8話 毒
どれくらい寝ていたんだろう。私は重い瞼を開けて、目を覚ます。そして大きく目を見張った。綺麗な紫色の髪の毛と、紺色の瞳が視界に映る。
「イーギス様……」
「よかった……」
イーギス様が息を吐いて、椅子に座る。何でイーギス様がいるんだろう。顔を向けると、侍女が他の人を呼びにいく。イーギス様は私の手を握った。
「ごめん、会いに来なくて。まさか毒を飲むなんて」
「そんなこと……。毒?毒って言いましたか?」
私が飲んだのは薬のはずで、毒って言葉に驚く。
「毒でしょ。お医者様がどうやったらこんな毒作れるんだって言ってたし」
「毒じゃなくて薬……、ってねずみは?!」
ねずみの入っていたはずのケースもなくて、叫ぶ私にイーギス様が呆れる。
「同じ毒を飲んでたから全員死んでたよ。だから侍女が丁重に葬った」
「そんな……。じゃあ私は失敗したんですね……」
せっかく流行り病の薬を作ろうと思ったのに、まさか毒が作られてしまうなんて。転生者にも作れない薬なら、何でファンブックにレシピが書いてあったんだと思うけど。
「まさか……、お母様の薬を作ろうと思って?」
「ええ、でも失敗してしまいましたわ。申し訳ありません」
私は体を起こしてイーギス様に謝る。イーギス様は首を横に振った。
「もう忘れてると思った」
「忘れるわけありませんわ。この2ヶ月、研究に研究を重ねて……。でも私はただの凡人でした」
ゲームのシナリオだからじゃない。ただイーギス様の幸せを願ってただけなのに小説に出てくる転生者みたいな能力は私にはなくて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。私は慌てて顔を背けた。馬鹿みたい。大人なのに。
「何でそこまで……。まだ会ったばかりでしょ?」
「でも私は、イーギス様に救ってもらったから……。イーギス様が生きる希望なんです」
嘘偽りない私の気持ち。【麗しの花姫】がなかったら、イーギス様に出会えなかったらここまで生きてこれなかった。イーギス様がベッドに膝をついて、私を抱きしめる。顔が近くて、息が髪に触れる。ああ、また倒れてしまいそう。
「もういいよ、大丈夫。お母様は助けたいけど、だからってナターシャが危険な思いする必要ない」
「イーギス様……。ごめんなさい……」
もうお母様の死期は迫ってるというのに、薬作りは振り出しだ。ううん、きっと監視されて薬作りどころじゃなくなっちゃう。バタバタバタと音がして、イーギス様が離れた。お父様たちが部屋に入ってくる。
「ナターシャ!良かった!」
「ほんと、生きた心地がしなかったのよ」
お父様とお母様に抱きしめられて、お医者様が私を見る。エイシアはフンッと機嫌悪そうにそっぽを向いていた。残念ながらナターシャはゲームに出てくるからここでは死なないのよ。悪運だけは強そうで、私はため息を吐いた。
「ナターシャ、お父さんもお母さんもエイシアも。イーギス様もすごく心配したんだ。もうこんなことするんじゃないぞ」
「ごめんなさい」
テーブルに置いてあったケースもハーブも全部取り上げられてて、もう薬作り出来ないんだとがっかりする。でも私の毒で病気の人の死期を早めてしまわなくてよかったかもしれない。
「イーギス、ナターシャは目覚めたからもう帰ろうか。また来よう」
「はい」
じゃあね、とイーギス様が手を振ってくれて手を振り返す。少ししょぼんとしてて毒の欠片もないイーギス様は可愛かった。




