革命演説
翌朝、わたしの部屋の真ん中には、三脚で固定されたビデオカメラがあった。
昨日、合格発表を撮しに行くと言って、そのまま返さずに持っていたものだった。
カメラの前には、この前、卒業した中学の制服を着たわたしが立っている。
「はい、じゃあ、準備はOKだよね」
と言うと、昨日、書いていたスケッチブックを取ってきて、カメラの前に突きだした。
【今日、目が覚めたその一時間後に、わたしは死にます】
と書かれていた。
数秒間、その文字を撮したあとで、わたしは机の椅子をカメラの前に持ってくる。
わたしの身体が、そこにちょこんと座る。
「じゃあ、これから一時間のわたしのライブが始まります。みなさん、楽しんで見てくださいね」
画面のわたしは淡々と語っている。
まるで何かの演説みたいに、ライブははじまった。
えーっと、いまから一時間後に、わたしは死んでしまいます。
だって、そう決めたんだから。
次に、残されたこの一時間をどうやって使うべきか、を考えてみた。
けど、何も思い浮かばなかったよ。
いろいろとしたいことはあるんだ。
ただ、わたし、ひとりじゃどうしようもないんだよね。
結局、普通の人間では、ひとりの力では何もできないって、わかったんだ。
かなり悲しいことだけど、でも、十四年の人生で、それに気がついてよかったと思う。
もし気がつかなかったら、そのままずるずる、ささいなことに、
一喜一憂しながら、無意味に生きていたんだから。
今はもうやりたいことなんてないから・・・
とりあえず残りの時間、言いたいことをしゃべっていこうかな。
もし、この映像がわたしの遺書として、ニュースにでも取り上げられて、
多くの人間に見てもらえるなら、それでわたしが生まれてきた意味があったってことでしょう?
でもないのかな?
そうそう、誤解しないで欲しいけど。
わたしは他の子達のように、いじめられたり、脅されたりして自殺するんじゃないからね。
だから、クラスの友達の名前とか書いたりしないし。
画面のわたしの手が動く。
手元にあったのは新聞の切り抜きだった。
その記事を一つひとつカメラに向けていく。
一枚目。
【またも、大物政治家による裏金疑惑!】
二枚目。
【警察の不手際による、ストーカー殺人発生】
三枚目。
【ハレンチ教師、エンコウで逮捕】
四枚目。
【ギャンブルに溺れたエリート官僚、公金横領】
五枚目。
【病院ぐるみ、医者の手術ミス隠し】
これがわたしの未来にある姿。
時間を重ねたその先にある世界。
わたしというより、人間誰もに待っている世界と言った方が正しいのかも。
これじゃ、年を取るのが怖くなっても仕方ないでしょう。
やっぱり、この年齢が限界ってことかな・・・
今ならまだ、ほとんどそんな悪いもんの影響を受けないまま死んでいける。
何によって、わたしは殺されるのか、と聞かれたら、
それは、これからの未来のせいだと言いたい。
でも、死のうって思ったのは、これが初めてじゃなくて、
むしろ他の人よりは多いと思う。
ただ、いつもその時だけで、次の日、目が覚めるとすっかり忘れていて、
結局、また次の機会がやってきてたんだ。それの繰り返し。
いつまでも先延ばしが続くって感じ。
これって、自分の意志が弱いだけかと思ってた。
ちょっとしたことで、すぐに現実から目を背けてしまうから、
そのときだけいる場所から逃げたくなる、そのせいだと。
小学生のとき、中学生になるのが不安だったなー。
なんか中学生って、みんな同じような制服着て、
授業も遅くまであって、そのあとに部活にも行かないといけないし。
もちろん、部活なんて入らないといいんだけど、
いろいろと仲間同士の付き合いもあるじゃない。
ほとんどみんなが部活に行ってるのに、わたしだけひとり家に帰れないでしょ。
だから、ほんと中学の入学式の前日は、不安だったな。
でも、まだあのころは、自分の気持ちをごまかすことができた。
まだ、頭の中に空白がたくさんあって変なこと考えても、
時間が経つとその考えを空白が包み込んで消してくれたんだよ。
でも、中学三年間で、その空白がきれいになくなっちゃった。
何かを考えようとしても、もう頭の中に入りきれなくって外にあふれたままって感じ。
そのいっぱいになった頭でもう一度考えたんだ・・・もう死んでもいいだろうって。
十四年間で、人間が体験できることってぜんぶできるって思わない?
もちろん、それっていい体験のこと。悪い体験なんてしても仕方ないでしょ。
なにかあるんなら、教えて欲しいけど。
でも、もう遅いかな……




