2話 新しい日々
乙女ゲームではナターシャの家族までは深掘りされなかったが、1つ驚いたことがある。2歳下の妹がまだ5歳だというのに、すこぶる性格が悪いのだ。嫌がらせも両親を独り占めにするのも当たり前、何かあるとすぐナターシャのせいにする。それでも両親が子供の喧嘩だと思って贔屓しないでくれるのが救いだった。
「エイシア、私はあなたのこと大好きよ。仲良くしたいわ」
「私は嫌いです」
はっきりと言われ胸に来る。これは成長したらナターシャと同じになりそうね。これじゃナターシャがいい子になっても、家の没落は免れないじゃん。私が愛して、エイシアを変えてあげないと。
「エイシア、一緒に遊びましょ。サッカーでもしない?」
「邪魔!」
ぐいっと押され、エイシアが去ってく。なかなか手強い。ナターシャは嫌いだけど、彼女も多少苦労してたんだなと思う。
「ねぇお父様」
食事中、うるさいエイシアを遮ってお父様に話しかける。エイシアは声を上げて邪魔してきたけど、お父様は私に微笑んでくれた。
「何だい?」
「いつ私に婚約者が出来るの?」
直球で聞くと、まあ!とお母様が笑う。お父様はカトラリーを置いて咳払いをした。
「まだ早いかと思ったんだけど、そうか。ちょうどいいな。今度の誕生日パーティーの時に来てくれるよ」
「ほんと?」
そんな早くイーギス様に会えるなんて。しかも同い年だから、7歳のイーギス様に会える!【麗しの花姫】は16歳からの話だから子供のイーギス様を見るのは初めてで嬉しい。その日から私は誕生日が待ち遠しくなった。
そんな私のスタイルは自己投影型ではない。ヒロインと推しがくっつくのを応援してる、第三者視点派だ。だから本当はグランドル家の侍女になりたかったのだが、悪役令嬢に転生しちゃった以上私がルートを逸れるとヒロインとくっつかない恐れがある。イーギス様が幸せになるにはヒロインのフローラが必要なのに。ああ、推しの婚約者なんて贅沢すぎる。もう1度私は死ぬかもしれない。
あと5日、あと4日、3日と毎日キャシーに聞いては誕生日までのカウントダウンをする。ナターシャは美少女だけど、少しでも推しに醜い姿を見せたくなくて自分磨きに力を入れた。
「ナターシャ様の姿はまるで恋する乙女ですね」
「違うわ、推しに会う前のファンなのよ」
推し?ファン?とキャシーは疑問を浮かべるが説明しても伝わらなそうだから放っておく。言語は勝手に日本語に変換されてるけど、伝わらない言葉も多くてところどころ不便なんだよね。まぁそれも転生の醍醐味だけど。
「ナターシャ、誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
ついに迎えた誕生日。可愛いドレスを着て家族に会いに行く。ああ、今日イーギス様に会えるなんて実感が湧かない。そわそわしてる私にお父様が笑う。
「まだ来ないから、ゆっくり食事をしよう。今日はナターシャの好きなものを用意させたよ」
「ありがとう、お父様」
最近の誕生日はケーキを買う余裕もなく、当然仕事だったからまともに祝えなかった。テーブルにはご馳走が並んでいて、真ん中のショートケーキにはまだ火のついてない蝋燭が7本立てられていた。貴族でも庶民と祝い方変わらないんだな、と思ったけどここは乙女ゲームの世界。私たちの文化に合わせてるところも多いのかも。
「エイシア、大好きなお姉様の誕生日だ。エイシアからもお祝いの言葉をあげなさい」
「フン、おめでとうですわお姉様」
めんどくさそうに吐き捨てるエイシアに笑う。
「ありがとう、エイシア」
「全く、エイシアは素直じゃないんだから」
1周回ってこれでこそエイシアなのかも、と思ってしまう。家族に囲まれて誕生日を祝ってもらうのは、転生しても嬉しかった。美味しすぎるケーキも食べて、玄関でうろうろする。パーティーは12時からだから、その前には来るだろう。
少ししてドアが開く。私は背筋を伸ばして、ドアの方を見た。大人に連れられて、子供が1人入って来る。淡い紫の髪にとくんと胸が高鳴った。
「これはこれは、お出迎えありがとう。君がナターシャかな?」
グランドル公爵が挨拶をしてくれる。私はスカートを掴み、膝を曲げた。
「はい、ナターシャ・ユーリティスです」
「こっちが息子のイーギスだ。君の婚約者になる」
グランドル公爵に手を引かれ、少年が前に出て来る。青い瞳と目が合った瞬間、
「可愛い……!」
私は額に手を当て、後ろに倒れた。
「ナターシャ!!」
ああ、私死ぬかも……。推しを間近で見て死ねるなら本望だわ。たくさんの大人が私に駆け寄ってくる。うっすらと目を開けると、少し離れて私を覗くイーギス様の姿が見えた。
私は部屋に運ばれる。意識がはっきりとしていた私は、ぐひひひと口を抑えて笑った。
「大丈夫か、ナターシャ」
お医者様の診察を受けてる間も笑いが止まらない。あの顔面国宝をリアルで見てしまうなんて、幸せすぎるにもほどがある。
「病み上がりなので、そのせいで貧血を起こしたのでしょう。少し休めば問題ないです」
「休む必要なんてありませんわ」
ふふふっ、と笑ってお父様を見上げる。
「あまりの美しさに驚いただけですの。イーギス様に会いに行きますわ」
「お、おいナターシャ」
ベッドを降りて、私は走る。応接室のドアを開けるとグランドル公爵とイーギス様がソファーに座っていた。




