2.3 部員獲得大作戦!③
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Your PEN may be the key.
暗号はB5のルーズリーフの真ん中に、24文字のドット入り罫線に合わせて1行で書いた。ユニ助とパーコは俺が掲げたそれをきょとんとした顔で眺めている。
ああ、なんだろうこの優越感は。まるでシャーロック・ホームズにでもなった気分だ。想像の中でトレンチコートとハンチングを被った俺は、得意顔にならないように気を付けて解説をする。
「バレないように宣伝する。矛盾したこれらを両立するなら、暗号だと思った。解読するとあの掲示板に行き着くようになってる」
「すげえなシロー! よくやるぜこんなの!」
「大したことじゃねえさ」
ユニ助にキラキラした目を向けられ、俺はニヤケ顔を晒さないように必死で堪えた。この2秒ほどの台詞を吐くのにこれほど苦労するとは!
「いや、実際ヤバかったぜ! このままじゃパーコのアイデア採用するとこだったからよ!」
「どんな?」
どうせ大したことないだろうが、添削する気分で気軽に聞いてみる。すると、パーコが自信満々な風情で答えた。
「学校中にポスター貼りまくる作戦! どーせ怒られんならハデなことしたくね?」
「アホか」
口ではそう言いながら、心の中には何かが引っかかっていた。
真っ白なスニーカーに跳ねた一滴の泥みたいに、小さくても決して見逃せないその違和感の正体とはつまり、パーコの言ったそれこそが何者かになる人間のアイデアなんじゃないか? ということだった。それはポケットの底の小さなほつれみたいに、気にして指で突っついていると、あっという間に大きな穴に成長する。
俺がなりたかった何者かは、先生の目を気にするようなちっぽけな奴なのか? ……いや、違う! 大塚先生の心象をこれ以上悪くしてどうする。そもそもどうやって学校中に貼る? セキュリティかかった夜の学校に忍び込むのか? 現実的じゃない。それに、印刷代はどうする。カラーコピーはコンビニで50円だが、学校中に貼るとして必要な枚数は……。
なんて、パーコはゴチャゴチャ考えちゃいねーんだろーな。
「どのへんに貼るんだ?」
ユニ助が俺に訊いた。俺はわずかな劣等感を抱えて答えた。
「生徒が必ず行き、先生の目につかない。いくつか候補はあるが、まずは学生用トイレだ」
「おおー! シロー天才!」
パーコに素直に感心される。
「よしやがれ」
お前からは、そんな言葉はほしくない。常識的な思考しかできないだけだ。俺だってお前みたいにぶっ飛んだアイデア出してえよ。
まずは一年生の教室がある4階のトイレの鏡の横と、音楽室の手前のトイレの一番奥の個室の壁に貼った。これで部員が増える、とユニ助とパーコは騒いでいたが、当の俺は冷めていた。
* * *
その翌日の二時間目後の休み時間のことだった。いつものように椅子にもたれて腕を組んで寝たふりをしていると、背後から男子2人の会話が聞こえた。
「なあ見た? トイレの壁に変な紙貼ってあんの」
「え、なにそれ」
「いや、さっき行ったらなんかあってさ」
心臓が破裂しそうだった。冷めたとか言いながら、何かリアクションされると嬉しいものだ。ポーカーフェイスを決め込んでいたが、心の中はずっとドキドキしていた。背中に冷たい汗をかいた。
昼休みになって、教室の中のどこかのグループが話題にすると、それが呼び水になってあちこちで同じ話が起こる。その首謀者が俺だと思うと、全身を内側からくすぐられるようなむずがゆさがあった。
放課後。いつもの部室に出向く。パーコは友達と予定があるらしく休みだ。ユニ助が興奮気味にみんなのリアクションについてずっと語っていた。俺はそれを聞き流していた。俺の暗号を解読した誰かがこの教室に飛び込んでくるんじゃないか。そんな妄想が頭の中を離れず、ずっとふわふわとした気分だった。
そう、今にもあのドアが開いて。
『うわ、ほんとにあった! へえ、あなたがこの暗号作ったんだ! すごいね! 頭いいんだ! かっこいいなあ……!』
みたいな感じでラブコメ展開になったりはもちろんしないだろうけども。当然ながら何事もなく午後の5時を回った。……別に何も残念じゃないさ。
「今日は誰も来なかったな! そんな暗い顔すんなよ、みんなナゾトキ中なんだろ!」
「元々こんな顔だ。それよりちょっといいか?」
帰り際に、体育館裏の青空掲示板に足を運ぶ。破れたり剥がされたりしてないか確認のためという建前だが、バレンタインデーの帰り際に空のロッカーを念のためもう一度覗く中学生男子みたいな心理が働いたのだ。
「!」
ペン回し部の宣伝ポスターに、風に揺られてはためく細長いものがあった。心臓が飛び跳ね、体の内側からムラムラっと何かが湧き立った。
駆け足で近づいてみると、細長く切った紙がポスターの上に画鋲で留められている。それはルーズリーフの一行を破り取ったもので、24文字のガイドに合わせた等間隔のアルファベットがこう並んでいるはずだ。
"w a n l g o e r e u y a s t w b m r t a c @ b d"
「なんだこれシロー?」
「解読者が現れたってことだ」
手元のメモか、丸まったレシートの裏にでもAからZを書き並べてほしい。
AからZのアルファベットに0〜25を対応させる。暗号文のアルファベットを鍵で指定した数だけずらして解読する。
キーワードは『PEN』。暗号の一文字目『L』からキーワードの一文字目『P』の16だけマイナスさせる。Aの次はZに戻って、『W』が得られる。二文字目は『E』、キーワードは『E』。三文字目は『E』、キーワードは『N』。キーワードは一周したら最初に戻る。
それを繰り返すと、さっきの文字列が得られる。だが、このままでは意味を成さない。ここで、『Your PEN may be the key.』が活きる。
なぜルーズリーフのドットに合わせて等間隔に1行で書いたのか。画鋲で留められたその細長い紙をよく観察すると、巻き癖が付いているはずだ。
A罫のB5用紙の1行を切り取ってドクターグリップやアルファゲルなどの、ペン回ししやすい太いペンにらせん状に巻き付けると、ちょうど4周する。嘘だと思うんなら試してみてほしい。そこに解読後の文字列を等間隔に書いてペンに巻くと、文字が並び変わってこんなふうに見える。
"/w/e/s/t/
/a/r/t/a/
/n/e/w/c/
/l/u/b/@/
/g/y/m/b/
/o/a/r/d/"
"westartanewclub@gymboard"
"we start a new club @ gym board"
「おおおおおお!! すげええええええ!!」
ユニ助のアルファゲルに巻き付けて実演すると、やつは心底驚いていた。大したことじゃない。ネットで調べた付け焼刃の知識で作った、ヴィジュネル暗号の出来損ないとスキュタレー暗号の組み合わせだ。しかし、まさか貼った当日に破られるとは思わなかった。まあ、誰も分からなかったら本末転倒だから、別に悔しくはないんだけどな。嘘だよすげー悔しいよ畜生。
「シロー、こりゃなんだ?」
ユニ助がポスターの隅を指さして言った。そこには、赤いボールペンでこんな落書きがされていた。
”警告 ペン回し部部長殿 本部活を即刻解散せよ”
さて、面白くなってきやがった。
第二話 部員獲得大作戦! 完




