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第17話 それは聖母なる百合の決意


湿気が籠る天井から、水滴がポツンとひとつまたひとつ落ちる。

しかし3度目の滴りは、訪れない。


地揺れと共に少しずつ忍び寄る、強い冷気。

身体が凍てつく程の、冷気。


大きく揺れ動き、壁が崩れていく。

その状態で立っていられる訳もなく、その冷気が一行をさらに襲うのだ。


特に、厄災に侵食されているエルフの双子と

それを庇うリリー。

亡き妹を目の前にするアレン。

両者は、足から少しずつ凍てついてもなお

動こうとはしない。


敵である暴食人のユムリを前にしても、

リリーとアレンは、動じない。


変えられぬ現状を打破しようと、

バアルとニアは互いの背中を合わせた。

先に口をついたのは、バアルだ。


「……たぶん、これは王の仕業だ。

このままだと、みんな凍っちまうって言うのに。

あの人は何を考えてやがる!!」



ニアが少し視線を落とすと、バアルの足元も少しずつ、凍てつき始めていた。


私はまた、何も出来ない。

自分の足元へ視線を移す。

しかし、自分は少しも凍っていない。


「……な、なんで。」


冷えていく感覚は、もちろんある。

痛覚が死んでいる訳でもない。

その疑問は、すぐに解決することになる。

暴食人ユムリによってーー。


「…さすが、救世主。意外と気づくの早いね。

神が全てを奪う程、危険極まりない貴女を

そんな簡単に殺してあげたり出来ないよ…?」



地が揺れる中でも、狙いを逃さぬため

ユムリはその鎌でニアの胴体を切りにかかる。


「…ヒッ」


反射的にニアは胴体を捻り交わす。

幸い、振り翳された刃を避けることができた。


しかし、すぐに鎌の進路を変えて腕を狙う。


体勢が、丁度鎌に向かって落ちていく。

垂直に、向かうしかない自分を呪った。

しかし、すかさずバアルが大剣で阻んだ。



けれど、鎌の切先がニアの肩に刺さってしまう。

何せ、地が揺れ動く中体勢を崩さずに立ってなど居られないからだ。


「ッうぐ!」


こんな傷、アレンの妹が受けた屈辱に比べれば安いものだ。

しかし、寒い中では少しの傷も悪化してしまう。

ユムリと距離を保ち、ローブを引きちぎり応急処置する。


ーーこんなことしていたら、いずれ兵士達に囲まれてしまう。

それに、シーザとは脳内で会話できたが、

ルフェリアは、どうなったのか知る事ができなかった。

本当に、ルフェリアの髪の束なら

それは死んだことを意味するのか。


焦りと、不安は、厄災を濃くする。



体も心も冷え切る中、鎌を引きずりながら

ユムリが迫り来ていた。


「そろそろ、お腹空いてきたから終わらせたいなぁ…。」



しかし、次の瞬間ーー。

気配を一切感じさせぬまま。

ユムリは切り裂かれていた。

足、胴体、頭、鎌は、形状が保てずドサドサと崩れ落ちていく。


胴体からは、臓物が溢れでていた。

それを見て、初めて血が滴り出したようだった。

動かぬ暴食人の骸は、もうその減らず口は聞けない。



「…完全に油断してたな。

誰も、お前を殺さないとは言ってないだろー?

あ、詫びなくてもいいぜ。って口無しか。

カイルの痛みを、一生地獄で味わえ。外道が」


アレンの顔は、笑っていた。

怖いくらいの、笑顔だ。

けれど、見開かれた瞳は悲しみと痛みを宿している。


「…ニア。考えたけどよ…、俺もまだよくわかんねー。

けど、双子のエルフは救ってやりたいと思ったんだ。…とにかく、今は外へ出よう!赤髪、手伝えよー」


「……い!言われねーでも、やるっつの」



先陣をきるのは、妹の骸を抱えて走るアレン。

次に、ニア。

後ろにリリー。

その後ろには、双子を抱えるバアルだ。


一行は急ぎ、螺旋階段を駆け上がる。

来た時よりも、異様に長く見えて不安が募る。

抜け出せるのかわからない、命がけの綱渡りのように感じた。


ニアは、バアルへ一言何か言わねばと思った。

声を振り絞り言葉を紡ごうとして、冷えた吐息だけが消えていく。



ゴゴゴゴゴゴゴ。


また一つ大きく、揺れ動く。

その衝撃で根本から階段が崩れていくーー。



ガラガラガラ。



完全に地下牢は、瓦礫で埋もれてしまった。

一行は、間一髪。

上りきり、脱出する事が出来た。


アレンは、慣れた手付きで妹の亡骸を外套で包み込んでいく。


「…ハァハァ。

みんな無事だなー?

凍えそうな程、蔓延する氷結魔法。

加えて、地震か…。

……こりゃ、とりあえずレシウス達と合流した方が良さそうだな。」



ニアは、後悔したくないと思った。

拳を握りしめ

勇気を振り絞り、冷える空気を温めるように

告げる。


「ッバアル!!

あ、ありがとう。

絶対に、この罪は贖うからっ。………?!」


わしゃわしゃと、バアルの大きな手が

ニアの頭を乱暴に撫でる。

目だけで、恐る恐る彼の顔を見るも口元しか見えない。


「……お前が元気なら、それでいい。

そもそも、悪いのは王だ。

俺は守るべきものを、今度はちゃんと守るだけだ…。なっ?」



また、だ。

また、守られるしかない。



……いや、考えても仕方がないことを

考えるな。


今は、先に進むしかないんだ。



「……うん。急ごう。」


城を出るために、また走り出す。

来た道を辿り、出口に近いてきた手前でリリーが立ち止まった。


「…前方、敵が見えねぇか?

…数人、兵士が突っ立てるように見えるが……。」


慌てて身構えるも、

一向に襲ってはこない。


恐る恐る、ニアが近寄ると兵士達は皆、

凍っていたーー。

兵士達だけでなく、辺り一面。

出口方向から壁を貫き、大きな氷柱が何本も放たれていた。



「ッ!!ルフェリア!レシウス!シーザ!!」



貫かれた壁の先にいるはずの、仲間の名前を叫ぶニア。

冷気が立ちこむその先は、まるで覆われていて見えない。

そして、声も返ってはこない。



一様にニア達は、瓦礫を超えて出口へ向かった。

冷気が濃く、目も開けているのがやっとだ。



「…ッな、何も見えない!!

みんなはッ!みんなは無事なの?!

お願い、だから!返事をして…!!」



ニアの言葉を否定するように、突如風が荒んだ。

これが、何者かの攻撃によるものか。

それとも、自然現象によるものかはわからなかった。


そして荒れ狂う風は、冷気を巻き込み、一瞬で当たりに陽が差し込む威力を放ったーー。



辺りには、巻き上げられた冷気と

差し込んだ陽の光がそれらを照らす。

まるでダイアモンドダストのようで、

心が一瞬奪われる。

しかし、すぐに状況の危険さをこの目で嫌と言うほど理解するのだ。


開けた視界に映ったものは、


凍てつく、ルフェリア達。

そして、その元凶と思わしき蒼眼の竜がニア達を見下ろすのだったーー。



「キュオオオオオオオオオォォォォォォ!!」



まるで、これは全て自分がやりましたと言いたいのか、耳が劈くほどの咆哮を轟かす。


その出たちを見て、バアルは驚愕した様子で

呟いたのだ。



「……………王、だ。」



と。

は、。と皆同じ反応を示す。


凍てつく世界に、まるで取り残されたような

気持ちになる。

あまりに、幻想。

そして、非現実みが際立つ。

夢でも見ているのかと疑いたくもなる。



この竜は、私の想像してきた竜の像とはどれとも似つかなかった。

白き鱗はまるで、王都を守る城壁を彷彿とさせ。

その蒼き瞳は、王としての威厳と誇り。

そして、孤高さを宿す。

つまり、美しいと思ったのだ。


そして、圧倒的な大きさを誇る双蒼の竜。

恐ろしいのは、大きさだけでなく、その力もだ。


城の壁を貫く程の氷柱に貫かれれば、即死。

例えば、あの大口から放たれるのが絶対零度なる冷気なら凍って逃げられないだろう。

イコール、何をどうしても待ち侘びるのは死である。


……つまり、私達は詰みだ。

それを、察してしまった。


現実はこうだ。数人の仲間が既に凍てつき

残されたのはバアル、リリー、アレン。

そしてみそっカスの私。



「……ハハ。ハハハハハハハハハハ。

こんなん、どうしろって言うんだ……。」



見るからに絶望色の強い、この状況。

もう、笑うしかない。

一難去っても、先にあるのは難ばかり。


正直、もう止めたいな。逃げたいな。

けれど、どこに逃げる?

ルフェリアだけでも背負って逃げるのか?

そして、生き還る策を模索しよう。

こんな、綺麗に凍ってるのだ。

しかし、術がないだろ。

逃げられる訳もないしな。



……最低だ、こんな自分。



葛藤するニアの肩に、覚悟するリリーがそっと手を添える。


「…ニア。

いいか、よく聞いてくれ。」



現実へ戻りきれないまま、冷えた固唾を呑んだ。


「……このままでは、アタシらは全滅する。

それは、わかるな?」


頷く。

この状況で、誰よりも先に死ぬのは私だ。

どんな奇跡が起きても、私が弱い事に変わりない。

…………………奇跡。


まさかーーーー。



「流石に、気づいたか?

フ、魔女様の見様見真似だが…、アタシのありったけの力を、祝福の規格まで落とし込む。

…下手したら死ぬかもしれねーが、アンタに賭けるよ。」



ルフェリアでも昏睡状態になったのに。

仮に、全力でやったらーー。

……誰もが、安易に想像ができる事だ。

それを、本人からやると言われたのだ。

本気なのかーー。



「そんなの……。

命を賭けてまでやるべきじゃないです!!

だって……みんな、私より強いから。

だから………。」



「いや、祝福の力が宿ればニアはアタシより確実に強くなる。

……勘だけど、さ!

だから、頼んだよ救世主。」



リリーは、微笑みを一つ浮かべた。

男勝りの彼女から、聖母のような慈愛を感じる。

この微笑み一つで、きっと彼女に救われてきた人々がいた事だろう。


ーーだから、やめて欲しかった。

自分よりも逸材で、世界から人々から必要とされている人に自己犠牲など……。

そんな事。


「手、を握っててくれないか…?

救世主。」


少し震えた手で、リリーに両手を握られる。


ああ、やめてくれ。

やめてーー。

気弱で悲痛な私の思いは、決意の固い聖女へは届かない。



ーー自分も、覚悟を決めるしかないと悟った。

だって、どうすることもできないのだから。

だから、せめて握られた手を


強く、強く握り返したーー。



「ーー救世主へ宿せ。

ありとあらゆる厄災から我々を救済せし者へ。

聖女リリーの名の下に、なんじ

我が祝福を授けん。

大魔法 祝福の施し(ベネディクトィオ・エレモシィナ)。」



ギュインーーーー。



王都を覆う大規模の魔法陣が発現し、王都中が母なる威光に照らされていく。


まるで、大吹雪の夜明けに差し込んだ

暖かな陽差しのようにーー。



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