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4月17日(火) 底野正念、賭けに勝つ。

 4月17日、火曜日。


 おはようございます。彼岸秀よ。学校へ行く支度をする間、昨日の話でも聞いてもらえるかしら?



「妹さん、ちょっとお願いがあるんだけど」

 昨日の合同体育の時間、私は双子の姉である彼岸優の友人に話を持ちかけられた。

「ちょっと優の脚に、ボールぶつけてくれないかな、これ使って。捻挫させるくらいで」

 そういうと彼女はポケットから硬球を取り出した。実は糞姉は嫌われていたのか…とは思わない。大方、怪我をした糞姉を糞姉の大好きな金切良平に看病させようという魂胆だろう。

「何のメリットがあるんだ、そんなもん」

 私はそいつを睨む。ボールをぶつければ私は悪者だ。今更周りに嫌われることなど怖くはないが、メリットもないことをやる気にはならない。

「お姉ちゃんの恋愛応援したいでしょ?」

 はっきり言ってこの女をぶん殴ってやりたかった。何が許せないかって、硬球でぶつけろと言ったことだ。体を鍛えに鍛えたプロですら死球1つで選手生命が終わることもあるというのに、よくも硬球でぶつけて怪我させて看病させましょうなんて言えたものだ。他人の恋愛を応援するあまり考えが過激になっているのだろう。普段から糞姉や他人に暴力を振るっている私が野球の時だけこんな事を言うのは酷いダブスタだとわかっていても、とにかく許せなかった。

「…軟球で十分だ」



 結局私は糞姉を怪我させる作戦に乗った。糞姉の恋愛を応援したいわけではない、公共の目で糞姉にうさばらしをしたかったのだ。軟式でスピードこそ落ちるものの私の全力のシュートボールは糞姉の脚をえぐり、無事に捻挫させることに成功。その後の糞姉の反応を見る限り、しっかり看病してもらったらしい。

 他人の恋愛を応援する、と言えば聞こえはいいが、本人達の気持ちを無視して無理矢理くっつけようなんて、他人の恋愛をおもちゃにしているようだ。糞姉が金切良平を好きなのは耳にタコができるほど聞いてはいるが、肝心の金切良平の方はどうなのだろうか。何故野球部があまり強くないここの高校へ進学したかは知らないが、野球少年としての彼の実力は強豪校に余裕で推薦で行けるレベルだ。正直将来ドラフト5位辺りで指名されると踏んでいる。顔が悪いわけでもないし、当然モテるだろう。糞姉の気持ちに気づいていながらぼかし続けるのは、他に想い人がいるからなんじゃないだろうか。昨日硬球を使って怪我させようとしたり、無理矢理くっつけようとするあまりエスカレートして、そのうち取り返しのつかないことになるのではないだろうか。

 とはいえ糞姉の恋愛がどんな悲劇を迎えようとどうでもいい。私の悩みの種は別にある。

 底野正念、というギャグみたいな名前の男だ。先週ゲームセンターで会話をして以来、何故か私に付きまとってくる。毎日ゲームセンターで鉢合わせし、なし崩し的に一緒に格闘ゲームをプレイいたり、クイズゲームをプレイしたり…。昨日もキャッチボールの相手にわざわざ私を誘ってきた。友人もいない、性格も良くない私に何故付きまとうのか。晒し者にしたいのか、体目当てなのか。

 私も悪いのだ、ちょっと話しかけられただけで意識してしまって。ゲームセンターで彼と鉢合わせしても無視すればいいし、一緒にゲームをプレイしようと誘われても拒否すればいいだけの話なのに。今の私は産まれたばかりの小鳥のようで、最高に惨めだ。あいつに会うたびに胸が高まってしまうのは、慣れない事をするから緊張しているだけであり、決して彼に恋しているとか糞姉のような理由ではない、そんなはずはないんだ、そんなはずは!

「よし、決着をつけよう」

 自室の鏡の前でファイティングポーズ。私は彼との関係をぶち壊す決意をした。次あいつが近づいてきたら、思い切りぶん殴ってやる。私を弄ぼうとするなんて百年早いのだ。もしそれでも私に付きまとうのなら、その時は…

 そろそろ学校へ行く時間だ。糞姉と違い、私は朝礼ギリギリまで学校へは行かないのだ。


 ◆ ◆ ◆


 俺は、彼女を好きなのだろうか。

 朝の学校で自分の席に座り俺、底野正念はそれについて考えていた。

 彼女…彼岸さんとゲームセンターで出会って1週間が経った。俺はその後も毎日あのゲームセンターに向かい、彼女も毎日そこにいた。格闘ゲームをプレイして彼女にボロ負けしたり、クイズゲームをしたり、気が付いたらそんな日常になっていた。



 水曜日…出会いの次の日の朝、教室へはいってきた彼岸さんに俺は挨拶をした。

「おはよう」

「……」

 喋りはしなかったものの、彼女は俺に向けて会釈をしてくれた。それから毎日朝礼ギリギリに登校してくる彼女に俺は挨拶をしている。

 木曜日は下校のタイミングがばっちりあってしまい、自然と二人でゲームセンターまで行くことになった。会話は一つもなかったが。

 金曜日は石田に誘われ、写真販売会に行った。そこで彼岸さんの笑う写真を買ってしまった。

 月曜日の合同体育では、誰とも組もうとしない彼女をキャッチボールに誘った。彼女はうろたえたが、了承してくれた。彼女のボールを全然取れないし、全然彼女の方へボールを投げられないし、迷惑をかけっぱなしだったのだが。

 石田には、お前ら付き合ってんの?と言われたが、本音を言えば俺は彼女の事を本当に好きなのかどうかすらわからなかったのだ。

 今日も彼岸さんが教室にやってくる。俺は習慣づいているのか自然とあいさつをするが、

「おはよう」

「……ふん」

 思いきり、蔑むように睨まれてしまった。今までは会釈は返してもらえたのだが。

 先週の朝、彼女に初めて睨まれた時よりもずっと不機嫌そうだった。

「倦怠期か?」

「だから付き合ってねえって」

 石田に茶化されるが、自然と俺の態度も不機嫌になってしまう。



 ナイーブな俺は彼女の態度が気になって授業も身に入らない。彼女に話しかけるタイミングもなく、気が付いたら放課後にタイムスリップしてしまう。

 俺に原因があるのならば謝らなければと思い、下駄箱へ。彼岸さんは掃除を一人でしていた。

 他の班員は逃げたのだろうか。まず俺は掃除を手伝う事に決めた。

「彼岸さん、手伝うよ」

 掃除ロッカーから箒を取り出して彼岸さんの元へ向かう。彼岸さんはにっこりと笑って、



「…ありがとう。そして死ね」

 思いきり俺に渾身の右ストレート。俺はふっとばされて掃除ロッカーに激突し崩れ落ちる。更に彼岸さんは持っていた箒を俺に投げつけると、靴を履きかえて去ってしまう。

「なんだなんだ」

「痴情のもつれ?」

「あの子是非我がボクシング部に勧誘したいわね…」

 近くにいた人が騒ぎ立てる。女の子に吹っ飛ばされる俺をこれ以上見ないでくれ。放っておいてくれ、と思いある仮説に思い至る。ひょっとして彼女も放っておいて欲しかったのだろうか。



「大丈夫?立てる?」

 女の子が俺に手を差し伸べてくれる。その顔は彼岸さんのものだったので混乱してしまうが、そういえば彼女には双子の姉がいたはずだ。昨日の合同体育にもいた。彼岸(姉)さんの手をとり立ち上がり、埃のついたブレザーをはらう。

「ありがとう、彼岸…優さんだったかな」

「どういたしまして。あなたの名前は?」

 彼岸(妹)さんに感謝すると、彼女は俺に興味があるようで名前を聞いてくる。

「底野…正念…です」

「そこの少年って…なんで名前隠すのさ」

「本名が…底野…正念…なんです」

「……」

 彼女は三秒ほど固まったあと、ツボに入ったのか腹を抱えて笑い出した。こういう対応には正直慣れているが、何度味わっても恥ずかしい。

「いやあごめんごめん…とりあえず、話があるからどこか二人になれる場所に行こうか」



 彼女に連れられて屋上へ。

「要さん!俺と付き合ってください!」

「ごめんなさい…」

 屋上では今まさに告白が行われていた。フラれた男は涙目でその場を去る。

「…すいません、今日はまたすぐここで告白されるらしいので」

「そ、そう。大変ね、要さん。底野君、食堂に行きましょう」

 頭を抱える美少女…既にファンクラブの会員数が100名を超えていると噂の要桃子さんは申し訳なさそうに言う。かなり精神的に参っているようだが、その姿もどうしようもなく可愛らしい。

 屋上から去り食堂へ。屋上から下の階へ降りる途中に一人の男子生徒とすれ違った。今から要さんに告白をするのだろう。

「望みが全然ないのに告白できるなんて、男子が羨ましいわね」

 食堂への道のりの途中で彼岸(姉)さんはそう呟いたが、俺にはどう返せばいいかわからない。



 食堂へ着く。今度は誰もいないようだ。彼女は座って座ってと俺をテーブルに座らせると、自動販売機で2つジュースを買ってくる。

「これは私の奢りだから遠慮なく飲んでくれたまえ」

「ありがとうございます…っ、げほ、げほっ」

 彼女に手渡されたジュースを口に運ぶ。あんこのような甘さに炭酸のパンチが効いて、…なんだこれ!?思わずむせてしまう。

「彼岸優さん…なんですかこれは…」

「もみじまんじゅう味のラムネだけど。やっぱ美味しくない?一度飲んでみたかったけど怖くてさあ」

 ごめんごめんとケラケラ笑う彼女。

「そんな訳で本題に入ろうか。まあ、勿論わかっているだろうけど秀のことね。間違っても私が貴方に告白するとかそういうイベントではないので…ああでも金切君に将来告白するための練習相手が欲しいなあ…」

「彼岸秀さんの話じゃないんですか」

 女の子はすぐに話を脱線させたがると石田がまるで女を知り尽くしたかのように言っていたが、なるほどわかる気がする。

「かたじけない。急にあの子の態度変わってびっくりした?まああれが本性なんだけどね。私もよく八つ当たりされて困ってるのよ」

 彼女はやれやれと肩をすくめる。そして急に真剣な目になり、

「単刀直入に聞くけど、なんで君は秀にご執着なのかしら。やっぱり恋?」

 俺に問いかける。

「なんでと言われてもね」

 こっちが知りたいくらいだ。

「根暗で友達もいないあの子にわざわざ構う理由が気になってね。恋?同情?あの子を弄ぼうとしているのなら、もう近づかないで欲しいのだけどね」

 口元はヘラヘラとしているが目は至って真剣だ。

「別に弄ぼうとかそういうつもりはねえよ…ただ自分でもこの感情が何なのかわからない。彼女は確かに可愛いが、彼女を見てると放っておけないって気持ちになるのも確かだ。だが」

 俺は彼岸(姉)さんをまじまじと見つめる。

「双子のアンタを見てもイマイチときめかないってことは、同情なのかな」

 それを聞いた途端彼女はムッとし始める。双子にこういうネタは禁句だったか。

「何それ、私とあの子は同一人物じゃないよ。あの子は私にはない魅力をたくさん持ってる。ま、とりあえずアンタが悪い奴じゃなさそうで安心したわ。同情でもいいからあの子と仲良くしてやってくれないからしら」

「随分と妹想いなこって」

 彼女はそれを聞き、妹想いね…と悲しげな表情になる。

「罪滅ぼしってとこね。あの子がああなった原因はかなり私にあると思っているから」

 そして彼女は語り始める。

「あの子は出来がよくてね。赤ん坊の頃から全然泣かずに親にも迷惑をかけなかったらしいし、歩くのも喋るのも私よりもずっと早かったそうよ。それに比べて私は手のかかる子供だったから、親は私ばかりに構い続けてきた。でも人付き合いとかそういう事は自分一人じゃ覚えることができなかったみたいね。気が付いたら周囲から孤立して、性格も歪んでいって…同じ姿の私ばかり親に、周囲に愛されるのを間近で見てあの子はどれだけ恨んでるでしょうね」

 今でこそ親は家を空けているが、一人っ子ということもあり俺はかなり親に愛されてきた方だとは思う。ほぼ一人暮らしな今でも寂しいと感じないのは、親にきっちり教育されて一人立ちできるようになったからだろう。

「あの子が話せる相手と言ったら私と、あと中学3年の時に知り合ったらしい男の子くらいなもんよ。その男の子とも恋人とかそういう関係ではなかったみたいだし、高校ではクラスも別々になったみたいだし。そんなわけで話し相手でもいいの、愚妹をよろしくね」

「よろしくね…って、さっき殴られたばかりなんですけど」

「大丈夫大丈夫、君を嫌ってるわけじゃないよ。きっと照れ隠し、何とかなるさ少年。拒絶されてもしつこく構ってくるような人こそ、今のあの子には必要なのさ。今頃ゲームセンターで君を待ってるんじゃないかな」

 彼女はジュースを飲み干すと食堂を出て行った。




 気が付くと、俺はあのゲームセンターにいた。

 今日もここに彼女はいるのだろうか?いや、いるはずだ。彼岸(姉)さんの言葉を信じるならば、彼女はきっと俺を待っている。相変わらずこの気持ちが何なのかわからないが、その気持ちを確かめるためにも彼女と接触しなければならない。格闘ゲームの台を探す。いない。クイズゲームの台を探す。いない。他にも音ゲーやUFOキャッチャー等店内を一通り回ったのだが彼女の姿はどこにもいない。彼女はここにはいないのだろうか?彼岸(姉)さんなんて信じるんじゃなかった。とりあえず今日は帰って、明日また出直しだ。…とその前にトイレに行きたくなったので、店内のトイレへ向かう。

「あ」

「…」

 そこで女子トイレから出てくる彼岸さんと出会ってしまった。

「や、やあ彼岸さん。偶然だね」

 フレンドリーに話しかけるが、

「ほう、女子トイレの前で女の子を待ち伏せか。いい度胸ですね」

 早速ファイティングポーズを取る彼女。口調がよくわからないことになっている。

「彼岸さん、誤解してるよ君は。確かに彼岸さんを探してはいたけど、女子トイレで待ち伏せしてたわけじゃ」

「ゴカイもミミズも糞もありません。ストーカーで訴えるぞてめえ」

 謎のギャグセンスはともかく、ストーカーで訴えられるのは勘弁である。

「お願いだから話を聞いて」

 女子トイレの前で女の子に話を聞いてとせがむ自分は周りの目にはどう映っているのだろうか。

 彼女との仲を修復できても、ここの住人に変態扱いされたら来づらくなるなあと思っていると、とうとう彼女はキレたようだ。

「しつっけえんだよおどりゃあ!はん、だったら格ゲーで勝負しようじゃねえか。私が勝ったらお前もう私につきまとうんじゃねえ」

「俺が勝ったら?」

 はん、とノリノリで彼女は鼻をならす。キレてる割には随分と上機嫌な気がするのだが。

「何でも言う事聞いてやるよ。まぁ有り得ない話だがな」




「最強キャラでもなんでもどうぞ」

 そんなノリで俺と彼女の格闘ゲーム勝負が始まった。2本先取のガチ勝負。今まで一度も彼女に勝てたことがないが、正直今回ばかりは勝てる自信があった。

「んじゃ、遠慮なく」

 言葉とは裏腹に俺が選ぶのはやはり中キャラであるデスナイト佐々木。

「ま、こんな所で魅せちゃうのもアレだけど?たまには本気出しちゃおっかなー、ギャラリーも増えてきたしね」

 無茶苦茶楽しそうな彼女。普段からこんな感じで他人と接すれば良いのにと思う。

「あの女、ここじゃ負けなしらしいぜ…」

「俺もこないだあの女と勝負したんだが、恐ろしい強さだった…」

「彼岸妹…わかりやすい死亡フラグを立てちゃって」

 いつのまにか周囲にはギャラリーが出来ていた。彼女が選んだのは玄人向けのロドリゴ西郷。コマンドが複雑で使いづらいキャラだが彼女にとっては関係ない話だろう。



「ラウンドワン、ファイッ」

 勝負の開始が告げられるとすぐに向こうはこちらへ突進してきた。とりあえずバックステップをとるが、そんなことは予想してましたと言わんばかりに彼女は飛び道具を連射しながらじりじり詰め寄ってくる。あの飛び道具1つ出すだけでかなり苦労するというのに、一体どういう指捌きをしているのだろうか?

「おいおいあの男よえーじゃねーか、本気出すっていうからそれなりの相手かと思ったのに」

 あっという間に体力を7割削られ、周囲からは失望の声が漏れる。確かに見る分には俺の動きは彼岸さんに比べると月とすっぽんだ。しかしこんな雑音に耐えられなかったらこれから聞くであろう雑音にはとても耐えられない。

「は?」

 秀さんが困惑の声をあげる。突然相手の体力が0になり、KOとYOU WINの文字が画面に表示される。あまりにも突然の出来事に沈黙するギャラリー。そしてすぐに2ラウンド目が始まるが、

「おいこらどういう事だてめえ!」

 彼女は向かいの台からこちらにやってきて俺の胸倉を掴む。我々の業界ではご褒美なのかもしれないが、彼女の怒りはもっともだ。一度も攻撃していないのに相手の体力を0にするなんて、不正を行ったに違いないと思っているのだろう。しかしそんな怒りMAXの彼女に俺は平然と、

「デバッグ用の一撃必殺コマンドだが」

 言い放つのだった。

「はああああああっ?」

 あまりにも堂々と不正を宣言されて彼女は放心しているようだ。今のうちに胸でも揉んでみようかと魔がさす。

「ふざけんじゃねーぞ!」

「サイテー…」

「あひゃひゃひゃ、彼岸妹のあんな動揺する姿初めてみたかも」

 一斉にギャラリーから罵声を浴びせられる。そんな事は気にせずに俺はレバーを動かし止まっている彼女のキャラをKO。これで2勝、俺の勝ちっと。



「ふ、ふふふっ…」

 それまでフリーズしていた彼女は急に笑い出す。

「ふふふざけんじゃねー!」

 そして俺を思い切りぶん殴り、ふっとばされて倒れた俺に馬乗り状態。尚も顔面をぶん殴ってくる。

「いいぞやれやれー!」

「そんな男ぶっ潰せー!」

「スカートの中見えそうだな…写真取ったら今度の販売会に使えるかな」

 一人人間の屑がまぎれているようだが、ギャラリーは皆彼女の味方だ。試合に勝って勝負に負けたとはこのことか。俺は殴られながらも何故か楽しかった。本格的にマゾに目覚めてしまったのだろうか?そして彼女も俺を殴りながらなんだか嬉しそうに見えた。



「まあ、そんなわけで俺の勝ちだね」

 数分経って彼岸さんも落ち着いたようでようやく彼女から解放される。俺はとてもじゃないが見せられない顔で精一杯どや顔してみせる。彼女はどうやら俺の顔がツボに入ったようでしばらく下を向いてプルプルしていたが、

「ふざけんな、こんな勝負無効だ…」

 笑いをこらえながら勝負は無効だと訴える。

「おいおい、不正しちゃあいけないなんて誰も言ってないだろう」

 いくらなんでも酷い言い訳だが、動揺している彼女は

「ぐっ…確かに…」

 この通り納得してしまう。彼女は頭を抱えて唸っていたが、どうやら覚悟を決めたようだ。

「糞…私の負けだよ、肉便器でもなんでもなってやるよ」

 女の子が使っちゃいけない単語を口にする彼女からは、もう人生なんてどうでもいいやという悲壮感が見てとれた。それじゃあホテルにでも行こうか、と言いたかったが彼岸(姉)さんの信頼を裏切るわけにはいかない。何でも言う事聞いてくれるというのは魅力的だが、さてどうしようか。しばらく悩んだ後、俺も覚悟を決める。

「じゃあ、デートしよう」

「はぁ?」

 彼女は俺の事を誤解している気がするし、俺も彼女についてまだまだ知らない。とりあえずデートでもして、親睦を深めるといいってこの間やったギャルゲーのヒロインが言っていた。

「デデデデートって、ふざけんな」

 慌てる彼女。肉便器がどうこう言っていた気がするのにデートが駄目とは女の子はよくわからない。しかしこっちには切り札がある。

「何でも言う事聞くっていったよね?」

 まるで俺が鬼畜のように聞こえるが、きちんと勝負をして勝った(不正したが)し、非難を言われる筋合いはない!

「それじゃあ…今週の日曜日に、そこの駅に10時で、どうかな」

 有無を言わさずに予定を決めて相手に断りづらくさせる、誘いの基本テクニックだ。

「…わかったよ。…ただちょっと気持ちの整理をさせてくれ。当日まで私には話しかけるな」

 そういうと彼女はゲームセンターを去って行った。


◆ ◆ ◆


「へえ、あれからそんな事になったのね」

 私、彼岸秀が家に帰ってリビングでくつろぐ糞姉に今日の出来事を話すとニヤニヤとされる。

「…何がおかしい」

「いやあ、羨ましいなあって」

「だったら代わりにデート行ってくれよ。金切とデートする時の予行演習にでも」

 何が悲しくて糞姉よりも私の方が先にデートをせにゃあならんのだ。

「駄目よ、優が行かなくちゃ。それに本当はデートが待ち遠しくて仕方ない癖に」

 何だその妹の事ならお姉ちゃん何でも知ってます的な態度は、腹が立つ。

「ふざけんな。なんで私があんな奴とデートなんて」

「底野君の事好きなんでしょ?底野君も秀が好きみたいだし、両想いでめでたしめでたし」

「恋愛脳が…もういい、お前に話した私が馬鹿だった」

 疲れた。夕食まで部屋で寝よう。

「素直じゃないねえ。それにしても秀があんなになるなんて。底野君に任せて正解だったわ」

 糞姉は尚もニヤニヤと笑う。人の恋愛を気にしてる場合じゃないだろうに。


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