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4月20日(金) 十里なぎさ、リンチを受ける。

 4月20日、金曜日。

「桃子、学校遅刻するわよー」

「ふぁーい…」

 自室のベッドですやすや寝ていると、下の階から聞こえるママの声で意識がはっきりしてくる。私の名前は要桃子。職業は高校生、特徴は美少女です。制服に着替えて下の階に降り、洗面所で顔を洗う。ナルシストと言うわけではないが、寝起きの面でも鏡の中の私は可愛い。食卓に行き、ママの用意した朝食をもしゃもしゃと食べていると、ママが話しかけてきた。

「桃子、ところでそろそろ彼氏とかできたの?」

「な、桃子に彼氏はまだ早い!」

 新聞を読んでいたパパが彼氏というフレーズに反応して発狂。

「できてません。ごちそうさま、いってきます」

「ちょっと、食器くらい片付けなさい!」



 ママのお小言は無視してカバンを手に取り家を出る。私の家から高校までは自転車で十五分程駅まで走った後に電車で六駅ほど移動して、更に数分程歩かなければいけないので、平均的な高校生と比べると私の家を出る時間帯は早い方だろう。あまり早起きできる方ではないので辛いが、わざわざ遠目の高校を選んだのには理由があった。

 あまりにも可愛すぎる私は小中時代、男子のほとんどにはアイドルとして祀られ、女子のほとんどにも妬まれたり、委縮されたりであまり平凡な学園生活を送れなかった。だからわざわざ遠くの高校を受験して、環境を変えようとあがいてみた。

 だが結果はどうだ、まだ2週間しか経っていないのにファンクラブの会員数が3桁だと?毎日のように告白されるし、結局私はどこへ行ってもこういう扱いなのか。

 駅につき、電車を待つ。幸いな事に女性専用車両というものがあり、痴漢される心配はない。

 通勤ラッシュなこの時間帯だ、満員電車で男の中に入ってしまえば、男共を何人も社会的に抹殺してしまうだろう、というのは自意識過剰だろうか。



 電車が来たのでそれに乗る。女性とはいえ周囲の目が気になって仕方がない。どうしても周りの注目を浴びてしまう私は周囲の視線が気になり、逆に自分から周囲をチラチラと見る癖がついてしまった。そんなことしてたら誘ってるんじゃないかと男は勘違いするよという事実を突き付けられ治そうと努力はしてみるが一度根付いてしまった癖は治らない。私は恋愛小説を取り出し読むのに集中することで周囲を見ないように努める。

 恋愛に興味がないわけではない。恋愛小説や少女漫画は大好きだ。しかし私は彼氏を作ったことがない。私にふさわしい男がいないのよ!と思っているわけではない。外見が美しすぎる私はインパクトが強すぎて内面を評価されないのだ。多分ほとんどの男子が体目当てだろう、そんな人達と恋愛などできるかってんだ。恋愛物の読み過ぎなのかもしれないが、私は恋愛とはお互いの事を良く知ってからするべきものだと思っている。

 例え体目当てだとわかっていても、自分が好きな人なら問題ないのかもしれないが、残念ながらまだ私は男性に恋をしたことがない。ひょっとしたらやっぱり理想が高いのかもしれない。

 私が今読んでいる小説の中身は大体こんな感じだ。クラスメイトの男に告白され、あなたのことよく知らないからと一度は断るヒロイン。しかし男は諦めず、だったら自分の事をもっと知ってくださいと彼女にアピールをしまくる。最初はウザがっていたヒロインだが、男の一生懸命な性格に気づけば惹かれるのだった…。

 現実はどうだ、知り合ってすぐに私に告白してフラれたら気まずいのか話しかけてこない。

 現実に漫画に出てくるような男を求めるのが間違いだとわかっていても、私はこのヒロインが羨ましくてしょうがなかった。



 高校近くの駅に到着したので私は電車を降り、駅を出て高校への道を行く。

 同じく通学中の男達が私を見てヒソヒソ話をしているのがわかる。気になって仕方がないが、ここで気にしたら多分負けだ。

「アタシの高校は完全週休二日だから明日休みなんだぜ、いいだろ?」

「駅すぎてるよ」

「なー」

「……」

 学校につくまで誰も気にしない、と決めていた自分ではあるが前方を歩いていた集団があまりにも異質なのでどうしても気になってしまった。

 男と女、それはまだいい。問題はそれに猫とカラスがついているという点である。そして何故だか男からは不快なオーラが漂っているように思える。

「最近気づいたんだ、駅すぎようかすぎまいが遅刻は確定だってな、んじゃまたバイトで」

「へいへい」

 駅に向かってきた道を戻る女の子。男は振りかえってその子を見送る。その時に私と男は目が合ってしまった。

「あ」

 間抜けな声を出してしまった私と違い、左目を眼帯で隠し、右目もほとんど開けていない男はすぐに前に向き直りカラスに話しかけながら学校へ向かっていった。私は彼を知っている。小中と同じ所に通っており、高校でも隣のクラスにいる鷹有大砲君だ。

 彼は何故だか周囲にとにかく嫌われる。今は眼帯こそしているが特別醜悪な外見をしているわけではないし、性格が非常に悪いわけでもないはずだ。でもとにかく嫌われるのだ。恐らく彼からは本当に人間に嫌われるオーラというものが出ているのだろう。

 会話をしたことはないし、私も彼を見ているとイライラしてしまう。しかし私は彼の事が気にかかってはいた。恋とかではなく、同族だと思っているのだ。

 周囲にとにかく嫌われて孤独な彼と、周囲に好かれるあまり逆に孤独を感じる私は本質的には同じなんじゃないかとずっと思っていた。高校をここにしたのも、私と同じで環境を変えたかったのだろうか。勿論好かれて孤独を感じるのと嫌われて孤独を感じるのとでは全然違う。本人からすればまさに対極の存在とも言うべき私が同族だと思うことすら許されないことだろう。結局孤独な私が勝手に思っているだけなのだ。かといってやはり見ていてイライラするし、彼と仲良くしようなんてこれっぽっちも思わないのだが。

 そんな彼はさっき女の子と仲良さそうに話していた。ひょっとして彼女ができたのだろうか?

 なんだか私は同族だと(勝手に)思っていた彼にすら置いて行かれた感がして虚しくなる。

 かといって焦って恋愛をするつもりはないのだが。



 学校につき、下駄箱の中身を確認。流石に2週間も経てば告白ラッシュもおさまってきたようで、今はラブレターは入っていない。とはいえまだ一日は始まったばかりなので油断はできないが。教室へ入る。誰もあいさつをしてくれない。

 周囲の男の子は大抵告白してフられているので気まずくて話しかけてこないが、女の子も話しかけてくれない。恐らく、自分と一緒にいると比較されるという思いがあるのだろう。

 一般的にカッコイイ系女子は同姓にも人気が出るが、カワイイ系女子は同姓の人気はいまいちだそうだ。

「うーっす桃子。流石に告白の頻度も少なくなってきたか?」

 例外はある。身長を軽く170は越えており、モデルのような体型に金髪と俺口調がまた似合っているカッコイイ系女子のお手本と言うべき稲船さなぎちゃんだ。最初の席替えで隣同士になり意気投合し、今現在では一番の友達と言えるだろう。私に気兼ねなく話しかけてくれる彼女はベクトルが全然違うので比較しにくいが、私と同じくらい、いや私よりも可愛いと思う。

 ここの男共は見る目がない。うじうじとした私よりも社交性もある彼女に告白すべきだろう。尤も、彼女には滅茶苦茶喧嘩の強い彼氏がいるらしいが。

「ところでさなぎちゃん、彼氏できる前に告白ってどのくらいされた?」

 正直言って私がこんなに告白されて彼女が全然告白されないのが不思議で仕方がない。カッコイイ系女子は女の子受けはよくても、男受けはよくないのだろうか。

「んにゃ、されたことねえな。俺の外見がこんなに成長したのは彼氏ができた後だし。俺が美少女になる頃には彼氏がいるって知れ渡ってたからな」

 告白されるのが嫌なら恋人を作ればいいんじゃないかと先週指摘されたので本当に彼氏ができれば告白が止むのか気になり彼女の例を聞いてみようと思ったが、彼女の境遇はちょっと思い描いていたものと違っていた。

 仮に男が出来て告白がばったり止んだ、と彼女が言っても、やはり告白されないために好きでもない男を利用するような真似をするつもりはないが。

 彼女はかなり幸せ者だな、と思った。多分その彼氏は彼女の内面もしっかりと好きなのだろう。




 午前の授業が終わり、それまでゲームをしていたさなぎちゃんは食堂へ向かっていく。一緒にご飯を食べる友人を作れていない私はさなぎちゃんと一緒に食事をしたいと内心思っていたが、食堂にお弁当を持ち込むのはマナー違反だし、親に学食派の子と食べたいからお弁当作らないでなんてアホな事言えない。

「…あ」

 カバンの中にはお弁当箱は入っていなかった。そういえば今日家を出る時に食卓に置いてあったお弁当を入れ忘れていたことに気づく。ママごめんなさい、まあこれで堂々と食堂に行けるというわけだ。私は教室を出てさなぎちゃんを追いかける。

「今日お弁当忘れちゃってさ、一緒に食べよ?」

 食堂で辺りをきょろきょろしているさなぎちゃんを発見し、一緒に食べようと持ちかける。友人を作れないのは周りが全部悪いというわけでは勿論なく私自信の性格にも問題はある。今までの私に足りなかったのは多分こういう積極性だろう。

「おう桃子か。勿論構わんぜ」

「誰か探してたの?ひょっとして他の子といつも一緒に食べてるから私邪魔かな」

「そんなことねーよ。お兄ちゃん探してたんだけど今日はいねーみてーだからさ」

 彼女には自慢の兄がいるらしい。兄妹仲睦まじくて良いことだ。私にも姉がいる…いや、家を追い出されたからいたの方が正しいのかもしれないが、とにかくその姉が今でも嫌いで嫌いでしょうがないというのに。



「しかし明日は第三土曜日だから学校があるなんて憂鬱だよなぁ」

 注文したBランチ大盛りを食べながら私の向かいに座るさなぎちゃんはため息をつく。

 私立高校であるここは、第一、三、五土曜日は半日授業をやるという方針だ。私としては半日で学校が終わるといういつもと違った感が嫌いではないが、憂鬱の種がないわけでもない。

「うう…私は今日の放課後が憂鬱だよ…」

「補習でも受ける羽目になったのか?」

「ううん、図書委員の仕事があるんだけどね。一緒に仕事する5組の子が、苦手なタイプで」

 4組の図書委員である私は毎週金曜の放課後、5組の図書委員と仕事をすることになっており先週顔合わせをしたのだが、その5組の図書委員である十里君がどうも苦手なタイプだった。苦手、得意なタイプができる程私は男の人と会話していないからどちらかというと男の人との会話が苦手といった方が正しいかもしれない。

「どんななんだ?ガチの不良なのか?」

「うーん、なんていうか、セクハラっぽい感じ?」

 まだ2時間くらいしか交流していないが、悪い人ではないみたいだ。しかし男の人との会話が慣れていない私にはちょっとレベルが高い感じだ。男の人と慣れていない人向けの男って何だよとは自分でも思うが(さなぎちゃんみたいな男っぽい女の子のことであり私が自然と彼女に惹かれるのはそのためなのかもしれない)。

 しかも彼は先週私の隠し撮り写真が売られていることを伝えた。そのせいで私は常に隠し撮りの恐怖におびえる羽目になってしまったのだから彼の無神経な発言による責任は大きい。

「全く純情な桃子にセクハラなんてふてえ野郎だな。よし、放課後図書室に行って私が文句言ってボコボコにしてやるよ」

 彼女はそういうとデザートのバナナを頬張る。何だかその行為がその、アレに見えてきた。私は周囲を確認する。ひょっとしたら今も隠し撮り犯が潜んでいて、彼女の性的にも見える写真を撮ろうとしているのかもしれないのだから。隠し撮り犯は見つからなかったが、代わりに男子のグループを勘違いさせてしまったようだ。またやってしまった…


 ◆ ◆ ◆


「さあ毎週恒例スペシャル写真販売会。今週から月曜日には1年生の合同体育があるので、これから運動する乙女達の写真も増えていくぞ!」

 俺、十里なぎさは友人の不動と共に今日もここ視聴覚室へやってきた。毎週金曜日の昼休憩、密かに行われる写真販売会。ちなみに合同体育というのは月曜日の3、4時間目に4組と5組が、5、6時間目に1組と2組がやる2時限連続の体育だ。3組は合同体育がないそうだ。クラス自体が二人組の余りになるなんて悲惨なものである。今週の4組と5組の体育は男子は外でサッカー、女子は体育館でバレーと別々だったので残念ながらさなぎや学校のアイドル、要さんの運動する姿を見ることはできなかった。その上妹は前日に食べた生ガキがあたったらしく途中で倒れて保健室に運び込まれ、俺が看病する羽目になった。

 ま、その結果男女のムフフな会話を聞けたのでよしとするか。

 彼岸姉妹のファインプレー写真やらさなぎが長身を活かしてアタックを決めようとするも失敗する写真などが売りさばかれていく。一番の値がついたのは要桃子の体育の授業が終わりくたくた状態で水を飲む写真(8千円)。うーん、エロい!

 写真を見るだけで満足な俺は結局この日も写真を買うことはなかった。

「それでは本日の写真販売会はこれにて…ん、はい、はい…おっとどうやらたった今入手したばかりの写真があるそうなので最後にこれを見ていただきましょう」

 撮ってきたばかりの新鮮な写真(写真は保存するものだから新鮮である必要はないが)か。きっと食事中の女の子の微笑ましい写真なんだろう。

「1年4組の稲船さなぎさんが太くて長いものを頬張るしゃし」

「ぶち殺すぞ貴様らああああああああ」

 先週に引き続きお兄ちゃんブチギレモード。

「落ち着けなぎさ、気持ちはわかる、気持ちはわかるが落ち着け!」

「これが落ち着いてられっかあああああ」

 不動に羽交い絞めにされるが俺の怒りはおさまらない。何故先週に引き続きさなぎがこんな扱いなのか。さっきのアタックに失敗する写真はまだ微笑ましくて許せるがこれはお兄ちゃん的に許せない。

 俺は怒りに震えながらも妹がバナナを頬張る写真を購入し、その場でビリビリに引き裂こうと思ったがやっぱり財布の中に写真をしまう。さなぎの彼氏にでもあげようか…

 ともかくこれにて今日の販売会は終了だ。みんなが視聴覚室を出て自分の教室に戻る中、俺は一人の少年を引き止める。

「ちょいとそこの少年よ」

「え?なんで俺の名前を…」

 俺が引き止めたのは先日ゲームセンターで彼岸妹と格闘ゲームで勝負し、見事デートの約束を取り付けた少年だ。俺は財布から写真を4枚取り出すと彼に手渡す。

「写真は素人だからうまくはとれなかったけどね。君が彼岸妹に馬乗りにされている写真を四方向から撮ってみたから受け取ってくれたまえ」

「え、あの時のを…はぁ…ありがとうございます」

「明後日のデート頑張りなよ」

 ぽかんとする少年を置いて俺は自分のクラスへ戻る。俺超クールだろ?




 今日の授業も掃除もおしまい。さて、最後にゴミ出しする人を決めるじゃんけんがあるが…

「今日はどうせ図書委員の仕事あるし、ゴミ出しは俺がやっておくよ」

「ホント?なぎさちゃんありがとー」

「流石なぎさちゃん」

「頼りになるなあなぎさちゃんは」

 そういうと同じ掃除の班員は去っていく。今日ゴミ出しを自主的にやろうと思ったのは単なる気まぐれだ、決して最近じゃんけんで連敗してて毎日ゴミだしする羽目になってるからヤケになったわけではない。

 それより問題は俺がクラスメイトの皆になぎさちゃんと呼ばれていることだ。昔から女の子みたいな名前だと思っていたが、身長が低いこともあり女子にからかわれてなぎさちゃんと呼ばれたのがすっかり定着してしまった。嫌われるよりかはマシかもしれないが、なんか釈然としない。



 ゴミ出しを終えて図書室へ。要さんはまだ来ていないようなので、自分の席に座り本の貸し出し状況の報告レポートでも眺めることにする。昔の本の表紙を漫画家が書いただけで人気が出るなんて、作者も草葉の陰で泣いているだろう。

 数分程して要さんがやってきたようだ。…何故か横にさなぎを引き連れて。

 そういえばさなぎも要さんも4組だったな、友人だったのか。明らかにタイプの違う存在だとは思うが、案外その方がうまくいくのかもしれない。

「おうおう、おめえか俺の桃子にセクハラしてるっていうチビは」

 椅子に座ってレポートを読んでいる俺を兄だと気づかずさなぎは見下ろして罵倒してくる。チラっと要さんを見ると何故か勝ち誇った顔をしている。推測するに、先週の恨みを晴らすためさなぎにセクハラされちゃった助けてとか言って焚き付けたのだろう。

「確かに桃子は可愛いよ、お前がセクハラしたくなる気持ちはわからんでもない。だがお前はただ偶然図書委員として隣に座ることになっただけのチビにすぎない。身の程を弁えろチビ」

 さなぎはまだ俺に気づいていないのか罵倒を緩めない。そして人が気にしているワードをこいつはもう3回言った。仏の顔も三度までというので3回までは許す、許すが…

「おいおめー話聞いてんのか?顔をあげろやこの糞チビ!そして桃子に土下座しろ!」

「あぁ?」

 もう許さん。仏の顔から魔王の顔となった俺は顔をあげてさなぎを睨みつける。

「ひぃ…お…おにいちゃんじゃねえか…」

「そうそう、さっきお前の恥ずかしい写真買ったんだが、これネットにばらまいてあげるね」

 検索サイトでバナナの画像検索したらトップに出るくらい工作してやる。

「ごべんなざいゆるじでぐだざい」  

 土下座するさなぎ。要さんは訳が分からず口をアホみたいに開けてぽかーんとしている。可愛らしい。具体的にはブチ込みたいね、何がとは言わないけど。



 その後俺とさなぎは要さんに俺達が双子である事を説明。一通り説明を終えた後さなぎは、

「桃子!お兄ちゃんはとてもかっこいいから仲良くするといいぞ!ではさらばだ!」

 と言って逃げ出した。



「まったくしょうがないやつだな…要さんも、あんな馬鹿だけど仲良くしてやってくれ」

 さなぎを見送り、要さんを見ると、下を向いてプルプル痙攣していた。どうやら笑いを堪えているようだ。

「妹よりも30cmも小さい兄って…ぷぷぷ」

「せいぜい25cmだ!」

「大して変わらないじゃん…それにしてもまさか双子とはね、妹よりも25cm小さい兄…」

 自分の席に座るも、まだ笑いが止まらないようだ。さなぎを焚き付けて俺をボコす計画は失敗したようだが、例え一人でも俺を馬鹿にしてダメージを与えるつもりらしい。反撃するか。

「そうそう、俺要さんのファンクラブ入ったんだ」

 俺はカード入れから要桃子ファンクラブ会員証を取りだし、本人に見せつける。

「何やってんの!?」

「いやあ、昨日友達に一人じゃ恥ずかしいから一緒にファンクラブ入ろうぜって言われてさ。それになんたって今会員になると127番だって言うから」

 127という2の累乗引く1の魔力には逆らえない。一番好きなのは65535だったりする。

 ロク!ゴー!ゴー!サン!ゴー!という語呂の良さがたまらない。

「しかもそんな理由で…」

 連れションみたいな理由で会員数を増やされてしまったのが彼女にとっては辛かったようでかなりのダメージを受けているみたいだ。

「ぐっ…男の癖になぎさって…なぎさって…ぷーくすくす」

 身長から名前へと馬鹿にする対象をチェンジしたみたいだ。さて、水をいやらしく飲んでいる写真が売れたことでもばらしてやろうか。



「すいませーん、本借りたいんですけど」

 気が付けばカウンターの前には編み物の本を手にした女の子が。

「はーい、学生証出してね。はい、本の裏にある貸出カードに名前書いて…はい、いいですよ」

 今の自分は図書委員。下らない争いをするよりも図書委員として仕事を全うしなければ。

「おーい図書委員、今日本が届いたからこれを整理してくれ」

「了解でーす」

 図書室の入り口では先生と本の山が待ち構えている。見たところ五十冊くらいだろうか、下校時間までに全部捌けるといいのだが。

「男なのになぎさって…しかもその身長だもんね、可愛いでちゅねー…ってあれ?」

 途中から相手されていないのにも気づかずずっと俺を馬鹿にしていた要さんはようやく自分が図書室にいる人の注目を浴びていることに気づき、カウンターに突っ伏して呻く。こりゃまた男子の人気あがるだろうなあ、ここまで来ると才能である。



 置いてあるノートパソコンに本のリストを追加して、ページが抜けていないか軽くチェックして本を指定された場所へ入れる。作業自体は単純だが、結構疲れる。その上相方は、

「突っ伏してないで仕事してくれませんかねえ」

「ぐー」

「寝たふりしないでさあ」

 ようやく彼女は顔をあげる。しばらく突っ伏していたので顔に跡がついているが、それもまた可愛らしい。

「うう…なんで十里君はいじわるするんですか?」

「かなり逆恨みだよねそれ。まあ、こないだのは正直悪かったと思ってるけど、今日はほとんど君の自爆だよね」

「反省しているなら、今日は私の分も仕事をするってことで許してあげます」

 意外とこの子アホだ。さなぎと波長が合うのはアホ同士だからだ、と俺は確信。まあ、俺は可愛い女の子には弱いので彼女の分の仕事もやっちゃうけどね☆



 引き続き作業に戻る。彼女がチラチラこっちを見ているのがわかる。周囲を見てしまう癖は治っていないようだ。

「暇」

「じゃあ仕事しなさい」

「嫌です。何か話をしなさい」

 女の子はわがまま。でもそこが可愛い。

「いつもそんな感じで男子と会話してるの?」

「…男子と喋ったことはあんまないです」

「はあ、慣れてないから自分の性格が駄々漏れになってるってわけか」

 いいねえ、なんだか自分だけ特別にお姫様に会話を許された少年みたいで。

「勘違いしないでくださいね、無理矢理図書委員として一緒に仕事をしないといけないから仕方なく話をしているだけで十里君の事何とも思っていませんから」

 これは最近流行りのツンデレなんだろうか?この時期の男子は恋愛がらみで何でも自分の都合のいいように解釈してしまう節があるので注意しよう。

「そういうキャラを押し出していけば男子からもたくさん話しかけられるし友達もできるよ」

「別に男子に話しかけられたいなんて思ってません、ていうか何で私を友達いないキャラにしてるんですか」

「へえ、友達いるの」

「当たり前でしょう、あなたと一緒にしないでください。さなぎちゃんとか…さなぎちゃんとか…えーと…ぐっ、謀ったな」

 まんまと口車に乗せられ墓穴を掘ってしまったようだ。俺を睨み付けるその顔も可愛らしい。

「…ところでさなぎはクラスに馴染んでるかい?」

 要さんが周囲から浮いていることも気になるが、やはり兄としては妹のことも気になる。強がってはいるが実は苛めとかを受けていないだろうか、むしろ誰かを苛めていないだろうか。

「さなぎちゃんはクラスの人気者ですよ。可愛いし、ノリもいいし、十里君の妹にはもったいないですね」

 人気者と言えば聞こえはいいがアホなさなぎのことだ、笑いものにされている気がする。

「要さんが遠くからながめる人気者だとしたら、さなぎは近くで話せる人気者ってとこか」

 なんにせよさなぎは今のところうまくやっていけているようでお兄さん一安心。俺は図書室をぐるりと見渡す。見覚えのある人物が本を探しているのが見つかった。



「やあ、彼岸妹じゃないか。本をお探しかい?」

「…なぎさか」

 俺が声をかけると彼岸妹は不機嫌そうな顔のままこちらへ歩いてくる。今日はジャージの上にスカートという最近では見かけない着こなしだ。要さんはちょっと怖がっているようだ。見た目は不良だが中身はアホのバッタモンヤンキーなさなぎと違い、彼岸妹は中身が完全なチンピラだから仕方ない。悪い奴じゃあないんだが…多分。

「相変わらずひどい目つきだねえ、要さん怖がってるじゃないか」

「喧嘩売ってんのか?」

 普段は口数少なく丁寧口調である彼女だが、機嫌が悪くなるとすぐにヤンキー口調になってしまう。それにしても何故彼女の機嫌が悪いのか俺には理解できない。

「いやいやとんでもない。『初デートな女の子が意中のカレを物にするための100の方法』なら残念ながら昨日借りられたみたいでここにはないね。ああでも今日新しく入ってきた本の中に…あったあった、はいこれ『喪女に捧げる恋愛必勝法』」

 なんたって明後日に彼女はデートをすることになっているのだ。ウキウキで機嫌は良いと思っていたのに。彼女に本を手渡すが、彼女は冷や汗をダラダラ流している。動揺する彼岸妹はなかなかのレアだ、写真に撮りたい。

「な…な…なんでお前そんな本を私に…?」

 反応を見るにやはり彼女はそういう本を探していたようだ。可愛い所あるじゃないか。

「え?だって明後日デートでしょ?」

 デートという単語を口にした瞬間彼岸妹の顔が真っ赤になる。それを怒っているんじゃないか判断したのか要さんはガタガタ震えている。

「ななななんでお前そのことを」

「俺あの日ギャラリーとして混じってたし」

「…誰にも言ってないだろうな」

「誰にも言ってないよ、ああでも今こちらにおわす要さんが聞いてしまったなあ」

 彼岸妹は怯える要さんを睨み付ける。それまで無視を決め込んでいた要さんは急に話をふられたのかはわわしている。最高に可愛いなあおい。

「わた、私は何も聞いてません!悪いのは全部十里君です!」

「そうだな、こいつが全部悪いな。つうわけで一発殴らせろ」

「ちょっとそれは理不尽なんじゃぐぎゃあ」

 謎の流れで彼岸妹の強力なジャブを受けて椅子から吹っ飛ばされる。

 まったく、こっちは彼岸妹のデートが成功することを祈っているというのに。

「いててて…彼岸妹さんや、ところでデートにジャージ姿で行く気じゃないよね」

「あぁ?」

 まだその話をするかと彼女の形相が鬼になっていく。しかし例え彼女の機嫌を損ねても、デートが成功するようにアドバイスしなければ。

「たまに君を古本屋とかで見かけるけど、いつもジャージ姿じゃないか。野球を見に行く時はユニフォーム着ていくみたいだけど、それしか私服持ってないの?折角デートに誘われたのにジャージ姿なんかで行ったらドン引きされるよ?姉に服を借りるなり今から服を買うなりして精一杯おしゃれして女の子アピールしないとあの男をモノにできないぞ…いや、でも君のパートナーになるような子は君のありのままを受け入れるくらいの気概がないとなぁ…うん、そんなわけでジャージでデートに行け。大丈夫、あの子なら君の全てを受け止めてくれ…」

「お…お…」

 彼岸妹からものすごい殺気を感じ、アドバイスを中断する。本能がこの流れはやばい逃げろと告げている。

「お前は私の母親かなんかあああああ!」

 殺気が鯉のオーラとなって浮かび上がる。図書室にいた人達も本能的にやばいと感じたのか一斉に出て行ってしまう。

「そういえば先週の木曜私に喧嘩売ってきたあのでかい女、お前の妹らしいなぁ?あいつを撃退したせいで一部の男子から大番長とか呼ばれる羽目になったし、厳島は大型連敗するし、全部お前のせいだ」

 そういうと彼岸妹は俺を引きずってカウンターの奥へ連れて行く。まずい、本気の彼女にボコボコにされたら命がいくつあっても足りない!

「あはは、そうだちょっとトイレ行ってくるよ」

 俺は火事場の馬鹿力で彼岸妹を振り払い逃げ出すが、突如足をひっかけられて惨めにもこけてしまう。顔をあげるとそこには要さんがニコニコと天使のほほ笑みを俺に振り掛けている。

「彼岸さん、私もこの人痛めつけるのに参加していいですか?この人セクハラばっかりしてくるんですよね」

「構いませんよ。このチビも要さんみたいな可愛い子に痛めつけられるのは本望でしょうし」

「うふふ」

「うふふ」

 何故か二人には謎の友情が芽生えてしまったようだ。良かったなあ、二人とも友達が増えて…




「要さん、こいつがセクハラしてきたら遠慮なく呼んでくださいね、一緒にボコボコにしましょうね」

「はい、彼岸さんもデート頑張ってください」

 ボロ雑巾となって倒れている俺を後目に、彼岸妹は図書室を去り、それを要さんは笑顔で送り出す。あの後文字通り二人にリンチされて俺の体はボロボロだ。とはいえ彼岸妹に比べると要さんの暴行など痛くもかゆくもない、むしろ気持ちよかったのだが。俺本格的にマゾとして目覚めてしまったのかもしれんな。

 彼岸妹が去っても痛みでしばらく起き上がる気になれない。

「そんなところに這いつくばって、まだ痛めつけられたいんですか?」

 要さんがニコニコとこちらを見下ろしてくる。

「まだ痛めつけたいんですか」

 痛みに耐えてなんとか起き上がる。あーあ、制服も踏まれた跡とかで滅茶苦茶だよ。惨めな事この上ない。

「私ひょっとしてサドの素質あるのかもしれませんね」

「もう女王様キャラとして君臨すればいいんじゃないかな」

「冗談ですよ、さっきのは虎の威を借る狐、ただの憂さ晴らしです」

「余計タチが悪いわ」



 カウンターに座って作業を続行。さっきのでタイムロスだが、何とか下校時刻までには間に合いそうだ。作業の間ずっと要さんはチラ見どころかこちらをニコニコと眺めている。

「なんなのさ、さっきから」

「いやあ、なぎさちゃんには感謝してるんですよ。おかげで今日はすっきりしました。彼岸さんとも仲良くなれそうですし」

「なぎさちゃん言うな」

「とにかくこれで1勝1敗ですね、来週も負けませんよ?それではさようなら」

 下校のチャイムが鳴り、彼女は上機嫌で図書室を出て行った。何の勝負なんだ…

 こちらも本の整理が終わったので電気を消して、戸締り確認。ちなみにさっきの件で全員図書室から逃げて以来誰も入ってきていない。

 今日は本当にひどい目にあった。俺の中での要さんの人物像がお嬢様→アホ→サドとどんどん変わっていく。とはいえ、要さんが俺に自分をさらけ出してくれたという点では他の男子にどうしても優越感を抱いてしまう。男は独占欲が強いからね、仕方ないね。

 ついでに言うと彼女は1勝1敗と言っていたが、ジャージを履いていた彼岸妹と違いスカートのみの彼女が倒れた俺を踏みつけたりしたもんだからパンツが丸見えだ。いい眺めだった。学年一の美少女に暴行されてパンツまで見せてもらったのだから、大多数の人は俺の勝ちだと判定するだろう。白いパンツだったので今日はクリームシチューにパンつけて食べよう。そうと決まったら買い出しだ、俺は学校を出てスーパーへ向かった。


 ◆ ◆ ◆


 家に帰った後、私要桃子はベッドで悶絶する。

「あーっ、何やってんだ私…恥ずかしい…明日休みたいようう…これで1勝1敗ですねキリッとか十里君絶対内心爆笑してますよねもう嫌だ…でもなぎさちゃん痛めつけてる時は楽しかったなあ…私本当にサドなんだろうか…はぁ…なんだかなぎさちゃんと一緒にいると私が私でなくなっていく感じ…恐ろしい人だわ…」


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