ケバブと嫉妬
僕こと有馬蓮は、白瀬さん達と共にカラオケに入店し、そのままなるべく広い部屋に案内された。
カラオケ……今日こそリベンジするぞ、あの日の失態は犯さないように。
前回のカラオケで途中退室してしまった自分を思い出し、胸が少しチクリと痛む。でも、今日は違う。そんなことを思いながら、僕はドリンクバーで飲み物を注ぐ。
プシュッと炭酸の弾ける音が心地よく響く。コーラを注ぎ終えた僕が個室に戻る頃には、既に司くんと須藤さんがデュエットをしていた。
「有馬、ここ座りなよ!」
光くんに誘導されるように、僕は彼の隣に座った。ふかふかのソファが体を包み込む。
リベンジするとは思ったものの……何を歌えばいいんだろう。
僕は頭をフル回転させながら、タッチパネルの画面をスクロールし、この場にあった陽キャラのみんなに合うような曲を探す。
――いや、違う。
『だから、もっと自信持って。有馬っちは、有馬っちのままでいいんだよ』
白瀬さんの言葉がふと脳裏を過ぎる。
僕は僕のままでいい……。
スクロールする指が、ピタリと止まった。持っていたタッチパッドを強く握る。
「次は有馬だよな! ほら!」
司くんからマイクを渡され、それを受け取る。
ずっしりとした重み。
周りの視線が集中する。
――そして、白瀬さんの視線も。
彼女の青灰色の瞳が、僕を見つめている。
あの時、僕は逃げた。
白瀬さんを悲しませた。
でも今は――違う。
僕は、タッチパネルを操作して、ある曲を選んだ。
『ヒーリング』のケンヤのキャラクターソング。
白瀬さんと初めて盛り上がった話題。
一緒に新刊を買いに行った思い出。
彼女の部屋で語り合った物語。
――この曲なら、僕の想いが届く気がする。
「この曲なに?」
須藤さんが不思議そうに呟く。
僕は、白瀬さんを見た。
彼女も――僕を見つめ返している。
そして、小さく微笑んだ。
――分かってくれた。
この曲の意味を。
流れ始めるメロディー。
僕は、深く息を吸い込んで――
白瀬さんに向けて、歌い始めた。
最初は声が震えた。
でも、サビに入る頃には――不思議と、自然に声が出ていた。
『ヒーリング』のケンヤが、敵に立ち向かう時に歌うあの曲。
僕の"推し"の、魂の叫びを込めた一曲。
「お、有馬、いいじゃん!」
司くんの声援が飛ぶ。
光くんがタンバリンを叩いてリズムを取ってくれている。
海斗くんも、軽く手拍子をしてくれていた。
そして――白瀬さんが、じっと僕を見ていた。
いつもの明るい笑顔じゃない。
どこか真剣な、優しい眼差しで。
その視線に背中を押されるように、僕は最後まで歌い切った。
「――ッ!」
曲が終わった瞬間、拍手が起こる。
「有馬、めっちゃ良かったよ!」
「声、意外といいね!」
「アニソン、初めてちゃんと聴いたけど、かっこよかった!」
みんなの言葉が、胸に染み込んでくる。
――ああ、歌って良かった。
「有馬っち、すごい...」
白瀬さんが、小さく呟いた。
その声は、誰にも聞こえないくらい小さかったけれど――
僕には、はっきりと届いた。
※
自分の選んだ曲が終演し、僕はそのまま逃げるように個室を出た。
廊下に出た途端、熱気から解放されたような感覚に包まれる。部屋から離れる度、足取りが早くなる。
恥ずかしい! 恥ずかしい! 人前で歌った! 人前で僕は歌ったんだ! 初めて!
顔が火照って、耳まで熱い。でも――悪くない。むしろ、胸の奥が温かい。
そんな思いを巡らせていた時、気づけば僕の目の前にはドリンクサーバーが並んでいた。
何か飲まないと、このドキドキが収まらない。無作為にコーラを注ぐ。
「さっきめちゃくちゃ良かったよ、有馬っち!」
そう言って僕の隣にいつの間にか立っていたのは、柔らかく微笑んでいる白瀬さんだった。
僕の体が思わずビクついた。
「し、白瀬さんッ!?」
「何ビクッてんのー? てかさ、有馬っちがさっき歌った歌って『ヒーリング』の原作PVで流れたケンヤのキャラソンだよね?」
さすが白瀬さんだ、あのPVを知っているなんて……。いや、白瀬さんだからこそ、だ。
「はい、僕初めてカラオケで人前で歌いました」
「そうなんだ。でも楽しかったんじゃない?」
「うん、これも全部白瀬さんのおかげだと思う」
その言葉を聞いた白瀬さんは「なんで?」と小首を傾げる。仕草一つ一つが可愛くて、視線が釘付けになる。
「だって、白瀬さんが僕に言ってくれましたよね。僕は僕のままでいいって。それが僕に勇気をくれた――単純でありきたりな理由かもしれないけど、でも僕は前に進めたんです。ありがとうございます、白瀬さん」
「――そ、そうかな?」
僕の言葉に白瀬さんの頬がふわりと赤く染まる。
彼女は銀色の長い髪をクルクルと弄りながら、視線を少し逸らして、
「そう言われると……なんか……恥ずいかも」
「ッ! なんか僕まで恥ずかしくなってきました……」
なんとも言えない空気が数秒過ぎる。
カラオケなのに、色々な個室から声や音楽が漏れてるのに、妙にそれが遠くに感じる。まるで世界に僕たち二人だけしかいないような錯覚。
それらより遥かに大きく聞こえるのは、早く脈打つ僕の心臓の鼓動だけだ。
数秒が数分に感じるほどの、ゆっくりとした時間の流れ。
「ねぇ有馬っち」
そんな沈黙を先に破ったのは、白瀬さんの少し震える声だった。
ふと視線を彼女に向けた時、白瀬さんは優しく――本当に優しく笑っていた。
「私、やっぱり有馬っちのそういう所、気に入ってる」
「――ありがとうございます……」
言葉が、それ以上続かなかった。
白瀬さんの青灰色の瞳が、真っ直ぐ僕を見つめている。
視線を逸らせない。いや、逸らしたくない。
「...ねぇ、有馬っち」
「は、はい」
「また、一緒に『ヒーリング』の話、したいな」
白瀬さんは、少し照れたように笑った。
「もちろんです。いつでも」
「本当? じゃあ、今度の休み――」
「紗良ー! 有馬っちー! 何してんのー?」
須藤さんの声が、廊下に響く。
二人の世界が、一気に現実に引き戻される。
「あ、今行くー!」
白瀬さんが手を振り返すと、僕の方を見て小さく笑った。
「それじゃ、戻ろっか」
「はい」
二人で個室に戻る時、白瀬さんの手が――一瞬だけ、僕の手に触れた気がした。
気のせい、だろうか。
※
それから、僕たちはみんなでもう数曲歌った。
白瀬さんが選んだのは、明るいポップソング。
有村さんと須藤さんが一緒に歌い、みんなで盛り上がる。
でも、時々――白瀬さんと目が合う。
その度に、さっきのドリンクバーでのやり取りが蘇って、胸がドキドキする。
「有馬、楽しそうだな」
海斗くんが、隣でニヤリと笑った。
「え、あ、そうですか?」
「ああ。良かったな、前回のリベンジできて」
「...はい。みんなのおかげです」
「いや、お前が頑張ったからだよ」
海斗くんは、そう言って僕の肩を軽く叩いた。
――変わった。
僕は、少しずつだけど、確かに変わっている。
※
カラオケが終わり、外に出ると、外はまだ明るくて強い日差しが僕たちを照らしていた。
夏の陽射しが、アスファルトを白く輝かせている。
「次どこだっけ?」
ふと、司くんが僕らを見てそう言う。
「司、何忘れてんの? ケバブ屋でしょ?」
光くんが呆れたように微笑みながら言うと、僕たちの前を先導するように歩き出す。
ケバブか、何気に食べたことないな。
そんなことを考えていたら、意外と直ぐにケバブ屋に着いた。
「うげ、結構並んでるな!」
「仕方ないよ、人気店で、最近バズったお店だもん」
司くんに光くんがそう言うと、白瀬さんが風に髪をなびかせてケバブ屋に並ぶ。
その後ろ姿が、妙に眩しく見えた。そんな無邪気そうな白瀬さんに続いて、僕たちはケバブ屋に並んだ。
※
10分ほど並び、僕たちはケバブを買って外で食べていた。
路地裏の小さなスペースに、僕たちは円陣を組むように立っている。
「美味しい!」
「めちゃ美味いんだけど!」
有村さんがそう言うと、光くんは「でしょー!」と得意げに微笑む。
一方の須藤さんと司くんもケバブを無心で頬張っていた。
あの二人……第三者から見たら完全にカップルだよな。
「司〜、私のやつ少しあげるからさ。司のもちょうだい?」
須藤さんは甘えるような声でそう言って、食べかけのケバブを司くんに差し出している。
それを見た司くんは「なんだよ〜」と優しく笑い、差し出されたケバブを何の躊躇もなく食べる。
――間接キス、とか、気にしないのかな。あれで付き合ってないなんて――おかしいだろ!
「ここのケバブ美味しいね!」
そう言って、白瀬さんが僕の横顔を見る。
「本当ですね。初めて食べたけど、こんなに美味しいとは」
「有馬っち、口の周りにソースついてるよ」
「え、マジですか!?」
慌ててナプキンで拭こうとすると、白瀬さんがクスッと笑った。
「もう、有馬っちってば」
「て、照れるからやめてください...」
「あはは、ごめんごめん」
その時、有村さんが僕たちの方を見て、意味深にニヤリと笑った。
「紗良と有馬っち、仲良いね〜」
「な、仲良い...?」
僕が慌てると、白瀬さんも少し頬を染めた。
「当たり前じゃん。友達だもん」
「友達ね〜」
有村さんの「友達ね〜」という言い方が、どこか含みがある。
「香澄、何言ってんの!」
白瀬さんが照れ隠しのように有村さんを軽く叩く。
その様子を見て、みんなが笑った。
――こういう時間が、楽しい。
前まで想像もできなかった、こんな時間。
「有馬、お前もケバブおかわりする?」
司くんが声をかけてくる。
「あ、いや、僕は――」
その時だった。
「あれ? 蓮くん?」
人混みの中から聞こえてきた、懐かしい声に、僕の体が固まる。
そんなわけがないと思いながら、視線を白瀬さんからその声の方に向けた。
「あ、やっぱり蓮くんだ!」
人混みが彼女に道を譲るように開け、そこに立っていたのは――中学の時に学校一可愛いと謳われていた水野愛莉さんだった。
整った顔立ち、明るい茶色の髪、華やかな雰囲気。
中学の時と変わらない、"誰もが振り返る"美少女。
「久しぶり! 蓮くん!」
水野さんは、満面の笑みで僕に駆け寄ってくる。
「み、水野さん...」
「もう、久しぶりなのに、そんな他人行儀!」
水野さんは、僕の腕に軽く触れた。
――その瞬間。
僕の隣で、白瀬さんの笑顔が――一瞬、固まった気がした。
いつもの柔らかい表情が、少しだけ強張っている。
「蓮くん、お友達?」
水野さんが、白瀬さんたちを見る。
「あ、はい。これは――」
僕が紹介しようとした時、白瀬さんがスッと前に出た。
「初めまして。有馬っちの友達の、白瀬です」
いつもの明るい声。
でも――どこか、トーンが低い気がした。
「へぇ、有馬っちって呼ぶんだ。可愛い」
水野さんが、少し驚いたように笑う。
「蓮くん、高校で友達できたんだね。良かった」
「え...?」
「中学の時、あんまり友達いなかったから、心配してたんだ」
――その言葉に、白瀬さんの表情が、また微かに変わった。
「そう、なんだ...」
白瀬さんの声が、小さい。
「あ、私、これから用事があるから! じゃあね! 蓮くん! LINE、また送るね!」
そう言って、水野さんは手を振って去っていった。
――静寂。
「...有馬っち」
白瀬さんが、僕を見る。
その瞳は――いつもと違う、何かを秘めているように見えた。
「水野さんって、どういう人...?」
その質問の意味が、僕にはまだ分からなかった。
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