第25話 神成る者の戴冠式
神への昇格ーー。
厄介極まりないことを容易に述べた、アテシーへの信憑性に疑念が胸をすく。
それでも、元神様からの助言は今の私からすれば唯一と言って良いほど頼もしかった。
今の私には、仲間も頼れる宛が何一つないただの村人同然だからだ。
アテシーの全てが信用できなくとも、それでも彼女から捧げられてきた愛情までも疑う事などしたくないーー。
だから、たった1つの蜘蛛の糸にすら縋る様に
無様でもいい、それを必死に手繰り寄せる。
それがどんな困難でも、今逃げたらきっと
もっと修羅の道を歩むことになってしまう。
そうなれば、私の精神力では到底耐えきれない。
なら今やるべきことは1つだーー。
「アテシー、神への昇格ってどうすればいいの?」
待ってましたと言わんばかりに、目の前のモフッとした魔物は自信満々に告げた。
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたね!
まあ、本当は十傑でも無い限り困難を伴うんだけど、そこはまあ。ワタシが居るから……クリアしていて……」
その小さな5本指を折り曲げて3を示した。
「方法は、3つ!
1つ……、手っ取り早くエリスを倒して権能を奪う。これは今は無理だ、君が弱過ぎる。
2つ……、祝福の試練へ挑む。本来は救世主が回らねばならない試練を横取りする!出来なくも無いが今のままじゃ多分すぐ死ぬ。
3つ目……これは、まあ、本当に単純で。一番時間がかかる、でも一番堅実だ!
……何だと思う?」
「………モンスターを倒すとか?」
「ご名答!!君が前回出来なかった事が、今なら可能だ!
少し自分より強い敵を、確実に倒していく。
戦いと鍛錬を通して、自分だけの力を得る!
救世主の力を圧倒する、君だけの力を……ね!」
「……ッ!
自分だけの、力……」
嬉しかった。
辛かった、苦しかった。
何も出来ないと一度目は冒頭から言い放たれて。
仲間に頼ることしか出来ない、自分の未熟さが一番許せなかった。
ようやく、誰かを守るための力を得る事が叶うなら……。
私は自ら望んで、その困難を受け入れたい。
もう、何も出来ないなんて。
守られているだけなんて、嫌だからーー。
「よし、3つ目でいこう……!!」
即答だった。
武者震いする自分の拳を固く握りしめた。
砂漠が立ち込めて見晴らしの悪い王楽園を見据え、ニアは思いを馳せる。
(ゾディアス、バアル。そしてルフェリア……。
必ず、成し遂げてみせるよ。絶対に貴方達が繰り返してきた時間を。私に賭けてくれた思いを!無駄にしないために)
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一方、王楽園では
救世主エリスの戴冠式が盛大に開催されていたーー。
城内の大広間には、紳士淑女がドレスコートに身を纏い救世主の出現に歓声を上げた。
あまりの神性さと、エリスの尊き姿に感嘆し、涙すら流す者もいた。
とある貴族の男が本音を漏らす。
「しかし、ご尊顔を拝見できぬのは誠に残念でありますなぁ」
純粋に残念そうに肩を窄めた。
「…ふん。なーにがご尊顔よ。
たかが、救世主ごときに浮ついちゃって」
その横には、北に最大の領国を持つ水王の愛娘ネロ= イドゥラルギロスがネチネチと嫌味を呟く。
彼女は綺麗な顔を怪訝に歪め、豪快にシャンパングラスを仰げばアクアマリンの束ねられた長髪が揺れる。
何も今日ここに集う王家は、ネロだけではなかった。
この世界を救済するであろう英雄を一目見ようと、各国の王族や貴族がここ王楽園に集っているのだ。
しかし別の商人貴族の女性は、忌避的にエリスへ視線を落とす。
「何が、厄災よ!
起きもしない世界の終末を恐れるなんて、王楽園も堕ちたことね。むしろ私達の生活を脅かしかねないわ」
この様に、一部の貴族は救世主の存在自体よく思わない者たちも居る。
女性商人を皮切りに、他の貴族達も不満を口々にする。
それを、ゾディアスが許さなかったーー。
「文句がある者は出て行くといい。
エリスは救世主としての力量も申し分ない。
………何より、神へと昇格した男である。
ここに居る誰も文句はあるまい」
シンと皆一様に鎮まり返るーー。
この場に居る、ゾディアス、ルフェリア、覇剣四従徒以外、空いた口が塞がらず視線がエリスに注がれた。
「……最初からそうあれば良いものを。
すまないな、エリスよ」
「……いえ、俺が未熟な余り皆さんに不安を抱かせてしまったのでしょう……。
…これからしっかり世界に示せるように努めます」
エリスがそう言って、慣れた所為で王の前に跪く。
それに応えるようにゾディアスが豪華な布に包まれた木箱を手にする。
十傑が1人のドワーフ鍛治師が、ダマスカス銅で生成した伝説級の剣をエリスに贈呈された。
そしてエリスは、皆に向き直り剣を天に掲げるのだーー。
「厄災の元凶は、既に把握しています。
魔物に唆された聖刀使いの少女……。
彼女は、破滅を齎す事でしょう。
どうか見掛けたら俺がこの剣で成敗しますので、通達願います」
貴族の1人が、涙ぐみながら拍手を送る。
周りもそれに釣られるように次々と、エリスへ拍手喝采した。
あの、ゾディアスの氷の心すら突き動かし
言葉巧みに理解を得た男はその口角を上げた。
しかしこの場でたった1人、拍手を拒む者が居たことをエリスは知りもしないのだ。
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「イテテ……」
砂漠の端の森を抜けるためにニアとアテシーは、その歩むを進めていた。
枝や棘のついた草木が手指に絡まり、擦り傷に血が滲んだ。
この程度痛くも無いが、何故だか指に酷く熱を帯びた感覚に襲われた。
背筋が思わずゾクッとして、誰かに雁字搦めにされているようで胃が底冷えするーー。
「ニア?大丈夫か?」
心配そうにこちらを振り返るアテシーに、何でも無いと告げて再び歩むを進めようとした時だった。
「……」
風がざわつき、身の毛が立つほどの視線と殺気が2人を襲う。
気配を一切感じさせないそれは、いつの間にか背後に佇みこちらを見下ろしていたーー。




