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革命舞台

テーブルを囲んで、昼食をとっている親子の姿があった。

だらしなくご飯を口に運ぶ子供に、母親が急かすように言う。

「さあ、早く食べないと、テレビがもう終わるわよーー」

「えーー、見ながら食べてもいいでしょ?」

「だーめ。見ながらだと、いつまでたっても終わらないんだから」

まだ幼稚園くらいと思われる男の子は、ちぇっ、と呟くとハシを不器用に動かしはじめた。

必死で口に運ぶその動きに反して、目の前にある皿の中身はなかなか減らない。

テーブルの所々におかずをまき散らして、

「ごちそーさま」

と言ったとき時間はすでに十二時を三十分ほど過ぎていた。

男の子は、米つぶのついた小さな手をリモコンに伸ばして、スイッチを入れた。

画面ではタイミングよくCMが終わり、番組の新たなコーナーが始まるところだった。

楽しいBGMが流れる。

それから多くの客の歓声が聞こる。

テレビ画面の中央には、その番組のメイン司会者タモノが立ち、

その周りを芸能人たちが取り囲んでいた。

もう何十年も続く、お昼のバラエティ番組であった。

司会者タモノがいつも口ずさむ台詞「ドウダロ」は流行語となり、

やがて世間の誰もが口にするようになった。

老若男女問わず人気があるのが、その番組の売りであった。

最初は母親が見ている側で何もわからず眺めているだけだった、

この男の子でさえ今では当たり前のようにこの番組を見ていた。

まるでアニメでも見るかのように、必死で画面を見つめている。


男の子が台所にいる母親に声をかけた。

「ママー、今日のテレビ、いつもと違うよっ」

母親が顔を半分ばかり子供に向けて訊ねる。

「何が違うの?」

「……えっとね、笑う声がなんか少ない」

そう言われると、いつもより静かな雰囲気かもしれない、と母親も思った。

きっと、おとなしいお客さんが多いのだろう。

番組の観覧客はその希望日ごとに抽選で決めているらしい。

どこかの団体さんがいっせいに応募した可能性もあるではないか。

その団体が老人たちだったなら、そんなにケラケラとは笑えまい。

母親が、そんな風に考えているとき、

「キャーッ、イヤァァー」

と嬉しいのだか、悲しいのだかわからない奇声が聞こえた。

母親は慌てて、画面に目を向けた。

司会者タモノが素人と思われる人物にマイクを向けていた。

それぞれが特技を披露するコーナーだった。

マイクの先にある顔は夜店でよく見かけるテレビキャラクター、

サザニさんのお面で覆われ、そこから見え隠れする頭髪は乱雑に短く刈られている。

服装は兄弟からのおさがりだと見て取れるダボダボのトレーナーによれよれのジーパン姿。


タモノは、その奇抜な格好に興味を持っているようだった。

「わぁ、このお面いいなー、おれにもくれよ。ドウダロ?」

といって、面の頬あたりを人差し指でパチンと突つき、頭を軽く撫でながら笑い声をあげる。

それに合わせて出演者たちも笑い声をあげた。

会場からも笑い声がしたが、それでも、いつもに比べると反応が悪いようだ。

その反応の悪さに、タモノ自身も気づいているのだろう。

彼の視線は次に待っている五番目の素人に向こうとしない。

次の人物の外見では当たり前すぎて、話が続かないとわかっていた。

長年、この仕事を続けてきた彼の勘はささやく。

番組の進行が予定より早く進んでいる。

このままでは時間が余ってしまう。

最後に時間を余らせるなんて、プロには許されないこと。

ならば、この人物でなんとか時間を稼がなければ・・・

お面から徐々に視線を下げていく。

胸元にある名札に目が止まる。

屁鳴克哉、という名を見つけてタモノの目がキラリと光った。

「へぇ、ヘナリくんって、言うんだ。珍しい名前だねぇ。

よく、からかわれたでしょー。おいおい、何かここらへん臭くないか、なんてさぁ」

タモノの話は止まらない。

自分の特技をやり終えた三人の素人たちは、その会話を楽しそうに聞いている。

ただひとり残された最後の人物だけは、そわそわと自分の番を待っている様子だ。

お面を被ったままの四番目の人物、屁鳴の表情はわからない。

タモノの言葉に返事をすることなく、その首を若干、上下や左右に動かすしぐさを繰り返す。

そのたびに、お面の浮かべる無機質な笑みも揺れた。


テレビを見ている子供は、いつまでも続く会話に退屈していた。

「ママ、このひと、何するんだろね。早くしないかなー」

「さあ、なにかしらねぇ」

と答える母親の意識は子供の言葉よりも、テレビに集中していた。

ニタニタと楽しそうに、タモノの話を聞いていた。

彼のような毒舌は、特になんの刺激もない生活を送っている

人間の心をちくりと突き刺し、その心を気持ちよく揺さぶる。

テレビを見ているほとんどの人間が、この時点で特技なんてどうでもよいと思っていた。

いつまでも笑える話が続けば、それで満足であった。

タモノは喋りつづけた。

何度もお面に手を伸ばしては、指でしきりに突つく。

周りにいる出演者はもちろん、お客や視聴者までもが、お面にばかりその視線を注いでいた。

だから、誰も気がついていなかった。

お面を押さえていた、その片方の手が徐々に下に伸びていたことを。

そして、いま、ポケットに入ったことを。

ポケットに入った右手がごそごそと動く。

何かを確かめているようだった。

手の動きがピタリと止まった。

ポケット越しに膨らんだ手の形が見える。

その手はしっかりと何かを握りしめていた。


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