震える声
水野愛莉――僕が中学の時の同級生で、学年一可愛いと言われていた。
ただ、それだけの関係。
白瀬さんの質問に答えようとしたが、言葉が喉に詰まった。
脳裏を過ぎるのは、中学時代の記憶。
「……」
「そっか、なんかごめん! 聞いちゃマズかったね!」
作り笑顔で、白瀬さんは言った。
さっきまでの楽しい空気が、一変していた。
妙に、時間がゆっくり流れる。
「なぁ、どしたん? 紗良〜?」
そう言って、僕と白瀬さんの間に割って入るのは有村さんだった。
「いや、なんでもないかな! さ、早くケバブ食べて次行こ次!」
白瀬さんは有村さんの背中を押しながら、司くんたちの方へ向かう。
その後ろ姿が、いつもより小さく見えた。
※
それから、僕たちはゲームセンターに行き、ボウリングに行き、アニメイトに行った。
みんなは楽しそうだった。
司くんと須藤さんは相変わらず仲が良く、海斗くんと光くんは僕に優しく接してくれた。
でも――
白瀬さんだけは、いつもと違った。
笑顔は変わらない。
声のトーンも、いつも通り。
それなのに、何かが違う。
僕に話しかける回数が、少し減った気がする。
目が合っても、すぐに逸らされる。
――僕、何かしたのかな。
そんな疑問を抱えたまま、僕たちは解散した。
胸のモヤモヤは、最後まで晴れなかった。
※
日曜日は、一日中部屋にこもっていた。
アニメを見ても、ラノベを読んでも、集中できない。
頭の中は、白瀬さんのことでいっぱいだった。
――水野さんのこと、説明したほうがいいのかな。
でも、何をどう説明すれば...
スマホを何度も手に取っては、置く。
LINEを開いては、閉じる。
白瀬さんとは、まだLINEを交換していない。
――話したい。
ちゃんと、説明したい。
次に学校で会うのは、また来週。
でも学校では、白瀬さんはいつも友達と一緒だから、二人きりで話すのは難しい。
結局、何もできないまま、日曜日は終わった。
※
月曜日の朝。
僕はいつも通り早く家を出て、学校の教室でラノベを読んでいた。
昨日は『ヒーリング』の最新話が公開される日だったけど、白瀬さんから何も言われなかったな……。
そんな些細な疑問を抱きながらも、ラノベのページをめくる。
「なぁにしてんのー?」
白瀬さんの声がした。
思わず顔を上げる。
そこにいた白瀬さんは、いつもの雰囲気といつもの笑顔をしていた。
「お、おはようございます。ちょっとラノベ読んでました」
「ふーん、そうなんだ」
白瀬さんはそう言いながら、僕が座っている席の隣に椅子を持ってくる。
そして、彼女の視線が僕を捕える。
至近距離!? こんな近くまで……心臓が、うるさい!
白瀬さんの良い匂いが、僕の鼻まで届く。
「有馬っち、今日私と――」
白瀬さんが何か言いかけた、その時。
ヴィヴィヴィ
僕のスマホが震えた。
「――ッ」
白瀬さんの言葉が止まる。
「あ、ごめんなさい...」
僕は慌ててスマホを取り出す。
画面には、LINEの通知。
【LINE】
水野愛莉
『こうやって連絡するの久しぶりだよね!』
――水野さん!?
思わず、画面を凝視する。
「...有馬っち?」
白瀬さんの声が、少し遠く聞こえる。
スマホを開くと、続きのメッセージが表示された。
『私さ、今度蓮くんが働いてる
ファミレスでバイトすることにしたから♪
よろしくね!』
――え?
なんで、バイト先を...?
しかも、なんでこのタイミングで...!
「有馬っち、どうしたの?」
白瀬さんが、僕のスマホ画面を覗き込もうとする。
「――ッ!」
僕は咄嗟に、スマホを胸に抱える。
「い、いや! なんでもない!
店長から、連絡があって...!」
――嘘、ついた。
白瀬さんに、嘘をついてしまった。
「...そっか」
白瀬さんの笑顔が、一瞬だけ固まった気がした。
でも、すぐにいつもの明るさを取り戻す。
「有馬っちも大変だね〜。
でもあそこの店長、めっちゃ頼りになるから!」
「あ...うん」
「今日も、バイト?」
「...うん。17時から」
「そっか! 頑張ってね!」
白瀬さんは満面の笑みで言った。
でも――
その笑顔が、どこか悲しそうに見えた。
※
放課後。
持ち帰る教科書や持ち物をバッグに詰めていると、司くんと海斗くんが僕の元へ来る。
「なぁ有馬! 今日ゲーセン行くんだけど来るか?」
「ごめん、今日バイトがあって……」
「そうか、なら仕方ないか」
司くんは優しく笑って言うと、二人は教室を出ていった。
僕も荷物をまとめて、教室を出る。
その時――
廊下で、白瀬さんと目が合った。
「...」
白瀬さんは、一瞬だけ僕を見て――
すぐに、視線を逸らした。
――やっぱり、何かおかしい。
※
(白瀬紗良の視点)
荷物をまとめて、私は有馬っちのいる席に視線を向けた。
――もう、いない。
有馬っちの席には、誰もいなかった。
「...行っちゃった」
小さく呟く。
「紗良〜、今日帰りどこに行くー?」
奏が話しかけてくる。
「...ファミレス」
気づいたら、口からその言葉が出ていた。
「え?」
困惑する香澄。
「ファミレスに行きたい!」
――会いたい。
有馬っちに、どうしても。
今朝、言えなかったこと。
伝えたかったこと。
ちゃんと、話したい。
※
(有馬蓮の視点に戻る)
「あ、有馬くん! ちょっといいかな?」
更衣室で制服に着替えた僕を、店長が呼ぶ。
この時の僕の心臓の鼓動は、妙に早かった。
店長が僕を呼び止めた理由は、きっとあれだ。
「今日からこの時間帯に新しく入ることになった、水野さんだよ」
そう言って店長は、レジで僕に水野さんを紹介した。
「よろしくね! 蓮くん!」
水野さんの笑顔は、中学の時と変わらない。
明るくて、人懐っこくて、誰にでも優しい。
――悪い人じゃない。
それは分かっている。
でも――
「有馬くん、水野さんに仕事教えてあげて」
店長の言葉に、僕は頷く。
「は、はい...」
その時、店の入り口のドアが開いた。
カラーン
「いらっしゃいませ」
条件反射で声を出す。
――そして、固まった。
そこに立っていたのは、白瀬さんだった。
須藤さんと、有村さんも一緒に。
「――あ」
白瀬さんと、目が合う。
その瞬間――
白瀬さんの視線が、僕の隣にいる水野さんに向いた。
白瀬さんの笑顔が、一瞬だけ消えた。
――やばい。
これは、まずい。
すごく、まずい。
「有馬っち...」
白瀬さんの声が、小さく震えていた。
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