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マゲッツのいる風景

朝食後。身支度をしてから教室に向かう。初めての自己紹介、転校生の自分には失敗できない舞台だ。いやがうえにも緊張してしまう。未来ちゃんは先に教室に向かった。在校生なので当然だ。同じ教室なのがせめてもの救いだった。教室の扉が開き、先生が手招きしている。なかなか美人だ。ピークに達した緊張を隠しつつ教室に入る。

ザワザワ、ヒソヒソ。教室にはいってきた転校生にクラスが反応する。

「はい、静かにー。静かにしないとクリムゾンにバンザイアタックさせるぞマゲッツどもー。はい、じゃぁ転校生、自己紹介よろしく」

たちまち顔に血が上り、真っ赤になってしまう。鏡を見なくともきっと今はトマトのように充血しているだろう。

「あの…はじめま『す』て!虹野メ『ゥ』ルです!」

二回も噛んでしまった。恥ずかしさでさらに顔に血が上る。

「あわわ…。その…転校したばっかりで…えーと…そのわからないことだらけなので…皆さん!仲良くしてください!」

勢いで言葉を吐き出し、頭を下げる。事前に用意していた自己紹介の九割が白紙になってしまった。完全に失態だ、と思った。頭を上げるに上げれない。頭頂部を晒しながら下を向き続ける。どれくらいの時間が流れたのか、突然あふれるように拍手が巻き起こった。驚いたように顔を上げる。クラスメイトの笑顔がそこにあった。

「はい!質問です!」

一人の生徒の発言をきっかけにクラス中が騒ぎ出す。

「すきな食べ物は?」「何聴くの?」「彼氏は?」「女の子に興味なくて?」「休日の過ごし方は?」「どこの化粧品使ってるの?」……。

それぞれの質問の間にかわいーと顔ちっちゃーいが30回は挟まった。クラスの好意と好奇心にもみくちゃにされ、疲労の色が見え始めたのを認めた担任が割ってはいる。

「そこまでだマゲッツ共ー。地球上の生命体でもっとも劣っている貴様らに発言権はないぞー。許可なく発言したマゲッツは漏れなく.500&W弾とキスさせるからそのつもりでー」

「先生!その前に一つよろしいですか」

「ん。発言を許可する、マゲッツナンバー31」

まぶしいブロンドに碧玉の瞳。

(あっ…今朝未来ちゃんと喧嘩しそうになった人だ…同じクラスだったんだ…)

ひたすら傲慢に胸を張り、レイチェルが発言する。

「ようこそ二ツ桜学園へ!クラスを代表して、そして生徒を代表して歓迎しますわ!虹野さん」

ぱちぱちぱち。そしてクラスから歓迎の拍手が起こる。どうやら嫌われてはいないようだ。

「あ…あの…ありがとうございま『しゅ』…よろしくお願いします」

また噛んでしまった。恥ずかしさを紛らわせるためいつもより深く、長くお辞儀をしておく。

「よし、本来は名前順なんだがナンバーをシフトするのは面倒くさいからお前はナンバー32なー。この番号を呼ばれたときは飯を食っていようが糞をしていようがマスかいていようが返事をする事ー。それじゃあ貴様の席はご都合主義のように空いているあの窓際の席だー。マゲッツ28の隣だな。おなじ糞虫同士気が合うだろー」

一番後ろの窓際の空席を指差されたので、そこに向かう。腰を下ろして一休み。緊張していたせいだろう。疲れが一気に溢れてきた気がした。

「がんばったじゃない。メル」

隣の席の御園がねぎらいの言葉をかける。席まで隣だなんて感激だ。この学校の女神様に感謝しなくては。

「緊張したよぉ未来ちゃん」

「メルは可愛いからどこに行っても大丈夫よ。クラスの何人かはファンになったんじゃないかしら」

「そんなことないよぉ」

「そうかしら?山田さんしかり案外ファンは多いものよ?」

一瞬殺気のこもった視線を感じた。

「…なにかしら。やけに怖い視線を感じたけど…まぁいいわ。あらためて私からも歓迎するわ。ようこそ二ツ桜へ、メル」

「うん、これからもよろしくね未来ちゃん」

無邪気な笑顔で答える。御園はすこし驚いたような顔をしてふいっと前を向いてしまった。頬が少し赤い。具合でも悪いのだろうか。少し心配になった。

「よし授業を始めるぞー。今日の授業は───」

初めての授業が始まる。そう、授業だけではない。新しい学園生活が始まるのだ。不安もあるがきっとやっていける。未来への淡い期待が萌芽となり、いつか花を咲かせるようメルは願いをこめた。


「─と、これが第一話の冒頭。転校初日のシーンよ」御園がリモコンを手に取り画面を消す「ひとまず同じことをやっておけば間違いはないわ」

暗く塗りつぶされた画面に可愛い猪口の顔が映る。朝食が終わってから部屋で『魔法少女プリルラ』の第一話を観て、転校初日の挨拶の予習をしていたのだ。

「私は先に教室へ行くけどメルはまだここにいて頂戴。あとで担任のハーメイ先生が迎えに来るから。それまでは録画してあるプリルラ見てていいわよ。それじゃあまたあとでね」

すでに制服に着替え、身支度を整えていた御園は部屋を出て行く。一人部屋に残された猪口。やる事がないのでベットに横になりボーっと過ごした。やがて現れたやけに口汚いハーメイ女史の後に続き教室へ入る。一回もつっかえることもなく端的に自己紹介をすますと猪口は指定された窓際の席に座る。途中途中「きましたわー」という声が─それも何回も─聞こえたが何が接近しているのかわからない猪口はそのすべてを悉く無視した。

「よし授業を始めるぞー。今日の授業は───」

初めての授業が始まる。そう、授業だけではない。新しい学園生活が始まるのだ。不安しかないがきっとやっていける。いややらなければならないのだ。未来への絶望が餌になり自身を食いつぶす怪物を育てないように猪口は祈った。

つまりどういうことかっていうとそういうことだよね。

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