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バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件  作者: 沢田美


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29/30

この時間がずっと

「有馬っち、次はウォータースライダー行こ!」


 白瀬さんが僕の手を引く。

 太陽の下、彼女の銀髪が光を弾いて輝いている。


 水滴が肌を伝い落ちるたび、僕の視線は無意識に追いかけてしまう。


 やばい。これは完全にやばい部類の感情だ。


「し、白瀬さん、走ると危ないよ」


「大丈夫大丈夫!」


 彼女の笑顔に引っ張られるように、僕たちはウォータースライダーの入口へ向かった。


 濡れた床を踏むピチャピチャという音。

 遠くで響く歓声。

 塩素の匂い。


 全部が夏の記憶として、僕の中に刻まれていく。


 階段を上って辿り着いた頂上は、思ったより高かった。

 下を覗き込むと、少しだけ足がすくむ。


「ねえ、どっちが先に行く?」


 白瀬さんが振り返る。

 その笑顔が無防備すぎて、僕は思わず視線を逸らした。


「えっと、どっちでも――」


「あの、よろしければ」


 背後から係員の声。


「カップル専用の浮き輪がございますが、いかがですか?」


 時が止まった。


「か、カップル……!?」


 顔から火が出る。

 いや、もう出てる。間違いなく出てる。


「はい! お願いします!」


 白瀬さんが即答した。


 え。


 いいの? カップル専用って、つまり二人で乗るってことだよね?

 それって、その、密着するってことだよね?

 白瀬さん、それ分かって言ってるの?


「有馬っちは前ね。私が後ろ!」


 分かってない。絶対分かってない。

 この人は天然だから、深く考えてない。


 係員に促されるまま、僕は大きな浮き輪の前方に座った。


 そして――白瀬さんが後ろに座る。


 背中に、柔らかい感触。


 終わった。僕の理性が終わった。


「あ、有馬っち、せ、狭くない?」


 白瀬さんの声が耳元で聞こえる。

 吐息が首筋にかかって、全身に電流が走る。


「狭くない。ちょうどいい」


 嘘だ。狭い。というか近い。近すぎる。

 心臓がうるさい。


「そ、そっか……良かった」


 白瀬さんの声が、いつもより小さい。

 もしかして、彼女も意識してる?


 そんなわけないか。


 係員が浮き輪を押し出した。

 ゆっくりと動き出す。徐々にスピードが上がっていく。


 その時、背中に温もりが増した。

 白瀬さんが、僕にしがみついている。


「有馬くん、ありがとう」


 優しい声が、耳元で囁かれた。


「え?」


 何に対するありがとう? 聞きたい。

 でも――


 浮き輪が急加速した。


 カラフルなチューブを滑り降りる。

 左に、右に。体が揺さぶられる。

 風が顔を打つ。水しぶきが上がる。


 白瀬さんの悲鳴が背中越しに伝わってくる。

 でも、それは楽しそうな悲鳴だった。


 数秒後、僕たちはプールに着水した。


 バシャン、と派手な音を立てて。


「きゃー!」


 白瀬さんが笑っている。


「有馬っち! もう一回!」


 彼女が僕の手を引く。


「白瀬さん、さっき――」


 聞きたい。あのありがとうは、何に対して?


「ん? なに?」


 白瀬さんが首を傾げる。無邪気な表情。


「……いや、なんでもない」


 言えなかった。

 彼女のこの笑顔を見られただけで、それで十分だ。


 そう自分に言い聞かせて、僕はもう一度ウォータースライダーへ向かった。


 ※


 何度かスライダーを楽しんだ後、僕たちは流れるプールへ移動した。


 ゆったりと流れる水。のんびりとした時間。

 太陽が少し傾いて、午後の光が優しくなっている。


「有馬っち、一緒に流れよ!」


 白瀬さんがプールに足から入る。


 その瞬間、僕の視界に飛び込んできたのは――

 普段は制服に隠れている彼女の素肌だった。


 白い肌。細い腰。鎖骨のライン。


 落ち着け有馬蓮。


 前を見ろ。泳ぐことだけに集中しろ。

 決して、白瀬さんの肌を凝視するな。


 お前は紳士だ。紳士なんだ。


 脳内で必死に自分を説得しながら、僕もプールに入った。

 冷たい水が、火照った体を冷やしてくれる。


「行こ、有馬っち!」


 白瀬さんが僕の手を取った。

 柔らかくて、温かい。


 僕たちは流れに身を任せた。

 ゆったりと進むプールの中で、肩が何度も触れ合いそうになる。


 そのたびに心臓が跳ねる。


 白瀬さんの横顔が綺麗すぎて、視線を逸らすことができない。


「白瀬さん」


「なに?」


 彼女が僕を見る。

 その瞳が優しい。


「――楽しいですね!」


 嘘だ。本当は違う。

 本当は「好きです」と言いたかった。


 でも、今それを言っても意味がない。

 彼女の答えはまだ聞けない。


 だから、僕は偽物の言葉で誤魔化した。


「うん、そうだね!」


 白瀬さんが微笑む。


 いつまで待てばいいんだろう。

 この気持ちを、ちゃんと伝えられる日は来るのだろうか。


「ねえ、有馬っち」


 白瀬さんが不意に言った。


「うん?」


「今日、来てくれてありがとう」


 優しい声。


「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」


「有馬っちと一緒だと、なんでも楽しいよ」


 白瀬さんが小さく呟いた。


 心臓が、跳ねた。


「僕も……白瀬さんと一緒だと、楽しいです」


 僕も小声で返す。

 白瀬さんが嬉しそうに笑った。


 その笑顔が、太陽よりも眩しい。


 この時間が、ずっと続けばいいのに。


 でも、全部いつかは終わる。

 この夏も、この時間も。


 だからこそ、今を大切にしたい。

 白瀬さんとのこの瞬間を。


 僕は、白瀬さんの手を――ぎゅっと、握った。


 彼女は何も言わなかったけれど、握り返してくれた気がした。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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