3.4 サイレンサー・キャロ④
「今日さあ! 道歩いてたらすげーもん見ちゃったんだよ! なあシローなんだと思う!? それがさあ、電柱の下にでっかい――」
「おいそれは食事前にふさわしい話題か?」
昼休み。俺はユニ助に誘われて食堂に来ていた。入口すぐの食券の券売機には早くも行列ができている。教室よりも数倍広い食堂内はほとんど席が埋まり、4時間目が終わって解放感に満ちた生徒たちが学年問わず満載していて非常に騒がしい。
「でっかいカマキリがいたって話だよ! 何想像してんだよ!?」
「よくカマキリでテンション上がるな。わんぱく小僧かよ」
話題を遮られて憮然とした表情のユニ助。テーブルはどこもいっぱいなので、奥の一人席に向かう。
「……あ」
横一列に並んだ一人用の席のはじっこに、背の低い女子が座っていた。後ろ姿しか見えないが、肩までの黒髪を耳の下で外ハネにしている。兎澤先輩だ。
近づいても真横に立ってもこちらには気づかず、エビフライ定食の白米を一心不乱にかきこんでいた。もきゅもきゅという擬音が聞こえてきそうな小動物然とした仕草でほっぺたを膨らませている。この人、普通にしてれば可愛いんだよな……。
「先輩」
俺が話しかけると、兎澤先輩はびくりと首をすくめた。きょろきょろと左右を見回して俺とユニ助を見つける。驚かせてしまったようだ。
「……ハッカ飴の」
先輩は俺をまじまじと見つめ、若干警戒した顔つきをする。どんな印象であれ、先輩は俺を覚えていてくれたようだ。そういえば自己紹介がまだだった。
「黒崎です」
「みんなシローって呼んでます!」
「シロー。黒なのに」
「覚えやすいでしょ。隣いいっすか?」
「構わんよ」
兎澤先輩は先ほどの動揺をなかったことのようにして答えた。自己紹介で軽い雑談をこなし、俺は先輩の左隣に、ユニ助はその横を確保する。
黙っていれば可愛いが、その正体はヨーヨーを武器に体制と戦うアウトロー。ちょっと変なところはあるけど、兎澤先輩はカッコいい。俺はカッコいい人が好きだ。
「それじゃ俺食券買ってくる! 今日の日替わりはハンバーグだぜえええ!! ひゃっふぅぅぅう!!」
奇声を上げながら食券機の行列に突撃する相棒を生暖かく見送る。ハンバーグでそこまでテンション上がるのはもはやうらやましい。俺は母親が作ってくれた二段弁当を広げる。ほとんど昨日の残り物で、メインは唐揚げ。超が付くほど普通の昼食だ。
「すいません、食堂どこもいっぱいで」
「甘い。プロは4時間目終了と同時にダッシュ。ノロマはメシにありつけない」
先輩は物騒な語彙を操り、ズズ……と味噌汁をすすった。それが喉元を通り、天井を見上げてほっと一息つくと、ゆっくりと俺の方を見た。
「……何か用?」
先輩は俺が隣に座っているのを不思議そうにしながらそう訊いてくる。別に突き放しているつもりはないんだろう、というのは雰囲気で伝わる。
「いや、用っていうかヨーヨー部の話を詳しく聞きたいなと」
先輩は俺を見つめたまま首をひねっている。それに構わず俺は続ける。
「先輩ってなんつーか只者じゃないっすよね。雰囲気あるっつーか。ヨーヨーめっちゃ上手いし、風紀委員とかそういう事情詳しいし。二つ名持ってるし。『鷹爪高校のテロリスト』って、昨日聞いてめっちゃカッコいいなと思って」
「……カッコいい?」
「いやマジでカッコいいっすよ。なんか、特別って感じがして」
先輩は褒められ慣れていないのか、プイと向こうを向いてしまった。
「いい弁当だね」
露骨に話題を逸らされる。まあ、先輩が話したがらないなら深追いはしない。
「そうっすか? 普通すぎてつまんないですよ」
「ぎっしり詰まってる。愛情的なものが」
「詰まってんのは昨日の残り物ですよ」
そんなふうに中身のない話をポツポツとしながら弁当を食べていく。迷惑だっただろうかと今更思っていると、向こうからお盆を持った女子の先輩数人のグループが歩いてきた。
なぜ混雑した食堂の中でその先輩たちに注目したかというと、その先輩たちはくすくすと笑いながら俺たち、というより兎澤先輩を見ていたからだ。
「あ、ヨーヨーちゃんだ」
「友達いないからって後輩に構ってもらってるー」
「ぷっ、あはは」
食堂の賑やかさに紛れて先輩たちは心無い言葉をぶつけて通り過ぎた。ちっ、あんたらに何が分かる。後輩を助けるためにゴミ箱をぶっ飛ばしたりできないくせに。
パーコの言葉が脳裏によみがえる。部活を作ろうとすると、同好会潰しにいじめられる。それが迷信だったとしても、他人の目に先輩がそう映っていたとしたら。
「シローくんよ」
先輩が呟いた。小さな体が、余計に小さく見えた。
「普通っていうのは、そんなにつまらないかな?」
「……え」
「あたしは君がうらやましい。普通にご飯食べる友達がいて、普通に学校が楽しそうで。……あたしは、それができなかった。昔っからね」
兎澤先輩は俺を普通と言い、それをうらやましいと言った。よくも軽々しく言ってくれるな。俺は無意識に肩まで伸びた自分の髪を触っていた。溺れるものは藁をも掴むじゃないが、髪でもなんでも掴みたくなったのだ。少なくとも俺は傷ついた。
「……」
でも、そのちっぽけな傷を一旦横に置きたくなるくらい、先輩はその小さな背中には余る悲しみを背負っていることを知った。
俺が感じた先輩の異端なカッコよさが、周囲との孤立によって成り立っているなら、もっと言うと、先輩がそれを望んでいないとしたら。俺は先輩の気持ちなんかこれっぽっちも分かってなかった。
……でも。
「でも先輩、俺やっぱ普通じゃつまんねえっすよ」
自分で自分を普通と言うのはツライものがあるが、兎澤先輩と比べたら俺なんて有象無象と同じだろう。先輩は横目で俺を眺めて味噌汁を啜った。
「俺は、ヨーヨーでゴミ箱ぶっ飛ばしちまうような、ムチャクチャなアンタが好きなんですよ」
「ごぼっ」
すると、なぜか先輩は味噌汁を噴いた。激しく咳き込み、口元をハンカチで覆う。気道に入っているむせ方だ。息が上がったのか、頬が上気している。俺は先輩の呼吸が落ち着くのを待った。
「だから、やめちゃダメっすよ。戦うの」
「……何と?」
ハンカチで口を覆いながら先輩が訊ねる。
「いや、そりゃまあ色々……世の中とか、学校とか、大塚先生とか」
「お奉行には逆らえない」
「そりゃそうか」
「お奉行に逆らったら……死」
「マジでなんかあったんすか!?」
兎澤先輩は、ともすれば見逃してしまいそうなほど、かすかに笑った。この人も笑うんだ、というとても失礼な感想が浮かんだ。
「よおー、何の話してんだ?」
すると、お盆を両手に持ったユニ助が戻ってきた。あたりに煮込みハンバーグのいい匂いが立ち込める。
「うるせえのが来やがった」
「あれ、みんないんじゃん! なんで私呼ばれてないの!?」
メロンパンにリプトンを持ったパーコまでもがやってきた。別にハブったつもりはなかったんだけどな。図らずとも全員集合だ。
「あたしはこれで」
席を立とうとする先輩。この流れで離脱するあたり、やっぱり普通じゃない。流石だ。
「そうっすね。ここじゃ狭いし、あっちでみんなで食いましょうか」
俺は、ちょうど空いた4人掛けのテーブル席を指さした。
「男子はあっちねー、私はキャロちゃん先輩の隣!」
「キャロパイ、あれやってくださいよ! 犬の散歩!」
「アホども、先輩を変な呼び方すんな!」
足早に席を確保するアホコンビに遅れて俺も広げた二段弁当を元通り収納する。
「食事は静かに楽しみたいんだが……」
俺たちの様子を見ながら、先輩は苦笑いしていた。ブレザーのポケットからヨーヨーを取り出して、無数の傷跡を指でなぞっている。そのヨーヨーをポケットにしまうと、お盆を持って俺たちのテーブルにやってきた。
第3話 サイレンサー・キャロ 完




