革命前日
こんこんとドアを叩く音がした。まだ朝早かったように思う。
わたしはベッドで眠っていた。ここに越して来て、いまだ友達なんていなかった。
どうせ勧誘かなんかだろう。じきに諦めるはず、と思いベッドの中でじっと居留守を装っていた。
が、その訪問者はいつまでも、ドアを叩きつづけた。
三分近く、ドアを叩いていたように思う。
すっかり目がさめたわたしは、仕方なくドアを開けた。
ドアの外には、男性が小包を持って立っていた。
「おつかれさま」
わたしは少し照れながら言って、小包みを受け取った。
書かれてある送り主の名に目をやった。
屁鳴克哉………へなりかつや? その名に覚えはなかった。
どう読むのかさえ曖昧なくらい。だけど、そこに書かれた住所には心当たりがあった。
自分の実家にごく近い住所。あの事件があったとき新聞に載ったのと同じ住所だった。
ただ、番地が少し違うだけ。どうやら、間違って届いたものではないようだ。
わたしがその人物に心当たりがないだけ。少し不安に思いながらも、それを開けてみた。
なかに入っていたものは……
使い古されたブルーの携帯電話。
小型の液晶テレビ。
それと一通の手紙。
手紙の送り主、屁鳴克哉はわたしの同級生ということだった。
小学校のときらしいが、あいにく記憶に彼は残ってなかった。
それは、彼自身も同様だったらしい。
小学一年生のときに、一度、同じクラスになったようだが、
それも後から調べて、はじめてわかったと書いてあった。
ただ、彼はわたしのことをあの事件の犯人として知っていた。
そして、彼はわたしのことを同志と手紙のなかで呼んだ。
彼はその理由に(正義の仲間を探していたから)と書いていた。
彼も【あること】をやろうと企てていた。ただ、わたしと違ってそれはひとりでは難しかった。
どうしても、あとひとり仲間が必要だった。
だけど、自分と関係のある人物とでは、きっとすぐにばれてしまう。
自身がばれるのは仕方ないが、他のひとに迷惑はかけられない。
自分とまったくつながりのない人物で、かつ自分を手伝ってくれそうな人物、
と考えた結果、思いついたのが顔さえ知らない同級生、いわゆる同窓生の存在であった。
不思議なもので人間は同じ空間を共に過ごしたというだけで、相手に対してある種の安心感を抱く。
母校が同じだと聞いただけで、どこかしら仲間意識を持ってしまう。
彼はわたしの事件のことを詳しく調べていた。
中学生のときに思いついた、その綿密な過程を賞賛していた。
もちろんわたしを持ち上げるための部分もあっただろうが、それでも悪い気はしなかった。
何より自分のあのときの行動への肯定的な意見を直接、聞いたのは初めてだったから。
周りからは多くの非難とごくわずかのろう学校に行ったことへの同情くらい。
屁鳴克哉からの手紙を読んでいくうちに、封印が少しずつとけていくようだった。
あの当時の自分をはじめて素直に受け入れられた気がした。
あの頃を思い出して、はじめて懐かしい気持ちがした。
続いて、【あること】においてのわたしの役割が書かれていた。
液晶テレビに映すチャンネルが示されていた。そこには、MHKと書かれている。
あと、この家にあるテレビもつけておくように書かれていた。
もちろんそのチャンネルも指定して・・・
携帯電話をどのように使うか、その説明はいたって簡単であった。
MHKの放送中に、次の言葉が流れたら知らせてほしいということだった。
その横には、三つの言葉が書かれていた。
一、速報
二、殺人
三、警察
物騒な言葉ばかりが並んでいた。それはまた、最近よくテレビで耳にする言葉でもあった。
【あること】は決してゲラゲラと笑うようなものではない。
それらの言葉に結びつくような出来事を自分なりに想像していく。
不安に思いながらも、どこかで興味を抱いていた。
携帯電話は彼の弟のもの、と書かれていた。
だからいくら使っても、わたしに疑いはかからないと言いたいのだろう。
また液晶テレビはパチンコの景品である、と書かれていた。
だから、普通に店で買ったのと違い、購入履歴は残ってないということ。
「おれはけっして悪いことをするのではない。【あること】とは、
この社会に存在する見えない力に対しての闘いである。 たとえ捕まったとしても、
おれは犯罪者ではない。おれは間違ったことはしてないのだから。同志より 」
そこで彼の文章は終わっていた。
「見えない力、か」
わたしは、ひとり呟いた。過去にも、呟いたその言葉を思い出すように・・・
手紙の向こう側にいる人間に自分の姿を重ねてみる。ゾクゾクと心が揺れた。
と、同時に彼の存在が身近なものに思われてきた。きっと何も心配する必要はない。
ほんの少しだけテレビの内側に参加する、それで終わりじゃないか。
匿名の視聴者が電話を使って参加するコーナーがある、あれと同じこと。
嫌になったら電話を切ればいいだけ。その時点で、もとに戻れるのだから。
目を一度、ぎゅっとつぶった。それから静かに開けていった。
テレビの映像が少しづつ、わたしの目に飛び込んできた。




