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0.2 名作のプロローグには吐瀉物出かち①

 



 人生、何者かにならなければ意味がない。




 中学1年生の冬、耳がちぎれそうなほど冷たい北風に吹かれながら家へと帰る道すがら、どっかの誰かに擦られまくった名言がまるで稲妻のように俺の全身を貫いた。それは、その頃漠然と感じていた得体の知れない焦りを消し飛ばし、代わりに全身から燃えるようなエネルギーを沸き立たせた。


 手始めに女子みたいに思い切り髪を伸ばし、肩までのボブヘアーにした。幸い顔は整っている方なので友達からは自然に受け入られたが、先生にはスクールカウンセラーを紹介された。後ろ姿を見て女子に間違われたり、変な噂が立ったりした。でも、自分だけの特別って感じがして好きだった。


 誰にも負けない自分だけの何かが欲しくて、ライバルの少ないペン回しを極めた。YouTubeにある解説動画を参考に、ソニックに始まり、有名どころのハーモニック、逆回転のリバース、インフィニティ系など、宿題をする間も惜しんで練習した。ペン回しを理由に女子にモテることはなかったが、家で練習した技を授業中にさりげなく披露して、ノーマルやらフェイクトソニックをしているクラスメイトに対して優越感を抱いた。


 中学3年生になり、校内最強の遣い手にまで上り詰めた頃には、俺は「授業中ペン回しがウザいロン毛」としてちょっとした有名人だった。性格も大人びてきて、同年代のクラスメイトとは話が合わなくなっていた。友達がいなくなったが、群衆からはぐれた孤独な一匹狼も悪くなかった。


「……よし」


 俺は洗面所の鏡の前でネクタイを締めた。今日から始まる新生活への期待か、鏡の中の俺は口元に不敵な笑みを浮かべている。


 俺の名は黒崎シロー。ペン回しが得意な、ちょっと異端な高校1年生だ。




 ……ってな調子で家を出たわけだが。


 高校の入学式で、ユニすけ――遊任(ゆに) 或波(あるは)という男に出会い、そんな自信は粉々に打ち砕かれた。




 あれはそう、体育館での式典が終わって、教室に戻って自己紹介をした時だ。名前と趣味、興味のある部活を言う流れだった。名前順に他のやつらが自己紹介している間、俺は何を言ったら一番カッコよく見えるかだけを考えていた。


 自分の番になったので起立すると、俺の顔を見る好奇の目と、遠くの方で小さなささやき声が聞こえた。この髪型への新鮮なリアクションが、改めて新生活を実感させた。


「黒崎シローです。黒いのにシローって覚えてください。趣味はペン回しです。部活はまだ考え中です」


 無難に鉄板ネタを披露してクラスメイトの愛想笑いを買った。伏し目がちにはにかむ自分の顔がカッコいいことを知っていた。自分の番が終わると余裕ができる。俺は頬杖をついて他の連中の自己紹介を聞き流していた。ユニ助が現れたのは、終盤になってのことだった。


 やつはなぜか右手にシャーペンを持っていて、何より背が低かった。アンバランスに裾が長い制服さえ脱いだら、間違いなく子供料金で改札を通過できるだろう。大胆に刈り上げたツーブロックにセンターパート。小学生並みの身長でその髪型をするので、余計に幼く見える。話す前から俺の注目を集めまくったユニ助は、生意気なクソガキのような大きな目を見開いてこう言ったのだ。


遊任ゆに 或波あるはって言います! やりたい部活ないんでペン回し部作ります! 興味あったら声かけてください!」


 そう言うと、ユニ助は持っていたシャーペンでペン回しを始めた。単体の技ではなく、フリースタイルといって複数の技を自由に組み合わせたパフォーマンスだ。まるでペンが意思をもって指の間を旋回しているかのような、滑らかで洗練されたペンさばきだった。俺との技術の差は歴然としていて、ユニ助がプロの料理人なら、俺は幼稚園児のままごとだ。俺以外のクラスメイトは全員、感心を通り越して軽く引いていて、変な奴、という空気が流れていた。


「ロン毛くんと仲いいんじゃねーの?」


 サッカー部志望のソフトモヒカンが言い、各所でさざ波のように嘲笑が立った。くだらないイジリで恥をかかされた怒りよりも、誰にも負けないと思っていたペン回しで完全に上をいかれたことに俺は絶望していた。ユニ助は、この30秒にも満たない自己紹介で、俺が中学時代をかけて積み上げてきたものをぶち壊していったのだ。


 人生、何者かにならなければ意味がない。だが、今は?


 高校入学初日、俺はデカすぎる壁にぶつかっていた。自己紹介が終わるまでの間、俺の心はジリジリと焦っていた。


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