4.2 ××限定ベリーベリーストロベリーハートシュークリームプリン事件②
「先生はね〜……顧問とかそういう面倒な立場を回避して生きていたいのですよ〜……」
亀掛川先生はティーカップの中に視線を落とした。冗談めいた口調とは裏腹に、何かに疲れて、打ちのめされてしまったような感じがした。
「いや、大丈夫っす! ペン回しは俺が教えるんで! 先生は未経験でも!」
「っていうか、名前さえ貸していただけたらあとは勝手にやりますよ。活動内容ペン回しなんで面倒かける余地もないといいますか」
俺とユニ助が説得にかかるも、亀掛川先生はどこ吹く風といった風情でティーカップに注がれたミルクティーに息を吹きかけ、水面にさざなみを作っていた。
「それでも、面倒なことが起こったら責任は先生に発生するよね〜……」
亀掛川先生の真っ当な発言に、俺は言葉を詰まらせる。ゆるふわな雰囲気に合わずかたくなな人だ。まるで難攻不落の開かずの金庫だ。
「面倒なこと嫌いってわりに、この紅茶めっちゃ手間かかってません?」
ユニ助は何気なくつぶやいた。一見関係ないように見えて、話題を先生の得意分野につなげて会話を盛り上げようとしている。これを無意識でやっちまうんだからな、コイツは。
「手間はかかってますよ〜……ほら、デスクに鍋置いてあるでしょ〜……? まず、あれでお湯を沸かすの〜……」
亀掛川先生は、デスクの上の小型コンロに設置された片手鍋を指差した。ユニ助はアホ面でふんふんと頷く。
「沸騰したら火を止めて、お茶っ葉を入れて蓋をして2、3分蒸らして〜……水と同じ量の牛乳を入れて弱火で加熱して、温まったら、茶漉しでお茶っ葉を取り除いて完成〜……。ティーバッグでも同じように作れるから、お試しあれ〜……」
「へぇ〜っ、なんかめっちゃこだわってるんっすね!」
ユニ助と亀掛川先生。ペン回しと紅茶。種類は違えど何かを極めた者同士の奇妙なシンパシーがふたりの間に存在した。まるで目に見えない壁が取り払われたようだった。
「ほほー、君は見込みがありますね〜……今度来たら、先生の本気のダージリンをご馳走しましょ〜……」
「よっしゃあ!」
「え、私も私も!」
ユニ助と亀掛川先生のやりとりを静観していたパーコが身を乗り出す。こういうノリの良さはコイツの真骨頂だ。
「ほらほら〜、クッキーを食べなさい〜……ミルクティーにはバタークッキーがとてもよく合うのですよ〜……」
さっきまでのかたくなな印象から一転、部屋中にサクサクとクッキーを食べる和やかな音が響く。こういうのに向いていない俺は雰囲気を壊さないように大人しく紅茶をすする。ゆるい雑談の流れでパーコがこう言った。
「先生ってお菓子とか好きですかー?」
「まぁね〜……美味しいものは好きですよ〜……」
「じゃああれ知ってます? 今週末、隣町のショッピングモールにビアママのポップアップ出るの!」
「ビアママって、あのビアーアンドママですか〜……?」
パーコのフレンドリーな態度に、亀掛川先生も友達と雑談に興じるような調子だ。パーコが小さく笑った。仕掛けにかかった、とでも思っているんだろう。
「そうです! それで、期間限定メニューが出るらしくて、なんとかシュークリームプリンっていうんですけど、シュー生地にハートの形のプリンが入ってるんですって! プリンの中にイチゴソースが入ってて、ナイフ刺したらとろ〜っと零れ出てくるのがめっちゃ映えそうじゃないですか!?」
ナイフでハートを刺したら赤いソースが零れ出るってのは倫理的にどうなんだ? と思ったが口に出すことはなかった。縁起でもないが、確かに画面映えしそうではある。
「興味深いですねぇ〜……ぜひともニルギリのストレートでいただきたいなぁ〜……」
亀掛川先生は夢見る乙女のようにうっとりとした顔をした。が、何かを思い出したようでその表情が曇る。
「週末ですか〜……面倒な仕事押し付けられちゃってねぇ〜……」
「あー、それは……」
「そうなの〜……だから、これ以上先生の自由を奪わないでくれると助かるなぁ〜……顧問とか顧問とか顧問とかで〜……」
やっぱりそこに戻ってくるのか。どうも、この人を顧問にするのはクッキーほど甘くなさそうだ。
* * *
「なんか、ゆるふわでカワイイ先生だったな!」
紅茶をご馳走になって地学準備室を出る。ユニ助は満足げな顔をしているが、上手くかわされただけな気がする。
「そうか? ありゃ完全に他人に興味がない人間だぜ」
「シロー、お前ってそーいうとこあるよなー。なんか、人を悪く言う天才っつーかよ」
「先生に対してそんなこと言うのはマズくね?」
「なんだこのアホコンビ。ペン回し部の頭脳つかまえて何を言うか」
「自分で言ってるし。今日に限ってはシロー何の役にも立ってないじゃんね、ユニ助?」
「なー」
ふん、パーコにしては痛いところを突いてくるじゃないか。だが、今日はたまたま俺の得意分野じゃなかっただけだ。
「役立ってないのはお前も同じだろ。バイオレンスなプリンの話なんかどうでもいいんだよ」
「ハア? あれは先生と次に会う口実なんですけど? 先々のことまで考えようねシロークン?」
「ほざけこの脳みそクルクルパーコ」
「マジでうっざ! そのロン毛引き抜いて個性なくしてやろうか!? ああん!?」
なんなんだよコイツ。なんで人の弱点ばっか的確に殴ってくんだよ。
ペン回し部を結成して何週間か経ち、別世界の人間だと思っていた金髪ギャルのパーコと奇妙な縁ができた。しかし、俺は今だにコイツに壁を感じていた。共通の話題なんか一つもないし、ユニ助みたいに陽気なノリが合うわけでもない。向こうは俺のことをバカにしているんじゃないかとさえ疑ってしまう。俺にとってパーコはあくまで部活仲間で、ユニ助が繋いでいる友達の友達。
「仲良くていいな!」
「よかねえよ」
ユニ助の冗談を軽くあしらう。喧嘩するほど仲がいいって関係性は漫画やアニメでよく見るが、俺たちは本当にそんなんじゃない。このやりとりだって、初めて会った日のやりとりの焼き直しでしかない。本心からの言動じゃなく、役になりきってプロレスを演じているだけだ。
「なーパーコ。先生に会う口実ってのは?」
ユニ助がパーコに今更説明を求める。
「だから、そのプリンおみやげにまた先生のところにお願いしに行くんだよ!」
「なるほど! 頭いいな! よし! じゃあ行くぜ! その、なんとかプリン買いに!」
「今週末だよー、私は日曜なら空いてる!」
ま、そんなこと言ってもこの能天気野朗には分かりはしないだろう。……コイツらは買い出し係を引き受けてくれるんだな。
「それで、いくら出せばいい?」
自然な流れでそう言う。それなのに、なぜかユニ助とパーコがとんでもないものを見るような目で俺を見てくる。
「シローお前そーいうとこだぞ!」
「は?」
「今のは一緒に行こうって流れじゃん」
「いや行きたい奴で行きゃいいじゃねーか。電車賃かかるし」
「ケチ!」
「シローこりゃ遊びじゃねーんだ。ペン回し部設立のためのマジメな活動だ。サボりはこの俺が許さねえ」
ユニ助はわざとらしく真面目な顔をしていた。コイツは今確実にふざけていてただ単に日曜に遊びたいだけなのだが、主張だけ聞けばその通りだと思わなくもない。それに、ここで自分が休みたいからとゴネるのは、あまりカッコよくない。
「ハア、わかったよ! 行きゃいーんだろ行きゃぁーよ」
「よっしゃ! じゃ日曜な!」
面倒くせえな、と悪態を吐く代わりにため息を吐いた。休日は自分の時間を過ごしたい派なのであまり気乗りしない。ただ、俺にわずかに残された道徳心がそれを拒絶することをためらわせた。
まあいいさ。ユニ助もいるならかったるいお出かけも多少はマシになるだろう。言い出しっぺのコイツが来ないなんてことは、どんなにコイツがペン回しバカだとしてもありえないだろうしな……。




