第28話 惨めだとしても無能らしく勝利をこの手に
巨人と一対一の対峙。
どちらに勝ち目があるか、無論巨人側だ。
なんせ私は、丸太に拘束状態。
こんなんで片膝付かせろと無理難題を投げかけてきた戦闘狂の巨人は、あろう事がその足を振り翳す。
一度や二度ならず、何度も何度も地を揺らし抉った。
「死ぬって!ガチで!」
その度にコロコロと、身体を回転させて無様に逃げ回った。
巨人が哀れみで返してくれた聖刀も、鞘から抜けなければただのお飾りだ。
「ほれ!どうした!さっさと反撃せんと、夕刻などあっという間であるぞ!それともワシに殺されたいのか?ん?」
「そんな訳ない!!……っうお!
だって!ひぃッ!
…クソ!……そっちが!そのまま始めたんだッ!」
考える隙など一切与えてはくれない。
夕刻までに片膝付かせられなければ、私はこの巨人に殺されるらしい。
それは阻止したい。
まだ死ぬ訳にはいかないからだ。
この境地を、好機に転じる一手は何だ。
考えろーー。
逃げていたら、駄目だ。
片膝、片膝だけを付かせればいいんだ。
難しい事を考えるな。
……よし、一か八かーー。
現刻、昼七つ。
16時を過ぎて、空が宵の色に変わっていく。
「ウォオオオオオオオオ!!!」
走る。
背中を敵に見せながら走る。
巨人からすれば、滑稽に映るだろう。
それでも、いい。
兎に角、距離を稼ぐ。
丸太の重みが加えられて、そのスピードはとても速いものでは無かった。
しかし、それで十分なのだ。
巨人の図体であれば私のスピードを上回る速さは出せないだろう。
それを逆手にとって、暗闇が濃くなる森をひたすら駆け回る。
「こっちだ!!!巨人!!!来るがいい!」
どんなに惨めでも、どんなやり方でも相手が提示した勝利は変わらない。
なら、勝ち取るために手段など選ばない。
愚直にやるだけだ……!!!
私の大声に気づいた巨人は、地を鳴らしてこちらに迫り来るーー。
「ガハハ!ただ逃げ回るだけでは、ワシに敵わぬと言うのがまだ理解できぬか。
とんだ期待ハズレであったな。ならばここで一思いに殺してくれるわ」
「……そりゃ、私には何の才能もないよ。
でも、もう簡単に死を甘んじて受け入れる訳にはいかないだ!!!!来いよ巨人!」
「はははははは!お主の最後の挑発、受けてたとう!抗え!例え、この先に死が待ち受けていようともな!」
夕日が落ちきる。
完全な暗闇に包まれた森には、巨人の足音だけが鳴り響くーー。
ドゴンッ
ーーその時、走ってこちらに差し迫った巨人は
あろう事か体勢を崩して転倒しそうになるも
片足で身体を支えるために体勢を整えようと意識が私から逸れた。
今しかないーー。
「いっけええええ!!!」
暗闇に身を隠していたニアが、突如聖刀で巨人の足を目掛けて切先を薙いだ。
ズゴオオオン
支えるための足が、上手く着地できぬまま巨人はついに倒れ込んだーー。
訳もわからぬままに、気づけば巨人は敗北していた。
「ッな、何ぃ!!?お主、ワシに一体何をした!!」
「ふぅ………。一か八かだったけど、棘付いた草木のツルをかき集めて罠ぽいのを作った。
この森の暗さなら、警戒しないで来てくれる事を信じて。その後は、力技だったけどね」
「こんな短時間で、それだけの事を……。
ふ、ふははははははは!実に愉快であったぞ!
お主、気に入った!!ワシの後継ぎにならぬか?」
「………………………へ?」
拍子抜けた声が、森をこだまする。
いやだって、何でそうなるんだ。
「あの、殺そうとした相手をそんな、後継ぎにするとか狂ってませんか?!」
「何を言っておる!
ワシは負けたんじゃ。今日の敵は今日の後継ぎ。これ必然である」
「必然な訳ないだろ!何言ってんの!
勝手に襲ってきて、勝手に後継ぎにされそうになってるし!」
「そうかそうか!そんなに嬉しいのだな!
まあ、とりあえず一旦戻るとしよう」
「嬉しくねーよ!!急に冷静になるな!」
なんやかんやで、私は必死こいて巨人を片膝付かせるどころか転倒させる事に成功した。
無事に、勝利を掴み取れたことに安堵するものの巨人の我儘はまだ続くようだ。
* * *
巨人に担がれて、住処へ戻ってきた。
その頃には、他の巨人たちが焚き火を囲んで食事の支度をしている様だった。
「お主ら!宴だ!後継ぎが見つかったぞ!」
そう私を担ぐ巨人が言い放つと、他の巨人たちは嬉々として歓声めいた声を上げる。
「いや、だからまだ後を継ぐとは一言も言ってないんだけど!」
「まあ、そんな堅い事を言うでない!」
駄目だ、まるで話が通じない。
いつの間にか、拘束は外されて中央に無理矢理座らされた。
頭を抱えているとそこに、1人の巨人が跪いて報告をする。
どうやら、私と戦ったこの巨人は喋り方からしても巨人の長なのかもしれない。
だってほら、手下ぽい巨人がそう言ってるから。
「長。先ほど怪しい連中をひっ捕えましたが、如何致しますか?」
「ほお?こちらに通してみよ」
「ハッ」
巨人らに拘束されて連れてこられたのは、
なんとアテシーと女の子が1人。
女の子は私とまるで顔が瓜二つ。
所謂、ドッペルゲンガー。
そして、その顔と身なりから残虐な記憶が蘇る。
ーー私はこの子を知っている。
前回の世界で私の代わりに拷問された挙句殺されたアレンの妹だ。
間違うはずない、救世主の私と間違えられて捕らえられた彼女だった。
さぞ無惨で、悲痛な死を遂げた事だろう。
始めて彼女と合間見えた時には、既に死体だった。
思わず、吐き出しそうになるのを必死に堪える。
「……うッ!」
激しい動悸と眩暈。
吐き気は、治らず喉を異物が迫り上がる。
異変に気づいたアテシーが、巨人を振り払って寄り添うように背中を摩る。
「う。ぅお……おぇ」
ついに、我慢できずに吐き出してしまう。
本当に、私はどこまで醜態を晒せばいいんだろうと気が遠くなる。
これも、エリスの思惑なのだろうか。
少し落ち着けた後アテシーとアレンが敵でない事情を説明し、2人は無事解放された。
よかった、今度は死の対面じゃなくて。
そんな事ばかりが、私の心を埋め尽くす。
しかし、嬉しい筈なのに罪の意識からアレンを直視出来ずにいた。
もう、誰も死んで欲しくない。
それが私の唯一無二の願いだから。
* * *
朝日が、昇る前だった。
いつの間にか、眠ってしまっていた。
昨夜は、吐いて。
その後は確か、ご飯を食べて一切目を合わせられない私をアレンは怪訝に文句を言われて。
謝って、そしたら身体の力が抜けてしまってーー。
身体には、布団が丁寧に掛けてありその温もりに生きている安心感に安堵する。
朧げな視界を擦り、アテシーを探しにまだ静寂で薄寒い中を一歩また一歩を踏み締める。
霧が濃く辺りがよく見えず、気づくのに時間がかかった。
最初の異変は、また臭いだった。
あの臭い。鉛の、鼻をつく臭い。
直感で嫌な予感がした。
ざわつく心を、必死に宥めながら足早にみんなを探す。
昨夜焚き火を囲んだ、運河よりも森に近い位置。
そこで、目を見張る。
ここはまだ霧が薄かった。
だからよくその光景が何があったのかをありありと物語る。
ああ、私をまた、嘲笑うのだ。
川が少しずつ赤に染まっていく。
地面には、至る所に血の痕跡が絶えない。
「………また、だ」
立ち尽くす背後に差し迫る影があったーー。




