第7話 洞窟探索
ニアは長老から授かったローブを身に纏い、
痛む身体に鞭を打つように身支度を整えていた。
レシウスがふと何かを思い出したかのように、
ニアへ短剣を差し出す。
「ニア。キケロ洞窟では何が起こるかわからない。咄嗟に君を助けてあげられない時もあるだろう。もしもの時はこの短剣で自分を守りなさい。いいね?」
真剣な声音と眼差しは、いつもの冗談を言う口の軽さはなくまるで双肩に重くのしかかる。
その短剣を受け取り、腰に携えた。
「うん、ありがとう。」
私は、弱い。
弱い、誰かに頼らねば簡単に死ぬかもしれないし傷を負って迷惑をかける可能性もある。
「これは最終確認だけど……もし、君さえよければ、僕とエルフの親衛隊だけで行くことも出来る。
……それでも本当に一緒に行くのかい?」
まるでこちらの覚悟を試されているようで、
思わず俯き、服の袖を手で握っていた。
正直、私は足手纏いだろう。
モンスターも倒せない、けれど死なれても困る。
昔話を信じるならば、私はこの世界を救世できる唯一の存在。それだけに価値がある。
それは重々承知だ。
初めて貰った生きたい理由、生まれて初めて褒めてくれた。守られた。
ただそれに応えられるなら………。
それに応えるなら、自分の足で体で魂で
本気で挑む心構えが不可欠なのだ。
生ぬるい考えを捨て、力を貸して貰えるだけの器であると自分で示さなければ
一体誰が、私に着いてこようと思うのだろうか?
長老から聞いた昔話の救世主のようになりたい、そこまで至れなくてもいい。
何もしない事だけは、絶対に嫌だと思えたのだから。
「最初に謝ります。レシウスごめんなさい…ッ!
私、まだ覚悟なんて無い。
怖くて堪らなくて、身体もずっと痛くて……。
だから………、我儘でごめんなさい。」
頭を深く深く下げた。
自分の本心を誰かに打ち明けたのも生まれて初めてだ。
初めての事ばかりなんだ。
変われるチャンスなんだ。
「迷惑をかけると思います、足手纏いだと思います。
でも、私は…!
私の考えを、思いを、もう曲げたく無い!
自分の気持ちを本物にしたい!だから、
力をどうか、貸してください!!」
頭を下げたまま手を差し出す。
もし、断られたらどうしようと不安でいっぱいだ。
しかし、その不安を拭うようにニアよりも一回り大きな手に優しく包まれた。
「頭を上げて、君にはそんなの似合わないよ?
僕は、言っただろう?覚悟を示せ…と。
その心意気、十分だ。そして、同時に誠意をありがとう。こんな混血種相手にも感謝の言葉をくれて。」
泣きそうになりかけた、でもまだまだ先は長い。こんな所で泣いてちゃ駄目だ。
「ぅううううう………ッ!
感動した!感動したぞぉおおおおお!
救世主、そして魔術師レシウス!!
異種族間との、絆!我々も見習いたい……グスッ。」
いつの間にか、エルフ族達に囲まれており
みんながみんな、涙ぐみながら拍手で讃えてくれているようだった。
そして、私の肩をバシバシと叩きながら一番泣いているこの女性エルフは、ハンカチで目元を拭う。
そして、身なりを整えるような仕草をし終えこちらに向き直した。
「副隊長ともあろう者が、恥ずかしいところをお見せした。私の名はスフィアだ!
貴殿達を援護するため、我が親衛隊は共にキケロ洞窟……及び古神竜シーザとの謁見に協力させてもらう!
よろしく頼む。」
彼女の薄桃色の髪は後頭部の高い位置に一つに束ねられ、纏う装備は所々露出が高い軽装で特に胸元がかなり強調されるデザインをしている。
思わずそこに目線を集中させてしまう。
いや、邪な事はもちろん一切考えてなどいない、断じてここに誓おう。
まあ、少しすこーし、気になった、ただそれだけのことだ、ホントだ。
ブンブンと頭を振り、邪念を取っ払う。
「…えと、こちらこそ!よろしくお願いします!」
無意識にお互い手を差し出し、ナチュラルに握手を交わしていた。
不思議と安心させてくれるスフィアの魅力に微笑んでいる自分がいた。
そこに、目覚めた時に居た子供エルフのアウとイウがこちらに駆け寄ってきて
優しく体当たりするみたいに抱きつかれた。
「きゅーせーしゅさん!がんばってね!」
「よわいからしなないでね……!これ、つかって!」
淡い青色の液体が試験管の容器の中に閉じ込めてある物を10本程入った腰掛けタイプのポシェットを貰った。
恐らく、ポーションの類だろう。優しく2人の頭を撫でた。
「ありがとう!これがあればたぶん、いや絶対死なないよ!」
そして、準備を終えたニア、レシウス、スフィアと親衛隊員数名はいよいよキケロ洞窟へと向かった。
道中隣を歩くスフィアは親しげにニアの名を呼んだ。
「…救世主、いや私もニアと呼んでもよろしいか?
そっちの方が上手く連携が取れるような気がするんだ。」
「もちろんです!そ、それら!わ!私もスフィアと呼んでも………良いかな………?」
「当然だ!……まるで、人の子の友人ができたようで私は…っう、感動してるぞぉお!」
また泣きそうな顔をしながら、心底嬉しそうに語る彼女に絆されてこちらも目頭が熱くなる。
友人……か。そんな事言われるとは思いもよらず。
あああ!これ、止まらなくなるやつだ。
まだ早いまだ早い…。
「あ!あのさ!この、長老から授かったローブってどんな代物なの?エルフ族に伝わるような凄い物なんじゃ?」
話題を変えようと、長老から授かったローブについてどんな代物なのかを伺う。
「……あ、あぁ。
それはな、一万年前現れた伝説の救世主の形見らしい。真偽は、不明ではあるが長老はそう信じている。どんな効果があるのかは、わからないが。」
「そ、そうなの?!!そんな大切な物を貰っていいのかな…。」
レシウスが笑いを堪えながら、会話に割って入る。
「あっははは。多分大丈夫だよ?
だってこれ、フフ。一万年前の代物がこんな新品みたいな綺麗さ保てる訳がない!!ははは!
長老もたまにおかしな事を言うからね!
年かな?だってこれ、ぷふー!ただの布切れ同然!グハッ!」
ニアとスフィアは、息を合わせて
両側から互いの拳をレシウスの横腹に食らわす。
「なんで僕ばかり!!」
「私もそりゃ綺麗すぎるし、何の効果があるかわからないなら邪魔かもとは………思わなかったんだから。
少しは反省した方がいいよ、レシウス。」
「…ニア?貴殿も一発は食らう覚悟があるみたいだ?」
目は笑っているのに、ダークなオーラが隠せていないスフィアは指をポキポキ鳴らしながら
拳を構える仕草を見せる。
「それはご勘弁をッ!!
着ます!このローブ無しじゃ生きれない!
殴るならレシウスにして!」
「僕を売るな!」
和気藹々(あいあい)の3人の会話を、親衛隊員達は微笑ましく見守るのであった。
そして、魔除けの魔術が効いているのか
はたまたエルフの加護なるものがあるのかは知らないがそれの影響なのか。
キケロ洞窟までの道のりも順調に進むことができ、
そのまま中に入ろうとしたまさにその時だったーーー。
ドォォォォォォォォンッ!
ズゴゴゴゴゴ……
耳を塞ぎたくなる爆発のような衝撃音の後に
激しい地震のような縦揺れが一行を襲う。
「シュギャアアアアアアアッッ!!!」
それだけで収まらず、生き物の咆哮のような悲痛な断末魔が空気を切り裂くように響く。
スフィアとレシウスは同時に、その断末魔の正体と今後起こりうる最悪な事態を悟るも一声を発するよりも先にそれは現実となってしまう。
瞬間、一行の足場が崩壊を始め一気にその奈落に落とされていく。
レシウス、親衛隊員達は崩壊する岩を足場にしながらなんとか地に足を着いた。
スフィアは軽快な動きで、泳ぐように落ちていくニアを小脇に抱え無事に足場に着いた。
そして一行が辿り着いた先は、
鉛のような異様な匂いに包まれていた。
その光景と嗅いだ事のない悪臭にニアは絶望と嗚咽で喉を鳴らす。
ニアだけにあらず皆、絶句していたーーー。
辺り一面には肉片と血が散乱しており
その中に、片方の目玉が抜かれ、片翼と爪は剥がれ
無残な姿をしながらも何かを必死に守ろうと蹲っている最強最古の神竜シーザが居た。




