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第23話 二度目の目醒め


奈落の底。見えぬ恐怖、訪れない死。

思いの外、ずっと深いーー。


下腹部に嫌な底冷えを感じる。

瞼は開けられない、闇に呑まれてしまうのが

死を直視することが受け止めきれないからーー。


高所から落ちたのは、二度目である。

それでも、一度目の時の方がよっぽど夢があった様に思う。

しかし、不思議なことに、いつまで経っても

本当に辿り着かない。


ーーおかしい。


そう感じた時には、既にその声が聞こえていた。


「よっ、救世主ぎぜんしゃ

目が覚めたか、さっき振りだな。まっ、正確には一万年振りだけどな」


エリスがこちらの顔を覗く様に見下ろす。

いつの間に落ちたのか。

何故、痛みや死を伴わないのか。

そんな疑問が頭を駆け巡る。

私にお構いなしに、せせら笑い男は続ける。


「ほら、俺さ。このゲームのルールを説明してねーなと思ってな?わざわざやってきてやったんだよ、もっと喜べよ。

…したら優しく終わらせてやらなくもねーのに」


「…………。ふざけるな、お前が元凶だろ」


誰が悪魔の囁きに耳を傾けると言うのだろう。

今すぐどうにかされる訳ではないなら、

私は絶対に抵抗するだろう。

その意思表示のために、男を鋭く睨んだ。


「イイねェ、そうこなくっちゃ。

壊し甲斐があるぜ。まあ、戯言も程々にしておいて……。今から言う事をよーく、その味噌っカスに詰め込め?」



1.お前の死が確定した瞬間、世界も同時に滅ぶ。

2.お前と俺以外の者の記憶は、継承されない。

3.俺は、この仕組み(ループ)を利用して、お前をとことん苦しめる。もちろん、お前を助けようとする奴らも例外なく全員皆殺す。

4.俺がこの世界の創造神ルールである。

5.お前ができる事は一つ、無駄な抵抗をすること。


「どーだ。わかったか?わかったよな?

なら、俺は忙しーもんでね。

今度会う時は、また世界の終焉の時か。はたまた、意外とすぐかもしれないな?

…バァイ」



何が、"バァイ"だ。

ふざけて、弄んで、苦しめて。

嬉々として語るお前らなんかに、好き勝手はさせない。


と、素直には思えない。受け入れられない。

心はそうしたいと望むのに。

そうせねばと、使命感に駆られるのに。

けれど、何度も繰り返されてきたこの世界を。

どう救えば良いのか手詰まりなのだ。


ーー自分が死んでそれで解決するなら、どれ程楽だったことだろう。

終末のトリガーが自分であることが、許せない。

私が死んだら、厄災によって全て滅ぼされてしまうだなんて。


とんだ生き地獄だーー。


「………。ねぇ、貴女。………大丈夫?」


冷ややかで、凛とした芯を感じる艶優な声音がこちらを心配そうに伺う。

美しく整えられた漆黒の長髪。

琥珀色の瞳は、切り長のまつ毛からゆっくりと顔を出して視線を絡め取る。

雪の様な柔肌と、折れそうな細指。

正しく、彼女はーー。


「……。ぁ、。

っ!………っ。」



口を開けては、何を言えばいいのかわからなくなる。

何度も声を発そうとするが、まるで喉に突っかえて言葉にならない。


だから、思わず抱きしめていたーー。


(ルフェリア…………!!!

ルフェリア!ルフェリア!ルフェリア!!

生きてる………ッ!)



感情がぐちゃぐちゃになる。

かき混ぜられて、また形付けられて、また握り潰されて。


この恐怖を、それに抗おうとする正義感を。

彼女なら、理解してくれるだろうと期待した。


「……もしかして、頭でも打ってしまったの?

私を、誰かと勘違いしているのね……可哀想に。すぐに手当するわね」



期待感はすぐに、呆気なく壊される。

でも、それもそうだ。

だって、この世界はまた初めからだから。


きっと、転移してきた時の様に

ルフェリアが助けてくれたんだろう。


だから次に私が取るべき行動は、決まっているーー。


「……ち、違うんだ。

なんだか、魔女さんに会ったことがある気が…して。つい、ごめんなさい!

ところで、トイレへ行きたいんだけど……」


もちろん、至って真面目な問いだ。

この発言なくして、私は救世主の道を前回と同じ様に辿れないだろう。

この発言が私の、救世主の運命の転機となったのだからーー。


しかし、困った様にルフェリアは何も返さない。

戸惑った末に、漸くしてから返ってきたのはーー


「とても言い辛いのだけど……。

今から救世主の戴冠式に参加するの……。道は教えることが出来るから、1人で行って欲しいわ…ごめんなさいね」


はーー?

救世主の戴冠式なんて、私の時には無かったのに。

と言うか、救世主は他の誰でもない私の筈だ。


その疑問の答えは、すぐ知ることができた。

最悪な形でーー。



ルフェリアは、その"名前"をいつもより声高らかに。甘く、煮詰めた砂糖のように嬉々として発する。



「そうよね………?エリス」


「なんで。

なんで、そいつの名前を!!嬉しそうに。そんな甘い声で、呼ぶんだ……!!!!?」


思わずルフェリアの肩を、強く掴んだ。

彼女の瞳は、戸惑いの色で儚く揺れた。


悪い冗談なら、よして欲しい。

私の名前を呼ぶ時と同じ様に、そいつの名前を呼ばないで欲しかった。

そいつだけは、絶対に……。


「…あぁ。ルフェリア。

漸く俺の願いが、王にも聞き入れてもらえた様で。とても、嬉しいよ」


平然としたその面構えには、しっかりと仮面が着けられている。

道化エリスは、口調も整えているし、誰もが認める聖騎士……いや救世主に似つかわしい振る舞いをする。

少なくとも、今の私なんかより遥かに理想的だろう。



しかし何故、どうして。

その言葉が、脳髄を突き刺すーー。


これが、私の贖いだと言うのだろか。

あまりにも、あまりにも残酷だ。


ーー理解者を失い、希望を失い、その絶望のあまり留まり続ける事が苦痛で駆け出すしかなかった。


だだっ広い荒野を、ひたすら走った。

砂漠の上では、足がもつれて上手く前へ進めない。

瞳一杯に、涙が溜まって溢れ出す。

感情を誤魔化す様に、宛もなく走る。


どこまで走ったかは、定かではない。

息を切らしてその場に崩れ落ち、蹲ってただ感傷に浸るしか出来ない。


しかし、泣いていて何が良くなるでもない事は理解している。

これこそ、エリスの思惑なのだから。


恐らく数時間は経過した事だろう。

散々泣いて赤く腫れた瞳を擦り、溢れ出る鼻水はローブで拭き取る。


記憶を継承していると言う意味では、二度目のこの異世界ーー。


気にする余裕もなかったが自分が着用していたのは前回と同じ服装であった。

ルフェリアが門出の祝いだと魔法で与えてくれた、初期装備さながらの装いのままだ。


加えて、エルフの里の長から受け継いだ救世主のローブ。

そして、シーザが使用していた聖刀が腰に携えていた。


力なく、よろよろと立ち上がる。

もちろん、宛など無い。

とっくに手詰まりだ。

けれど、まだ自分は諦めてはいなかった。


諦めていないことに、自身が一番驚いている。

諦めの悪さは、人よりも長けているのかもしれない。


「……諦めたかと思ったら、再起するとはね!

さすが、ワタシの救世主だね!」


自分へ向かって投げかけられた救世主という単語を発した声の方角を凝視した。

エリスと、私以外記憶を継承するものは居ないんじゃなかったのか。


「んー!抱っこして〜」


悪魔の様な羽、身体はモフモフの毛皮。

獣の耳と小さい手足と爪。クリクリっとした愛くるしい瞳。

何にも形容し難い小さきモンスターが、私の顔面に張り付いて離れない。


(な!なんだ、いきなり!

この生き物は…!?魔物?!斬る?斬るか?!)


引き剥がそうとすると、離れたくないと力強く顔面にしがみ付いてくるので

あえてそのまま引き剥がさないことにした。


「わかってくれたんだね!

でもまさか、元の姿に戻るとは思わなかったよ!何はともあれ、会えて嬉しいよ!

覚えているかな……?」


私の頬に擦り寄って嬉しそうにするこの魔物?は、流暢りゅうちょうに人間の言葉を話す。


少し可愛くて、暗い心が少し温まるみたいに思わず頬が緩む。

しかし、全く記憶に残ってないので首を横に振ったーー。


「そ、そう……少し寂しいけど改めまして。

ワタシの名は、アテシー!

……この異世界の元創造神にして、元凶である!」


シュキンーー


「………笑えない。冗談なら、今すぐ謝罪しろ」


自分でも目を見開き驚く。

気づけば、聖刀を抜いてその魔物に斬りかかる寸前だったのだからーー。

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