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伝える者

○伝える者○


 次の日、百合は体の調子も戻って来たので、軽く一時間ほど走り込んでからストレッチをしている……空は晴れ渡り、遠くの山も良く見える。

 鬼斬丸が折れて開店休業状態の百合は、久しぶりに山へ修練の為に篭ろうかと考えていた。 

 百合は折れた鬼斬丸の代わりに、新しい魔斬りの法具を本山に頼んでいた。

 そして母親の形見である鬼斬丸も、短刀に拵え直して貰う様に頼んだ。

「はぁ、大出費だよぅ……」百合は、遠くの山を眺めながらため息を付いた。

 百合達お役目は、立場上傭兵に当たるため、装備は基本的に自前になる。

 魔斬りの法具は、瑾斂宗の高僧達が念を込めた砂鉄から玉鋼を作り、魔切りの法具専門の刀鍛治が作り上げる……それに掛かる費用は、お役目達の自腹だ。

 今回、新しい法具に、鬼斬丸と同じ日本刀を頼んだ百合は、鵬願寺に百二十万円のお布施を収め、鬼斬丸の拵え直しに三十万円と計百五十万円のお布施を収めた。

 百合の報酬ランクでは、これは結構痛い出費だった。

 ベテラン勢の高額所得者達は、魔斬りの法具に四・五百万ぐらいの金を掛ける者も居る。

 別に高額であるからと言って能力が高い訳では無いのだが、それがベテラン達のステータスであり、ちょっとした自慢でもあった。

 百合は山篭りの準備をしようと、自分の部屋に帰って来た時、窓の外に気配を感じた。

「あっ、この気配!」百合は窓際へと駆け寄る……間違いない、玉江の気配だ。

 そう思っていると、ふっと何かが百合の横を通り過ぎたかと思うと、窓の外を見ている百合の背後に玉江と白菊が姿を現した。

「主、ただ今帰りました。長の暇、ご無礼致しました」

 霊体の巫女姿の玉江が跪いて、その隣に白菊が立っている。

「お帰り、玉ちゃん……白ちゃん……」

 くすんだ表情で百合を見ている白菊に、

「白ちゃん、駄目、だったの?」百合が遠慮気味に尋ねると、

「……」白菊は力無く頷いた。

「残念ながら……しかしながら、怪我をした当の主も赦免されています故、百年の所払いと、寛大な御裁決が下りました……八幡守様のお情けのお陰です」

「じゃぁ……百年経ったら帰れるの?」百年って長いなぁと思いながら百合は玉江に尋ねた。

(みそぎ)が済んでおれば……」

「禊って?」

「……そうですね……心身共に清浄になる事、この場合、善行を重ね文武共に修練を積む……と言う辺りでしょうか」

「難しそうね……出来る?」百合は、心配そうに白菊を見て尋ねると、

「分からん……」白菊は、自信無げに返事をする。

「大丈夫じゃ、懸念いたすな……我が、付いて居てやると言ったではないか」

「すまぬ……」

 不安そうな白菊を、玉江が優しく励ましている……まるで、中の良い姉妹みたいに見える。

「主、八幡守様より、お言葉を預かって参りました」玉江が神妙な面持ちで百合に向う。

「私に?」玉江の様子に百合は、何事かと少し驚いた。

「はい」玉江は、百合に向かい正座する。

『八幡守様って……大名クラスの白狐か……』と思い、百合も正座した。

「では、お伝え致しまする……此度、白菊の身、諸縁(はばか)らず、お引き受け下さるとの、神崎殿の申し出、恭悦至極なり。幼き白菊を放逐するに当り、誠に老心、引き裂かれる如く心痛いたすが、玉江より伺いし神崎殿のお人柄、慈愛深き賢者と聞き、心労幾ばくや和らぎて安堵する。不躾なる事、重々承知なれど、神崎殿の申し出、ありがたく、甘えさせて頂きたい。白菊、つつがなく過ごす事を庶幾(こいねがい)い、神崎殿には、幾重にも御礼申し上げても、過分にならずの思い、非礼であるとは存知るが、これを、玉江に託す……との事にございます」

「えっと……よろしく……頼むって事ね」百合は、意味が良く分からずに、目を泳がせながら考え、何となく雰囲気だけは掴んだ。

「はい」

「じゃ、白ちゃんよろしくね!」百合が白菊に向いて明るく言うと、

「すまぬ……よろしく頼む……」白菊は力無く答えた。

 八幡の里に帰れなかった事は、やはり白菊にとってはショックだった。

「主、では、縛りの呪詛を」

「えっ?でも……預かるだけなのに……それに、私を主って呼ぶ事になっても良いの?」

「構いません……八幡守様は、主に託されたのですから」

「でも……」百合は躊躇う様に俯いた。

 白菊を役目に巻き込み、危ない目に合わせたくない百合は、縛る事を躊躇っている。

「主……白菊を役目に巻き込みたく無いと言うお気持ちでしたら、無用に願いたい」

「えっ、何故」百合は玉江に心を見透かされ、驚いて玉江を見た。

「白菊も安穏(あんのん)と暇を貪っていては禊になりませぬ……むしろ、白菊の事を慮れば、使徒として、一人前に育てるのが主の義務かと……出過ぎた事を申して、申し訳ありません」

 頭を下げる玉江の言葉を聞いて、百年経って一人前になっていないと、困るのは白菊の方なんだと思い、改めて自分が言った〝預かる〟と言う言葉の重みを百合は認識した。

「でも、縛る必要があるの?白ちゃんなら……」

「いいえ、先だっての事もあります……これより、滅火に関わる事となれば、妾とて、何時(なんどき)我を忘れて主を襲うやも知れません。その時は、躊躇無く呪詛を唱えて頂いて結構ですので」

「分かったよ玉ちゃん……それと、ありがとう。私、十六……もう直ぐ十七歳だけど、まだ色々と、知らない事や分からない事が多いから、その時はまた、教えてね」

「主……過分なるお言葉、痛み入ります。今後とも微力ながら、精一杯、努めさせていただきます」玉江は再び深く頭を下げた。

 病院の医師から聴かされた、玉江がロケットエンジンと言う例えを思い出し、微力だと言う玉江に百合は『自分こそ微力ですから……』と、玉江を頼もしく思った。

「じゃぁ、白ちゃん縛っても良いね?」百合が白菊に向かって尋ねると、

「はっ!」と、白菊は神妙な面持ちで答えた。

 百合は、髪の毛を一本抜いて呪詛を込める……そして髪の毛を、くるくるっと指で丸めると、霊体の白菊の額に沈めて印を切り白菊の波長に合わせる……すると、髪の毛は溶けた様に消えて行った。

「主……これは、何の為にしたのじゃ?」

 白菊が、おでこの辺りをさすりながら、不思議そうな顔をしている。

「つまりね、元々、あやかしは自由奔放で享楽的な者だから、縛ら無いと主の言う事を聞かなかったり、襲ったりするのよ、だから、こうやって縛ると主に対して敵対心みたいな物が無くなって従順になるのよ。白ちゃんは変わり無いと思うけどね」

「さっき、お玉殿が言うとった呪詛を唱えると、どうなるのじゃ?」

「文字通り、縛られて動けなくなる……また、呪詛によっては操る事も出来るの。まぁ、滅多に無いから……あっ、あの時……」百合は言葉の途中で何かを思い出し、目を大きく開いた。

「如何された?」玉江が怪訝そうに百合に尋ねた。

「涼彦さんよ涼彦さん……あの時、涼彦さんは縛りの呪詛に操られたんだ……」

「なるほど……」玉江が納得して頷いている。

 百合はあの時、鬼頭が涼彦を強制的に操っていた事に気が付いた。

「そう言う事だ、白菊……縛られると言う事は、我らの心身を、主に捧げる事……努々(ゆめゆめ)忘れるな、良いな」玉江が白菊に、優しく諭すと、

「……承知」白菊は大きな目をいっぱいに開いて、覚悟を決める様に返事した。

 

 山に入って三日目

 四十度を越える杉林の斜面を、百合は木々の間をすり抜け走っている。

 足場の悪い斜面を、障害物を避け、段差を飛び越え、常人を越えるスピードで駆け抜ける。

 二十分程走った所で、見晴らしの良い尾根に出た。

「ふぅ……」百合は、大きな岩の日陰に、もたれかかる様に座った。

「主、此処は、何と言って良いのか、良い所じゃの」霊体の白菊が百合の横に浮いている。

「でしょ。この辺りは、清浄な気で溢れているの。修験道の人達も修行の場としているのよ」

「これ白菊!何度言わす、主に対しての口の聞き方、気を付けんか」お姉さんチェック!

「だってぇ……」白菊が不満そうに玉江を見ている。

「別に、良いわよ玉ちゃん、気にしていないし」

「なりません、躾は幼き時から、きっちりと付けねば」玉江は厳しいお姉さんだ。

 百合が、中学生の頃から修練しているこの辺りは、清浄な気に満ちていて、百合達の様に気を感じられる者にとっては、元気の出る地域だ。

 百合はこの山に入って、体術の鍛錬等の修練を中学生の時からやっていた。 

 真夏の抜ける様な青空に、遠くの山から入道雲が湧き上がっている。

 百合が雄大な風景に見とれていると、ふと、人の気配に気が付いた。

 人里から普通の人が歩いて丸一日掛り、登山ルートからも外れている、こんな所に来る人は少なく、精々、回峯中の修験者か、物好きな登山者ぐらいだ。 

「主?……」警戒している百合に、心配そうに玉江が声を掛ける。

「玉ちゃん何か感じる?」百合は、人の気配がする方を睨み警戒している。

「……人の気配はしますが、特に怪しげなものは……」玉江は何事も無い様に答えた。

 鬼頭との一件以来『これからは、自分がしっりしなきゃ』と、思う百合は過剰に神経質になっている様だ。

 玉江に、何でも無いと言われて、百合は少し肩の力を抜いて、人の気配がする二十mぐらい下の山道を見ていると、一人の男が山道を走って来るのが見えた。

「えっ?……あれ、信仁……」百合は、確かめる様に下を覗き込んだ。

 下の山道を走っているのは確かに信仁だった。

「あの子……勉強もしないでなにやってんのよ……えっ!何持ってんのよ!」

 ちょうど百合の真下を信仁が通りかかった時、信仁の手に槍が握られているのが見えた。

「何する気よ、蒼天撃なんか持ち出して……」百合は信仁の後姿を眉を顰めながら見ている。

 魔斬りの法具、蒼天撃……槍の刃の根元からL字に二本の小さな刃が伸びている三股の槍。

「おじさんにばれたら……どつき回されるぞ……」他人事ながら、百合の顔は青ざめた。

 國仁は槍使いで、メインで使っている〝雷雲の槍〟と〝蒼天撃〟を持っている。

 雷雲の槍は、質実剛健な実用的な槍だ。それに対して蒼天撃は細かい美術的な細工がしてあり刃の作りも立派で、美しい作りになっている。

 その為、國仁は蒼天撃を、どちらかと言うと観賞用との扱いをしている。

 普段は居間に飾ってある蒼天撃を、どうやら信仁は黙って持ち出したみたいだ。

 そして百合が真っ青になった理由は、その蒼天撃を作って貰うのに、國仁は五百万円程のお布施を上げていたからだ……一美には三百万と嘘を言って、自分のへそくりを足していた。

「玉ちゃん、白ちゃん気配消して」百合は、立ち上がり二人に指示をする。

「承知」二人は返事をすると、ふっと、姿を消した。

 受験勉強もせず、蒼天撃を持ち出して、こんな人里離れた山道を走って行く信仁が気になり、百合は信仁の後を追う為に、斜面を飛び降り、信仁が走って行った方へと駆け出した。

 道は下り、周りの風景は谷間となり、何時しか小さな川に沿っていた。

 更に暫く走ると、木々の間から池の岸辺が見え、その近くに信仁が立っていた。

「なにをする気なの……」百合は、信仁の二十mぐらい手前で、大木の陰に身を隠した。

 木々の間から見える池は結構大きく、学校の五十mプールを二つ並べたぐらいの広さがあり、幾筋かの川が流れ込み水は綺麗に透き通り、池の周りは経済木の杉ではなく、ブナやナラ等の大木が鬱蒼と茂っていた。

 信仁は岸辺の手前の大木に身を隠す様に立っている。

 百合が信仁の姿を見ていると、あやかしの気配に気が付いた。

「何……」百合は、警戒しながら無意識に腰に手をやったが、

「あっ!」と、鬼斬丸を持って来ていない事に気が付いた。

 百合は仕方なく、地面に落ちている一mぐらいの木の枝を拾った。

「玉ちゃん、何物か分かる?」百合は、姿の消している玉江に声を掛ける。

「……気配が弱すぎて……何者かは分かりません」百合の背後の空間から玉江の声がする。

 あやかしの気配に危険な物は感じなかったが、何者か分からない以上、信仁の身が心配になり、百合が信仁に近付こうとした時、池の中央に波紋が広がった。

 百合は、その波紋を気にしながら信仁に近付く……信仁は波紋に気を取られているのか百合が近付いて来る事に全然気が付いていない。 

 暫くすると、揺れる水面の波紋の中央から、一人の少年が現れた。

 それを見て百合は直ぐに、信仁の後ろ五mぐらいで再び木の後ろに身を隠した。

 人間で言う十二・三歳位に見える少年は、灰色の髪の毛が下に着く程長く、歌舞伎の衣装の様な派手な着物を着ている……少年は水面を滑る様に進み、信仁の前の岸へとたどり着いた。

 気配を消しているのか、少年の霊的な気配が弱い。

「玉ちゃん……」少年に気付かれない様に小声で百合は玉江を呼んだ。

「何でしょう?」玉江も状況を察し、姿を消したまま小声で答える。

「あいつ、何者?」

「……随分と霊力が弱い様ですが……龍……ですね」

「龍!」龍と聞いて百合は驚き、思わず玉江が居るはずの後ろの空間へと振向いた。

「でも……子供みたいですね……角がから出ていません」

「龍の子供?」玉江に言われて百合は、少年の頭を見た。

 確かに瘤の様な物が二つ頭にある。

 信仁の朝顔の蕾同様『まだ剥けてないのか……』と、百合は馬鹿にする様に鼻で笑った。

「まぁ……大した事は出来ますまい」

「見たいね……」

 と、その時、信仁が突然、蒼天撃を構え龍の少年の前に飛び出した。

「ちょ、ちょっと!」百合は慌てて、信仁の後を追う。

 池の岸辺は緩やかな斜面となっていて、広く開けていた。 

 百合が、その手前の大木の所まで来ると、なにやら二人が大声で怒鳴り合って居る声が聞こえて来た。

「……だから、大人しく縛られろって言ってんだよ!」

 百合は、耳に飛び込んだその言葉に驚き立ち止まった。

「あの子……龍を縛る気なの……」百合は、その場に留まり二人を見た。

 まだ信仁は、縛り方も知らないはずなのにと、百合は不安そうに二人を見ている。

「甘く見るなよ人間!わしを誰だと思っているのじゃ!この池の主、将鬼丸ぞ!」

「はっ、こっちには、蒼天撃があるんだ!お前が龍でも負けないからな!」

 信仁は格好だけは一人前に、将鬼丸と名乗る龍の少年に向って、蒼天撃を構える。

「なにやってんのよ……」

 虎の威を借ると言うところか、百合はそんな強気な信仁を見て情けなく思った。

「夏休み中、ずっと探してて、やっと見つけたんだ!逃がさねぇ……」

 その言葉を聞いて『宿題……やってねぇな……』と、百合は眉を顰める。

「まっ、魔斬りの、ほっ、法具か……そっそ、そんなもの、おおお、恐れはせんわ!」

 将鬼丸は信仁の構える蒼天撃を見て身構え、言葉とは裏腹に、思いっきり、びびってる。

「鯉太夫!鮒力士!出て来い!」

 将鬼丸が池に向かって叫ぶと、池に渦が二つ出来、その中から二人のあやかしが現れた。

 その化物は身長二m位の鯉と鮒……なんだが、その二人には、人間の手と足が生えていた。 

 魚の体に直接、筋骨隆々とした手足が生えている二人は、異様な雰囲気を醸し出していた……って言うより、ストレートに気持ち悪い……マッチョな手足が……

「玉ちゃん……何、あれ?」百合は、その気味悪さに、少し引いている。

「……見た通り、鯉と鮒のあやかしでしょう……雑魚ですが……」

「えっ?」それ、洒落?と百合は呆れた様に、姿を消している玉江の方を振向いた。

「こいつ等が、相手してやる!今更、命乞いしても遅いぞ!」

「二匹ぐらい、何とも無いわい!掛かって来やがれ!」

「本当に、やるぞ!覚悟は良いな!」

「喧しい!覚悟するのはそっちだ!」

「何だと!」

「何だと!」二人が睨み合い、怒鳴り合っているのを聞いて百合は、

「あぁ、はいはい……もう、何、子供の喧嘩みたいのやってんのよ……」と、呆れている。

「怪我する前に止めるか……」と、信仁に近付こうとした時、

「やれ!」将鬼丸の号令と共に、鯉と鮒が信仁に向かって襲い掛かった。

「駄目!」百合は咄嗟に叫び飛び出し、信仁の肩を掴もうと手を伸ばしたが、一瞬早く信仁が駆け出し、鯉と鮒を蒼天撃で切り付けた。

 切り付けられた鯉と鮒は断末魔の叫びを上げ、霧となり消えた。

「信仁!」

「えっ?」

 叫んだ百合に気付き、振り向いた信仁の顔面に、百合の右ストレートが炸裂した。

「ぐわっ!」綺麗に入った拳に、信仁は声を上げ、二m後ろに飛ばされて倒れた。

「あんた!今、自分が何をしたか分かっているの!」

「百合姉……どうして此処に?」

 目の前で仁王立ちで叫ぶ百合の姿を見て、信仁は訳が分からず驚いている。

「そんな事、どうだって良いわよ!それより、何であの二人を殺したのよ!何にも悪い事してないのに、あんた、何で殺したのよ!」

「で、でも……」百合の怒鳴る姿を見て、信仁は怯えている。

 百合は怒りに震えながら信仁に近付き、倒れている信仁の胸元を掴み引き寄せる。

「あんたね、何か勘違いしているでしょ。私達、お役目が、あやかしを面白がって殺しているとでも思っているの?あやかしと見ると、無差別に殺しているとでも思っているの?ねぇ、どうなの、どう思っているの……」そう言っているうちに、百合は情けなくなり涙が滲んだ。

「答えなさいよ!」叫ぶと同時に、信仁の顔面に再び拳を食らわせる。

「答えなさいよ!」更にもう一発食らわす百合の目から、涙が零れ落ちた。

「答えなさいよ……」百合は三発目を食らわすと、力が抜けた様に肩を落とした。

「ごめん……でも、俺、強くなりたくて……」

 信仁は自分のやった事の重大さにやっと気付いたのか、力なくうな垂れている。

「馬鹿!こんな弱い者苛めみたいな事して、何が強くなりたいよ!」

 百合は叫びながら、両手で信仁の胸倉を掴み直し激しく揺すり、最後は地面に叩き付けた。

「あんたなんか……こんな事してたんじゃ、強くなんか成れるはず無いわよ……命の尊さが分からないあんたなんか、一生強くなんか成れないわよ」百合は静かに立ち上がる。

「でも……」

「黙れ!意味も無く命を奪った、あんたなんかの言い訳なんか聞きたくない……何が、お役目に成りたいよ……やっぱりあんたなんか無理よ……」

 粉雪を失い、今迄滅して来た化物の命でさえ、背負う覚悟をした百合にとって、信仁のあまりにも軽はずみな心無い行動が許せなかった。

 まだ中学生の信仁は、お役目の強さだけに憧れ、武勇だけに心躍らせ、お役目の過酷さを知らない。

 まだ未熟にも達していない信仁は、自分を支える技量や知識等、何も無い事にさえ気付かず、只、強くなりたいと焦っていた。

 そんな信仁を百合は情けなく思い、怒りに震えながら見下ろしている。

 そして、(おもむろ)に将鬼丸の方へと振向くと、

「あんたも……自分が怖いからって仲間を犠牲にして……それで池の主だなんて、良くも言えたものね……」将鬼丸を怒りに燃える目で睨み付けた。

 百合は、玉江達に主と呼ばれ、お役目を続けるからには、死を覚悟した命を下す時が、何時かは来る事を覚悟している。

 だからこそ、将鬼丸の余りにも身勝手な命令が許せなかった。

「黙れ!人間!わしを愚弄する気か!」将鬼丸が身構え怒鳴る。

「愚弄でも何でもしてやるわよ!この、臆病者の根性無し!情け無いと思わないの!」

「おのれ、言わしておけば……許さん!」将鬼丸は百合の罵声に、怒りに体を振るわせる。

「なら、どうする気よ!やってみなさいよ!」百合は、そんな将鬼丸を更に怒鳴り付ける。

「主、冷静に……仮にも、相手は龍ですぞ……」玉江が百合の背後から諌めると、

「だったら、何よ……」百合は振向き、怒りに燃える目で、玉江の居るはずの空間を睨む。

「いえ……」玉江は、激しく怒りを燃やす今の百合に、何を言っても無駄だと悟った。

「許さんぞ!下郎!」将鬼丸はそう叫ぶと、全身を金色の光で包む。

 光は次第に膨張し、長細く伸び、全長十五mはある龍の姿に変化した。

「恐れ入ったか、にんげ……」

「じゃぁかまぁっしゃぁいっ!」←関西弁(訳)やかましい(意)黙れ(用)---わ、われ!

 龍に変化した将鬼丸が言い終わらないうちに、百合は龍の尻尾を掴んで引き寄せ、大きく水平に振り出し、そのまま力任せに二回振り回し、勢いを付けた所で一本背負いの様に投げ、龍を頭から地面に叩き付けた。

「龍が怖くてお役目が務まるかぁ!」さすが元不良……いや鬼の血筋、戦う事に躊躇しない。

「ぐうぅぅ……」

 地響きと共に土煙上げ、地面に叩き付けられた龍は、呻き声を上げて動けないでいる。

「主!相手は龍ですぞ!眷属に怒りを買う様な事になれば、些か面倒ですぞ!」

 百合の怒りに見かねた玉江が、さっきより声を荒くして諌めた。

「……分かったわよ……」

 更に二・三発、蹴りでも入れたかった百合は、玉江の忠告をしぶしぶ了解した。

「信仁!さっさと帰って勉強しなさい!この事はおじさんにも、言うからね!」

 百合が信仁に向かって言うと、信仁は黙って百合を見ている。

「何よ……」百合は睨みながら、信仁の方へと近付く。

「俺……俺……」信仁は言葉が見付からないのか、困惑した顔で百合を見ている。

 情け無いほど困惑する信仁に、百合は出来の悪い弟に対する愛おしさの様なものを感じて、

「あのね、信仁。あんたはまだ何も知らないの……お役目の事も、あやかしの事も」

 そう言って百合は、倒れている信仁の脇にしゃがんだ。

「だから、まだ無理なのよ。お役目に成るなんて……私だって半年はいろんな事を勉強するために旅に出たんだから……」

「でも、俺……」自信無げに、何か訴える様に信仁は百合を見ている。

「あのね……強くなりたいんなら、今の自分を知りなさい。私もね、昔、導厳様に教えてもらったの。自分を変えたいなら、己を知れって……まだ、出来て無いけど……私は導厳様みたいに上手く言えないけど、今の貴方は何をしているのよ。今の貴方に何があるの?貴方に何が出来るの?まだ入り口にも立っていないのに、強く成りたいなんて焦って」百合は少し笑みを浮かべながら、信仁に優しく諭している。

「……」信仁は黙って百合の話を聞いている。

「そんな自分を変えないと、強くなんか成れないって知りなさい……」

 百合は、そう言って静かに立ち上がり振向き、

「早く帰って、受験勉強しなさい……」と、言うと、その場から立ち去った。

 百合は、導厳や國仁達に色々と教えて貰った。その時の言葉は理解出来なくとも、色々な経験をしていくうちに、素直に理解出来る様になって来た。

 そんな自分を思い起こし、百合は信仁にも、そう成って欲しいと願っていた。

 百合の立ち去った後、将鬼丸は少年の姿に戻り、池に帰ろうと歩いている。

「おい……待てよ……」信仁が帰ろうとする将鬼丸に気付き声を掛ける。

「…………」将鬼丸は、信仁の言葉を無視して池に入ろうとしている。

「おい、待てよ!悪かったよ、ごめん……」信仁が立ち上がり、将鬼丸に駆け寄る。

「…………」将鬼丸は立ち止まり、黙って俯いている。

「ごめん……お前の友達、その、殺して……」

「……もう、()い……」

「良く無いだろう……殴っても、()いから、その、ごめん……」

「…………」将鬼丸は再び池に帰ろうと、歩き出した。

「待てよ!帰るなよ!殴れよ!」

 信仁は慌てて池に入り、将鬼丸を通せんぼする様に将鬼丸の前に立ち塞がる。

「もう良いと言うておる!」将鬼丸が俯いたまま叫ぶ……両手の拳を握り締めながら。

「良くねぇよ!殴ってくれよ。俺、馬鹿な事しちまって……すまん……だから、殴ってくれよ……」池の浅瀬に立つ信仁の目には、何時しか涙が光っていた。

「……殴った所で、あいつらは戻らん……」将鬼丸も目に涙を溜めている。

「そりゃ……そうだけど……」

 二人の間に重い沈黙が流れた。 

 そして、行き成り信仁が、その場に土下座して将鬼丸に頭を下げる。

「おい、頼む!俺の相棒になってくれ!頼む!」

 信仁は水面に額を着け、将鬼丸に懇願している。

「このままじゃ、終われないよ……俺、強く成りたいんだ!頼む、協力してくれ!」

「……無理じゃ……」将鬼丸は只一言、諦めた口調でぼそりと呟いた。

「何でだよ!悔しく無いのかよ!あんな事されて、百合姉に勝ちたく無いのかよ!」

 信仁は顔を上げて叫んだ……どうやら信仁は、百合の最後の言葉を理解していない。

「無理じゃ!あんな化物女に勝てるかぁ!」

 百合に……人間の女に負けた事がよほど悔しかったのか、将鬼丸は泣き叫びながら池に逃げ込もうと走り出した……まぁ、普通じゃ無いですけど、百合は……

 元々、格式の高い龍は神通も高大だが、プライドも高い。

 まぁ、言うなれば、何不自由無く過ごしていた、世間知らずの"ええ所のぼんぼん"が、行き成り自分の実力を思い知らされて(しかも人間の女に)挫折したと言う辺りか。

「逃げるな!」信仁は慌てて立ち上がって、将鬼丸の肩を掴んで止めた。

「逃げるなよ!勝てなくても良いから、逃げるなよ!負けても、負けても、何度でも勝負すりゃあ良いじゃねえか!でもな、逃げたら終わりなんだよ!此処で終わりなんだよ!俺もお前も此処で逃げたら、一生負け犬なんだよ!浮かび上がれねぇんだよ!」

「…………」将鬼丸は俯き、黙って信仁の話を聞いている。

「一人じゃ無理でも、二人なら、二人ならがんばれるって、励ましあってがんばれるって、だから、逃げるなよ……」信仁は将鬼丸の前に回り、将鬼丸の顔を見ながら説得している。 

 そして二人は黙って見詰め合っている……古い青春ドラマの様に……

「俺、強くなりたいんだ、だから頼む、協力してくれ!俺の相棒になってくれ!頼む!」

「二人でやれば……強く成れるのか?……」将鬼丸が恐る恐る信仁に尋ねると、

「あぁあ、がんばればな……」信仁は笑顔で頷いた。

「本当じゃな……」

「おう……」

「……分かった……やろう……」

「おお、ありがとう!」信仁は感激のあまり将鬼丸に抱き付いた。

「絶対に勝つぞ!」

「おお、目に物見せてくれようぞ!」

 二人は肩を抱き合い、拳を振り上げた……今時、はやらんな、こんな臭い芝居……


 信仁達を叩きのめした日から数日後、百合は女の日を迎え、その痛みで修練どころでは無くなり、一旦鬼追家に帰ると、再び本山からの呼び出しがあって、自分のアパートに帰る事と成り、その(ついで)にアパートの掃除等をし、病院にも通いとしているうちに、一月がたった頃、

「ただいまぁ……」百合は再び鬼追家へとやって来た。

「お帰りなさい」玄関を入ると奥から一美の声がした。

 一ヶ月ぶりに帰って来た百合に、一美はレアチーズケーキを作ってくれた。

 これも百合の大好物で、ホールごと食べたいと思っている。

「あれ?信仁は?」百合はケーキを食べながら、辺りを見回す。

 一美のレアチーズケーキは信仁も好物なのに、信仁が来ない事を百合は不思議に思った。

「あの子……最近、見かけ無いのよねぇ……」一美は困った様に小首をかしげている。

「えっ?居ないの?」

「ええ、時々帰ってるみたいでぇ……冷蔵庫の中の物が無くなってるの……」

「みたいでって……おばさん、放任主義も其処までやると行き過ぎですよ……」

 百合は、危機感の無い一美を見て呆れている。

 そして百合は『まさか……まだ龍の池に居るんじゃ……』と思い付いた。

「もう、夏休みも終わりなのに……あの子ったら、宿題、済んでるのかしらねぇ?」

「ぜんぜんやってないと思いますよぉ……おばさん甘過ぎよ……」今日は二十九日だ……

「そうは思うんだけどぉ、あの年頃の男の子って、母親の言う事なんか、なかなか聞いてくれなくて……百合ちゃんから、きつく言ってくれない?」

「はぁ、それは、良いんですけど……」百合は一美に心配を掛ける信仁に怒りを覚えた。

「信仁、もしかして山に行っているのかも知れないから……私、心当たりを見て来ます」

「そうお、お願い出来る?」

「はい、見付けたら、引き摺ってでも連れて帰りますから」百合の目には残酷な光が光った。

 國仁の蒼天撃を黙って持ち出し、百合の警告を聞かずに未だに山に居て、一美を心配(危機感は無いが)させている信仁に、久しぶりにお仕置きのフルコースかと、百合は残酷な笑みを浮かべた。

 次の日の朝早く、百合は信仁の所へ向うために林道を歩いていた。

 信仁は昨日も帰って来なかった。

 信仁が、まだあそこに居る確証は無いが、百合はとりあえず龍の池に向う事にした。

「主、あやかしの気配が近付いて来ます」玉江が姿を消したまま、百合に警告する。

「あやかし?……何か分る?」百合は周囲に目を配り警戒する。

「……あっ……」

「えっ?」玉江の声に、百合は思わず振向き、玉江の居るはずの空間を見た。

「主、以前の龍の子供みたいです……信仁殿もご一緒の様で……」

「えっ?何で?」と、百合は驚き前を見据える。 

 暫くすると、百合にも二人の気配が感じられた。

「あの子、龍と一緒って……まさか、縛ったの?」百合は訳が分からず眉を顰めた。

 百合は、気配のする林道の方へと向う。

 林業のトラックが通る林道で、結構道幅は広く、特に県道に近いこの辺りは、トラックが対向出来るぐらいの広さがあった。

 道の左側は幅二m位の小川が流れていて、右側はなだらかな斜面になっている。

 百合が暫く進んで行くと、信仁達の姿が見えて来た。

「あれ?」下ってくる信仁を見て百合は、少し不思議に思った。

 信仁は落ち着いた足取りで、ゆっくりと林道を歩いている。

 信仁の雰囲気が何故か変わっている。

「百合姉……」信仁は、百合から十mぐらい前で止まり、頭を下げた。

「まだまだ未熟なのは自分でも分っているけど、時間が無くて……でも、自分なりに修練は積んだつもりだよ……」

 二人が頭を下げる姿を、百合は不思議そうに見ている。

「無理を承知で、お願いします……俺達と勝負してください……」

 信仁が更に深く頭を下げて百合に頼んだ。 

「勝負って……どう言う事?……」百合は訳が分からず、信仁に聞き返した。

「分ってる!俺が、まだまだ百合姉の相手になれる様な力を、付けていない事ぐらい、分っている……だけど、勝負したいんだ……」信仁が顔を上げて、百合を見詰めた。

「信仁……貴方……」百合は信仁の目を見て驚いた。

 今までとは違う目……何の自信も無く暗闇を手探りして迷っている目では無い、真っ直ぐな目……何かを掴んだ様な自信が滲み出る目。

「あの日、百合姉に殴られて……悔しくて……何も出来ない自分が情けなくて、悔しくて……俺、こいつと修練しながら考えたんだ。俺、強くなりたいって……でも、間違ってたんだ、強くなりたいって、誰かより強くなりたいって、百合姉より強くなりたいって……それは間違だって気付いたんだ」そう言って信仁は将鬼丸の方を向いた。

 二人は顔を見合わせ微笑んでいる……良い笑顔だった。

 迷いの無い何かを見つけた、落ち着いた穏やかな笑顔。

「俺、強くなりたいって……それは、自分自身に勝たなきゃ、何の意味も無い事が分ったんだ……誰かに勝ちたいとか、誰よりも強くなりたいとか……そんな事、小さな事だって……」

「…………」百合は二人の姿を、目を大きく開けて唖然として見ている。

 たった一ヶ月程でこうも変れるのかと、百合は二人の変わり様に驚いている。

「色々と悩んだ挙句、やっとそれに気付いたんだけど、まだ自信が無くて……今日までやって来た事が正しかったのかって、自信が無くて……だから、確かめたいんだ、俺達が気付いた事が正しいのか、やって来た事が正しいのか、確かめたいんだ……だから、お願いします。俺達と勝負して下さい」二人が再び百合に向って深く頭を下げた。

 信仁の服は、あちこちが破れ血が滲んでいる。腕や顔等肌が見えている所には、擦り傷が幾つも有り、百合には二人が厳しい修練を積んでいた事が分かった。

「自分に勝つ事……それを見つけたのなら、今更、勝負なんか不要じゃないの?」

 百合は何らかの形で、明らかに成長している信仁を見て、優しく微笑んでいる。

「前に進む為に、逃げたくないんだ……今まで、楽な方に逃げていた……自分を誤魔化して楽な方に逃げていた……だけど、もう逃げたくないんだ!強くなる為、自分に打ち勝つ為、今の自分を乗り越える為に、逃げたくないんだ!」

 百合が諭す様に言った言葉に、信仁は自分の思いを熱くぶつけて来た。

 自分自身を乗り越える為の、目の前にある百合と言う壁。

 二人は自分達のやって来た事の成果を確かめる為に、百合と言う壁に挑む。

「……何があったか知らないけど……断る理由は無いわね」

 百合は、信仁がどれだけ成長したのか楽しみだった。

「分ったわ、勝負しましょう……手加減しないわよ!」

「ありがとう!百合姉、望む所だ」

「ありがたい!」二人が百合に、笑顔で礼を言って、顔を見合わせ頷き合っている。

「よろしいのですか……」玉江が百合の背後から心配そうに声を掛ける。

「手加減したら失礼よ、あんな真っ直ぐな目をしているのに……それに、手加減したらやばいかもね……玉ちゃん、白ちゃん助太刀無用よ」

「承知」

「承知」

 百合は、近くに落ちていた手頃な木の枝を拾い構える。

「将鬼丸、憑け!」

「おう!」

 将鬼丸が霊体と成り、信仁の背中へと入ると、体が金色の光に包まれ、瞳が金色に輝く。

 そして、百合と同じ様に木の枝を拾い構える。

 考えて見れば、随分なハンデ戦である……しかし、あやかしを憑けていない百合は、決定的に不利なのに、二人がどれだけ成長したのか知りたくて、わくわくしていた。

「来い!」

「おう!」

 信仁が枝に気を送ると緑色に光り出し、その枝を金色の光が包み込む……百合も枝に気を送り込むと、枝が空気を震わせて、緑の閃光を放つ。

 信仁が、真っ直ぐに向かって来る……想像以上に早い。

 百合は、慌てて身を捻り躱す……信人は其処へ、連続で切りかかる……百合の胴へ水平に打ち込んで来る木の枝を、ぎりぎりの所で受けて跳ね上げる……信仁はそのまま上段の構えから袈裟懸けに打ち込む……それを、百合は仰け反りながら体を回して躱し、足を踏ん張る。

「はっ!」

 空振りの勢いで百合を通り過ぎ背中を見せている信仁に、至近距離で気を放つ……信仁はそれを既の所で横に飛び退き躱す。

「あれを躱すかぁ……」流石に、龍を憑けているだけの事はあると、百合は感心した。

「……でも、まだまだ、無駄な動きが多い」と、百合は枝を構え直し、信仁を見る。

 すると信仁は、じっと枝に気を溜めている……『何をする気なの……』と、百合は構える。

 少々攻撃が当たった所で、気で体を包んで防御しているため、多少の事は痛いで済む。

 信仁は全身を輝かせ、上段に構えた枝に、懸命に気を送っている……百合は、信仁の攻撃に備え、枝に気を送り障壁を厚くして構える。

 百合は、信仁が何をする気なのか楽しみだった。

 信仁は枝を上段に構え、

「はあぁ!」気合と共に一気に振り下ろした。

 気合と共に放たれた気は、大きくうねり、蛇行し進んで来る。

「早い!何これ!見切れない!」百合は戸惑い腰を引く。

 まるで空を飛ぶ龍の様に、上下左右に不規則にうねる気の進路が読めない。

 百合は慌てて進路を予想し、枝を構えたが、間に合わず、左脇腹を掠め気は通り過ぎた。

「くっ……」百合は傷の痛みに、脇腹を押さえながら、思わず膝を付いた。

 龍に噛まれた……そんな印象の技だった。

「主!」

「主!」玉江と白菊が心配して、霊体の姿を現した。

「来るな!まだ、終わっていない!」百合は、近付こうとする二人を制した。

 かすっただけとは言え、服は破け、皮膚が裂け血が流れ、火傷の様な痛みが走る。

「やるわね……凄いよ、わくわくする!」百合は口元に笑みを浮かべ、傷を見ている。

 百合が立ち上がり枝を構え直し前を見ると、信仁は何故か仰向けに倒れて動かないで居た。

「あれ?……」百合は不思議に思い、二人を怪訝そうに目を細め見た。

 そして百合が警戒しながら近付いて行くと、将鬼丸が信仁から離れて、ふらついて尻餅を突き倒れ、焦点の合っていない目で百合を見ながら、力無い声で、

「はっ、ははは、やった、あたった……」そう言うと、どさっと後ろに倒れ込んだ。

 百合は、倒れている二人の姿を呆然と眺めて、

「何よ……まさか、たった一撃で力尽きたの……ばっかっじゃないの?」と、呆れた。

「主、お怪我を……」玉江が心配そうに声を掛ける。

「大した事無いよ……掠り傷よ」百合は流れる血を手で拭った。

 可也痛いが、二人に心配を掛けない様にと、百合は笑顔を浮かべている。

「主、直ぐに妾が……」白菊が心配そうに百合の横に付く。

「待って……この子達を先に、起こしてやって……」

「何故じゃ、主の傷の方が酷いよ」

「でも、先に直しちゃったら、この子達、見れないじゃ無い……自分達の成果が……」

「主……」玉江が、呆れた様に微笑んでいる。

「ごめんね……心配掛けちゃって……」百合が玉江に照れながら微笑んだ。

「主が、そう言うのなら……」白菊は渋々そう言うと、実体化して信仁に近付き、信仁の胸倉を掴み上げる。

 そして、信仁の顔を睨み付けると、

「ふん!」と、大きく鼻を鳴らし、信仁に往復びんたを食らわした。

「しっ、白ちゃん!」百合は白菊の意外な行動に驚いた。

「あう……」信仁が気が付くと、

「貴様も起きんか!」と、将鬼丸の頭に蹴りを入れた。

「いて!」将鬼丸が気が付き痛む頭を押さえる。

「し、白ちゃん……何してるの」

 てっきり、癒しの術で信仁達を起こす物だと思っていた百合は、予期せぬ治療に戸惑い驚いた。

「大事ありません。こ奴ら、気を放つ衝撃に耐えられず気を失っただけですから」と、白菊が二人を見下す様に眺めながら説明した。

「ははは、そうなの……」意外とワイルドな白菊に、百合は呆れた。

 気が付いた信仁が、百合の方を見ると、

「あっ……」百合の傷に気付き、何やら不思議そうな顔で百合を見ている。

 百合は、間の抜けた顔で百合を見ている信仁に向って、

「まったく……ばっかっじゃないの、そんな程度で気を失って……いい加減にしてよね、この後どうする気なのよ!まったく……やるだけやって、後は知らん顔する気?」

 百合は二人の前で、右手を腰に当てて、左手で傷の有る脇腹を指差し、仁王立ちで抗議している……よくある『責任取ってよね!』と迫る女性の様に……

 そして百合は、不機嫌そうに腕を組み、そっぽを向いて、

「これから、反撃でボコボコにしてやろうと思ってたのに……」と、物騒な事を呟いている。  

 二人は、自分達の一撃が当たった事に、驚く様な目で百合の傷を見ている。

「あたった?……」信仁は、自分達の成果を疑う様な目で見て百合に尋ねた。

「当たったわよ……」百合は、そっぽを向いたまま、ちょっと悔しそうに唇を尖らせる。

「あっ、ごめん……百合姉……どうしよう……傷……」流れる血を見て信仁が戸惑っている。

「良いわよ、こんな傷……白ちゃんお願い」

「承知」白菊が百合の傷に手を伸ばし、体を青白く光らせて癒しの術をかける。

 百合の傷が青白い光に包まれ、洗い流したかの様に傷が消え、同時に痛みも消えた。

「ありがとう、白ちゃん」百合は笑顔で白菊に礼を言った。

 得意げに微笑む白菊を、

「すっげえぇぇ……」信仁達は驚きながら見ていた。  

 百合は、まだ地面に座っている二人を見て、全く何の技も持っていなかった二人が、短期間であれだけの技を身に付けた事に『男の子だね……見直したよ……』と感心していた。

 信仁達は、きっと一生懸命、自分達の道を探す為に、自分を見詰め直したに違いなかった。

 厳しい修練をして行くうちに、己に勝つ事を知り、技を身に付けた。

 そして今、自分達の技が百合と言う壁に、僅かだか通用した事で、自分達の成長を知る事が出来、それが自信と成る。

 百合は、そんな信仁達の成長に立ち会えた事が嬉しかった。

 孰れ、信仁もお役目に成るだろう。そして、地獄を見る時も来るだろう。

 そんな時、後に続く者達の力に成りたいと百合は思った。

 自分はまだまだ未熟だが、自分も導厳や國仁に助けてもらった……だから……

「あっ……」その時、百合は何か見えた気がした……自分のするべき事……

『人の一生なんてほんの僅かだ……そんな私達は一時(いっとき)だけの、この世界の間借り人に過ぎない……何れ、次の世代へと引き渡さなくてはならない……その時、次の世代により良い世界を期待するだけじゃ駄目なんだ……何時か生まれて来るかも知れない私の子供……次の世代に引き渡す時、今よりほんの少しでも良い世界を、私は引き渡してやりたい……そうやって、人の世は続いて来たんだ……そうだ、続いて来たんだ……だから、絶対に滅火を世に放つ様な事は、許しちゃいけないんだ……お母さんから貰ったこの命、雪ちゃんに救って貰ったこの命……大切に使わせてもらいます。引き継ぎ、伝える為に』百合は何時しか胸の前で拳を握っていた。

 誰も愛する者を、こんな危険な仕事に就いて欲しいとは思わない。しかし、自分達に流れる鬼の血が、お役目に成る事を望んでいる。それは、押さえ切れない鬼の血を持つ者の性。

 その事を、百合や國仁は身を持って知っている。だからこそ、後に続く者に伝えたい。

 そう思って百合は、成長し始めた信仁を、慈愛の満ちた笑顔で見詰めていた。

 そして、百合はお役目を続けて行く事の使命感を熱く感じ、今迄助けてくれた人達への感謝の気持ちが胸を熱くした。

 百合は、肩を抱き合い、自分達の成果をお互いに称え合い笑っている二人に向って、

「信仁!早く帰って宿題しなさい!」と、現実を突き付けた。

 百合の言葉を聞いて、急に顔から笑いが消え、真っ青になっている信仁に百合は、

「言って置きますけど、手伝わないからね」と、更に追い討ちを掛ける。

「えぇ……英語手伝ってよ……俺、苦手なのに」信仁が甘える様に百合に命乞いすると、

「何よ!逃げないって言ったくせに……自業自得」と、止めを刺した。

「そんなぁ……」

 さっきまで笑っていたのに、突然、絶望の淵に叩き込まれ、激しく落ち込む信仁を見て、百合は、くすりと笑った。

『今はそれで良いよ……何時か……何時か貴方も分かる時が来るから』

 百合は微笑みながら信仁を見て、そう思っていた。


 ○十トンダンプ○


「玉ちゃん!右!そっちから追い込んで!」林の中を駆け抜けながら百合が叫ぶ。

「承知!」百合の上空で、大狐姿の玉江が化物達へと向う。

 山の中腹を、舐める様に斜面に沿って、大小取り混ぜて数百匹の化物達が渦を巻いている。

 上空の化物達を追い込む為に、大きく旋回しながら玉江が連続で炎弾を放ち攻撃する。 

「此処から先には行かせん!」全身を青白い狐火で包み込んだ百合が、地上から化物達の動きを見て、狙いを定め〝雷光丸〟に気を送る……雷光丸が緑の閃光を放ち、空気を振るわせる。

 玉江が追い込んだ、化物の集団が百合の射線上に現れる。

「はあぁぁぁっ、たあぁぁぁ!」気合と共に、上段から袈裟懸けに雷光丸を振り下ろした。

 そして、雷光丸から散弾の様に放たれた幾筋もの稲妻は、迫る化物達を先頭から次々と貫き、化物達は集団が削られる様に、どす黒い煙を上げながら霧となって消えて行く。

 百合の頭上を、生き残った化物の集団が風の様に通り過ぎる……と、同時に玉江が低空で百合へと向って来た。

 玉江が通り過ぎる瞬間、百合は玉江の背中へと飛び乗り、再び雷光丸に気を送る。

 百合は玉江の背中に立ち、化物達に向って今度は球状の稲妻を放つ。

 放たれた稲妻は、集団の中央で閃光を放ち炸裂し、集団の中央がぽっかりと空間を空ける。

 化物達は、一旦、散開したが再び集団となり、百合達に向かって来た。

 それを玉江が炎弾を放ち、牽制する。

「ちくしょうおぉぉ!」

 百合は叫び声を上げながら、群がる化け物達に稲妻を放ち、近寄る化け物を雷光丸で薙ぎ払い続ける。


 どれぐらいの時間が過ぎたのだろうか、どうやら、化物は全て片付いた。

 戦いの終わった山の斜面は、広範囲に渡って、木はなぎ倒されて、土砂が飛び散り、一部が崩れていた。

「主、ご無事で?」玉江が着地し、背中の百合に声を掛けると、

「大丈夫だよ、ご苦労様!……白ちゃん離れて」百合が、玉江の背中から飛び降り、

「承知」白菊が、百合の背中から抜け出した。

「ふうえぇぇ、疲れた……」百合から離れた白菊は、そのまま地面に大の字になり寝そべった……はい、其処の人、霊体なのにと突っ込まない。

「白ちゃん、女の子が、そんなに足開いて……はした無いよ……」

「だあぁってえぇ、疲れたもん!」(たしな)める百合に、白菊は駄々っ子の様に抗議すと、

「何じゃ白菊!主に向かって、その口の利き方は!」すかさず玉江のチェックが入る。

「……ごめんなさい……」玉江に怒られ白菊は、慌てて正座して百合に謝った。

「良いわよ、それぐらい……」百合が微笑みながら白菊に言うと、

「成りません!主は白菊に甘過ぎます!」今度は百合に、玉江のチェックが入った。

「ははははは、ごめん……」百合は、自分も叱られた事を照れながら笑った。

 鬼頭と初めて戦ってから、もう二年が過ぎた。

 戦いは滅火への防衛体制が整い、散発的になっては来たが、大掛かりにもなって来た。

 前回の大戦の教訓を生かし、早期に防衛体制を引いたのが功を奏した。 

「良いか、白菊。この二年で随分と慣れて来たのは分かるが、この程度で疲れたとは、情けない……更に精進せい!主をお守りする狐火を、絶やす事があってはならんのだぞ!」 

「……承知……」師匠の如く、玉江の厳しい指導を、聊か不満気に唇を尖らせて白菊が聞いている……白菊は『だって、まだ子供だもん……』とでも言いたい様だ。

 白菊に教育的指導をしていると、玉江は何かに気付き遠くを見詰めた。

「……主、信仁殿です」玉江が霊体の巫女姿に成り、遠くの山を見ている。

 すると、山の稜線をなめる様に、低く一筋の光が飛んで来るが見えて来た。

「えっ?……ははは、来たな」と、百合は、飛んで来る光の方を見ると、少年の姿で飛んでいる将鬼丸に信仁が負ぶさり、百合の方へと向かって来る。

「百合姉!伝言と差し入れ!」着地した将鬼丸から信仁が離れ、百合に近付いて来ると、

「おっ!サンキュウ!お久しぶりね、バイト君!」と、百合は笑顔で信仁を迎えが、

「……止めてよ……その呼び方……」信仁は不機嫌そうに百合を睨んで、

「なんか、馬鹿にされてるみたいでさ……」と、力無く項垂れる。

「ははは、だって夏休みのバイトでしょ。鳴神さんの所の末っ子も来てるんでしょ」

「うん、後、鬼岡さんとこと、神代さんとこ」

「皆ベテランさんの子供だから、バイト料、おやじさん達から結構貰ってんじゃないの?」

「他の子は知らないけど……俺は……」百合の質問に、信仁は急に顔を曇らせる。

「当たり前でしょ!ただ働きでも。蒼天撃に傷付けて……修理に幾ら掛かったと思ってるの」

 二年前、将鬼丸に出会った時、黙って持ち出した蒼天撃の柄に酷い傷を付けて、信仁は顔の形が変わるぐらいの大目玉を國仁に食らった……責任の一端は、あの場所で信人を殴り飛ばした百合にもあったのだが……

 そんな事情で、高校進学を当然の事ながら素直に受け入れ、更に夏休み等は、ただ働きのアルバイトに甘んじていた。

「あれ?信仁、また背が伸びた?」前に立つ信仁を見て、百合は手を頭に翳し比べていると、

「一七五cmだよ……今度は誤魔化して無いよ!」と、信人は、慌てて額を手で押さえる。

「……分かってるわよ。私も一七〇cmに成ったし」百合は、翳した手で確認して、

「体つきも、随分と逞しくなったじゃない」信仁の厚い胸板を拳で軽く突いた。

「もう直ぐ十七だよ、修練もしているし当然だよ。でも、百合姉は相変わらず胸……」と、信仁が百合の胸に視線をやって、何か言い掛けた時、電光石火の速さで百合が信仁の頬を抓り、

「その口が……災いとなると何度も教えたが……」と、殺意を込め、力いっぱい引っ張ると、

「ふぅみぃまひぇへぇん、ゆりゅひてくりゃさい……」信仁は涙を流しながら謝罪した。

「……それより、頼んでいた例の物は……」百合が信仁に、意味ありげに手を差し出すと、

「……抜かりなく……此処に」信仁はリュックの中からコンビニの袋を取り出した。

「玉ちゃん、白ちゃん、お稲荷さん来たよおうぅ」

「おお!」

「信仁殿忝い!」

 二人は、嬉しそうにお稲荷さんのパックを受け取ると、いそいそと笑顔で開け出した。

「将ちゃん大丈夫?」百合は、地面に寝転んでいる将鬼丸へ声を掛けると、

「はあ……百合殿……何とか……」と、将鬼丸は体を辛そうに起こし、百合に答えた。

「この姿で信仁を運ぶのは、結構辛いです……」

「龍の姿だと楽なんでしょうけど……目立つものね……まぁ、修行よ修行。やっと角が出て来た所でしょ、まだまだ頑張らないとね」と、百合が微笑みながら将鬼丸に言うと、

「はあぁ……」将鬼丸は力なく返事をした。

「だけど何だよ……此処……十トンダンプかブルトーザーで踏み荒らしたみたいな……無茶苦茶するなぁ……」信仁が運んで来た配給の食糧を出しながら、周りを見渡している。

「だって、しょうがないでしょ……数が多かったんだから……」

「まったく、腕が立つとか関係無く、破壊力はトップクラスだね」信仁が呆れる様に言うと、

「何よ、それ」百合は、お稲荷のパックを空けながら、訳が分からずに聞きなおした。

「鬼百合とか、鬼姫って(ふたつ)つ名は、伊達じゃないってね……鳴神さんと親父が話していたけど、百合姉に、背中を任せておけば安心だって」

「また、上手い事言って……何も出ないわよ」百合は、お稲荷を食べながら照れている。

「ははは、本当だよ、鳴神さん褒めてたもん」

「へぇ、あの、むっつりが……何か、照れるなぁ。いやぁ、まっ最近はね、雷の技もイメージ通りに出せるようになったし、バリエーションも増えたし……あっ、そうだ、伝言は?」

「あっ、本隊では、無事に滅火を奪還し、現在封印中、続けて遊撃部隊の者は、今暫く索敵並びに、周辺警護に付くように、との事です」信仁は立ち上がり、上を向いて思い出しながら、間違えない様、一言一言に気を付け百合に伝言を伝えた。

「了解、良かった……上手く行ったのね」信仁の伝言を聞いて百合は、ほっとした。

「でも、鬼頭達は取り逃がしたって……」

「何時もの事ね……あいつ、気配を消すと探査不可能だからね……」

「まったく、あれだけの布陣を掻い潜って逃げるなんて……ある意味凄いよ……」

「そうね……あっ、ほらほら、バイト君、他にも回るんでしょ。田神さんや上神さんの所……

職場体験を兼ねた、非戦闘地域での後方支援の仕事だって重要な仕事よ。さぼってないで行った、行った」百合が信仁達を追い払う様に、手をひらひらさせると、

「えぇぇ、百合殿、今暫く、休息を……」将鬼丸は不満げに百合を見詰めた。

「何言ってるの!これも、修練のうちよ!根性出しなさいよ!男でしょ!」

 百合の容赦の無い言葉に、将鬼丸は渋々立ち上がり、振向き様に、

「やっぱり……鬼姫じゃ……」と、ぼそっと呟いた。

「何ですって!」百合がそれに気付き、将鬼丸を怒鳴り付けると、

「いえ!何でもありません!」将鬼丸は、直ぐに百合に振向き、直立不動の姿勢で答えた。

「将鬼丸……辛抱だ……まだ、勝てねぇ」信仁が将鬼丸の後ろから肩を抱くと、

「信仁……そうだな……」将鬼丸も項垂れながら、信仁の肩を抱いた。

 二人は肩を抱き合い、拳を握り締め遠くを見ている……夕日は無いぞ。

「とっとと、行け!」

「はい!」百合の怒鳴り声に、二人は慌てて、飛んで行った。

 飛び去る二人を見て、確かに背も伸び、体格も逞しくなった信仁だったが、百合は自分が信仁の歳には、既に前線で戦っていた事を思うと、信仁の事がまだまだ頼り無く思えた。 

「主、信仁殿は、まだ将鬼丸を縛ってはいないみたいですね……」

「なんかね、友達だから良いんだって。まっ、まだ正式にお役目に成ってないから、それでも良いけど……何時かはね……」

 玉江と百合は、飛んで行く二人を見送っている。

「主、索敵に就きます」

「お願い」

 稲荷寿司を食べ終わった巫女姿の玉江が上空で待機する。

 百合は周りを見渡し、見晴らしの良さそうな高い木を見付け、その木に飛び上がり登ると、周囲を見渡し警戒する。

 百合が、局地支援の遊撃隊の一人として此処に来たのは二週間前だった。

 今回は作戦も成功し、間も無く帰れそうだ……しかし、帰れば次が待っている。

                  ---◇---

 前回の作戦から、一週間が過ぎた。

 作戦が終了して、とりあえず洗濯物とかをアパートで済まして、百合は休養も兼ねて鬼追家にお世話になっている。

 今は、國仁も帰っている。

 家の庭では國仁が、弟子である信仁に稽古を付けている……と言うか、一方的に小突き廻して、ある意味、虐めにも見える。

 百合でさえ、國仁には適わないのに、信仁だと相手にすら成っていない。

「こら!もっと、相手を良く見ろ!」國仁が怒鳴りまくってる。

 百合は二階の窓から、

「おじさんに小突き廻されて、ふらふらじゃないの……ははは、頑張れよ、弟弟子よ」と、二人の手合いの様子を呑気に見ていた。

 弟子と言えば、鳴神、田神と國仁は兄弟弟子である。

 そして、その師匠に当たるのが、お役目現役最強の鬼追武仁……つまり、國仁の父親、御歳七十のスーパーマンだ。

 百合は、武仁とは何度か会ったが、見た目は何処にでも居そうな、普通の優しいおじいちゃんなんだが、その強さは……例えるなら、原子力発電所を積んだ戦艦大和……はっきり言って化け物だ……今でも激戦地域の最前線で活躍中だ。

 鳴神が一番弟子で田神が二番弟子、そして國仁が三番弟子で、百合が孫弟子。

 お役目の間では、こう言った系列を〝一門(いちもん)〟と、よんで、百合は、鬼追一門となる。

 周りを山で囲まれた、小さな村で百合は、部屋の窓から近くに見える山をぼうぅっと眺めている。

 静かに時間が流れて行く……先週までの戦いが嘘の様だ……

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