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ケロちゃん・フロム・ラディッシュランド

飽きたと思ったでしょ。そのとおりだよ!


前回より期間が開いているのでプラン9・フロム・アウタースペース程度の論理骨折があるかもしれませんが。そういうものです。プーティーウィ?

 時は流れて金曜日!

猪口の精神を砂山崩しの棒に例えると、今まさに倒される一歩手前だった。猪口が(学生として)過ごしたこの数日間のあらゆる出来事が猪口の砂山を僅かに、そして確実に削っていった。一番効率よく大きく削った人間は『未来ちゃん』だ。

「そういえば」

シャワーを浴びた御園が裸でしゃべりかけてくる。目的は一切不明だがシャワーの後は常に裸だ。更衣室も付いているが絶対に服を着て出てくることはない。見慣れた光景だった。

「なんでしょう?」

自分ののどから出てくる甲高い声にもなれた。

「どうも嫌な予感がするわ。特に明後日あたりに何かありそう」

こういったしょうもない言い回しのときは大抵業務連絡だ。これも慣れたものだった。

(日曜……。なにかあったか?)

考えてみたが特に思い当たる節はない。そもそも仕事の連絡をまともに受けたことがないから

「ちょっとケロちゃんを呼びましょう」

「ケロちゃん? なんですかそれ?」

「私達魔法少女をサポートする精霊よ。他にもいろいろいるけどね。ケロちゃんはカエルの精霊ね」

そういうと携帯電話を手に取りどこかに連絡している。いまどきの精霊は携帯電話で召喚するらしい。鼻の長い老人の持っている電話型召喚機を思い出した。

「ええ……そう……じゃあ来てくれる? はい……今外?何時くらいなら……はい……はい……わかりました、じゃあ30分後に」

内容は良くわからないが精霊にもいろいろ事情があるらしい。電話を切った御園は服を着てなにやら準備を始めた。そういうものなのだろうか。

「ちょっと時間がかかるから30分ぐらい待っててね。その間に宿題でもしてて」

宿題は出されるのだがメルや御園はもちろん正規の生徒ではないので免除されている。つまり今の御園のセリフも『振り』だ。プライベートにおいても役を解かない御園は猪口にとって最大の謎だった。

 することもないので猪口は冷蔵庫の扉を開ける。語るのも憚れるほど冷蔵庫の中身は惨憺としている。おおよそ文明人ものとは呼べない。まず発酵麦芽飲料は見当たらない。かわりにイチゴミルク牛乳とアロエ味のドリンク、もちろんコラーゲン入りだ。食べ物といったらロールケーキ、マスカットゼリー、プレーンヨーグルト、コールスロー、朝食用の各種果物、ゴルゴンゾーラ及びリコッタ、緑黄色野菜多数、残り物のマチェドニア、マルツァパーネ、モンテビアンコ、パネットーネ、パンドーロその他いろいろ……。

猪口はそっと冷蔵庫を閉じる。何回開けても、そこに黄金イカは現れないことに絶望したからだ。クリームの甘いにおいを嗅いだせいで気分が悪くなった猪口はベットに飛び込む。

目を瞑り、瞑想の真似事をしているうちに猪口は眠りについた。


 夢の中で猪口は怒鳴っていた。顔はわからないがとても偉い人だ。猪口はその偉い人間を延々と怒鳴っている。なぜだか猪口はとても怖くなったのでその場から逃げ出した。後ろから追ってくる気配がするのでなおも走る。走りながらもずっと猪口は怒鳴っている。逃げ切れないので猪口は立ち止まり振り返る「もうやめよう」

そこには誰もいなかったが怒鳴り声はまだ響いている。猪口は声を出していないので、その怒鳴り声は別のところから流れているようだ。

「脱出するにはどうしたらいい」

スパイ映画のような場面に切り替わり、猪口は相棒に尋ねる。

「無理だね!ありったけ弾丸食らわせてやりな!」

「それは困った。弾切れなんだ。しかたない食事にしよう」

「食事の前に裸になりなさい」

御園だった。「食事はまだできていないわ」

「ヒーロー物のほうが良いな。チャンネルを回そう」

「いいから裸になりなさい。そして今から胸を触るわよ」

御園の手が伸びる。

「やるせないね」

御園の手が胸を掴む。

「……可愛いわ、メル」

「まさか。いい年した大人のやることじゃない」

「……寝ぼけてるの?起きなさい、メル」

「……」

「……ううん?」

霞んだ世界の中で猪口は目覚めた。目の前には御園の顔。覗き込まれている。

「準備ができたわ、起きて」

胸に乗っている御園の手を右手で払いのけ猪口は起き上がる。世界は次第に輪郭を取り戻す。起きたタイミングが良くないようで、猪口の頭はまだ本調子でない。

「ケロちゃんを呼ぶ準備ができたは。これからのことを聞きましょう」

そういうと御園は懐から何かを取り出す。薬のカプセルの横を長くして一回り大きくしたようなそれ、つまり棒状の何かだ。御園はその何か棒状のものをいじり、宙に投げる。そして光。寝ぼけた頭を起こすにはちょうどいい刺激だが面食らった猪口は小鳥のように目をしばつかせた。いきなり発光した棒状の何かは次第にその姿を拡張させていき、やがて乳児程度の大きさに収まる。次に表面のコーディングが開始され起伏が作られる。細部の調整を行い、各種装飾品の再現をへて、いまや謎の棒状のものは十回殴ったカエルのような哀れな出来損ないのぬいぐるみになった。雰囲気つくりの煙が立ち込める。

「なんですかこれ?」

「だから、ケロちゃんよ。妖精の。メルは初めてだったわね。ケロちゃん、ご挨拶をどうぞ」

「始めましてだケロ!ケロちゃんだケロ!よろしくメルだケロ!」

腹話術師の人形のようにしゃべるケロちゃんの声は、猪口には聞き覚えがあった。

「社長?」

話し方を変えようが語尾を変えようがあの気色悪い声色までは隠せなかったようだ。それは中丸の声だった。

「何を言っているのかわからないわメルちゃん。私はしがないサポート妖精のケロちゃんよ!ご機嫌いかが?」

偉大なるかえるは語尾を忘れたらしい。

「そんなことより大事件よ!ジャアックエネルギーの増大が確認されたわ!場所はここよ」

空中にホログラムの地図が現れ一点を示す駅前にある大きい広場だ。

「いつデニス・ホッパー臨界点に達しても可笑しくない状況よ!計算によると明後日。さらに詳しく言うと十時、ジャアックエネルギーが臨界点に達し位相が反転するわ!ジャアックの住んでいる時間等曲率漏斗と繋がるのよ!そうなれば奴らがなだれ込んでくるわ!」

「よくわからないんですけど、そのナントカエネルギーがいっぱいになる前にナントカできないんですか?」

「それじゃあ敵が出てこないじゃないの」

「…………」

「それとジャアックエネルギーね。ダークマター構成比の3%はこれよ。前にも言ったでしょう!」

「…………」

「じゃあ私たちは9時ごろに集まればいいのね」

「そうねぇ。まぁ十分前に集まってくれてれば良いわ」

「あの、社長質問が」

「……」

「社長?」

「……減俸……」

「ケロちゃん質問があるの!」

「なにかしら!メルちゃん!」

「初めて敵と戦うんですけどどうすればいいですか?」

「ああそうね!メルちゃんは初めてですものね!まぁ大丈夫よ。今回は難しいことしないから。場面で動いちゃって!あ、場面で動くっていうのは魔法少女の世界で『いっしょうけんめいたたかう』っていう意味よ!勘違いしないでね!」

「……がんばります」

不安しか残らない会話だ。

「予想される敵戦力と具体的な対処方を送っておくから目を通しておいてね!それと今日放送の大人気アニメ『プリルラ』も見ておいたほうがいいかもしれないわ!」

敵の戦力がわかっているなら先制攻撃、もしくは十字砲火の陣地を形成すればいいのにと猪口が考えるのは自衛隊出身だからだ。魔法少女だと重機関銃や分隊支援火器に該当するものはあるのだろうか。猪口の頭の中では一発の威力が高い砲撃を行う魔法少女の姿が思い描かれた。魔法少女のイメージを大きく逸脱はしていないと思われるが、そう考えるとひどく効率が悪いような気がしてきた。それとも魔法少女は弾数の制約がないのだろうか。まぁそれならそれでいいのだが、と猪口がどうでもいいことを考えていると、カエルがしゃべりかけてきた。

「今回の主役はあなたよメルちゃん!がんばってね!今まで慣れない学校生活だったでしょうけど『これで慣れるわ』」

「? 慣れる?」

「まぁ今にわかるわ。とにかく頑張るのよ!……おっともうこんな時間。ラディッシュランドに帰らないと。また何かあったら十時から五時の間に連絡してね!それじゃあバァイ」

その言葉を残してカエルはまた一つの棒に戻った。

「とりあえず…」

御園が棒を拾う「テレビをつけましょうか」

その夜、二人は魔法少女プリルラを一緒に観賞してから寝た。内容は今度のイベントにつなげるための前座の様なものだった。もっと詳しく言うと『ケロちゃん』が登場して『敵』説明をして『ジャアックエネルギー』が増大して、『敵』が現れそうだ、という内容だった。いままでの会話をそのまま放り込んで、おあつらえ向きに修正したようなものだ。『社会現象を起こす程の大人気アニメ』を見ていた猪口は、途中で寝たかったのだが御園が見張っているのしかたなく最後まで見た。そして寝た。また悪夢を見た。そういうものだ。

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