第20話 孤高の双蒼竜
一撃が、ニアを掠め血と髪が散ったーー。
白景色の中で滴る鮮血は
まるで地に咲く椿のように色付いた。
寸前で、交わすことはできた。
しかし、馴染めない本来の力に恐れすら感じ
手足が震えて止まらない。
ゾディアスも、また異変を感知していた。
見た目すら、さほど変わらぬ救世主。
しかし、一瞬で自身との力量の差が大きく開いた。
そんな感覚に、襲われたのは生まれて初めてで理解するまでに時間を要した。
ゾディアスの身体が、細胞、本能レベルで
勝ち目がないと戦いを放棄せねばならない。
そう、脳内が警鐘で埋もれた。
勝ち目がない。勝ち筋が見えない。
「我は、古の神の力を得たのだぞッ!!
それが、凌駕されるなど!!!」
ならぬ。ならぬ。ならぬ。
これが例え本来の救世主の力だとしても。
絶対に、ならぬ。
それは、本来の世の理すら無視する程の
無敵そのもの。
祝福の力で、いくら強化されていようとも
これでは太刀打ちできない。
それでは意味がない。
悪になる意味が、ない。
だからこそ創造神は、
彼女から力を奪い取ったのだと理解はできたが。
しかし、それは歩み寄ろうとする。
命を狙う自分に、恐れよりも
理解を示しその手を差し出すのだ。
「……大丈夫だよ、ゾディアス。
私は、私のために力を振るわない。
貴方の守りたいものが理解できたから。」
「黙れッ!!!」
そんなもの戯言だ。
本来この世界を救うはずの救世主は、
あろう事か機能不全だった。
ルフェリアが初めて自分に反抗的な態度を示してやり遂げた事は、無駄にすぎなかったのだ。
何せ、この救世主は最初から呪われていたのだから。
創造神アテシーに、あろう事か見初められていた。
皆は、それを拒絶と履き違える。
否、そう見えるように施されている。
次に、我が妹ルフェリアをも堕とした。
それは、救世主故の特異体質なのか。
その力を奪われても尚、能動的な行動とその勇気で心を動かしたことも事実であろうが。
ーーそれでもこの世界を救うことはできない。
何故ならばこの世界は、既に悪循環に陥っているのだから。
一度全てを清算しなければならない。
全てを清算し、残りの力で人類を再生再建させることが叶えば……。
我の役目は、全て終えられる。
しかし、その後を任せられる先導者が必要不可欠である。
それを我は務められない。
誰かが悪を担わねば、いずれ混沌と化すこの世界を、救済たらしめるには不可欠だ。
民には、申し訳ないと思った。
王楽園に一時的にしろ
全ての悪意の矛先が向いたのだから。
悪意は厄災を立ち込める。
それで苦しんだ人々がいた事だろう。
その叫び、その悲痛、全て我は胸に抱きゆく。
そして、悪循環を断ち切る事でようやく贖罪成し得る。
これが、父上と母上の遺した心残り。
ようやく果たせるのだから。
これが我ら王家の、役目なのだからーー。
遠に決意は堅かった。
揺るがぬこの闘志は、王都の白亜の城塞同様に
確固たるものだ。
しかし、この娘はそれを打ち破ろうとする。
何故、それ程までに真っ直ぐに我を見据える。
慈しむような眼差しは、心が軋んだ。
それを拒絶せねばならない。
ーー絶対悪として。
「我は、この世を滅ぼす悪神なのだ!!
それが神であろうと、救世主であろうと、
世界を守護するならば……全てが我の敵だ!!」
ゾディアスは、その白き翼をはためかせる。
その巨体を宙に浮かせ、両脚の鋭い爪でニアを取り押さえる。
ニアを踏み付け、重心を掛ければ
骨が軋み、体の筋が悲鳴を上げる。
竜に掴まれた部分は、圧迫感で血管が破裂寸前だ。
圧倒的な力を示さねば、救世主は止められない。
竜は、情けをかける事がむしろ余計だと理解していた。
それでも、この小さき身体は
竜の足を押し返そうと雄叫びをあげる。
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」
どこからその力が湧いてくるのか
少しずつ、その細腕はあり得ない力で
竜の巨体を浮かせていくーー。
ゾディアスがすかさず、片脚で追い打ちをかけるために持ち上げた脚を振り翳す。
しかしニアは、脚一本分軽くなった隙に
ほんの数秒で血液を巡らせ腕と足の筋力を最大限に強化ーー。
「ぅらぁぁぁぁああああ!」
竜を脚ごと持ち上げ、その巨体を身一つで
ひっくり返してしまうのだ。
【絶句】
アテシーは、ニアから協力しないと言い放たれたことよりも同じ土俵に上がれば竜すらうっちゃり(相撲のひっくり返す技)してしまったことが信じきれなかった。
流石に、これは聖女の祝福の効果だろう。
それもそうか。あの聖女は、その細身から考えられない程の馬鹿力を発揮していたから。
アレンもまた、アテシーと同じ反応を見せていた。
心の中で、俺要らないのかもと不安になるほど。
ズゴォォォォォォン
竜が倒れた衝撃が、冷気と砂埃を巻き上げた。
一歩また一歩。
ニアは、ゾディアスへと歩み寄る。
「何故、だ。
……聖刀で我を、一切攻撃せぬのは。
舐めているのか…」
「違うよ。語らおうって言ったでしょ。
……それに」
優しく、竜の鼻筋を撫でる。
「そんな苦しそうに戦ってる相手に、どうして刃が振るえるの。
……あと!アテシーの思惑?には乗らない。」
救世主の力が、その手に戻ったというのに。
相手を傷つけるよりも、
語らおうと抜かす彼女の瞳は本気であった。
我とはまるで正反対だーー。
戦をしなければ、多くの民が途方に暮れてしまう。
より多くの血が流れる。
護りたいものさえ、手から零れ落ちる。
必要の死が、そこにはあった。
不必要な、自我がそこにはあった。
今傷つく理由とは。戦いとは。
恐れるものではなく、未来の人々へ託す希望であると言い聞かせた。
後世をより良くするためであると。
けれど、本当に己が望んだものは
目の前にあった。
気づくのが、遅すぎたーー。
「……………もっと、語らえば。
ぶつかり合えば、よかったのか………。」
ニアはそっと、鱗をポンポンと優しく叩く。
「後悔先に立たず……だね。っわかるなぁ……。
でも、王という重責は………貴方にしかわからないもんね。
うーん、間違えてもいいじゃん!」
「……間違えても?」
「そりゃ、取り返しがつかない事もある。
だから仲間がいる。全力でぶつかり合える相手は大事みたい。
……私も、前の世界では仲間が居なかった。
自分から関係を絶ってたから。
だから、王様の気持ちもわかるんだよ。」
訳が違うかー!と言いながらニアは、柔和な笑みを浮かべる。
「……全くだ。
……はぁ。今なら少しルフェリアの心も理解できそうだ。お手上げである」
竜の怒りに満ちたその瞳は、優しい光を取り戻していた。
これでは、まるで威厳を保てない。
ニアは、もう一度。
竜を労るようにそっと触れた。
観念した双蒼竜ゾディアスも、その手に身を委ねたーー。




