第13話 無条件の愛
雷が王都を引き裂いた。
――その中心で、バアルは自らの心ごと王都を裂こうとしていた。
バアルの嘆きは、嵐を呼ぶ。
両親の悪意と蛮行すら、彼には唯一生きる意味になっていた。
ーーなってしまっていた。
だから、その期待を裏切れない。
辛苦を誤魔化し、剣に怒りを込めた。
自分以外の全てへ、報復を与えるために。
大剣の柄を持つバアルの手は、震えた。
「コワス、コワス!!コワスッ!!!」
彼の雷撃とハリケーンは、王都の民や兵達を巻き込み
瓦礫や木材もその脅威に晒された。
バアルの怒りの的になったのは、
もちろんニアだ。
バアルは、鎧と大剣の重さを感じさせない
素早い動きで大剣を振るう。
シーザがバアルの背後を取り、
刀で迎撃する。
「赤髪の坊主よ。
その嘆き、痛み…理解出来ぬ訳ではない。
けれど、我が娘に手出しは許さぬ。」
バアルは瞬時に反応し、腕一つで耐える。
大剣はまだ、ニアを捕らえて離さない。
ルフェリアが、ニアと大剣の間に杖を挿し入れる。
「ええ。何としてでも、守り抜く。
それが例え、兄様と対立するとしても。
……放ちなさい、水流の圧。」
すかさず、膨大な量の水流の圧力がバアルを襲った。
そのまま身体ごと数メートル先の建物まで飛ばされる。
衝撃で、身体がめり込むもすぐに体勢を起こす。
強靭な肉体に、傷は一つもない。
負けてもいないし、逃げてもいない。
けれど、彼の父親は、それすら許さない。
「何故、すぐに殺せないんだ!
本当に役に立てない息子だな。
あのまま森でのたれ死ねばよかったんだ。」
母親も、共感するように
その減らず口をたたく。
「そうよ!アンタがあの後、のうのうと生きて家に帰って来るから。
仕方なく、金稼ぎの道具くらいにはなると思って生かしてやったのに!この恩知らずが。」
バアルが、ニアに向けて攻撃を仕掛ける。
同時にニアも、動き出す。
手足を、光る枷がその自由を奪う。
バアルの行手を阻み、レシウスが動き封じの魔法を行使する。
「その愚行を悔い改めるならば、
この枷は君を解放する。枷封。」
大剣は、地に残されたまま
身一つでレシウスに差し迫り、頭突いた。
物理攻撃に反応できず、レシウスの頭からは
血が滴る。
一瞬の油断から、魔法の効力が緩み枷が外れてしまう。
バアルは目線を急ぎ、ニアへと動かす。
何処にも見当たらない。
これでは、本当に役立たずになってしまう。
本当に誰からも必要とされなくなる。
また、打たれる。殴られて、孤独を痛みを味わう日々。
もう、1人は嫌だ。
もう、苦しいのも、怒られるも嫌だ。
本当に愛されないままなんて…………。
ニアの激昂する声の方向に、
目線を映せば、目を見張る光景がある。
「何で子供に、そんな酷い事を言えるんだ!!
子供は、親を選べない。
けど、お前らみたいな奴でも………。
ッバアルからすれば、世界にたった2人しか居ない存在なんだよ!!!
その痛みが、辛さが、お前らには……わかるのかよ!!!!」
自分の父親に馬乗りして、
胸ぐらを掴み、殴り掛かりそうな勢いで叱責していたのだ。
一度も自分が、逆らえなかった相手に。
父親も母親も、ずる賢かった。
傷つく息子には、目もくれず
名誉と金に釣られた。
王からの信用を得たバアルに、興味など無い。
あるのは、欲望に塗れた心だけ。
父親と揉み合うニアの後頭部を狙い、
母親が瓦礫を振り翳す。
低く吐き捨てるように発したアレンが、母親の身動きを許さぬように組み敷いた。
「オバさん。それはねぇよ。
幾ら何でも、赤髪に同情するぜ。
お兄ちゃんも、腹わたが煮えくり返りそうだ。」
「くっ、この娘さえ殺せば……。
一生豪遊出来るのにぃ………!
アナタ!早くそいつをぶん殴って!
バアル!!!!!!私らを助けなさい!
助けろ!!早く!!?」
「あー、赤髪の。
これは、俺の独り言だけどよ……。
妹……いや、ニアは。
お前のことを本気で思って、父親に怒ってんだと思うぜ。
それって、誰もが出来ることじゃねえんだよ。何でか、わかるか?」
なり振り構わずレシウスと交戦を続けるバアルの動きが、表情がほんの一瞬だけ。
揺らいだーー。
「……愛が必要だからさ。無条件の愛だ。
無条件で人を愛せる稀代なタイプだぜ、コイツは。見ず知らずの相手を思って、弱いのに本気で立ち向かうんだからさ。」
ニカッと明るい笑顔がバアルに向けられた。
「………あ、愛?
な、なんで……、殺そうとした相手に。
そんなこと、思える訳……ないだろ。」
ニアの力に敵わない、父親の怒鳴りが
煩いくらい響く。
「敵の言葉に騙されるなッ!!
お前だって、また殴られたくはないだろう?
なあ?
くそ、この娘………。
弱いと聞いていたのにッ、力で押し負ける!!
は、早くしろ!!」
ニアの怒りは、その細腕からは信じられないくらいの力で、父親を確実に離さなかった。
バアルは自らの意思に反して、自然と身体が動いていた。
体当たりでレシウスを交わし、大剣を拾えば
ニアへ振り下ろす。
シーザと、ルフェリアが助太刀に入ろうとするがニアの言葉で動きを止めた。
「……殺したいなら、殺せばいいよ。
それで、バアルの気が晴れるなら。」
それは、バアルの動きも止めた。
ニアの瞳には、嘘偽りを映さず。
それでいて、真っ直ぐに重くのしかかる。
「……は?
テメェ、何言ってんだ。
今から死ぬんだぞ。オレは、敵だ。
殺せってんなら、殺す……それだけだ。」
「うん。」
「ッ!うん、じゃねぇよ!!!!
な、なんで、抵抗しねぇんだよ。」
「あ、でも。
このろくでなしだけは、殴らせてよ。
…やられっぱなしは、痛かったよね。」
右ストレート。
「これは、私がムカついた分。」
「ぐっ!!……ぜ、全然痛くねぇな!
このクソガキ!!ブッッッ!!!」
左ストレート。
「これは、仲間の分。」
父親は、弱かった。
弱いが故に、
他人や家族すらも陥れ利用することが生きる術。
「……や、やめろ!
は、早く!!バアル!!!!!!っがは!」
「残り全部は、君の分だッ!!!!」
最後に、全力を振り絞りアッパーを
食らわせた。
ニアの弱い拳は、いとも簡単に、ねじ伏せることができてしまった。
つまり、威勢だけはいい、ろくでなしだったのだこの父親は。
バアルは、声が出せなかった。
馬鹿馬鹿しくて、足の力が抜けた。
なら、この16年は一体何だったんだ。
耐え抜いた意味は。
傷ついた意味は。
押し殺されてきた、心は。
全て無意味だった。
気づけば辺りは、瓦礫や木材が散乱としていた。
守らねばならない民や兵士を、傷つけた罪は重いだろう。
もう、王にすら顔合わせできる覚悟もない。
全ての、音が止まったように
景色には色を感じず、全てが灰色に映る。
「…オレには、もう、何もない。
帰れる場所もなくなった。
…なら、いっそ。」
大剣で、己の心臓を穿つために
その切先を自らに突き付ける。
「あるよ……ここにーー。」
「……。」
声の方へ、重い瞼を上げた。
暗闇に覆われた空に、差し込む陽光が眩しかった。
目の前に、手を差し出された。
「居場所なら、ここにある。
私が居場所になる。
私が!!!バアルの家族になる。」
「……………!!!」
意味がわからない。
敵に、何故そんな風に寄り添えるんだ。
……………これが、無条件の愛なのだろうか。
「……オレは、親からも、王からも勘当される。
もう、いいんだ…………。」
そもそも愛される資格なんて、なかったのかもしれない。
「うん、ごめん。無理。
私もさ、この世界からも、創造神からも嫌われてて。あと、1年しか生きれないんだって。
だから、悔いを残したくないんだ。
それに………。」
優しくバアルの身体を抱き寄せた。
初めて感じる人の温もりは、
とても。
とても、温かかった。
「…………な、なんで。」
「苦しんだ人にこそ、笑っていい未来がこなきゃ帳尻が合わないよ。
一緒に、幸せになって見返そうよ。
上から見る景色は、案外気持ちいいかもよ。」
「ッ……!」
バアルの瞳は、涙で濡れた。
溢れそうになって、思わずニアの肩に
頼るように縋るように顔を埋めた。
「………馬鹿がっ。
本当に、馬鹿だな……、お前ら全員。
特に、お前は超が付くっ、馬鹿だ……。」
その声は震えと、ほんの少し嬉しが滲んで聞こえた。
皆、やれやれと呆れながらも
ニアの行動力には慈愛には、驚きが隠せなかった。
ただ1人、アレンは関心しながら
笑顔でガッツポーズしていた。
嵐は過ぎ去り、天は清々しい程快晴になっていた。
「一緒に来て欲しい。私の仲間を助けたいんだ。……厄災から人々を救いたい。
……だから、力を貸してくれる?
ーー赤雷の騎士バアル。」
一瞬、ポカンとしたバアルだったが
佇まいを正し、真っ直ぐにただニアを見据えた。
「……ああ。」
バアルは、ゆっくりと剣を握り直した。
「この剣は、もう己を守るためのものじゃない。
たとえ王に刃を向けることになっても――今度は誰かを守るために振るうと誓おう。
お前を、導くために。」




