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4月23日(月) 彼岸優、勘違いする。

 4月23日、月曜日。


 昨日の夜、妹の秀にデートの感想を聞いたが何も話してはくれない。ただなんとなく嬉しそうなのはわかる。どうやら底野君はうまくやってくれたようだ。

 そして私もうまくやりたい。彼岸優、幼馴染の金切良平君に恋する15歳。



 今日も今日とて金切君と一緒に登校。あまり二人の仲は発展していない気もするが、すぐに結果を求めては駄目だ。今日の合同体育はなんだろねー、とかそんな無難な会話しかできなくても、確実に好感度はあがっているはずだ。今はまだ早い、告白する時期ではない。



 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。学校について、授業を受けて、気が付いたら私は教室の窓からグラウンドで野球部の活動に勤しむ金切君を眺めていた。今日の合同体育は残念な事に男子はマラソン、女子は体育館でバスケと離ればなれだった。女子の中では比較的背の高い私は相手ゴールの近くに陣取りパスを貰おうとしたが、秀につまらない人間だと一瞥された。

「優そんなとこから眺めずにもっと近くで眺めればいいのに」

 親友のヒナが話しかけてくる。彼女は私の恋を応援してくれている頼もしい仲間なのだが、肝心の私がこれでは応援し甲斐もないのだろう。

「いやあ、流石に近くで眺めるのは恥ずかしいじゃん」

「ていうか、野球部のマネージャーやれば?堂々と近くにいられるじゃん」

「マネージャーかぁ…」

 確かにマネージャーなら堂々と金切君を見ていられるだろう。何故今までそれに気づかなかったのだろうか、ヒナは天才だ。

「ま、マネージャーも色々大変らしいけどね、それじゃ私は放送部があるから」

 そう言うとヒナは教室を出ていく。その後も私はマネージャーになるべきなんだろうかと考えながらグラウンドで練習する金切君を見つめる。



 ふと、学校の外…金網からグラウンドを覗く人影を見つけた。遠くてよく見えないが、どうも金切君を見ているようだ。恋のライバルだろうか、その人が気になって仕方がない。

 丁度教室にいたバードウォッチング部の生徒から双眼鏡を借りて、その人を見る。

 オッサンだった。かなり怪しいオッサンが、金切君を見つめてはぶつぶつと言っているようだ。

 まずい、あれはきっと変態だ。金切君が変態に狙われている。守らなきゃ、私が。

 教室を飛び出し、階段を駆け下りる。その途中で偶然にも秀を発見した。相変わらずジャージの上にスカートを履いている。

「秀!ちょっと一緒に来て!」

「…はぁ?」

 無理矢理秀の手を掴んで学校の外へ引っ張り出し、変態がいた場所へと連れて行く。



「あいつよあいつ。さっきから金切君の事をずっと見てるの…やっつけて」

「な、なんだね君たちは」

 突然現れて自分を指差す双子にびっくりしたのか変態は変態っぽい挙動をしている。

 変態はかなり体格が良いが、秀なら多分勝てるだろう。一応私もいるし。

「他力本願かよ…つうかこの人どっかで…ああ、思い出しました」

 秀はポン、と手を叩き、上機嫌モードに。

「竜胆スカウトですね、金切良平の視察ですか」

「え、スカウト?モデル?俳優?」

「…竜胆周。ガープで15年もユーティリティプレイヤーをやっていたけど引退して今は球団スカウト。変態扱いとは酷いねえ糞姉は、金切良平を高く評価してくれてるってのに」

「えーと…すいませんでした」

 どうやらこの人は金切君がプロでやっていけるかどうか視察している人のようだ。そんな人を変態扱いするなんて私はなんて馬鹿なんだ。

「ははは、確かにこんなところで高校生を熱心に眺めていたら変態扱いされてもおかしくないね、こちらこそすまなかった。君は金切君の彼女かな?」

「え、いや、そういうわけじゃ…」

「ただのストーカーですよ。それより竜胆スカウト、金切良平はどうですか?わざわざこんな弱小まで出向いて見るだけの価値はあるんですかね」

 滅多にない秀の饒舌モード。元とはいえプロの選手を生で見れて興奮しているのだろうか。そしてさりげなく私をストーカー扱いするな。

「リトルでもシニアでも彼はずば抜けていたからね、地元出身だし、中学の頃から評価はしていたのだが…ここの高校に進学したと聞いてびっくりしたよ。てっきり強豪へ行って、そこでみっちりと指導を受けるものだと思っていたからね」

「聞いた話ではBLや棟梁から誘いが来てたらしいですね。待遇も破格だったとか」

 BL?ボーイズラブから誘い?金切君は男受けもいいのだろうか…心配になる。

「しかし心なしか金切君は、中学のシニアの頃よりも活き活きしてるね。小中の頃の彼はあまり楽しそうに野球をやっていなかったイメージがあるが、今はかなり楽しそうに野球をしているよ。強豪校でないことで、逆にのびのびとできるようになったのかもしれないね」

「ここに好きな人でもいるんじゃないでしょうかね」

 秀はチラッとこちらを見る。見られても話しについていけないから困るのだけど。

「何にせよ、ここの高校でも十分に彼は成長できそうで楽しみだよ。…ところで君、ひょっとして135kmを投げる女子中学生!と昔話題になっていなかったかい?スカウトとしては君にも興味があるのだけどね」

「所詮私は成長の止まった女ですよ。いくら運動をしても体を鍛えても双子の姉と全く体つきが変わらない、本質的に男に劣るんです」

 確かに秀は私よりもずっとスポーツをしているが、外見は全く私と変わらない。秀がムキムキマッチョになったらなったで嫌だが。

「女性プロ野球選手がいてもいいと思うのだけどね、私は。それではそろそろ失礼するよ」

 竜胆スカウトはそういうと立ち去る。実際秀ならプロ野球選手に混ざってもやれそうな気はするのだが。それにしても疲れた。私のやったことといったら勘違いして秀を巻き込んだくらいのものなのだが。



「はあ…なんか疲れちゃった、帰りましょ、秀」

「なんで私がお前と一緒に帰らなくちゃいけないんだ」

「いいじゃないの、たまには」

 二人仲良く?下校する。こうして二人で登下校した記憶など小学校の班登校くらいしかない。

 私が秀を避けるようになったのか、秀が私を避けるようになったのか。

「ところで、私野球部のマネージャーになろうかと思ってるんだけど、どう思う?」

 マネージャーになるべきか、こういうことは体育会系には私よりも詳しそうな秀にも聞いてみることにする。機嫌はよさそうだし、野球の話題なら反応してくれるだろう。

「反対だね。糞姉は野球が好きなんじゃなくて金切良平が好きなんだろう?一人を贔屓するマネージャーなんていらないんだよ、部員とマネージャーの痴情のもつれでボロボロになっていった部活動がどれだけあるか」

 確かに中学の頃、サッカー部の部員がマネージャーを取り合って崩壊していったという話を聞く。邪な気持ちでマネージャーになるのは秀の言うとおりよくないのだろう。

「うう…それでも私は金切君と一緒にいたい」

「だったら好きにしろよ、糞が。端から私の意見なんて参考にする気ないんだろ?」

 なんで秀はこんなに捻くれているのだろうか。親の顔が見てみたいもんだ、私の両親だけど。

「それにしても秀がちゃんと私の相談に乗ってくれるなんて、底野君のおかげで秀にも人間の心が芽生えつつあるのかしら」

 今までの秀なら、こんな相談しても知るか死ねとか言われそうなもんだったが。デートで一体何があったのかすごく気になる。今度底野君に聞いてみようかしら。

「黙れ、野球の話題だから乗っただけだ。じゃ、私はゲーセン行くから」

 秀はゲームセンターに行くために私とは別の道へ向かう。今日も底野君とゲームセンターで遊ぶのだろうか。途中で立ち止まり、こちらを振り返った秀はやたらとにやにやしていた。

「そうそう、言い忘れてたけど上履きのまんまだぜ」

「え」

 慌てて足元を見ると、確かに私は上履きを履いたままだ。あの時靴も履き替えずに慌てて出て行って、そのまま帰ってしまったのだ。何が言い忘れてただ、最初から気づいていてわざと言わなかったくせに。やっぱあいつに人間の心なんて芽生えてはいなかった。私は急いで学校に戻り、結局そこで金切君の部活が終わるまでまた眺める羽目になった。




「もう高校始まって2週間か、早いな」

「そうだね、あっという間だね」

 いつものように偶然を装って金切君と下校。金切君の言うとおり気づけば2週間が経っているが、私達の仲はどのくらい進展したのだろうか。隣の席になったり、お姫様抱っこされたり、結構いい感じなんじゃないかとポジティブシンキングしてしまう。

「ところで、野球部ってマネージャーとか募集してるの?」

「おう、いつでも大歓迎だぜ。もしかしてマネージャーになってくれるのか?」

 お世辞なのかどうかはわからないが金切君直々に誘われてしまった、これは大チャンス。しかし私の中で秀の言葉が反芻する。

「ううん、と、友達が興味あるらしくて」

「なんだ、残念だな。優みたいなのがマネージャーやってくれたら部員も盛り上がるのに」

 私は誘いを断ることにした。金切君は多分今野球を楽しくやれているんだと思う。そんな中に私が邪な気持ちでマネージャーなんてやったら金切君のためにも、野球部のためにもならない。金切君のことは好きだけど、だからって年柄年中付きまとうような真似をする気はない。

 秀の言うとおり、私が好きなのは野球をしている金切君だ。マネージャーは野球が好きで、野球をしている人を応援したい、そんな純粋な子がやるべきだろう。

「にしても、高校入ったけどあんま変わらないな、優と同じクラスになったくらいか?」

「そうだね、でもまだ2週間だし、早々何かは起こらない…いや、起こった。実は秀が昨日デートしたんだよね…」

「秀さんが?へえ、意外だね」

 私と違って秀は子供の頃から金切君と遊ぶとかそういう事もしていないので、金切君は秀をさん付けで呼ぶ。双子なのに何だか変な感じだ。

「秀に恋愛で先を越されるとは思わなかったわ。私もデートしたいな…」

「ん、好きな人がいるのか?」

 そう言われて自分が口にしてしまった事の重大さを知る。好きな人の前で私は何を口走っているというのだろうか。

「え?やだなあもう、秘密だよ秘密」

「そ、そうか」

 金切君の事が好きだったんだよと叫ぼうかと一瞬考えたが、結局こうやって話を濁すしかない。

 でも慌てる必要なんてない。金切君はモテるからそこが心配だけど、何となく金切君は私に勇気が出るまで待っていてくれるような気がする。妄想だけど。



 とにかく私のペースで恋愛をしていこう。

 高校生活は始まったばかりなのだから。


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