4.6 ××限定ベリーベリーストロベリーハートシュークリームプリン事件⑥
「私、ポニーテールとシュシュが似合うギャルになるのが夢なんだ!」
パーコは2人がけのテーブルの向こうで言った。その小さな顔を覆っているふわふわした金髪のショートボブを、さっき買ったシュシュで後ろで一つに結んでいる。首周りがすっきりして、大人びたようないつもと違う雰囲気がする。
サンドイッチのセットについてきた冷製スープをスプーンでかきまぜるパーコ。昼飯時のカフェは賑わいを見せ、店の外には行列が並んでいる。
「だからってバレー辞めるかね」
俺はコーヒーカップを傾けた。注文したカツカレーはとっくに腹の中だ。
俺たちは限定ティーカップをゲットするためにこのカフェでコラボパフェの写真を撮ることになっている。その写真をSNSに投稿すれば、カップル認定試験をパスするためのワイロは十分だろう。
「高校生活って一回しかないじゃん? 後悔したくないなって。まあ、シローはバカなこと言ってんなって思ってるだろーけど」
「思わねえよ」
何気なくつぶやいたつもりだったのだが、パーコはスープをかきまぜる手をぴたりと止め、なぜか真剣な眼差しを俺に向けてくる。俺はコーヒーカップを置き、頭に浮かんだ言葉をありのまま吐いた。
「そこまでマジになれるもんがあるってのは、普通にすげえよ。羨ましい」
「シローもペン回し好きじゃん?」
「ユニ助ほど本気になれない。ってことは、そこまで好きじゃなかったってことだ」
「そんなことないと思うけどなー」
「いいよ別に。俺、好きなもんとかないし」
今まで誰にも言わなかった本音を、混雑した店内のざわめきに溶かした。「なんてー?」と軽く聞き返されるが無視する。ぼんやりとパーコに見つめられるのが居心地悪く、俺はふいと視線をそらす。向こうの客のテーブルが見えて、クリームソーダのアイスクリームがグラスをはみ出して垂れている様子になぜか意識を惹きつけられた。
パーコが9割方スープを飲み切った頃、パフェが到着した。
「うおおっ! 来たっ!」
円錐を逆にしたようなガラスの容器に入っているのは、コーンフレークの土台の上に、アイスクリームとクッキーが何段も地層のように続き、トップには大きなシュークリームが乗っかっていた。それだけで十分写真映えしそうだが、なんとその上にはモンブランの蕎麦みたいな部分がヤケクソのようにぶちまかれている。パフェだって言ってんだろ。
平成ライダーの最終フォームみたいにゴテゴテしているそのパフェを前にスマホを構えて、グラスやおしぼりが映り込まないように端にやる。ゲーセンで取った親指サイズの黄色のヒヨコをどこからか取り出して、グラスに立てかけている。
楽しそうに撮影している割に、俺が映り込まないようにアングルを制限しているのがレンズの角度から分かる。ところでこれは割り勘なんだろうか。
コーヒーカップの底が見える。もう残り少ない。
「シロー」
パーコに名前を呼ばれる。コーヒーカップの底を見ていた俺は顔を上げた。
「あ――?」
開きかけた口に冷たいものを突っ込まれる。咄嗟に舌で受け止めると、とても甘い。歯に当たる硬いものはスプーンか。それを持ったパーコがニヤニヤしながら俺を眺めている。
「ふぁにすんだよ」
スプーンを口から外し、アイスクリームが口の中に残ったまま俺は抗議した。これはひょっとしなくても本当のカップル同士がやる「あーん」じゃないか!
「元気出た?」
「はあ?」
パーコは答えにならない答えを言って、イタズラっぽく笑った。何を考えているんだ。これ以上この店でカップルごっこを続ける必要はないはずだ。
「……別に俺は」
パーコが何も言わないので、調子が狂った俺はごにょごにょと言い訳のようなものを呟いた。そうしている間に、パーコはスープ用の丸いスプーンでパフェを食べ進めている。俺に使ったスプーンは皿の傍に置いている。
「うまっ! モンブランうまっ! うははっ、シュークリームいらねーっ!」
パーコは楽しそうにパフェを突っついている。その笑顔を見ていると、もうなんかどうでもよくなった。
「いつからやってんだ? ルービックキューブ」
そう訊くと、パーコはスプーンをくわえたままきょとんとした顔でこちらを見た。テーブルに伏せていたスマホを開いて何かを確認している。
「ん〜と、アカウント作ったのが中2の2月だから、だいたい1年くらい?」
「アカウント?」
パーコは返事代わりに画面を見せた。それはYouTubeアカウントの管理画面で、アカウント名は『乾のワンチャンス』。芸人のラジオみたいなネーミングだ。
「そんとき入院してたんだ、腰椎やっちゃって。3ヶ月安静にしろって言うから、友達がルービックキューブ買ってきてくれて。せっかくなら成長の記録を動画に撮ってYouTuberデビューだ! ってノリで始めたんだけど……見てよこの登録数!」
パーコに言われてアカウントのチャンネル登録者数を確認する。そのビジュアルがあれば登録者数は数千人いっててもおかしくない……。
「17人!? ど底辺じゃねーか」
自分のスマホでそのチャンネルを検索して動画のサムネイルを見る。……なるほど、これは伸びない。手元だけが映されたアングルで、タイトルも「〇〇日目」みたいに工夫がない。数本見てみたが本当にただルービックキューブを揃えているだけで、何も面白くない。
「……伸ばすつもりある?」
最近の動画の再生数は10回前後で、一番再生数が多い初投稿の動画ですら、200回再生を超えていない。顔出し、声出しとまではいかなくてもアカウントかタイトルに現役JKって単語を付けたら軽く今の百倍は再生数が稼げる気がする。
「おっけ! みなまで言うな! 言いたいことわかるよ! でもさ……」
「あん?」
「私って可愛いし背も高くて運動までできるじゃん? わりと遺伝子ガチャSSR引いた的な!」
「けっ! ぺらぺらとよくしゃべりやがる」
「バレー部んとき、うんざりするほどそう言われてさ」
「……ああ」
それがいい意味じゃないと察するくらいはできる。どんな文脈にせよ、それはコイツ自身の努力の否定だ。
「でも、これはそれが何も通じない。だからさ。この数字は誰のおかげでもない、自分だけの力で勝ち取ったものだって思えんだ」
「じゃあ、バレー辞めたのは」
「夢があるんだ!」
パーコは笑っているが、表情が若干固い。頬もわずかに赤くなっている。それを言うことに緊張しているのだろう。
「ポニーテールとシュシュが似合うギャルになることと、このチャンネルの登録数を卒業までに1000人にすること! シロー、できると思う?」
「できるよ……ひとつ目の方は、とっくに」
「え? なんて?」
「なんでも。それより、そのパフェ完食できるんだろーな?」
口が滑ったのを誤魔化すために適当に話題を変えると、パーコはなぜか申し訳なさそうな顔をした。
「むずいかも。手伝って?」
「はあ!? おまっ……もう半分くらい食った後じゃねーか! 取り分けるとかさあ……なんか、やりようあっただろ!」
「大丈夫、私そーいうの気にしないから!」
「こっちは気にすんだよ。くそっ、全部ハンパに手ぇ付けやがって!」
半分溶けたアイスとモンブランが混ざったものに、俺は新しいスプーンをおっかなびっくり突き立てた。食べられそうな部分をコーヒーカップに取り分けると、最後のひとすくいをそのまま口に入れた。
「……甘いな」
次回投稿は明日の予定です。
長々と引き延ばしましたがプリン編は次で終わりです。




