4月21日(土) 今日は半ドン。
4月21日、土曜日。
黒須のいない朝なんてたいぎいにも程がある、と俺こと稲船さなぎは思った。
今日は第三土曜日、俺の通っている高校では授業があるが黒須の高校では休みだ。
だから今日は一人で通学電車に乗っている。
「暇だ」
窓の外を見たが忍者は走っていない。忍者ですら完全週休二日だというのに、嫌になる。
仕方がないので俺は別の車両へ移動しながら誰か知っている人はいないか探すことに。
「おう、底野じゃないか」
「んあ…稲船の番長か、おはよう。今眠いんだ、寝かせてくれ」
車両を1つ移動すると、中学が同じだった底野が寝ていたので起こしてやる。こいつは名前にはインパクトがあるがそれ以外は平々凡々な男だ。まさにモブキャラクター、一生彼女なんてできないだろう。
「そんな事言うなよそこの少年。今日は黒須もいないし暇なんだよ」
「こっちは土曜日休みだと思ってネトゲしてたんだよ。朝5時にギルメンが君の高校今日学校あるよ?って教えてくれなかったらいまだにネトゲやってたぜ」
「馬鹿だなあ」
俺は底野が座っている席の前にある吊革を掴む。もっと小さい頃はぶら下がることもできたのだが今ではできない。大人になるって悲しいことだ。
「お前も高校デビューとかしたらどうだ?俺を見習って髪を染めるとかすれば、彼女もできると思うぜ?バカな女はワルに弱いからな」
底野はふっ…とにやける。
「…実は俺、明日デートすることになったんだ」
「見栄をはるなよ」
底野がデート?あり得ない話だ。お兄ちゃんの身長が今日165cmになるくらいあり得ない話だ。底野を哀れみの目で見つめる。
「いやいやホントだって…」
「ホントかよ、一体誰が相手なんだ?桃子とか言うんじゃないだろうな」
案外こういうモブキャラクターっぽい男はギャルゲーやラブコメでは主人公として可愛い女の子にもてもてだ。
「彼岸秀さんだよ」
「はぁ?彼岸秀だと?」
俺は底野を睨み付ける。
「お前彼岸秀とか俺の憎むべき敵じゃねえか、そいつとデートだぁ?喧嘩売ってんのか」
こいつは俺が彼岸秀に腹パンされて沈められる場面を見ていたはずだ。それなのに彼岸秀と仲良くなろうとするとは、つまりこいつは俺の敵だ。
「まあ色々あったんだよ、そろそろ電車がつくよ」
気が付けば学校近くの駅に電車がついた様なので、俺と底野は電車から降り、駅を出て学校まで歩く。
「お、噂とすればあいつ彼岸秀じゃねえか?」
「双子だから後姿じゃ見分けがつかないね」
前方に彼岸秀らしき姿を見つけるも、後ろからでは本人なのか確認しづらい。
「確認すりゃあいいじゃねえかよ。話しかけないのか?」
「それなんだけどさ」
底野は悩ましげに前方の彼岸秀?を見つめる。
「デートの約束を取り付けたのは火曜日なんだけどさ、デート当日まで絶対に話しかけるなって言われたんだよね。だから今までずっとお互い無視してるんだけど、なんでかな?」
デート当日まで話しかけないで欲しい…俺には彼岸秀の気持ちがわからんでもない。
「なるほど、彼岸秀は意外と乙女チックなんだな。お前は女心がわかってないな、だからダメなんだよ」
女心のわからない底野を叱責する。
「稲船の番長に女心がわかるのか…?」
「当たり前だろうが、俺だって女だよ。女の子はムードを大切にする生き物なんだよ。当日まであえて交流しないことで逢えない時間が想いを募らせデートが何倍にも楽しくなるってことだな。つまり彼岸秀はお前とのデートを最高に楽しみにしてるってことだ、良かったな!」
俺は財布の中からゴムを取り出し底野に手渡す。
「なんですかこれは」
「なにってコンドームだよ。明日のデートで必要になるかもしれないからな、頑張れよ」
「色々突っ込みたいところはあるけど何で稲船の番長が持ってるのさ」
俺はあるといっていいのかよくわからない胸を張る。何で?そんなの決まっているだろうが。
「いつ黒須が野獣と化して俺を襲っても、俺はそれを受け入れるつもりだ。だがまだ俺達は子供なんだ、避妊はするべきだろう」
底野は頭を抱えだす。
「どっちかというと稲船の番長が片木の番長を襲うイメージしかないんだが…」
1週間前の出来事が蘇る。それを言われたら辛いぜ、勘弁してくれ。
「うぐ…まあとにかく何があるかわからんから持っておけ、2つ持っておけ」
俺は強引にコンドームを2つ底野に押し付ける。
「聞こえてんだよあのアホ共が…」
前方で声がしたような気がするが、きっと空耳だろう。
学校についたので俺は底野と別れ、4組の教室へ。
「あ、さなぎちゃんおはよ…」
教室には既に桃子がいた。随分とご機嫌斜めのようだが、どんな醜態でも彼女の美少女度は落ちないのだから恐ろしい。
「おう桃子。あれからお兄ちゃんとうまくいったか?」
昨日、桃子が相方の図書委員が苦手だと言っていたので文句を言いにいったらなんとお兄ちゃんだった。桃子は大事な舎弟だし、お兄ちゃんも勿論大事なお兄ちゃんだ。二人にはうまくいってほしいのだが。
「…何も聞かないで」
桃子は頭を抱えだす。最近頭を抱えるのが流行っているのだろうか?
「な、ひょっとしてお兄ちゃんに弱みでも握られたのか?」
平気で盗聴とかやっちゃうお兄ちゃんのことだ、桃子の弱みを掴んでエロ漫画みたいな展開を本当にやってのけかねない。
「……別にそういうわけじゃないよ」
きっと桃子は脅迫されているのだ。今までお兄ちゃんの事を尊敬していたが、どうやら私は兄を敵としてみなさなければならないらしい。いままでお兄ちゃんありがとう、そして殺す!
俺はすぐに教室を飛び出し5組へ入る。
「おどりゃあお兄ちゃんはどこじゃー!」
「どうしたさなぎ…」
自分の机で寝ていたお兄ちゃんが顔をあげる。なんだかアザだらけだ。
「…なんかずいぶんと傷だらけだな。そんなことより屋上来い」
俺はお兄ちゃんを無理やり屋上へ連れて行く。
二人きりで話をしようと思ったのにこれで屋上に人がいたらなんか恥ずかしいが、幸いにも人はいなかった。俺はお兄ちゃんの胸倉をつかんで持ち上げようとするが意外と重いので諦める。
「で、何やったんだ、答えによっちゃあ実の兄と言えど突き落す」
「意味がわからないんだが」
「桃子だよ桃子!桃子にお兄ちゃんとの事聞いたら滅茶苦茶落ち込んでるじゃねーか!お兄ちゃんが酷いことしたに違いねえ!」
「むしろ酷いことされたのは俺の方なのに…要さんに踏みつけられたりしたんだぜ?」
お兄ちゃんは体中のアザを俺に見せつけてくる。
「え?まじかよ、桃子も意外とやるなぁ…じゃあなんであんなに落ち込んでるんだろう」
お兄ちゃんも心当たりがないか考えているようだ。正直心当たりが多すぎて悩んでいるのではないかと疑ってしまうが。やがてお兄ちゃんはポンと手を叩き、
「そういえば、パンツを見たな」
「死にさらせやごるぁぁぁぁぁ!」
「ぐぼぇあ」
俺の強烈なキックを急所に思いきり受けて泡を吹き倒れる。俺はついにお兄ちゃんを超えてしまったというのか…
それにしても桃子のパンツを見るとは全校男子生徒にボコボコにされても文句は言えない。女の子がパンツを見られることがどれだけ恥ずかしいことかお兄ちゃんはわかっているのだろうか?私は特に背が高いから気を付けないといけないというのに。ジャージの上にスカートを履いていた彼岸秀を真似しようか、いやでもアレすげえダサいしな…
とにかくお兄ちゃんにも少しパンツを見られる恥ずかしさを体験してもらおう。
教室に戻ると丁度1時間目が始まろうとしていた。お兄ちゃん起こすのを忘れてたけど、まあいいか。1時間目は国語。物語を読むのは嫌いではないが、どうも国語という教科は好きになれない。教育向けの物語しか載っていないのもそうだが、何より「作者の気持ちを答えなさい」という問題が大嫌いなのだ。作者がこの物語を書く時にどう思っているかを直にインタビューしたわけでもなく、教育者が勝手に作者の気持ちを代弁する。教育にふさわしいような理由をつけて。
今題材になっている戦争物の話だってそうだ。平和な村に突然やってきた戦車が子供達を容赦なくバラバラにしていく。大人達は作者は戦争の愚かさを説いていると言っているが、実はこの作者は戦争狂で、子供がバラバラになるのが大好きな変態なのかもしれない。文才は無いが自分の考えをおしつけたい教師が勝手に人の作品を使うというのは、教育として相応しいのだろうか?大体なんで高校生にもなってこんな話を題材にしているんだろうか。こういう戦争はいけないという刷り込みなら小学生の時点できちんとやっておくべきだろう。
俺達に対してだってそうだ、まるで私達の考えていることなど御見通しだというかのごとく振る舞う。お前らに一体俺の何がわかるっていうのだ。
「…では、作者がこの話を書いた意図はどのようなものだと思いますか?…稲船さん」
「戦車を平和な日常を突如脅かす物として描くことで、また罪なく将来を担う子供を犠牲者として描くことで戦争の恐ろしさ、虚しさを表現しているのだと思います」
いくら自分が不良だからってこんなところでパンクな事を言って場の空気を悪くするつもりはない。大人ぶってみるならば、俺も教師の考えていることがわかるからその通りの回答をしてやっているのだ。意外と優等生だろう?
1時間目終了のチャイムが鳴る。俺は隣ですやすやと寝息を立てている桃子を優しく起こしてやる。ちなみに桃子は寝顔も可愛らしいので男性教諭は大抵起こさない。
「よう桃子、ばっちり仕返ししてきたぜ」
「え?なにが?」
俺は携帯電話の画面を桃子に見せつける。
「何これ…っていやあああああ!」
桃子は顔を真っ赤にして手で顔を隠す。今の表情を写真にしたら高値がつきそうだな。
「これで桃子の仇は討ったぜ」
携帯電話に表示された、お兄ちゃんがズボンを脱がされパンツが露わになっている画像を見せながら俺は桃子のパンツを弔う。
「意味がわかんないよ!どうしてそうなるの?」
「え?お兄ちゃんにパンツ見られて落ち込んでるんだろ?だから仕返しに」
へ?ときょとんとする桃子。あれ?違うの?
「パンツ…?え?あ…あ…」
段々と桃子の顔色が青ざめていくのがわかる。病弱な美少女って感じで写真に撮りたい。いやもう撮ってしまおう。俺は容赦なく桃子を携帯で撮影する。つられて教室にいた桃子のファンらしき男子達も写真を撮り始める。しまった、俺が率先してこういうのを防がなければならないはずなのになにやってんだ。
「ああ…そうだ昨日スカートで顔とか踏みつけまくったからその時にパンツが…私そんなことにも気づかずにドヤ顔で勝ち誇って…うにゃあああ!」
桃子は頭がおかしくなったのか奇声をあげて机に突っ伏して動かなくなった。
◆ ◆ ◆
永遠に日曜日が来なければいいのにと思えど気が付けばもう土曜日だ。私、彼岸秀は1時間目の終わりのチャイムと共に教室を去り、なんとなく屋上へ向かう。高校生になったことだし、タバコでも吸ってみようか。タバコは体に毒だと言うが、多少体を壊してでも心の健康は大事にするべきだと思う。まずいまずい言いながら青汁を飲む奴らはあれで本当に健康になれるのだろうか。
屋上の扉を開けると、先客がいた。それも知っている顔だ。
「…何やってんだこいつは」
思わず口に出してしまう。泡を吹きながら仰向けに気絶し、おまけにズボンを脱がされて汚い下着が露になっているそいつは十里なぎさ。中学時代の知り合いだ。
「関わるのはやめておこう」
こいつに関わるとロクなことがない。こいつの妹らしき女もだ。倒れているなぎさは放っておき、私は屋上から街を眺める。
火曜日にゲームセンターで勝負に敗れた私は明日デートをする事になっている。それがどうしようもなく憂鬱だ。何故憂鬱なのだろうか?好きでもない男と無理矢理させられるから?デートの経験がなくてどうすればいいのかわからないから?まあ、後者はあり得ないだろう。それではまるで私がデートを楽しみにしているようではないか。
そうだ、無理矢理させられるデートなんてぶち壊してしまえばいいんだ。
あの男…底野正念が二度と私に関わろうとしないように、ドン引きさせてしまえばいい。大丈夫、普段通りにやればいける。それであいつとの関係をスパッと清算。これでいいんだ。
「ふふふ…ふははは」
柄にもなく謎の口調で笑ってしまう。
「なんだいその悪役口調は」
「…っ!?」
振り向くと、いつのまにか起きていたのかなぎさがこちらを心配そうに見ている。
「最近嫌な事があったからな、笑えば忘れられるんじゃないかと」
「嫌な事?何言ってんだいデートを前日に控えて。本当はウキウキでたまらないんだろう?高校生になってデート誘ってもらえるなんて秀ちゃんうれピー!って思って笑いが止まらないんだろう?ていうかなんで俺のズボンが脱げてるの?はっまさか、デート本番の妄想をしていた彼岸妹がムラムラして都合よく倒れていた俺でシミュレーションしようと」
「さて、突き落とすか」
翌日の新聞の見出しには、自分のチビさに嫌気がさした少年が自殺、と書かれているだろう。
「冗談だよ冗談。でも彼岸妹はムッツリスケベだし口より先に手が出るタイプだから明日のデートが成功するか心配だよお兄さん。そんなわけでこれを君に渡そう」
なぎさは財布から何かを取り出そうとしている。こんな光景を朝も見た気がする。
「もしコンドームでも取り出してみろ、明日の新聞に載る羽目になるぞ」
「はあ?何言ってるのさ彼岸妹。映画館の割引チケットだよ。全くこれだからエロい事しか考えてない女は。俺が財布にそんなもの常備している男だと思ってるなんて心外な」
お前の妹は入れてたんだがな。
「まあでも、愛があれば別に高校生だろうと構わないとは思っているよ、個人的には。だけど避妊はちゃんとしような!最近の女の子はデキても堕ろせばいいやって思っているみたいだけど、きっと実際にデキちゃったら堕ろすことができないよ。それを男が必死で説得する…そういうカップルの話、よく聞くよ?」
兄弟そろってお節介なことだ。なぎさは俺に映画館の割引チケットを押し付けると、屋上から去って行った。もう休憩も終わる、仕方がないので私も教室に戻ろう。
ふと貰ったチケットを見ると、期限が先週で切れていた。あいつ殺す。
教室で 底野と目が合う 目をそらす
何故か一句詠んでしまった。気持ちの整理をつけたいということであれから私とこいつに一切の会話はない。しかし何度も何度も目が合ってしまう。その度にこいつを意識してしまう。
勘違いするな、私。人付き合いが慣れていなくて緊張しているドキドキを、スキという気持ちだと勘違いするなんて天才少女、彼岸秀の名が泣くぜ。
3時間目は合同体育か。今は寝て、思い切り体を動かして気分転換にでも励もう。
◆ ◆ ◆
やってきました楽しい体育。金切君のスポーツする姿は最高だなあと私こと彼岸優はグラウンドで浮かれちゃったりする。体育教師は今日はサッカーでもやりましょうとだけ言うと職務を放棄して女子学生を眺めている。こんなのでも教師になれるのだから日本の教育が心配だ。
「へい優!パス!パス!ヘイヘイ!」
「…すごい」
「もー、見とれるのはいいけど私にも構ってよね」
私とヒナはウォーミングアップでボールを回しているが、私の視線はある一点に釘づけだ
「よっ、ほっ、ほっ」
私の視線の先では金切君がリフティングをしている。金切君は野球だけの男ではない。運動神経は抜群で、どのスポーツをやってもサマになる。背中にボールを乗せたり、後ろで蹴ったり、そこらのサッカー部員よりもずっと上手だ。
「ほえー、やっぱりセンスある人は何やってもすごいね」
結局ヒナも金切君のリフティングに釘づけだ。もしヒナが金切君に惚れてしまったらどうしよう…譲るつもりなんて勿論ないが、友情が壊れるのは辛い。
センスといえば、ここにはもう1人金切君ばりの、いや恐らくもっとセンスの高い生徒がいる。
私はその生徒の姿を探す。グラウンドの隅っこでその生徒…妹の秀もまたリフティングを続けていた。金切君と違うのは周囲から完全に孤立しているところなのだが。
秀のそばにいてあげなければならないはずの男は一体なにをしているのか。私は男子生徒…放送部の石田君だったか、とボールを回しているその男、底野君の所へ駆け寄る。
「ちょっと君?何やってんの」
「あ、優さん」
グラウンドの隅で自分の世界を作りずっと独りでリフティングをしている秀を指差して底野君を睨みつける。
「君明日デートなんでしょう?なんで秀をあんな状態にさせとくのさ。本当に秀を弄んでたの?サイッテー」
底野君はバツが悪そうな表情で説明をし始める。デートの約束を取り付けた時に当日まで話しかけるなと言われたこと、実際に今まで一言もしゃべっていないし関わってもいないこと。
「はぁ…何でわざわざそんなことする必要があるのかしら、あの馬鹿は」
秀の方を見るが、秀はこちらを全く見ていない。恐らくは目を瞑ってリフティングをしている。
「きっとあれだね、デートを楽しむためにわざとやってるのさ。織姫と彦星のようなものだよ。彼女は記念すべきデートを最高の物にしたくてしょうがないんじゃないかな」
横で話を聞いていた石田君はそう言うが、私にはどうにも理解ができない。毎日だって金切君に逢いたいよ私は。
「それにしても君も君だよ。例え秀が話しかけるなって言って壁を作ったって、そんなのを壊してでも話しかけてくれるような人じゃないとあの子を任せられないよ」
「はあ…面目ないです」
底野君は頭をポリポリと掻き出す。こいつには乙女心がわかっていない、これだから男は。
「よーし、それじゃあ試合だな。1組対2組、男子女子で20分ずつ」
体育教師のやる気のない号令で男子共は試合の準備、女子は応援に徹する。
今日の体育は3時間目だけなのであまり試合に時間が割けない。こうしてみると、体育を2時限連続で行うというのは至極まともなんじゃないだろうか。
普段なら金切君を眺めてるところだが、私はグラウンドの隅で未だにリフティングを続けている秀の元へと駆け寄る。
「男子の試合始まったわよ。底野君応援しなくていいの?」
「何のために」
秀はリフティングを中断しない。目を瞑って、自分の世界に入り込んでいる。
「あんたデート当日まで話しかけるなってそれ結局逃げてるだけじゃないの?」
「お前に何がわかるんだよ。デートの予定すらないお前に。こっちは好きでもない奴とデートさせられる羽目になってるってのに、周りは適当に茶化しやがって。結局お前らにとっちゃ他人の恋愛なんておもちゃなんだよな?」
「もう…本当は底野君の事多少なりとも意識してるんでしょ?」
「わかったわかった降参です。試合見りゃあいいんだろ?」
ようやく秀はリフティングを止めて目を開く。ずかずかと女子が応援しているスペースへガニ股で歩き、試合の観戦をしだした。私もその横で観戦に集中する。
「金切君はサッカーもすごいうまいね、こりゃ1組の圧勝かな」
「馬鹿か、野球は凶悪なピッチャー一人いれば何とかなるかもしれないがサッカーは別だ」
見てろ2組が勝つからよ、と秀は笑う。
金切君はフォワードとして敵陣に突っ込むが、2組の男子が数名群がり、すぐにボールは奪われてしまう。
「きー!あんなの反則でしょ!」
「チークワークが大事だからな、ワンマンプレイじゃ無理だよ。あいつは1組のサッカー部よりもサッカーは巧いだろうな、だがそのせいで浮いてるんじゃねえの?」
秀の言うとおり金切君はそこらへんのサッカー部よりもサッカーがうまい。だがそれが仇となる事もある。
見ると1組のムードはなんだか険悪だ、チームワークもあったもんじゃない。確か1組にはサッカー部員が5人もいたはずだが、金切君のさっきのリフティングを見て全員やる気をなくしているようだ。
「あいつら金切君に嫉妬して…」
「ははは、見苦しいねえ男の嫉妬は」
秀は何やらご機嫌だ。能力が高いおかげで常に周囲から浮いてしまっている彼女からすれば、同じように浮いてしまっている金切君が同族に見えるのだろう。似た者同士思うところがあるのかもしれない。
「まさかアンタ」
「んなわけねーだろカス」
一瞬で言おうとしていることがバレてしまった。双子の妹が恋のライバルなんて考えただけでも恐ろしい。
グダグダになっている1組とは対照的に、2組の生徒はサッカーを楽しんでいるようだ。
「行くぜ底野!スカイラブハリケーンだ!」
石田君が1組ゴールの近くにいた底野君へボールをパス。
「スカイラブハリケーンは合体技だろ一人でどうしろってんだよ…ええいままよ!」
底野君の放ったシュートは見事に1組のゴールへ吸い込まれる。
「あら底野君点入れたわよ、すごいじゃない」
「いやあれオフサイドだろ」
活躍しても頑なに認めようとしないのは秀の照れ隠しなのやら。
結局サッカー対決男子の部は2組に軍配があがった。和気藹々とした楽しいクラスだと思っていたが、こんな形で闇を見ることになるとは。私は金切君ばかり見ていて周りが見えていなかったのかもしれない。
「どんまいどんまい」
「別に落ち込んでねーよ…」
小田君に慰められるが、金切君はかなり落ち込んでいるようだ。自分のせいで空気が悪くなったのを気にしているのだろうか。金切君は悪くないと言いたいが、1組のサッカー部員の身勝手な嫉妬が全部悪いとも私には断言できない。出来の良い妹に嫉妬していた身からすれば。
1組の事情はさておき次は私達の番だ。ミッドフィルダーという響きのかっこいいポジションをやる事になった。フォワードであるヒナを探すと、何やらまた秀と話し込んでいるようだ。
「さーて、1組の男子は情けないねえサッカー部5人もいて。ま、私たちが仇をとって、連中のやる気を上げてやりましょう」
「ヒナ、さっき秀と話してたみたいだけどまさかまた」
「残念、断られちゃった」
ヒナはてへっと舌をだす。
「お願いだからそういうのもうやめよ。何だかフェアじゃない気がする」
「そうだね、妹さんにも怒られちゃったよ。月曜日の事もちゃんと謝ってなかったね、ごめん」
どうやら今回は秀に狙われる心配はなさそうだ。1組ボールで試合はスタート。
「へい!へい!そっちいくよ!皆ボール1回は触ろう!」
ヒナは積極的に声を出してチームメイトにボールをパス。決して一人で突っ込むことなく1組女子は的確にパスしながら2組ゴールへ詰め寄っていく。ヒナのリーダーシップの賜物だ。
「へい優、決めろ!ドラゴンクラッシュだ!」
「何それ?ええい、いっけー!」
ヒナから飛んできたボールを私は全力でシュート。すごい、ボールにまるでドラゴンのオーラが宿っているかのようだ。
しかし実際はただのへなちょこシュート。秀は手を使うことなく胸でトラップし、
「な?」
リフティングしながらこっちへ突っ込んでくる。思わず私は間抜けな声を出す。
慌てて1組の女子がボールを奪いにいくが、秀はリフティングを止めることなく、華麗にそれをかわし続ける。私やヒナも止めにいくが、赤子の手を捻るかのごとく抜けられてしまった。
こないだの野球の件で半分以上の女子が秀にビビって妨害できないという有様だ。リフティングしながらなので速度こそ遅いが、何度も私達の妨害をかわしながらゆっくりと進軍される。
結局ゴール付近まであっという間に到達されて、簡単にシュートを決められてしまう。
「な…何がサッカーはチームワークよ、完全にワンマンプレイができてるじゃないの」
「妹さんはすごいね、嫉妬するのも馬鹿らしくなるよ」
飽きたのかその後はゴールキーパーの仕事のみを果たしたが、結局秀からゴールを奪うことはできぬまま試合終了。男女共に2組に敗れてしまった。
「あの女に比べたら、金切なんて努力で乗り越えられるレベルだ!」
「そうだ、俺達はサッカー部だ!負けてられるか!」
試合には負けたが、何やら我がクラスのサッカー部員達は秀のプレイを見て一致団結したようだ。次のサッカーの試合があれば、全力の1組が見れることだろう。秀には感謝しなければならない。
◆ ◆ ◆
4時間目、自習だそうだ。皆がお喋りに興じる中、存在そのものが空気を悪くする僕、鷹有大砲はそそくさと教室を抜け出す。
慣れ過ぎて感覚が麻痺してしまったが、やっぱり学校へ行くのは辛い。
アルバイトを始めて他人に触れだしたことで、一層学校に行くことの辛さを実感した。
学校なんて中退して、ずっとあそこで働きたい。だがキツネさんにずっと甘えてる訳にもいかないし、彼女は僕らが社会に溶け込めることを期待している。
何となく敷地内の花壇でも眺めてみたり。授業抜け出して花を眺めるなんて、なんだか不良みたいだ。大人達は不良だなんだと言って社会から除け者にしておいて、都合が悪くなると社会復帰しなさいと言う。
「キャウーン、キューン」
花壇をよくよく見ると一匹の狐が花を食べていた。狐はコンコンと鳴くイメージだったが、実際には犬みたいだな。
「こらこら、園芸部員が大切に育てているんだからやめなさい。こんな所を誰かに見られたら僕が荒らしてると勘違いされちゃうじゃないか」
能力のおかげか狐は素直に僕の言う事を聞いてこちらにすり寄って来て、僕の手をペロペロと舐める。くすぐったい。
「お腹が空いているなら学食にいなり寿司があったからお兄さんがご馳走してあげよう」
狐を抱いて食堂へ。この時間帯に営業しているのかが疑問だが。
突然僕に抱かれていた狐から白い霧が噴出し、あっという間に僕は霧に包まれてしまう。
「げほっ、ごほっ、なんだこれ…うおっと」
何も見えない中、いきなり抱えていたはずの狐が重たくなり、思わず落としてしまった。
「うぎゃあ!」
ようやく霧が晴れたかと思えば、地面にはキツネさんがのた打ち回っていた。
「もぐもぐ…まったく女の子を落とすなんて」
食堂でキツネさんと昼食をとる。部外者が学校に入る際には手続きが必要だった気がしないでもないが、まあバレないだろう。
「いや何であそこで人間の姿に変身したんですか」
カレーライスを食べながら尋ねる。今更キツネさんが狐の姿になっても疑問には思わないが、あんなところで人間の姿に変身されたらそりゃあ重たくて落としてしまう。
「だってお姫様抱っこに憧れてたんだもん」
キツネさんはむしゃむしゃといなり寿司を食べる。だもんって…
「ていうかなんで学校で花なんて食べてたんですか」
「たまには動物の姿で人間社会を満喫しようと思ったらここについたのよ。大砲ちゃんの学校だし見学でもしようとブラブラしてたら花壇があったからお姉さん食べちゃいました。大砲ちゃんは花の蜜とか吸ったことないの?」
「そういう経験はありませんし、あったとしてもそれとこれとは別問題でしょう」
「てへっ」
キツネさんはウインクをしてペロっと舌を出す。キュンときてしまうが、キツネさんこんなキャラだったっけか。僕の能力でおかしくなっているのかもしれないが。
「ごちそうさまでした。ところで、学校終わったら暇?」
いなり寿司10個(2個で100円なので500円になります)を平らげ満足そうなキツネさん。奢った甲斐というものがある。
「特に用事はありませんよ、バイトですか?いいですよ」
家に帰ったところでガラハちゃんに白い目で見られながらギャルゲーをするくらいしかない。
せめて、せめてゲームの世界でくらいまともな学園生活を送りたいじゃないかと弁明しても、ガラハちゃんはわかってくれないのだ。ともかく昼間からギャルゲーをするくらいならバイトをしていた方が健全というものだろう。
「いやいや、完全週休二日がウチのモットーだからお店を開ける気はないわよ」
「キツネさん前から思ってましたけど商売する気ないですよね」
立地がいまいち、営業時間が主に平日の夕方。外装も内装も胡散臭い。接客態度に問題あり(主に僕と神音だが)。そんなオキツネ魔法具店をよろしく!
「やる気はあるのよ?まあそれはさておき、私とデートでもしない?」
「デートですか。構いませんよ」
キツネさんが僕に好意を抱いている(能力によるものだが)のはわかりきっていることだし、キツネさん程の綺麗な女性の誘いを断る理由もない。
「ふふ、よかった。見たい映画があったんだけど一人で行くの恥ずかしくてね」
4時間目の終わりのチャイムが鳴る。終礼が始まるのでそろそろ教室へ戻らなければ。
「それじゃあキツネさん、ここで待っててください。すぐ戻るんで」
「教室までついて行ったら駄目かしら?学校行ったことがないから興味あるのよね」
「母親に間違えられますよ、それでもいいなら」
「…姉じゃないの?」
「おまたせしました」
「ふふ、それじゃあ行きましょうか」
食堂へキツネさんを迎えに行き、とりあえず学校の外へ。
「おい見ろよ、すげえ美人がいるぜ」
「一緒にいるのってキモいのじゃん、ひょっとしてエンコー?」
「大変だ桃子、金髪だ!きっと他校のヤンキーが俺に挑戦しに来たんだ!」
「違うと思う…というか一緒ににいるの鷹有君だよね…二股かけてるなんて…」
僕も能力のおかげか目立ってしまうが、やはりキツネさんの美貌も高校生を釘づけにしてしまいギャラリーが騒がしい。要桃子という超絶美少女が我が学年にいるが、彼女が清純派美少女だとすればキツネさんは妖艶な(妖怪だし)美女といったところか。
「大砲ちゃんはいつも人気者ね」
「不人気者の間違いですよ。さっさと駅に行きましょう」
一斉に下校する生徒と一緒だと視線が痛いのでやや早歩きで駅へと向かう。しかし今日は土曜日、学生に限らず人が多いので結局視線を浴びる羽目になるが、僕へ対する嫌悪感がキツネさんへの注目で薄れている気もする。
駅につく。キツネさんは切符も買わずに改札口を通り抜けようとして止められてしまう。
「…キツネさん、ひょっとして普段は動物になって無賃乗車してます?」
「慣れって怖いわね」
電車に乗る。キツネさんは何故か座席に正座する。
「…キツネさん、ひょっとして普段は動物になって座席に乗ってます?」
「慣れって怖いわね」
そういう問題じゃあない気がするのだが。
電車に揺られて20分程で目的地へ到着。困ったことに他人と全然交流のできない僕は話題を提供できず、電車の中で会話が全然続かない。ギャルゲーでは流暢に女の子の好みの会話の選択をしていけるのに、どうして現実だとこうなんだ。
「それで、どの映画を見るんですか?」
駅前の映画館の上映予定を眺めながらキツネさんに問いかける。そういえば「応答せよ!アマチュア無線部」が上映中だったな。原作はそこそこの人気だが、アニメで大失敗してもうメディア展開はないと思っていたら映画化して既に続編も製作中だというから世の中わからない。
ひょっとしてこれを見るつもりなのだろうか?結構エロ展開多かったからデートとは言えキツネさんと一緒に見るとなると恥ずかしいなあ。
「これを見ようと思ってね」
キツネさんの指差す方を見ると、そこには「きつねうどん大盛りねぎだく」と書かれていた。
「…なんですかこれ?」
「私もよくわからないけど狐としては見ないわけにはいかないと思って」
タイトルから映画の内容がさっぱり予想できない。昔うどんという映画があった気がするが、これはどう見てもウチの学食にありそうなメニューでしかない。
「嫌な予感しかしない…」
「大丈夫よ、狐の出る作品は名作が多いから。チケットとポップコーン奢るから騙されたと思って一緒に見ましょう」
きつねうどんの話に果たして狐が出るのだろうか?
2時間後。
「すごく面白かったですね!」
「感動したわ私…」
映画館近くの喫茶店で僕らは上機嫌に語り合う。
騙されたと思って見たこの映画、はっきりいってすごく面白かった。
主人公は安くて量が多いと毎日のように学食できつねうどん大盛りねぎだくを注文する男。
ある時友人の食べているきつねうどんと自分のきつねうどん大盛りねぎだくの容器の大きさが同じことに気づく。量を比べてみても同じ。実はきつねうどん大盛りねぎだくの大盛りはねぎの方にかかっていたのだ。
そして怒りに震える主人公達と学食のおばちゃんの仁義なき戦いが始まるのだが、アクションパートがやたらと気合が入っていてかっこいい。
恋愛パートも、「俺はお前のことが学食のカレーくらい好きだ!」「私も君のことが焼きそばパンくらい好き!」といった謎の言い回しや、女の子を取り合って券売機早押しクイズなどシュールながらも青春って感じがして楽しませてくれる。
最後はいままでねぎをたくさん食べていたおかげで栄養がつき、黒幕である父親を倒す。
しかし真の黒幕であるおじいちゃんが現れたところで上映終了。続編はないらしい。
全体的にギャグだったが、俳優の演技が無駄に洗練されていたこともあり、期待せずに見た分すごく楽しめた。
「でも狐が登場しなかったのが残念ね」
喫茶店に何故かあるいなり寿司を食べながらキツネさんがつぶやく。
「きつねうどんといえば、子供の頃油揚げを狐の皮だと思ってましたよ」
「私も初めて見た時はそう思ったわ」
「ところで、何で油揚げがきつねの好物なんですか?」
「よくわからないのよね。私も昔からそればかりお供えされたから自然に好物になったわけで」
会話の種にもなったし、きつねうどん様々だ。
会計を済まし喫茶店を出る。時計を見ると既に4時だ。学校を出たのが1時だから仕方がないとはいえ中途半端な時間になってしまった。
「これからどうしますか?」
「私一回プリクラ撮ってみたかったのよね。というわけでゲームセンター行きましょう」
というわけで駅前にあるゲームセンターに向かう。人の多い場所に行けないから滅多にこういう場所へ行けないので僕としても新鮮だ。
「あれが噂のUFOキャッチャーね、やってみましょう」
キツネさんはうきうきとコインを入れてプレイ開始。景品は「応答せよ!アマチュア無線部」のヒロインの人形だ。アニメ化に便乗して大量発注したが全然売りさばけず、映画化に便乗して在庫を処分しようという魂胆なのだろうか。
「やった掴めたわ!ってああ!」
人形を掴むことには成功したが、落とし口まで運ぶ途中で無情にも人形は落ちてしまう。持ち上げて落とす、UFOキャッチャーの恐ろしいところだ。
「僕に任せてください」
キツネさんの仇を取るためにコインを投入。
「人間以外に好かれる僕の能力なら、UFOキャッチャーだってデレてくれるはず…!」
しかしアームは人形を掴むことすらできやしない。残念ながら無機物には好かれないようだ。
「ははは、なんだ君達下手くそだなあ」
後ろから声をかけられ振り向くと、そこには見知った顔が。
「神音ちゃん!?」
バイト仲間で人間磁石の能力を持つ小田垣神音だ。
「…なんで制服?」
彼女の姿はいつもと変わらぬ制服だが、彼女の高校は休日なのに制服を着ているのは不自然だ。
「おいおい、女子高生は休みでも制服着るって教わらなかったのか?それともあれか?私服姿のアタシが見たかったのか?」
「神音ちゃんもおでかけしてたの?」
「そうなんすよ、デパートで本とかCDとか漁ってて、帰りにここに寄ったら偶然店長達がいて。おい眼帯野郎、キツネさんとは恋愛はできないよぉとか言っておきながらデートとはいいご身分ですな?」
キツネさんに本日の戦果らしい大量の本とCDを見せつけてながら、俺には中指を立ててにらんでくる。ネットで買えばいいのに。
「それとこれとは話が別なんだよ」
「都合のいい男ですなぁ、まあとりあえずそのUFOキャッチャーはアタシが攻略してやるよ」
神音はコインを投入し、慣れた手つきでレバーを動かす。アームは人形を2つ掴むと、全く落ちる気配もなく落とし口まで運ばれていく。ガコン、と2つの人形が取り出し口に落ちてきた。
「まあアタシ程のレベルになると2つとか余裕ですよ、はいどうぞ」
人形を1つキツネさんに渡すと、もう1つを自分のカバンにしまった。
「お前にはやんねーよ、欲しけりゃ自分で取りやがれ」
アカンベーをしながらまた中指を立ててこちらを挑発してくる。
「なんでいちいち中指立てるのさ。僕何か悪い事した?」
「ふふふ、大砲ちゃんはまだまだ乙女心がわかってないのね」
失礼な、これでも人一倍ギャルゲーをプレイしている。ギャルゲーのヒロインとしてあまり出てこない神音の性格が悪いのだ。
「そうそう、ここにはプリクラを撮りにきたのよ。神音ちゃんも一緒に撮りましょう」
「プリクラですか、アタシのプリクラ手帳がベールを脱ぐ時がきたようですね、こっちです」
神音に連れられプリクラの前へ。ピチピチ小悪魔というのが筺体の名前らしい。
「何か入るのためらうな…」
「基本女の子向けだしな、知ってるか?最近のプリクラは男だけじゃ駄目なんだぜ?」
男同士のプリクラを想像したら吐き気がしてきた。禁止して正解だと思う。
3人で中に入る。神音が色々と設定をして撮影準備完了、キラキラして目に悪そうなフレームに3人が写る。
「こっからが本番、文字とか色々書きまくっちゃいましょう」
神音に先導されて筺体の外へ出て、そこにあるモニターで撮ったプリクラをまたデコレーションできるらしい。
「オキツネ魔法具店をよろしく…っと」
「店長そんなこと書くスペースじゃないですよ。ここをこうして…」
神音は僕の右目に眼帯の絵を書き、頭の上に眼帯バカ、と落書きする。
「酷い…両目とも見えないじゃないかこれじゃあ」
お返しとばかりに僕は神音の頭の上に磁石の絵を書き、磁石バカ、と落書きする。
「だから磁石扱いするんじゃねー」
「私には何を落書きすればいいのかしら…」
キツネさんが自分にどう落書きすればいいのか悩んでいる。無理に落書きする必要はないのだが、僕達に張り合っているのだろうか。結局狐の耳を書き足した。
落書きも終わり出てきたプリクラをハサミで切って3人で分ける。プリクラ手帳なる謎の手帳に神音は貼り付けるが、
「どこに貼ればいいんだこれ…」
プリクラ初体験な僕とキツネさんは扱いに困る。
「私は財布にでも貼ろうかしら」
キツネさんは財布にプリクラをペタっと貼り付ける。
「じゃあ僕は携帯にでも貼るかな」
カバンから携帯を取りだし、裏にプリクラを貼り付ける。
「えっお前携帯持ってたの」
怪訝そうに神音は僕を見つめる。
「持ってちゃ悪いかよ」
「アドレス帳見せて」
神音は僕から携帯をひったくるとアドレス帳に誰が入っているのか確認。しかしすぐに神音の表情が暗くなり、涙目になる。そして突然土下座をしだした。
「…ごめんなさい」
「いやそんなマジ謝りされるとこっちが辛いんだけど」
「だって今時の高校生が一人も入ってないとか…せめて架空の友達とか入れようよ」
「そんな事したら余計虚しくなるだろ…」
彼女は自分の携帯を取り出すと何やら操作をして、僕の携帯を返す。
「アタシのアドレス入れといたからな、授業中寂しくなったらメールするんだぞ」
僕は授業は真面目に受けるタイプなのだが。
「携帯…私も欲しくなってきちゃった」
そんな僕らのやりとりをキツネさんは羨ましそうに見つめる。
「店長携帯持ってないんすか、なんなら今から契約しに行きましょうよ。でも店長戸籍とかちゃんとあるのかな」
「そこは大丈夫よ、偽造だけど」
キツネさんの謎が1つ解けた。何で動物から人間形態に変身した時に服着てたりカバン持ってたりするのかなどキツネさんの謎は多いが、その怪しさもまた彼女の魅力だ。
「それじゃあ早速行きましょう、こっちです」
神音は近くにある携帯ショップへ誘導する。やれやれ、すっかり彼女のペースだ。
その後キツネさんは携帯を契約し、早速僕と神音とアドレス交換をする。豚箱のお母さんお父さん、貴方達の息子はなんと今日2人もアドレスを入手しました。
そして気づけば夜の7時になっていたので、夕食をとる事に。神音が勧めたうどんの店で当然のようにきつねうどんを食べるキツネさんを横目に、わかめうどんを食べる僕はアンニュイだ。
「はぁ…」
「どうしたよ眼帯、女の子二人に囲まれてため息とは贅沢な」
「いや、神音はなんだかんだ言って遊び慣れてるし社交性もあるなあと思って」
「なんだ失礼な、アタシを同類だと思っていたのか?」
ひょっとしたら神音の言う学校では人気者というのは嘘なんじゃないかと淡い期待を抱いていたが現実はこんなもんである。結局僕の苦しみは誰にも理解されないし味わえないのだろうか。
その後は電車に乗って僕らの最寄の駅まで行き、お開きとなった。
我が家のドアを開ける。ガラハちゃんはどこかへ出かけているようで僕一人だ。
僕はトイレに行き、そこで胃の中の物を全てぶちまける。
駄目なのだ、やはり。キツネさんと恋愛なんてできやしない。キツネさんも神音もスルーしてくれていたが、今日ずっと周囲の人間から、あの人美人なのに男の方は~だの、何あの似合わないカップルだの散々な言われようだった。罵倒されるのは慣れているが、常に独りだったために比較される事に慣れず、どうしても耐えられなかった。
キツネさんは素晴らしい女性だ。だが、そのせいで僕は周囲に比較され罵倒される苦しみまで味わう羽目となった。普段テレパシーを送ってくる少女はデートに誘われた際晒し者になるんじゃないかと心配していたが、今なら彼女の気持ちが理解できる。実際に僕はキツネさんのせいで晒し者になったとまで考えている。
吐いた後、すぐに布団へダイブする。涙が止まらず、ただただ泣くしかなかった。