永久革命
あの頃の記憶が少しずつよみがえってくる。
当時は付き合っていたといっても一緒に帰ったり、
たまに自転車に乗ってでかけたり、公園で遊んだりといった程度のことだった。
でも、それがとても楽しい時間のように感じた。
そういえば・・・あのときのことを思い出した。
彼の家にいった時に、屁鳴克哉に一度だけ会っている。
たしか、三人でトランプをして遊んだと思う。
自分の部屋でぼーっとしている弟をマサトは無理やり連れてきた。
双子にもかかわらず、二卵性だったからか、ふたりは顔も性格も似てなかった。
克哉はトランプをしている間、わたしたちの様子をちらちらとずっと警戒しながら見ていた。
「克哉くんって、マサトの弟だったんだね。名字が違ってたから思い出せなかったよ」
「タモノが、ヘナリって言ってたもんな。ニュースでもそう読まれただろ。
まあ、なかなか読めないよな。親もどっちでも気にしてなかったし」
笑いながら応えるその表情に昔が戻ってくる感じがした。
「ヘナ、って言ってくれたら わかってたかなぁ。でも、名前で呼びあってたから無理だったかもね」
わたしがおどけて言う。
「おれのことなんて、すっかり消えてたくせに・・・」
わたしは、かぶりを振った。
「そんなこと、ないよ・・・でも、どうしてわたしを選んだの?」
「同志だったから、かな」
彼はちょっと舌を出して、答える。
「それに、恋人が事件に関係してるってことはよくあるけど……
まさか、中学時代の元恋人が関係してるなんて警察も考えないだろうな、って思ったんだ。
あと、こんなことを頼んで、うん、って言ってくれそうな人って、ほかに思いつかなかった。
もともと友達も少なかったし」
マサトの顔から笑顔が消えていた。
「昔はクラスの人気者って感じじゃなかったっけ?」
「いや、正確にはいたんだけど・・・
だんだんとおれの周りから消えていったってほうが正しいのかも、な」
「消えていったって?」
「弟の事件があって、すぐに両親の自殺があって……
みんなかわいそうって哀れんでくれたけど、それも少しの間だけだった。
そのうち、みんなおれから離れていった。きっと、こんだけ悪いことが続くと、
不吉な存在と思ったんじゃない?」
彼は他人事みたいに、さらりと言う。
たけど、わたしには彼の心の痛みが伝わってくる。
「大変だったね」
「それはお互いさまだからな」
お互いさま、たしかにそうか。
「つか、わたしって、うんって言いそうな感じ? そんな単純っぽいかなぁ」
彼の顔がうつむいた。
「……本当は、会いたかったんだ」
「え、わたしに?」
嬉しさと戸惑いが、わたしの心を走り抜けていく。
「うん。ぜんぶ、なくしたから。ちょっとだけ、あのころの夢をもう一度、見てみたいなって。
それで迷惑かけたよな、ごめん」
わたしは思わず彼を抱きよせた。
いまのこの気持ちが愛情であるのか同情であるのか、わたしには正直わからない。
ただ、ずっとこのまま彼と離れたくないと感じていた。
いま、彼にとってわたしが唯一、その存在を証明するもの。
また、わたしにとっても彼が唯一、この存在を証明するものだから。
ふたりとも中学のときから今までに、たくさんのものを失っていった。
自分から勝手に失くしたものも多かったが、他人の手によって、
自分の意思に反して奪わたものもたくさんあった。
他人の手によって奪われたものは、いつまでも記憶から離れず心のどこかに残っていく。
そういった人間こそ自分たちの手によって、この世から消し去らねばならない。
当時、抱いて消えかけていた中学生の頃のあの気持ちがまた、
わたしの心の中にふつふつと湧き上がってくるようだった。
いったん、止まっていた休火山の地下深くで、マグマが動き始めたように。
体内の真っ赤な血液が、毛穴から飛び出してくるような怒りがこみ上げていた。
簡単にヒトから何かを奪っていく人間をけっして許してはいけない。
わたしは、今の彼を守ってあげたいと思った。
彼の両親や、弟のような弱者を守らなければいけないと思った。
そういった弱者をえさにして毎日を生きつづけて、笑みを浮かべている見えない力。
その力に闘いを挑んでいこう。この同志とともに。わたしはもう独りじゃない。
わたしは病室のベッドに横たわる彼の震える体を抱きしめながら、そう誓った。
革命続行




