14歳革命
その日は、わたしにとって高校の合格発表の日だった。
わたしは友人ふたりと一緒に学校に行き、掲示板に進んだ。
「ねええっ! あったわよー」
まっ先に掲示板をのぞき込んだ、友人のひとりが叫ぶ。
「えー、すごいじゃん。さっすがだね!」
続いてもうひとりが声を上げる。
「春からはここの生徒かー。すっごいし。
こんな難関校に知り合いができたなんて、なんかカッコよくない?」
「ほんとにー。わたし、一緒の友達で、よかったかもー」
まるで、自分たちのことのように無邪気に喜ぶ友人たちのやり取りの横で、
わたしは掲示板にビデオカメラを向け、掲示板に書かれた自分の番号を撮っていた。
それからすぐに、くるりと体を彼女らの反対に向けると、片手をあげて、
「じゃあ、わたし帰るね。わざわざ付き添いありがとう。
きっと今日、受かったのはみんなのおかげだよ」
そう言いながら、歩き始めた。
「えっ、どこいくのー? 学校に知らせに行くんじゃないの?」
「家でお母さんが待ってるからさ」
友人ふたりは少し困惑した表情だったが、
「じゃあ、悪いけど、先生に知らせておいてくれない、お願いっ!」
その言葉を聞くと、ぱっとその表情は明るくなった。
「うん! 任せてよー。あいつらにめいっぱい自慢してあげるね」
と言って、手を振りながら去っていく。
わたしは振り返りもせずに、ため息まじりに呟いた。
「なーんて、お気楽なひとたちなんだろね」
玄関に入るとすぐさま、バタバタバタとけたたましいスリッパの音が響いてきた。
「ねえ、ねえっ! どうだったの?」
母親がひきつった表情で聞いてくる。
わたしは無表情だった口元を少し緩めて、
「受かってた」
と呟くように言った。
とたん、母親はわたしの体に手を延ばして、
今では自分よりも大きくなったこの体をぎゅっと包み込んだ。
「よかったねー。ほんとに母さん嬉しいんだから。お前を生んでほんとに、よかった」
「うん、わたしもお母さんの子供で本当によかったよ。じゃあ、わたし上にいくから」
そう言って身体を縛っていた鎖をほどくように手をどかせた。
「あっ、じゃあ、お父さんに電話しておかないと、ね」
母親がはしゃぎながら言う。
「なんで、まだ仕事中でしょ?」
「いいの、いいの。こっちの方が、ぜんぜん大事なんだから」
そう言い残すと、電話の置いてある台所にまた、バタバタバタとかけていった。
「あれも、さっきの奴らと同じ。なんで、わたしの周りにはあんなのしかいないの。
それとも、人間っていうのは、やっぱりみんな、あんなもんなのかな。
だとしたら、うん、やっぱりあれをしなくちゃいけないか。でないと……」
その晩、久しぶりに親子三人がテーブルに座って食事をした。
たいてい、父親の帰りは深夜を過ぎる。
いつのころからか、父親が子どもの部屋をのぞき込むという日課は消えていた。
わたしの寝顔を見るのが、自分にとって唯一の安らぎの時間だと、あれほど言っていたのに。
わたしもこのごろは父親が帰る時間になっても、起きていることが多い。
だが、あえて自分から出迎える気は起こらなかった。
真夜中、玄関から音が聞こえると、さっと布団に入って、そのざわめきが収まるのを待った。
そして父親が眠るころを見計らって再び布団を出て、自分だけの夜の時間を楽しむのだった。
それが当たり前のことだったから、今夜の食事はだれもが少し緊張した様子だった。
父親は家に戻って間もないのだろう。
まだ上はワイシャツを着たまま、だらしなく胸元までボタンだけを外して椅子に座っていた。
「それにしてもよくやった。会社の奴らも驚いていたからな」
久しぶりに見る、父親の笑った表情。
その横で、同じように母親も微笑んでいる。
「まあ、もう会社の人に話したんですか?」
「別に隠すことじゃないだろ、祝い事なんだし。
どうせ、お前もご近所に言って回ったんじゃないのか?」
「夕方、お向かいの奥さんが訪ねてこられて。そのとき少しだけ。
あと、一応、親戚の方には連絡を入れておきましたけど」
「ほらな、そっちのほうが、いかにもって感じじゃないか」
楽しそうに話をするふたつの顔に目をやりながら、わたしは言った。
「ねえ、別に高校に合格しただけのことなんだから、そんなに喜ばなくってもいいんじゃない?
たいていの子は、高校には行くんだし」
「でもな、あそこは、そこらへんの高校とは訳がちがうんだぞ」
「そうよ、お父さんの言うとおり。あそこに入ったってことは
エリートの道が約束されたってことなのよ」
「エリートの道は別にどうでもいいの。ただ……」
「ただ、どうした?」
父親が怪訝そうにわたしの顔を覗く。
「うん、そのおかげで今日はこうして、三人で食事ができたんだから。
そっちのほうが嬉しいかな」
両親の表情から一瞬、笑顔が引いた。
「そ、そういえば、本当に久しぶりね。お父さんって、いつも仕事で遅いから」
「仕方がないだろう。それでなくても、今は不況で俺たちみたいな
中間管理職はもっとも、厳しい世の中なんだ」
「そうだよね。これからもがんばって、お父さん。わたしも、負けないくらいがんばるねー」
わたしは笑顔を作ってそう言うと、席を立った。
「あら、もう上に行くの?」
「うん、今日はなんか疲れたみたい。オヤスミ」
そう言ってゆっくりと階段を上がっていった。
その間、何度も大きなあくびを繰り返しながら。
眠いからではなく、あまりにも愚かで退屈なやり取りのせいで……
自分の部屋に入ると机に座って作業を始めた。
スケッチブックに太めのマジックで文字をすらすらと書いていく。
書き終えると、大きく息をして目の前にあるカレンダーに目をやった。
明日の日付けに赤く大きな○印が付いていた。
その翌日が、わたしの誕生日だった。
十五歳の誕生日。
その一日前の明日、そっちのほうが今のわたしには大事であった。
十四歳のうちにやっておかなくてはいけないこと。
明日、それを実行するつもりだった。




