表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/30

第16話 死神に断たれし心、再建なる唸り


暴食人とは、名ばかりのような

細身、長身の彼女は、鎌を振り上げる。

一行の命を狩りに参じた、死神の如くーー。



暴食人ユムリの、斬撃は

どこにどのタイミングで見えるのかが不明。


聖女リリーは、咄嗟の判断力で

ニア達を守ることに徹した。


そのためアレン達、兄妹までにその防衛魔法が行き届かない。


「……クソ!!そっちまで、守りきれねぇ!!!大丈夫か、槍兵!!」



声が大きいアレンから、返事がまるでない。

彼ならば、すぐに明るく快活なデカすぎる声が

この牢屋中に響いてもおかしくないだろう。


アレンの異変に気付けたのは、この場でニアと暴食人だけだったーー。



けれど、ユムリの悪意のない言葉は、

刃物のような鋭利さで心を裂くのだ。



「…あーあ。死んじゃったね。

ソレ、貴方の大切ものでしょ?

救世主に、似てたせいで私に痛ぶられちゃったね」


アレンに投げかけられた、ナイフのような言葉。

それらは、傷の上を抉る。

抉って、ぐちゃぐちゃに掻き回す。


もちろん、否定する。

そのために、思ってもないようなことを

ポロポロと溢す。



「似ていたのも、たまたまだ。

……誰も、悪くない」



否だ。

似ていた事が原因であることは、一目瞭然。

妹の代わりに、ニアが捕まっていたら

彼の妹は死なずに済んだ。

彼は思う、正論だ。憎いと。


なけなしの理性が違うと訴えかける。


しかし、アレンが必死に保つ理性を断つように暴食人は続けた。


「…どう、悲しい?それとも憎い?

だって、そうでしょ。

救世主が先に捕まっていたら、貴方の大切ものは、死なずに済んだんだから」



そうだ、とアレンは思った。

無意識に、ニアへ向けた視線は敵意が剥き出しになる。


暴食人の言葉は、

傷を抉ると同時に、触れてはならない領域まで

到達する。

感情を抑制していた蓋を破壊して、

感情をすくい上げる。


ニア本人は、ユムリに反論することも、

アレンにかける言葉も見つからない。



ニアもまた、絶望する。

どう足掻いても、アレンが救われない事は、明白である。

全てを放棄して、死ぬこともできない。

いや、死ぬことの方が容易い。

だからそれが、贖罪になるとは決して思わない。


生ぬるい逃げは、むしろアレンとカイルへの侮辱である。

死への冒涜だ。



けれど、それでも。

……それでも。

アレンもカイルも、救われないーー。

救われることがない。



石畳の床に、ニアは視線を伏せ瞬きひとつ。

ドス黒い血溜まりが広がる。


「…え」


また瞬き一つ。

そこはただの、石畳の床だ。


「…なんだ、これ」



瞬き三つ目。

その血溜まりから、薄っらと顔の形状が浮かんだ。

自分に似た顔の、目も鼻もその状態を保てず

ドロドロと血溜まりの中に溶ける。

そして告げるのだーー。



《お前が死ねば良かったのに》



「………ッ」



顔色が悪い、ニアの意識を現実に引き戻すように

リリーが、身体を揺らす。


「ッニア!!

……心を絶対あけ渡すんじゃねぇ。

自分をしっかり保て。……戻れなくなる!

……これが、厄災の力だ」



厄災は、弱った人間の心身を蝕む。

蝕まれた人間は、先に病に冒されるか。

心を病み塞ぎきるか。

どちらでも良いのだ。

その不幸の根源自体を、厄災は糧とするのだから。

それが広がれば、疫病となる。

心の病みは、家庭、人間関係を崩壊させる。


それを造作も無く操るには、

哀しみ。

苦しみ。

怒り。

妬み。

恨み。

憎しみ。

それらを、巧みに支配すればいいのだから。


壊すことは、簡単だ。

人間同士の醜い争い、いさかい、不理解こそ絶好の穴場。




暴食人は、ふと思い出したかのように

何かを床に投げる。



「そうそう、ナイトクイーンに頼まれてたんだった……。

ねえ、救世主、これを見てどう思う?」



「…え」


床に無造作に広がったのは、

黒い髪のひと束。


「……貴女の大切ものも、

同じように壊されていないと、槍の人も報われないよね。どうかな?」



ルフェリアの髪。

これは、ルフェリアの髪。


綺麗な、あの魔女の……もの?



暴食人に、悪気はない。

悪意もない。

ただ、それは鋭利さを保ち傷を抉る。

そして、狩り取るように、理性を断ち切っていく。



だから、簡単なのだ。

人の心など、簡単に崩れる。


ニアの、心は限界に達したーー。

何もできない自分に。

何も守れない自分に。

生きている事が、もはや罪であると。

存在があってはならないのだと。

全てを厄災に委ねようとした時だった。


【……ァ】


何か、声が頭に響く。


【ニ………ァ】



煩い。

自分が、救世主でなければ良かったのだ。

せめて、力さえあれば。

全てを救えたかもしれないのに。



【……が………ゥ】



何もできない。

何も変えられない。


時間も猶予もない。

馴染めない土地。

見知らぬ人々。

確かに、なんの思い出もない場所。

人々を守るには命という対価は、あまりに重い。

一朝一夕で、力を得られる訳でもない。


なら、自分は何ならできるんだ。



【我が娘よ。案ずるな、もう既に成し得ているのだ】



慈愛に満ちた声。

自身を父と名乗る古の神竜。

あの時の無機質さは、声になく。


ーーただ、家族のように寄り添いたい一心で

訴えかける。



【ニアは、我を救った】



【バアルも救われた1人であろう】


そんな事ない。

元々2人は強い。

強靭な肉体。そして、心。

それは私に無いものだ。


【否である。

我らに足りぬは、寄り添う心と無条件の愛だ】



誰でもできるよ。

私じゃなくても。


【否。紛れもなくニアにしか出来ぬのだ】


【我らを救えたのは、ニアの言動あってこそ】


【誰もが真似できはしない】


【ニアのみの唯一無二の力、そのものであるのだから】



バアルを見る。

ずっと、背中を不器用に摩り続けるその瞳には

不安と優しさが滲んでいる。


リリー、そしてアウとイウを見た。

リリーも心配そうにこちらを伺いながら、

エルフの幼い双子を、守るように寄り添っていた。


アレンを見た。

怒りと悲しみに、肩を震わせている。

必死に、歯を食いしばり

己の心と対峙しているようだった。



自分にしか、出来ない事……。



【そうだ。もっと、信じるのだ己を。

我らは、どこまでもニアを信じ、愛すると誓おう】



【っ……!我が娘!こちらも油断できぬ故、言葉をこれ以上交わせぬ。

だが、忘れるな。心はいつも側にあることを】




不意にも、泣きそうになってしまう。

不甲斐ない。

申し訳ない。


よろめきながらも、この足で立ち上がる。

踏みしめながら、隔てがなくなった隣のアレンがいる檻へ進んだ。


刺されてもおかしく無い、彼からの殺気に

怖気付きながら。

ゆっくりゆっくりと、歩みを進める。


怖く無い訳ない。

汗が止まらない。

涙も止まらなかった。


目の前には、自分と似た顔のアレンの妹が

生き絶えている姿が映る。


それでも、アレンへ歩み寄るのだ。

それが自分にしか出来ない事。


しかし、彼に近づけば

槍で薙ぎ払われ、ローブと横腹に傷が開いた。


「……ぅぐッ」


カイルの痛みは、こんなものでは無かっただろう。

ごめん、ごめんなさい、カイル。


フラフラと立ち上がり、アレンへ歩み寄る。


「……いッ!いい加減にしろ!!!

もう、来るな。

もう…その顔で来ないでくれ……。俺を惨めに、しないでくれよッ」




「……アレンッ!!!

ごめん、ごめんなさいッ!!

……贖えるとは、もちろん思わない。

あと、一年あるかどうかのこの命。

無残に散らすことはできない」



「…………」



「………こんなこと、都合の良い話だと思う。

でも、自分の口でちゃんと言わないとと思うんだ。

………私は、カイルへの贖罪を命に刻む」




「………………………………ハァ」



アレンは深い深いため息を一つ吐いた。


頭を掻きむしり、わざとらしく

槍を手放しその場に座り込む。


ニアには、背を向けたまま語りだす。



「……………わかった。とは、言えない。

………………………………時間をくれ」



誰もが、2人のやり取りに

耳を傾けていた。


しかし、暴食人に2人の事情など関係はない。



「……仲間割れ?

まあ、みんなまとめて消しちゃえばいいもんね。救世主は、闇に落とせなかった。

だから計画は、変更されるの」



バアルは真剣な面持ちで、ユムリの鎌が振われる前に大剣で弾く。

鎌は床に転げ落ち、暴食人は戦う術を失ったーー。



「…口挟むな、鎌女。」



首には、切先が当てられる。

怖気付く素振りも見せずに、暴食人は

ゆっくりとその口角を上げた。


「……バアル。

王様に、逆らうんだね?

……でも、もう遅いよ。既にどうにもならない」



まるで、その言葉が真実であることを知らせるように地鳴りが城を揺るがし始めたーー。


「…始まるよ。

新たなる世界の再建が。

今まさに、果たさんとされているの。

厄災を持って厄災を打ち払うために」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最新話まで拝読しました!序盤の勢いが大変良くてそのまま一気に読めました。 ルフェリアがあまりにも可愛いですね……! テンポが良く非常に読みやすかったです。登場人物もそれぞれしっかりとした背景を持ってい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ