんか。何か気に障るようなことをしただろうかと辺りを見回すと、このクイズゲームが満席であることに気づく。つまり彼女は順番待ちをしているにすぎなかったのだ。
「えーと…一緒にやる?」
待て、俺は何を言っているんだ?そらみろ、彼女も滅茶苦茶怪しがっているではないか。こんなところでいきなり積極的になる必要があるのか?
しばらく動揺していたが、彼女は俺の隣に結局座った。意外と断れない性格なのかもしれない。
しかしそこからが大変きまずい。俺も彼女も一言も喋らない。クイズはわかった方がさっさと解答していく。結局言葉が交わされることなくクレジットを消化してしまった。
「じゃ、じゃあ俺はそろそろ帰るよ。彼岸さんも、あまり遅くまでいちゃだめだよ」
気まずいので俺はこのゲームセンターから立ち去ることにするが、それにしても俺は彼岸さんのなんなんだよ。お母さんかよ。今日の俺はおかしい。あれか、本当に一目ぼれしてしまったのか?
「そう。またね」
逃げる俺に彼女は確かにまたねと言った。
◆ ◆ ◆
何だか途中で視点が入れ替わっていた気がするが、私彼岸秀はゲームセンターで出会った男に優しくされたくらいで酷く動揺しているのだ。
あの男は一体何を考えているのだろう。あれか、キモい女がゲームセンターで一人で格闘ゲームやってた、とか友達や彼女に言いふらすのだろう。
そうに違いない、私は明日から笑いものだ。くそっ、もう知らん、野球に集中だ。
…今日も私の応援する野球チームは敗戦した。




