4月26日(木) 稲船さなぎ、部を作る。
4月26日、木曜日。
「なあなあ黒須。剣道部はどうなんだ、竜王戦狙えそうか?」
「竜王戦…?ひょっとして玉竜旗の事を言っているのか?」
今日も今日とて俺、稲船さなぎと彼氏の片木黒須は通学途中に電車の中でいちゃいちゃする。
後で調べてみたら竜王戦は将棋だった、恥ずかしい。
「まあ、顧問の先生には素質があるとか言われてるんだがな…これからよ」
「おう、いいねえいいねえ青春って感じで」
黒須は高校入って早速青春を謳歌しているようだ。それに比べて俺は…
「俺も部活やりてー」
「やればいいじゃないか」
「忍者部がお勧めでござるよ!」
黒須は部活やればいいと言うが簡単なものではない。これだから男は。そして窓の外から幻聴が聞こえた気がするがそれはスルー。
「なーんかこれと言って興味をひくような部活ないんだよなぁ」
色々な部活に体験入部してはみたもののこれだ!というものを見つけられない。背が高いのでバスケ部やバレー部なんてどうだろうと思ったが、俺にはどうも球技のセンスがないようだ。
かといって陸上部も何だかただ走るだけじゃん何が楽しいんだという気持ちになる。陸上部の皆さんごめんなさい。
「ダラダラしてると入部するチャンス逃しちまいそうだし、早く決めねーとな」
今日くらいに決めてみるか。俺はあくびを1つ。
「忍者部がお勧めでござるよ!」
うるせーぞ俺の妄想の分際で。つうか忍者部って何だよ?
「というわけでさー、参考にお兄ちゃんは部活何やってたの?」
その日の昼休憩に学食でいつものようにお兄ちゃんと食事。今日はお弁当を忘れた桃子も同席している。
「中学の頃はTRPG部、ゲーム制作部、演劇部に入っていたよ」
「うわぁ…何かオタッキー、ひくわー」
お兄ちゃんの部活センスに桃子はドン引き。TRPGと言うのは聞いたことがある。自分でキャラを作って、能力とかも決めて、サイコロ振って話を進める遊びだったはずだ。
「お兄ちゃんはインドア派だなあ…桃子は?」
桃子にも部活経験を聞いてみる。
「私は文芸部に入ってたんだけど…気づいたら男子がたくさん増えて…辞めた」
「人気者も大変だな…」
文芸部と言ったら静かで風流なイメージがあるが、桃子のファンがなだれ込んで来たら台無しだろう、部活も満足にできないというのは可哀想な話だ。
「はー、なんか参考にならねーなぁ…二人とも高校は部活やるのか?」
「特には決めてないね。この学校にはTRPG部もゲーム制作部も演劇部もないし、元々友達に誘われて入ったようなもんだからそこまで思い入れないし」
「私も部活とかは考えてないなぁ…」
二人とも高校生活は一度きりだというのにMOTTAINAI。
「うーん、現存する部活にはイマイチ惹かれないし、非認可の部活とか探してみるかな」
アングラな部活ってかっこよくない?それで生徒会と戦うって展開とか最高に燃える。
「というか、自分で部活を作ればいいんじゃないか?」
お兄ちゃんの発言に俺はスプーンを床に落としてしまう。
「それだ!」
思わずテーブルの上に立ってしまった。良い子は真似しないでくれよな?
「お兄ちゃん天才だな!」
「とりあえずテーブルから降りろ。写真撮られても知らんぞ」
注意されてテーブルから降りて椅子に座るが、俺の鼓動の高鳴りは抑えられない。
「というわけで部活を作ろう、思い立ったら即行動!」
積極性が俺のアピールポイント。即効でカレーライスを掻き込むと、学食を飛び出す。俺の青春活劇が始まるぜ!
「ちゃんと食器を片づけろよな…」
お兄ちゃん片づけよろしく。
「というわけで部活作ってみました」
「は?」
放課後にお兄ちゃんと桃子を引き連れて部室の前へ。
「今は使っていない元アマチュア無線部の部室があるからそこを使っていいって言われたんだよ、どれどれ…おお、なかなかいい部室だな!」
鍵を開けて俺達の拠点のお披露目。放置されていたので流石に埃っぽいが、広さも十分あるし、置いてあるアマチュア無線の機械がインテリアとしてかっこいい。
「顧問の先生は別にいらないけど部員は5人必要みたいだから、俺とお兄ちゃんと桃子と、後数合わせに底野正念と彼岸秀を入れておいたぜ」
「勝手に何やってんだお前は…」
お兄ちゃんがため息をつくが気にしない、部室の中でくるくると回りながらマイ部室を堪能する。ああ、部室っていいなあ。
「というわけです。質問はありますか」
勝手に部活に入れてしまったのだ、質問くらいは受けつけよう。
「はい先生」
「何でしょうかお兄ちゃん」
酷く面倒くさそうにお兄ちゃんが手を挙げるのでビシっと指差す。ああ、今の俺最高に輝いてる、THE・部長って感じだ。
「そもそも何部なんですか」
「…?」
あれ?何部なんだ?
「もしもし?」
そんな質問が来るとは予想していなかった、はて、何部なんだろうか…
「楽しい名前募集中です」
「決めてねえのかよ!部員と部室だけ揃えて何の意味があるんだよ!」
盲点だった。部活を作ることに意識が行き過ぎて、何の部活にするかまで考えてなかった…
「あー頭が痛い…要さんもツッコミが追い付かないのはわかるけどフリーズしてないでこの馬鹿に何か言ってやってよ」
お兄ちゃんはさっきから一言も喋らないでいる要さんに助けを求めるが、
「いいですね!何かこう、放課後に部活動という名のダベりとかするの憧れてたんです!」
「あー駄目だこの子漫画とかに毒されてるよ…」
キラキラと目を輝かせる桃子に呆れるお兄ちゃん。桃子は俺の崇高な理念に賛同してくれたようだ。
こうして部活動(名前募集中、活動内容募集中)を作った私は全国大会で黒須と戦うことになるのだがこれはまた別のお話。というか俺の妄想のお話。
「というわけで一年から部長よ、すごいだろ?」
「すげえな…名前も活動内容も決めてない部活を作るとか…」
お兄ちゃんたちと別れ、今日は部活帰りの黒須と帰るタイミングが合ったので一緒の電車に乗れた。
俺のアグレッシブさに黒須は感心しているようだ、もっと褒めろ。
「学校は違えど黒須も名誉部員認定してやるから安心しな」
「そいつはありがたいことで」
窓の外を見る。忍者はいない、同じ車両には誰も乗っていないし、車掌室の車掌もこちらには無関心だ。やるなら今だ!
「と、ところで黒須、キスしようぜ」
俺はグイッと顔を黒須の方へ近づける。
「はぁ?お前いきなり何言ってんだ」
「いいだろ、誰も見てないし」
「……」
無言は肯定と受け取らせてもらう。俺は黒須の唇に自分の唇を重ねる。恥ずかしくてすぐに離してしまったが、黒須分はきっちり補給できた気がする。
「…黒須が別の高校行って、部活とかやって、俺が蔑ろにされるんじゃないかって思って怖くて怖くてさ…情けない話だろ?」
部活を作ったのも、何とか黒須と一緒に帰れるような正当性が欲しかったのかもしれない。あるいは寂しさを紛らわせたかったのかもしれない。
「俺はお前の事大事に思ってるつもりだよ」
「それくらいわかってる」
黒須にそう言われても、わかってはいても、女は愛されてないと感じてしまう。俺も大切な人が常に側にいないと不安な独占欲の強い、馬鹿な女でしかないってことだ。
お兄ちゃんと一緒に暮らしていたころも、常にくっついていたっけな。
実を言うと確か、最初はお兄ちゃんに似ていたって理由で黒須を好きになった気がする。
だけど今となってはそんなの関係ない、俺は黒須を本当に愛しているんだ。
「俺も部活動はやるけど、一番大事なのは黒須だからな、覚えとけよ」
「わかってるよ」
「お兄ちゃんと再会したけど浮気とかそんなんじゃないからな」
「わかってるよ、ていうか浮気だったら色々まずいだろ」
久しぶりに黒須と愛を確かめあう事が出来た気がする。この時間が永遠に続いてくれればいいのにと思うが、電車は容赦なく俺達の最寄の駅へと到着する。
駅を降りて、別れ道まで二人無言で歩く。俺の家と黒須の家がもう少し近ければいいのに、家が隣の幼馴染がいる奴が羨ましくてしょうがないぜ。
しかし今日の俺は部活を作ったことでレベルが上がっている、今ならイケる!
理想
「くく、黒須、今日俺の家に来ないか?親はいないはずだから」
「ああ、いいぜ」
そして俺の部屋に来た黒須は、部屋に充満する俺の香りにあてられて野獣と化し、
「さなぎ…俺、もう…」
「黒須…優しくしてくれよな…」
そして二人は本能のままに愛し合ったのでした。めでたしめでたし。
現実
「くく、黒須、今日俺の家にこ…」
「こ?」
「こなきじじいの人形が届くんだ、いいだろう?」
「意味不明な趣味してんな…それじゃあな」
…馬鹿だな、俺。うん。
まあ、高校生活は始まったばかりなんだ、今年中には初めてを奪ってもらうつもりだから覚悟しとけよな、黒須!