第14話 色欲の誘い
崩れた瓦礫の隙間から、兵士達の怒号、そして人々の畏怖する声が入り混じる。
王都は、もはや戦場だった。
騒ぎの中心であるニア達のもとへ、兵士たちが雪崩れ込む。
彼女たちは、息を切らしながら城を目指した。
ただ、アレンだけは、その場からすぐには動かなかった。
「……お前らを生かしておいていいと思うか?」
気さくな彼の雰囲気を一変させ、その瞳には影が落ちる。
バアルの父親は、ニアの拳で気絶していた。
そして、厄災の粒子が染み付いて離れない。
母親は今もなお、アレンに組み敷かれている。
アレンは、ギリギリと掴んだ腕を締め上げた。
すると、肩の筋と骨が異様な悲鳴をあげる。
母親は、苦痛で顔を歪めるがアレンは止めるつもりはない。
顔色が悪い母親は、なおも悪態を付く。
「ふっ、アンタらなんか!
王の前では、チリ同然だよ!!
痛い目見るんだね……ハッ!!い、いだぃッ!」
「……言いたいことは、それだけか?
案外、簡単なんだぞ。殺すことなんか。
こう見えても、医者の端くれでな?
人体の構造は、理解しているつもりなんだ。……なぁ?」
ナイフを首元の頸動脈を、狙いジワジワと
切先を当てがう。
「…………ッ。」
母親は、言葉を発するより先に、
ガクッと意識を落とした。
「……ふー。少しは赤髪の少年も、報われるだろうか。」
怒りも、哀しみも、まだ何ひとつ終わっていない。
むしろここからが、地獄の始まりなのだから。
「……おっと!!いけねぇ。
みんなー!!待ってくれぇ!!」
アレンは、駆け足で一行の背中を追った。
王都内部を把握するバアルを筆頭に、
一行は正面先に見えた城に目掛けて突っ走っていた。
レシウスは、自らの頭に回復魔法を施しながらバアルへの皮肉をこぼす。
「こうなったら、正面突破の方が潔いかもなぁ!アハハハハ…。あー、頭痛い。
バアル?
この戦いの後、頭突きの仕返しちゃんと、受けてもらうよ?」
負けじと、レシウスへ皮肉で返す。
「は?これは、お前のカウンターへの仕返しだろ?あの時の痛み、忘れてねぇからな。」
互いに譲らぬ言い合いに、終わりは無さそうだ。
そこに終止符を打つように切り出したのは、ニアだ。
「まあまあ……。ところで、バアル。
仲間のリリーさんと、アレンの妹さんが捕らわれているんだ。2人を助け出して、厄災についても知りたいんだけど……、思い当たる節はある?」
照れ臭そうにする反面、頼られて嬉しそうに答えるバアルは、レシウスへの態度とニアとではまるで違い、何処かぎこちない。
「……あ、ああ。捕まった2人の居場所は、地下牢だろうな。
厄災については、書庫になら何かあるかもしれねぇ。
けど地下牢までの道は、一本しかないから
ここは、二手に分かれる方が効率的だとオレは思う。」
確かに、と皆口々に漏らす。
そして、兵士達に追われながらも城門まで辿り着いた一行。
その先に待ち受けていたのは、バアルの顔見知りだ。
「王直属、覇剣四従徒が1人。
色欲を糧に生きる、このボク……悪魔人ジルバーナ。
老若男女、ボクの美しさに惚れ惚れしちゃうだろ?」
元同僚の、ナルシズムに呆れバアルは、深くため息を吐く。
「……ハァ。それに、こうやって足止めを食らうとめんどくせぇからな。
コイツら相手にすんのは、盾役も担えるオレでも骨が折れる。
コイツは、悪魔人ジルバーナ。黒魔法を使いこなす厄介な奴だぜ。」
気づけば背後からは兵士達。
前方にはジルバーナに包囲されているーー。
ジルバーナも、呆れたように肩を落とす。
「なんだか、むさ苦しいなぁ?
あーれー?バアルはいつ裏切っていたんだろ?
まあどうでもいいけれどね。
ボクは、女性にしか興味ないし。」
(こ、コイツ……さっきから、ルフェリアの事しか見てねぇ………!!!にしても、ジロジロ見過ぎだろ!!)
ルフェリアへの視線を遮るように、
間に入るニア。
それでも諦めずに、ジルバーナは何とかしてルフェリアのみを視界に入れようと試みる。
「ボクが見たいのは魔女様だよ?救世主は、もう少し色気が出てから出直すといいさ!
……ああ、ルフェリア様は別格だ。
貴女は、いつお会いしても本当に麗しい。
……アァッ!是非一度ッ!互いの身体を蕩けるまで重ね合わせたいッ!!」
(お、おい!とんでも変態クソやろうじゃないか。
あまり動じないタイプのルフェリアも引いてるよ!!)
顔色を青ざめたルフェリアは、背後から
ニアの手をギュッと掴んで離さなかった。
(……か、可愛い。っじゃなくて!)
「とりあえず、二手に分かれよう。
……レシウス、どのメンバーで分かれた方がいいかな?」
「ハハ!うん!そうだな…僕と、ルフェリア、シーザはこのまま変態と兵士達をお相手しよう。
魔法と、シーザの素早い動きは、相性がいい。」
ルフェリアと、シーザは、頷く。
「ええ、私もそれでいいわ。
この手を離したくはないのだけど……、またすぐに逢えるのだから。
それと、私が居れば、城の中を2人に案内できるから。」
「ああ、我も娘と離れることは受け入れがたい。しかし、バアルの強靭な肉体。
アレンの底知れぬ強さ。
これ程までに、安心して託せる猛者もおらぬ。
……よろしく頼むぞ。」
バアル、アレンは、頷き返す。
ニアは、ルフェリアの手を強く握り締める。
「…あまり無理しちゃ駄目だよ。
私も、さっきみたいな無茶は、なるべくしないからさ…たぶん!」
ルフェリアは、目を見開く。
彼女には、愛の告白にも似た
幼い頃に夢みた御伽噺の"誓い"に聞こえた。
なお、ニアにその意図は全くない……。
ただ安心させたい一心で発した言葉なのだから。
しかし、ルフェリアは自分を労り心配する少女が、堪らなく愛おしくて、自分に縛り付けていたいとすら思った。
…何処にも行けないように、離したくない衝動に耐える。
思わず、自分のものである印を付けるみたいに握られた手に爪を食い込ませた。
「い、っ。」
「約束よ…?でないと、ニアを幽閉して、一生そこから出してあげられないかもしれない。」
食い込んだ爪の痕から、少しだけ血が滲む。
そして、大事そうにじっとり惚けた顔で舐めとるのだ。
まるで、甘美な契を交わすように、ニアを雁字搦めに見えない鎖で締め上げる。
ルフェリアの瞳に映る自分は、既に捕らわれた獲物のようだった。
「ッう、うん。善処します……!!
だ、だから!タンマタンマ!!!」
(ジルバーナと、周りの視線が痛い!)
そんなこと許さないとでも言いたげに、
悪魔人ジルバーナは自らの爪を噛み砕くーー。
「フーッ、何故だッ!!
最も美しいボクこそ貴女に相応しいというのにッ!!
フーッ、フーッ!ルフェリア様を惑わす、悪い輩は、救世主だったのか………フ。なるほどね。」
ジルバーナの血管が身体中に浮き上がり、
みるみるうちに人としての姿は、
強大な魔力量により、元の姿へと変わっていく。
「オオオオオオオオオッ!!」
ーー角、耳が伸び、顔が別のものに歪む。
背から黒翼が爆ぜるように広がり、空気が悲鳴を上げた。
立ち上がったそれは、もう人ではなかった。
黒き霊気が辺りを包み、肌が総毛立つーー。




