簡単なお仕事 2
創作はむずかしいわぁ。
M・T・S(Mitsufuji Transform System)。その昔、三ツ藤重工が開発した子供向けおもちゃ、『変身るんです』の宣伝文句である。約50年前、当時の三ツ藤製作所(現三ツ藤重工)は軍需を扱っており、瞬間装着可能なボディーアーマーの開発をしていた。非戦闘状態から戦闘状態へのスムーズシフトをコンセプトに試作機を完成させた。手に収まるサイズの機械で、装置を起動させれば瞬時に武装体勢になる変身ユニットである。その際につけられたコードがM・T・Sである。しかしこの試作機は失敗となる。防弾繊維のケプラーとの相性が悪く、うまく変化しなかったのだ。また、銃火器の構造も変化してしまい使い物にならなかった。当時の三ツ藤は小さな下請け会社で資金面が潤沢とはいえなかった。そこでM・T・Sを子供の変身セットに流用したものが『変身るんです』だった。
改良の結果、子供向けの遊びなら実用に耐えられる程度に安定し、完成品を販売。これが大ヒットとなり三ツ藤は名を上げることになる。
「そして今から十年前。なんと今度は体組織を変化させる変身ユニットを開発しちゃったってわけね。猪口さんもご存知でしょ?」
当時、テレビ、ラジオ、あらゆるメディアではその事だらけだった。いままでの服装のみの変身に比べて今度は『本当』に変身してしまうのだから。まるでアニメの中の魔法少女のように。
連日テレビの中でコメンテーター達が議論していたのをうっすら覚えている。愚にも付かない内容だったとも。
そしてその三年後、三ツ藤はこの変身ユニットを完成。システムをM・i・n・T・S(Mitsufuji immediacy and naturalization Transform System)とし、商品化。『ミント』の商品名で発売。日本のみならず世界中の注目を集めた。三ツ藤重工になったのもこのあたりだ。
「そして現在、日本軍需産業の三割を占めるほどになった大企業に成長した三ツ藤はM・i・n・T・Sの成功と同時に相模湾沖約20だか30キロメートル沖に超巨大埋立地を建設。まぁこれは国と共同での建設だけどねぇ。群馬の約三分の一?ぐらいなのよねぇ。建前は三ツ藤の工場群を置くためのものだけど実際は住宅、商店、役所、病院なんでもござれ。一つの都市として機能しているわねぇ。一応の完成は二年前に終わっているけど今直拡大中。名目上、神奈川県に属する埋立地なんだけどこの企画が開始されたときからみんな言ってた『海上都市』ってのが通名よねぇ。ここまではご存知よね?」
「えぇまぁ…」
「実は三ツ藤の役人とあたしは知り合いでねぇ、ちょくちょくお仕事回してもらってんのよぉ。今回もその口でなのよ」
「はぁ」
「警備の仕事ですって。広告をかねての。猪口さんに今回お願いするのもこれね。海上都市の学園なんだけど二ツ桜学園ってご存知?」
「あぁ確かあの都市最初にできた学園だと覚えとります。なかなか優秀な進学校のようですな」
「つけたすと、中高一貫のお嬢様学校ねぇ。女子校なのよ、あそこ」
「はぁ、それでその学校が何か…?」
「警備の場所」
「ん?」
「だから警備の場所。仕事場よ?」
「あぁ、施設警備ということですか、なるほど」
施設警備。いままでの不安が消えていくような響きだ。なんてまともな職業なのだろう。猪口は無理にそう思い込もうとしていた。
そう、まだ『魔法少女』の話が出てきていないの。先ほどから視界の端に例のアニメのポスターが映りこんでくる。ポスターの中で少女は笑っていた。
「そう。広告を兼ねての、ね?先ほど見たアニメ、あれ実は三ツ藤の新製品のプロモーションビデオなのよ。もともとは兵隊さん用の武装システムだったじゃない?うまくいかなかったけど。それが今回完成したらしいのよ。それでまぁ、広告を出すにあたってなぜかアニメ、しかも魔法少女になっちゃたらしいのよね。ほんとお偉いさんは何考えるかわからないわぁ…。」
雲行きが怪しい。
「そ・れ・で。アニメの主人公が実際街を歩いてたら結構インパクトあるでしょ?そんな感じで実際に変身してもらって学園生活を送ってもらおうってこと。これだけでだいぶ宣伝になるのよ。そのついでに施設警備もしてもらおうってこと」
いつのまにか警備がついでになっていた。
「基本的なお仕事はプリルラちゃんになって学園生活を過ごしつつの学園警備ね。その間こちらの用意したイベントもこなしてもらうけどまぁ難しいものじゃないから大丈夫よ?期間は半年。成績によって社員登用になります。そのへん契約書に書いてあるから、はんこ押した後読んどいてくださいねぇ。じゃあ、ここに名前とはんこね?」
ずい、と出された契約書を猪口は裏返す。
「いやいやいやいや。ちょっと待ってください」
「何よ、まだ何か質問?」
「………えー、その…」
猪口はくしゃくしゃの顔を下に向けた。たるんだ腹が見えた。悲しくなった。どうしようも悲しくなった。やっと仕事に就けると思ったらこの様である。
猪口は一応常識人として人生を過ごしてきたつもりだ。大人としての責任も果たしてきたつもりだ。警察を辞めたのも猪口の不始末というわけではなかった。だが社会とはそういうものなのだ。羊が必要なときが出てくる。猪口もそれをわかってるから黙って辞表を提出した。それがこの年になって『魔法少女』。しかも学園生活。職を選ぶつもりなど無かったし、あるていどキツイ仕事になるだろうとも思っていた。が、これはあんまりではないか。
「ねぇ猪口さん」
猪口の渋面をみて中丸が声をかける。先生が生徒を諭すような声だった。
「仕事…みつからないのよね?」
その通り。まさに図星をつかれ、猪口はハッと顔を上げる。中丸が目を細め猪口を見ていた。
「猪口さん…よく考えてみて?たった半年よ?半年我慢するだけで社員への道が開かれてるのよ?そりゃあその歳で魔法少女って言われても戸惑うのはわかるわ…でも!ここであきらめてこの先どうするの!?正直に言いましょう!40手前の中年を雇うところなんてないわよ!?仮に仕事が見つかったとしましょう!それは誰もやらないような過酷な肉体労働でしょうね。その割りに給料はすずめの涙程度。楽しみといったら帰宅後にワンカップを空ける程度がせいぜい関の山!老いていく体に合わない肉体労働…。一体何年続くでしょう?十年?二十年?その間楽しみといった楽しみもなく仕事場と家の往復作業!やがて働けなくなったあなたは簡単に切られるわ!そして動かなくなった体はベットから出る事もかなわず畳の『シミ』となりあなたは消えていくのよ!誰からも省みられる事も無く!そんな人生を送りたいの!?猪口さん!」
「あ…ああ…」
中丸の迫力に猪口は飲まれてしまった。
「猪口さん!これはチャンスなのよ!?しかも最後のチャンス!これを生かさないでどうするの?お給料も申し分ないはず!生きるか死ぬかの瀬戸際よ!迷う余地なんて無いはず!いいえ迷う事すら愚かだわ!」
中丸はそっと手を重ねる
「さぁ…契約書にサインをしましょう?」
猪口真司の名前の横に押印がされた。
─じゃあ明日一通り器具の使い方など説明するので10時に来てくださいねぇ─
中丸は最後にそう言って猪口を帰らせた。
家に帰る途中、猪口は夕日を眺めながら歩いていた。次々と過去の想い出が思い出された。
(俺がガキの頃は宇宙刑事キャシャンとか観てたっけな…。親父が買ってきた『変身るんです』がキャシャンじゃなくでギャバーンだったんもんで散々泣き喚いたこともあったなぁ)
想い出とは時として心を麻痺させる麻薬になりうるのである。猪口の心はまさに麻薬を欲していた。しかしそれを意識できない猪口は、想い出の濁流の正体に気づかず、物欲的な麻薬を欲する。
(コンビニか…)
家の近くのコンビニである。
(なにはともあれ仕事が決まったんだ。祝い酒でも買っていこう)
自動ドアを通り抜けかごを取り、適当につまみを放り投げる。飲酒類の棚の前に立つ。ワンカップに目が留まり手を伸ばす。がいつもは手を出さないプレミアムヴォルツをその手は掴んだ。




