4月22日(日) 底野正念、デートする。
4月22日、日曜日。
待ち合わせの時間を既に10分程過ぎているが彼女の姿は見えない。
俺、底野正念は焦っていた。まさかデートの約束をすっぽかされたのではないかと。
火曜日にクラスメイトの彼岸秀さんとデートの約束をした。高校近くのこの駅に10時に待ち合わせのはずだ。初デートだ頑張るぞーと身綺麗にしてやってきたというのに、すっぽかされたとしたら悲惨すぎる。デートの約束をしてから当日までは一切私に関わるなという彼女の願いも律儀に守っていたというのに。
「ああ…とんだピエロだよ俺は…」
このままサーカスにでも入団するか。
「ピエロは私の方だよ…」
振り返ると、そこには彼岸さんがいた。よかった、すっぽかされた訳じゃなかったのか。
「やあ、俺も今来たところだよ」
「嘘つかないでください、20分ほど前からうろうろしてました」
「…君はそれをずっと隠れて眺めていたの?」
「すっぽかして貴方がうろたえて諦めて帰るまで眺めてようと思ってたけど、あまりにも哀れなのでついつい来てしまいました」
すごく酷い事を言われているが、口調から察するに、割と機嫌はいいようだ。恐らくデートをすっぽかすつもりはなかったのではないだろうか。とりあえず昨日読んだデート成功のための本を参考に、相手の服装を褒めるところからはじめよう。
「えーと…いいジャージだね!」
彼女の服装は…赤のジャージ。それ以上でも以下でもない。学校指定の青のジャージに身を包んだ彼女しか見たことがなかったが、赤いジャージはなかなか目立つ。こうして見るとジャージというのはなかなかボディラインが強調されてセクシーだ。
「そう」
しかしデートにジャージで来るとは…本にはデートにジャージで来る女は貴方を男として見ていないか、ただのズボラな女の子ですと書かれている。
「えーと…普段からそういう服で出歩いてるの?」
「何か問題が?」
後者のようだ。それにしても彼女にジャージは恐ろしく似合う。
「とりあえず、市内まで行こうか。映画見ようと思ってるんだけど」
「わかりました」
2人で切符を買って、駅の構内で電車を待つ。会話の種が全く浮かばない。
「見てみてあれ、ジャージでデート?」
「うっそーまじありえない」
俺達を見て女子高生らしき2人がひそひそ話をしているようだが、声が大きくて丸聞こえだ。
彼女の方を見るが、全く気にしていないようだ。
「昨日のサッカー、すごかったね。一人で試合決めるなんて」
「ま、まああれくらいはね」
話題として昨日の体育の話を持ちかける。彼女はゴールキーパーにも関わらずリフティングをしながら単騎で突っ込み、見事にゴールを決めた。
彼女は少し照れているようだ。なんだかんだ言って褒められると喜ぶようだ。
「俺もゴール決めたんだけど、見てくれた?」
さりげなく自分の活躍もアピールするが、
「あれはオフサイドだから反則だよ」
彼女は認めてくれないようだ。実はサッカーのルールよく知らないのでオフサイドがわからない。オフサイドって何?と彼女に聞くと、
「そんなことも知らないんですか?仕方がないですねオフサイドっていうのは昨日の貴方みたいに敵のゴールの前で待ち構えて遠くからパスされたボールを受け取ってヒャッハー速攻でゴール決めてやるぜー!みたいなものですよ。これを反則にしないと敵のゴール前の味方にロングパスするような試合展開になってつまらないです。まあ貴方のような馬鹿はゴールが決められれば満足みたいですけどね、どうせ貴方バスケの試合でも戦力にならないからゴール前で待ち構えて美味しいところだけ持っていこうとしてるんでしょう?情けないと思わないんですか?大体貴方あのシュート以外全然ボール触ってませんよね、やる気あるんですか?あのシュートだってトーキックじゃないですか。あ、トーキックっていうのは…」
滅茶苦茶饒舌に語られた。どうやら他人に質問されて答えるのは好きらしい。
ペラペラと喋る彼女が新鮮なのでそれを微笑ましく見ていると、俺の珍動物を見るような目線に気づいたのか顔を真っ赤にして押し黙る。顔も真っ赤、ジャージも真っ赤。
「あ、あはは…電車来たね」
電車が来たのでそれに乗る。日曜なので電車はそれなりに混んでおり座れるスペースはない。
しかしジャージ姿で電車に乗る彼女を見ると普通に部活の大会に出るために電車に乗るスポーツ少女に見えてくる。
「彼岸さんは運動神経すごいよね、中学の頃部活とかやってたの?」
「秀」
「え?しゅう部?聞いたことないな…」
「彼岸さんってのやめて。昔から彼岸さんといえば姉のことをさしてたから腹が立つ」
まさか名前で呼んでって言われるとは思いもしなかった。確か本には自分の事を名前で呼ぶようにお願いする女はかなり好感度高いですって書いてあった。
「それじゃあ…秀」
「気安く呼び捨てで呼ぶな」
呼び捨てすると思い切り睨まれてしまった。自分で秀って言った癖に。女の子は難しい。
「秀さんは中学の頃部活とかやってたの?」
「TRPG部とゲーム制作部、の幽霊部員」
「TRRGって、サイコロとか振るやつ?」
「そう」
インドア派だけど運動神経抜群な人ってこういう人の事を言うのか。
「ちなみに俺はネトゲー部に入ってたよ。インドア同士だね」
「誰も聞いてない」
言われると堪える言葉ランキング上位の言葉を言われてグサリとくる。ちなみにネトゲー部とは学校のパソコン室で数人集まってひたすらネトゲーをする部活の事だ。
「双子のお姉さんと見た目は似てるけど中身は全然違うね、双子ってもっと能力とかも似るもんだと思ってた」
あんまり双子の人に双子の話題を振るのはよくないとは聞くが、他に話題も見つからない。
「実はあいつは天才である私をクローンで複製しようと試みたが能力が受け継がれなかった失敗作なの」
「そうなのか…」
「嘘に決まってるでしょう、なんで納得するんですか」
俗に言うジト目でこちらを見つめてくる。いつも睨むような目つきなのでジト目がかなり優しい目つきに見えてしまう。
「しかし姉妹かあ、俺は一人っ子だからうらやましいな」
「はぁ?」
また思いきり睨まれてしまった。しまった、この話題はタブーだったか。みるみるうちに機嫌が悪くなっているのがわかる。なんというか彼女から鯉のオーラが見える。
「あの!糞姉のせいで!私は!親にも放置されて!常に比較されて!ああああああ」
ダン、ダンと地団駄を踏み、人目も気にせずその場に四つんばいになり、床をガンガンと叩く。
「ごめん俺が悪かったから落ち着いて!」
彼女をなだめ、何とか立ち上がらせる。その瞳には涙が溢れていた。
「はぁ…はぁ…」
彼女が落ち着くまで肩を支えることにする。彼女の身体に触れるのは馬乗りにされて以来で、こんな時に何考えてんだと思いつつもどきどきしてしまう。
電車が目的地に着く頃には彼女も落ち着いたようで、
「触るな」
俺を払いのけるとズカズカと駅の外へ出て行った。
俺も彼女に追いつき、二人して駅前の噴水に座る。
一悶着あったが、さっきの事は忘れて仕切り直しといこう。
「よし、それじゃあ映画でも見ようか。何か見たい映画ある?」
「…これ」
映画館の前、彼女が指差す方には、「応答せよ!アマチュア無線部」と書かれていた。アマチュア無線って一体何なのかすらわからないが、もうすぐ上映が始まるようなので急いでチケットを買う。
自分の分を払おうとする彼女を制止し、
「俺に払わせてよ」
と強引に彼女の分のチケット代も払う。さっきの罪滅ぼしという意味もあるが、本にも映画のチケットくらい男が奢らないと駄目だぞ?と書いてあったし。
映画はどうやらラブコメ物らしい。なんだか1週間前に同じ映画を見たような気がするが、きっと錯覚だろう。アマチュア無線というのはどうも無線作ったりして通信するものらしい。この作品はアマチュア無線部が廃部の危機になったので部員である男女が奮闘する、というストーリーだが、携帯電話等が普及した今では廃れるのもやむなしなのだろうか。いずれにせよ俺には興味の湧かないジャンルで、ラブコメのところばかり集中してアマチュア無線の事なんてさっぱり頭に入らない。そのラブコメは結構過激で、終盤のヒロインが主人公を押し倒すシーンは恥ずかしくて画面を見れず、彼女の方を向く。彼女は無表情だ。女の子はこういう展開見慣れているのだろうか。
映画を見終えて外に出る。後半の話は正直覚えていない。
「面白かったね、秀さんはアマチュア無線が好きなの?」
「別に。原作のラブコメが結構面白かったから」
「そうなんだ、それじゃ、お昼ご飯にしようか。どこか希望はある?」
「どこでもいい」
出ました、どこでもいい。本によれば、これは男のセンスを試しているのだという。
「それじゃあ、あっちにあるパスタ屋にしよう」
無難に女の子の好きそうなパスタのお店に連れて行く。俺はカルボナーラ、彼女はナスとトマトとモッツァレラチーズのスパゲティを注文。しばらくして彼女の料理が運ばれてきた。先に食べてていいよ、と言おうとしたがその前に彼女は料理に手をつける。彼女の食べる仕草を見つめるが、ちゃんとフォークとスプーンを使っている。正直意外だ。そして俺の料理も運ばれてきたので、彼女を真似してちゃんとフォークとスプーンを使おうとするが上手くいかない。
「スプーンとフォークを使うのは別に正式な食べ方ってわけでもないらしいわよ」
四苦八苦する俺に彼女はそう告げる。それを聞いて安心してフォークのみで食べる。
「美味しかったね」
「そうね」
支払いをすませ、お店の外へ(勿論俺の奢りだ)。
時計を見ると1時半だ。さて映画は見た、食事もした、これからどうしようか。
デートのプランを全然練っていなかったのを今更ながら後悔する。
これからどうするか悩んでいると、ふと彼女がとある施設を見ているのが目につく。
「さて、結局こないだは全部三振だったから、少しは当てたいね」
「バットに当てるだけじゃ駄目だから」
俺達は駅前のスポーツアミューズメント施設のバッティングセンターへ。どうも彼女は野球が好きらしい。インドア趣味もアウトドア趣味も持っていて結構なことだ。
「プロって140~50kmくらい出るんだよな…じゃあ130でやるか」
速度を選べるので、時速130kmを選ぶ。さぁ来い、叩き返してやる。
ズバァン、とボールが通過する。バットを振る暇もなかった。速い、こないだの野球の試合の時に相手ピッチャーが投げたボールよりも速い。
「初心者は90くらいにしなよ。ちなみにこないだの試合は軟球使ってるから実際よりも球速出ないんだよね。確かあのピッチャーは硬球だったら145くらい出せてなかったかしら」
「へえ、あの人そんなにすごいんだ。プロでも通用するの?」
「どうだか。強豪校に入ってみっちり指導受けたら通用すると思うけど、ここの高校じゃあねえ。なんであいつがここに入ったのか理解できないわ。せいぜい地区二回戦レベルだってのに」
そういいながら彼女はボールを打ち返す。一体彼女は何kmを打っているのだろうかと確かめると140と表示されていた。
「秀さんはすぐにでもプロで通用しそうだね」
「無理無理、どんだけ運動神経が良くても女には限界があるの。男はまだ成長するかもしれないけど私はもう成長しないわ。所詮は女にしてはすごいってだけのことよ」
果たしてそうだろうか、野球で彼女が投げたボールは金切とかいうピッチャーと同じくらいの速度に見えたし、サッカーでのあのプレイは人間を超越している気がする。
しばらくバッティングに集中する。言われた通り90kmのボールと戦い、大体半分くらいはバットに当てることができた。しかし全然前に飛ばない。彼女はかなり遠くに飛ばしているというのに。
「…フォームがよくない。ここをこうして」
気が付くと彼女が俺の背後にいた。彼女は俺に密着し、打撃フォームの修正をしてくる。
「…っ!」
密着していることに気づいたのか彼女は顔を赤くして俺から離れる。とりあえず彼女に言われた通りのバッティングフォームでボールを打ち返す。ボールはかなり遠くまで飛んだ。
「おー、飛んだ飛んだ」
「やればできるじゃない」
それだけ言うと、彼女は自分のバッティングを再開する。
どれくらい打っただろうか、流石に疲れてきたので俺は休憩することに。ベンチに座りコーラを飲み干す。運動した後の一杯はたまらんね。
気が付いたら彼女は俺の隣に座っていてコーヒーを飲んでいた。それにしても彼女は汗を全然かいていない。俺は結構汗だくであまり女の子に近くに寄られたくないと言うのに。
「そういえば、体臭とか汗の匂いをどう感じるかは相性によるところが大きいそうよ」
不意に彼女はそう呟く。俺の好きな匂いは雨上がりの土の匂いだ。
「へえ、俺の汗の匂いどう?」
「臭いに決まってるでしょう馬鹿じゃないの」
「ごめんなさい」
すすす、と俺はベンチの隅に寄る。隣に座るくらいだからてっきりいい匂いなのかと…
二人とも飲み終え、再び次はどうしよっかタイムへ。このスポーツアミューズメント施設はバッティングセンターの他にもピッチングやサッカー、卓球にダーツなど一通りのスポーツが楽しめる。
「ところで、貴方の一番得意なスポーツは?」
秀さんはそんな事を聞いてくる。ひょっとして俺の得意なスポーツでボコボコにしようという魂胆ですか?
「俺?うーん、卓球かな」
実は中学時代卓球部に所属していた。文化系にするか体育会系にするか迷った挙句、中間っぽい卓球を選んだのだ。結局飽きて2年になる前に辞めてネトゲー部に入ったけどね。それでも一番経験があるのは卓球だ。
「…卓球はあまり好きじゃないのよね。でもいいわ、やりましょう」
そう言うと彼女は卓球コーナーへ歩いて行ったので、俺もそれに従う。
とりあえずラリーをすることに。彼女はどうやらペン使いのようだ。
「それにしても、ほっ」
ラリーを続けながら会話を持ちかける。言葉のキャッチボールってやつ?
「秀さんって、そいっ」
「なんです、かっ」
「すごい卓球が似合うよねうぎゃあ」
彼女の投げたラケットが顔面に直撃し、俺はうずくまって悶える。
「だから卓球は嫌なんだよ!ああそうだよ、中学時代もそれ言われまくったよ!根暗でジャージしてるしな!」
ラケットを投げただけでは物足りないのか、ピンポン球を俺にぶつけてくる。口調こそ怒っているものの、何だか彼女は楽しそうだ。
その後ひとしきり卓球をプレイし、施設を出る頃には午後6時となっていた。
「はー、楽しかったね」
「別に、全然」
俺の見た感じでは俺よりも彼女の方が楽しんでいたのだが。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
「そうか、これでデートの約束は果たしたな、もう私に関わるんじゃねえぞ、じゃあな」
いきなり機嫌が悪いんですモードに入ってしまったようだ。彼女は駅へと走り去ってしまうが、切符売り場が混んでいたのであっさり追いつく。
「私に関わるなって言ったろ」
「いや俺も電車乗らないと帰れないし」
彼女は切符を買うとすぐに改札口を抜けてホームへと走り去る。しかし電車が来るまでにまだ5分もあるので、普通に追いつく。
「もうデートは終わりだろ、お前の言う事はちゃんと聞いてやったんだ、つきまとうな」
どうやら彼女は俺との関係をきっぱり清算しようとしているらしい。
しかしここで折れてはいけない、と俺は思う。俺は確信している。俺は別に彼女に嫌われているわけではないと。きっと彼女は怖いのだ。他人と親密になることができない彼女にすり寄る俺がいつか自分を裏切るのではないかと思っているのだ。だから親密になる前に、裏切られると感じる前に拒絶しようとしているのだ。今までも彼女と親密になろうとした人はいたかもしれない、しかし彼女に拒絶され諦めてしまっただろう。しかし俺は諦めたくない。
「明日から、また話しかけたりしていいかな」
彼女は口を開かない。電車が来たので俺達はそれに乗る。やはり座るスペースがないので吊革を隣り合って掴む。彼女はずっと俺の顔を見ようともしない。
どれくらい時間が経っただろうか、彼女の降りる駅が近づいてきた。
やはり俺では駄目なのか、彼女の凍りついた心を溶かすことはできないのか。
自分に期待してくれた彼女の姉に申し訳ないと思いつつ電車を降りる彼女を見送る。
「好きにしろ」
降りる直前、彼女は確かにそういった。電車に乗る前の問いかけに彼女は答えてくれたのだ。
その後俺も自分の最寄りの駅で降りて自宅へと戻る。
今日は色々と疲れたが、収穫もあった。
まず1つは、彼女は俺を拒絶しなかったこと。明日からまた彼女に挨拶もできるし、ゲームセンターで話しかけることもできるだろう。
そしてもう1つは、俺は彼女を好きだという事だ。間違いない、これは恋だ。俺は彼女に恋しているんだ。同情なんかではない。
不器用で乱暴な所もあるが、寂しがり屋で優しい女の子なのだ、彼女は。
ちなみに番長に貰ったコンドームはゴミ箱に捨てました。