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4月24日(火) 底野正念、殴られる。

 4月24日、火曜日。


「もう高校始まって2週間が経つが、今まで我が道を行くをモットーにしていた私、彼岸秀はたかが2週間程度で少々頭をやられてしまったようだ。底野正念とかいうギャグみたいな名前の男にハメられてデートをしてしまい、不覚にも少しだけ、本当に少しだけだが楽しいと思ってしまった、それは認める。だけどそんなもん一時の気の迷いだ、私は断じてあいつが好きな訳じゃない!」

「秀…大丈夫?」

 ついつい心情を言葉にしてしまった私を糞姉が心配そうにみつめる。

「私はどうやら大丈夫じゃないらしい」

「まあ、知ってるけどさ…。それじゃ私は先に行くからね」

 そういうと糞姉は家を出ていく。片想いの男と一緒に登校したいがために毎日ご苦労なこって。好きな人のいない私には理解ができないね。もう一度言う、好きな人のいない私には理解できないね。

 テレビで昨日の野球のハイライトを見る。しかし昨日は贔屓のチームが大敗してしまったので見れば見る程腹が立ち、すぐに消してしまう。ああ糞イライラする、さっさと学校行こう。

「…お弁当はどこ」

「ごめんなさい、ごはん炊き忘れちゃって。今日は無しでお願いできるかしら」

 やたらと他人行儀な親に昼食代を貰い、私は家を出る。



 学校までの道の途中で駅を通り過ぎることになるのだが、今日は厄日だ。駅から出てきた底野正念と鉢合わせしてしまった。

「おはよう」

「……」

 ガン無視を決めてやり、早歩きでさっさと学校へ行く。今の私なら競歩に出れるかもしれない。

 関係を切ろうと臨んだデートの時にまた話しかけてもいいかなと問われ、好きにしろと言ってしまったが、私がそれに応えるするとは言っていない。

「今日から新しい音ゲーが稼働するんだってね。彼岸さんは早速やるの?」

 それでもしつこく底野正念は私のペースに合わせて早歩きし、会話を試みてくる。傍から見れば女子高生に相手をされていないのに話しかける哀れな男だ、恥ずかしくないのだろうか。

「まあ、ね」

 応えないと決めていたのに口がついつい動いてしまった。やはり私はおかしい。体を制御できなくなっている。二人して早歩きで学校へ向かったため、先に家を出た糞姉と金切良平のペアを追い越してしまった。



 学校について自分の教室へ。幸いにも席は底野正念とかなり離れているし、彼はクラスの友人と大抵会話しているので私の時間を邪魔されることはない。決して寂しくはない。 

 お昼まで聞くに値しない授業を小説を読みながら聞き流す。小説の中では主人公とヒロインがいちゃいちゃしてて腹が立ってきた。面白くない。気が付けば私は底野正念の席を眺めていた。

 要領が悪い奴は授業をまともに受けないといけないのだから大変だな…じゃない!これじゃ私が底野正念の事を意識しているようではないか。お昼のチャイムが鳴るや否や教室を逃げるように飛び出して学食へ。ちなみに底野正念は男の一人暮らしの癖にお弁当自分で作ってるらしい。意外と家庭的な奴だな…ってだから何言ってんだ私は。 



 実は学食を利用するのは初めてだ。教室で一人でお弁当を食べるのに比べれば、学食で一人で食事をするのはまだ周りの目を気にしなくていいだろう。いや、別に余裕で教室で一人でご飯食べますけどね?それにしても意外と混んでいる。座れる場所があるだろうかとカレーうどんを載せたトレーを持ってうろうろしていると、

「やあ、彼岸妹じゃないか。まあここに座りなよ」

 嫌な奴に絡まれてしまった。存在が猥褻物でお馴染みの十里なぎさだ。こいつの近くに座りたくはないが混んでいるので仕方なく向かい側に座る。

「おいこらテメーお兄ちゃんの対面は俺の特等席だぞこら…ってお前は彼岸秀じゃねえか!」

 すぐになぎさの妹らしい金髪の女がやってくる。嫌な奴等に囲まれてしまった。関わりたくないので椅子を1つずらし、彼女になぎさの対面を譲る。

「ところでさあ」

「そうそう、お前に聞きたいことがあったんだ」

 兄妹仲良くやってくれ、私はカレーうどんに熱中するからと黙々とカレーうどんをすすると、二人ともこちらをキラキラした目で見つめてくる。次に何が口から飛び出すか予測できる。

「「デートどうだった?」」

「さて、カレーうどんで制服を汚す覚悟はできましたか?」

 容器を持ち上げ、なぎさに投げつけるポーズを取る。先週は踏みつけまくって制服を汚したが、今週はカレーうどんの汁まみれにしてやろう。洗濯が大変だ。

「食べ物を粗末にするもんじゃないよ。デートは楽しめたかい?」

 なぎさは尚もニヤニヤとして聞いてくる。

「…くっそつまんなかったよ」

「つまり秀ちゃんデートすっごく楽しかった!きゅんきゅん!また誘って欲しいけど私天邪鬼だからデートの態度あんまり良くなかったなぁ…あの人に嫌われたらどうしぐぼぁ」

 気持ち悪い女声で私の心を捏造するなぎさの眉間に割り箸を突き刺す。しばらく悶えた後、机に突っ伏し動かなくなった。

「いやあ、お前に興味があるわけじゃないんだけどな、底野とは中学以来の友達だからな、やっぱり気になるわけよ俺も。…で、実際どうなんだ?ヤったのか?実は底野にゴムを渡したんだけどさ、ちゃんと使ってくれたぐぼぁ」

 食事の時間中に下品な会話をする女の眉間にも割り箸を突き刺す。しばらく悶えた後、机に突っ伏し動かなくなった。



「ごちそうさま」

 ここの学食はなかなかレベルが高いようだ、カレーうどんの汁も飲み干してしまった。動かないアホ共を放っておき、私は食器を片づけて教室へ戻る事にした。

 教室に入り自分の席へ戻る途中で底野正念と目が合ってしまった。底野は私の顔を見るや否や口元をにやけさせる。

「何ですかいきなり。何がおかしいのですか」

 無視しようと決め込んでいたがにやにやとされては腹が立つ。私もまだまだ煽り耐性がない。

「いやね、秀さん…くくく」

「だからなんですか!」

 周りに馬鹿にされようが基本気にしないが、こいつに馬鹿にされるのは何となく許せない。

 底野はにやにやと笑いながら、

「ほっぺにカレーうどんの汁がついてるよ」

 と忠告する。私の顔が真っ赤になっていくのがわかる。そして底野の顔が私に殴られてへしゃげるのがわかる。底野が床に倒れて動かなくなるのがわかる。

 ああ糞、短時間で3人もKOしてしまうとは、これじゃあ本当に番長扱いされてしまう。

「糞、しょうがない…」

 カレーうどんの汁がついてることを指摘した相手を恥ずかしくて殴って気絶させ放置したとなれば流石の私も寝覚めが悪い。私は底野を引きずって保健室に連れて行き、ベッドにポイして立ち去った。



 ◆ ◆ ◆



「ここはどこだ…?保健室か」

 保健室のベッドで目が覚める。どうして俺、底野正念はこんなところにいるのだろうかと記憶を辿る。彼岸さんのほっぺにカレーうどんの汁がついていて、それを指摘して、殴られて…

 ああ、それで気絶してしまって保健室に運ばれたのか。誰が運んでくれたのだろうか。もしかして彼岸さんが運んでくれたのだろうか。

「ぐごごごご…ぐがががががごごご」

 隣のベッドからいびきが聞こえてくる。声の主を確認すると稲船の番長だった。それにしても豪快ないびきだ、女を捨てている。番長を起こすのも可哀想なので俺はベッドから降り、保健室を出ようとする。多分体に損傷はないだろう、彼岸さんは何だかんだ言って相手を怪我させない配慮をしている、気がする。

「おいさなぎもう授業は終わったぞ…おや、こんにちは」

 保健室のドアが開き、小柄な少年が入ってきた。おでこが真っ赤に腫れておりかなり痛そうだ。彼は確か俺に写真をくれた人だ。

「こんにちは。稲船の番長の知り合いですか」

 番長を下の名前で呼ぶあたり親密な仲なのだろう、そういえば写真販売会の時も番長の恥ずかしい写真が出た時に怒り狂っていた気がする。ひょっとして彼氏だろうか。いやまて、そもそも番長は片木という男と付き合ってるはずだが。別れたのだろうか、それとも二股をかけているのだろうか。

「ははは、知り合いどころか双子の兄だよ。君は彼岸妹にやられたのかな?」

 全然似ていないな…。そして彼岸妹…秀さんのことを言っているのだろう、俺は秀さんに殴られた経緯を彼に話す。

「そうかそうか、照れ隠しで殴られたのか。いやあ、彼岸妹も案外乙女だね」

「秀さんと仲がいいんですか?」

「まあ、今まではあいつの唯一の友人と言っても過言ではなかっただろうね。でも高校に入って彼女を取り巻く環境はいい方向へと変わっていったようだ。俺も妹と再会することができたし、傷を舐めあうような関係はもう必要がない、役目は終わったんだろう。それより彼岸妹とのデートはどうだったかい。彼女はくっそつまらんと言っていたがあれは天邪鬼だから大成功したと思っているのだが」

「手ごたえはあったと思うんですけどね…」

「まあ高校生活はまだ始まったばかりなんだ、応援しているからな、頑張れ少年。おいさなぎ、起きろ、よだれを垂らすなみっともない」

 そういうと彼は番長を起こしにかかる。俺は彼に会釈すると保健室を去った。そういえば名前を聞いていなかったが、またどこかで出会うだろう。



 どうやら5、6時間目を寝過ごしてしまったようで、教室へ戻る頃には既に掃除が終わったところだった。今日は教室掃除の当番だったので結果的にサボってしまったようだ。申し訳ないと思いつつも俺はカバンを手にし学校を出る。今日もあそこのゲームセンターへ行くつもりだ。今日は新しい音ゲーが稼働する日だ、秀さんも行くつもりなのだろうか。

 ゲームセンターへ到着し、お目当ての音ゲーを探す。流石に稼働初日で珍しいのか列ができていた。列に並んで順番待ちをしていると、秀さんが後ろにやってきた。

「…ちっ」

 俺を見るなり不愉快そうに舌打ちをする。さっき殴られたのもあって微妙に気まずい中列は消化され、やっと俺の番が回ってきた。

 コインを投入し、さあプレイするかと意気込むと、チャリンともう1枚コインが入る音が。



 横を見ると秀さんが立っていた。まさか二人プレイをするつもりなのだろうか。

「べ、別に」

 秀さんは顔を赤らめながら、



「別に後がつかえてるだけなんだからね」



 そう言ったのでありました。ちなみにいきなり高難易度の曲を選んで二人とも爆死しました。


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