第12話 言いなりだけが、人生だ
王都を囲む、荘厳なる白亜の壁。
兵士達が忙しなく行き交う。
こっそりと様子を見ていた、レシウスは
これは無理そうだと正面突破は諦める。
兵士達の監視の目を掻い潜るため
壁をよじ登り侵入することにした一行。
見つからぬよう、一人ずつ順に壁を越した。
ニアの番がきた。
生まれてこのかた、壁なんて登ったことはない。
壁の向こうからレシウスの投げたロープを受け取り、なんとか壁を越す。
建物の影を利用し、そそくさと城内を移動する。
「…はぁ。やっぱり役立たずね。
なんで、アンタみたいな子産んじゃったんだか。」
通りで会話する3人から隠れるよう、
壁に背を預け、盗み見る。
なんと、そこに居たのは赤髪の少年騎士バアル。
そして、同じ赤髪の歳のとった男性と茶髪の女性だった。
何やら、険悪なムードにニアは見ているだけで胃がキリキリした。
(アンタみたいな子……?バアルは、この2人の子供?)
父親は、息子の心を踏み躙る様に吐き捨てる。
「此度の救世主は、弱いらしいじゃないか?
お前が代わりに“仕事”をしてくれりゃ、俺らは助かる。仲間のフリして近づいて、騙されたところを狙えば簡単な話だろ。なぁ?やることはただ一つ。
命令だ。分かるだろう?」
聞いていて心地の良いものでは、到底ない。
自分の子供に、家族に。
普通、こんな酷い事を言えるのだろうか。
母親は、金と地位に目が眩んでまるでバアルを見ていない。
「そうよ。だって王直々の命令なんでしょ?!
グズのアンタが、私らの代わりに稼ぐのは当たり前よ。
……うふっ、これで贅沢三昧ね♪」
「出来の悪い自分が、ようやく俺らの役に立つんだから、お前も本望だろ?
…よかったな?わかったら、さっさと殺してこい。何ボサっとしてる。ッ親の命令だ、さっさと行け!!」
ああ、私も遭遇したことのある、大嫌いな人種だ。
こう言う奴らは、痛い目を見ない限り、一生
自分中心で世界が回ってるなどと
有りもしない愚想を描き続ける害そのもの。
厄災は、コイツらの汚れた心のことを指すのでは?
「我が娘よ、今は、耐えろ。
ここで表へ出ても、我らに不利なだけだ。」
シーザに、静止されるが理性が言う事を聞かない。
何故バアルは言い返さないんだ。
なんで、この2人には言われっぱなしなんだ。
そんなに苦しそうな顔をしてるのにーー。
「ッ今言ったこと全てを、訂正してバアルに詫びろ。
…人を物みたいに見るオマエらが!!!この世で一番、不愉快だろ!!!」
我慢できなかった。
自分のことだけ言われるなら、まだ良かった。
こんな所、盗み見られたことの方が、バアルにとって堪えるだろう。
でも、あんな悲しい表情の彼を見て
あんな酷い言葉の数々を自身の親から言われて。
ーー苦しくない訳ないだろう。
それが理解できるから、心から許せなかった。
殴り込もうとするニアを、シーザが羽交締めで止める。
「ニアよ!気持ちは痛い程理解できるがな。
時に情け深さは、己を滅ぼす。今跳び出せば周囲の兵に気付かれ、ここで終わる。味方を失うことになるぞ。」
ハッとして、バアルを見やる。
怒りと失望、悲しみに満ちたその表情は
ニア達へ向けた完全なる拒絶の現れだった。
「テメェら、こんな無様な所見て笑ってたんだろ…?」
声は震えている。
己の惨めさを、自身が一番理解していると言わんばかりに自嘲する。
彼の肩が小刻みに震え、その瞳に一瞬、幼い日に身体と心に刻まれた怯えがちらつく。
幼き頃のバアルは、
父から事あるごとに難癖をつけられては
身体に直接教え込まれた。
罰だとか、愛だとか、つらつらと嘘を並べて
日々のヘイト吐きにオモチャにされた。
「い、痛いよッ!父さん!
ぼ、ボク!良い子になるから、悪い事もうしないからッ。許してよっ!
ごめんなさい。ごめんなさい!」
「おら!!
へへっ、お前のためなんだよ。
父さんはな、お前が立派になるためにッ!
こうして、鍛えてやってんだ!!感謝ッ、しろ!!」
蹴る。殴る。打つ。
まだ小さな身体には、アザの痕が絶えなかった。
顔は腫れたし、当たりどころが悪くて骨も折れた。
血反吐も吐いた。
メシは貰えない。
風呂も入れない。
寝床は、馬小屋が当たり前。
辛くても、苦しくても痛くても。
いつか、自分を見てくれると信じて。。
「アンタさ。うざいのよ。
何?その目。反抗的な悪い子には、罰が当たるのさ?」
無理やり、手足を縛られて山奥に置き去りにされた時もあった。
こんな事をされても、繰り返されても、信じ続けた。
そこに愛がある訳ないと、わかっていたのに。
渇望したんだ。
家族からの【愛】が欲しかった。
だから、その為なら何だって頑張れた。
ーーはずだった
「………なあ、面白かったかよ、ああ?
…オレは、なんなんだ。
一体、なんの、為に、この剣を振るうんだっけか。
もう、わかんねぇよ…………。
あああああああああああッ!!!!」
とめどなく溢れた感情という水は、行き場を失う。
耐えられず吐き出された悲痛な叫びは、空気ごと引き裂いた。
唸る低い声音に共鳴し、空が闇に覆われ赤雷が走る。
――彼の内なる何かが、決壊した。
バアルは我を失い、溜まった恨みの矛先を一行へ向けた。
それは、嵐の様で
風は舞い上がり最初に戦った時と比べものにならないハリケーンの大渦が全てを飲み込もうと迫り来る。
バアルの力を利用する外道な両親には、
まるでニアの言葉は届かない。
「そうよ!!バカ息子!
そんな娘っ子1人、さっさと殺すんだよ!!
私らの言う事を聞けば良いのさ、アンタはね。」
「そうだ!!!俺らのために、とっとそいつを殺せ。今すぐにだ、バアル。
それとも、昔の様に身体に教え込まないと理解できないのか?ん?」
バアルは、立ち上がる。
悲惨にも、その剣は怨愛なる家族のために
振るわれた。
傷ついた心すら癒えぬまま、
苦しみながら、ただ命令に従うしかないようだったーー。




